今回の「Wellulu-Talk」では、この春10年ぶりとなるエッセイ集『月と散文』を刊行された、お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹さんと、Welluluアドバイザーで慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章さんによる対談〈前編〉をお届けする。お二人が考える、社会のなかでの一人ひとりの個性の在るべき姿とは。
大切なことはサッカーから学んだ。人生における「左サイドバック」の役割
宮田:いきなりなんですが、又吉さんは幼いころからずっとサッカーをされていたんですね。
又吉:はい。小学校から高校3年までずっとやってました。
宮田:しかも大阪府では優勝して、インターハイにも出場された経歴をお持ちでいらっしゃいます。又吉さんは、お笑い芸人であり作家、俳優でもあると同時に、体育会系もしっかりと経てきていて、その両輪の幅がすごいですよね。
又吉:体育会系のど真ん中にはいたんですけど、僕自身は浮いてました(笑)。でも仲は良いんですよ。高校時代のサッカー部の先輩や後輩、同学年の仲間に会うと、まったく変わってないなとか、雰囲気とか話してることが昔からほぼ一緒ってよくいわれます。
宮田:素敵な関係性ですね。学生時代の多くは、そのコミュニティの中で切磋琢磨されていたのでしょうか。
又吉:そうですね。サッカーで学んだことはその後の人生において、芸人をやるにしても文章を書くにしても、いろんな場面で役立っているなと思うことがすごくあります。例えば人間関係のポジショニングみたいな話だと、みんながセンターをやろうとするから、輪の中で上手く話せないと不安になるんですよね。だから僕は、最初から左サイドバックに張っとこうと思いながらやってます。
宮田:たしかにそれはありますよね。集団の中での自分の立ち回り方というか。サッカーにおいても、攻撃と守備のバランスが良くないとゲームは成り立たないですし。
又吉:みんなは真ん中でプレーしてるけど、試合が膠着(こうちゃく)したら左サイドのスペースのある僕のところに必ずくるはずだから、きた瞬間にみんなとは違うプレーをすればいい。そんなふうにサッカーの左サイドバックとしての動きや役割を人間関係の中でも実践したら、けっこう楽になったんです。
宮田:居心地そのものに対する視野も生まれますよね。ボールをさわっていないと試合に関与できていないんじゃないか、みたいな焦りじゃなくて、左サイドバックはここぞという時に動くことが大切なんだと。
又吉:元アルゼンチン代表のマラドーナ選手は、試合中ずっとドリブルしてるイメージがあるんですけど、90分の中でボールにふれてる時間って、長くて3分らしいんですよ。そうやって考えると、自分もそんなに焦らなくていいかなと思えてきますよね。
宮田:生きていくうえでの「力の抜き方」っていう意味でも、サッカーのポジションに置き換えて考えてみるとすごく参考になりますね。ちなみに、高校時代の又吉さんのポジションは?
又吉:僕は、左サイドバックです(笑)。プレースタイル的にはセンターポジションになることが多いんですけど、あるとき監督とコーチから「お前はサイドだな」っていわれて。利き足が左なのもありますが、性格的にも向いているということで。
宮田:性格とポジションの関係性、ですか。以前、あるフォワードの選手が気持ちいいぐらい強気な発言をされていて、さすがのフォワード気質だと思ったことがありました(笑)。
又吉:(笑)。でも、フォワードはそうであってほしい。そういう人もチームには必ず必要。一方でディフェンスは、どちらかというと悲観的なケースを想定しておかないといけないじゃないですか。ただ全員がそうなってしまうと試合では勝てないので、いろんな人がいないとチームは成り立たないですよね。そういう意味ではサッカーのポジションのバランスって、会社とか社会にも適用できる気がします。
宮田:みんなが同じポジションや役割ではなくて、それぞれの個性やスタイルが共鳴しながらチームや会社を作っていくのが理想ですよね。「両利きの経営」という言葉がありますが、いずれもバランスが大切です。
呼応する陰と陽のシナジーと、積極的「異端」のすすめ
宮田:又吉さんには、人文的な思慮に満ちた雰囲気がありますよね。いわゆる「陽」のオーラを持っている芸人さんとは違う魅力を持っていらっしゃると思います。
又吉:若い頃からよく芸人っぽくないとか、養成所時代には講師から「若手芸人に必要なのは、元気とわかりやすさと清潔感。お前はそのすべてが欠落している」とかいわれてましたね(笑)。おっしゃるとおり、芸人の世界には、元気でパワフルでお客さんをワーッて楽しませられるような人たちがいっぱいいて。そういう人たちのおかげで僕がプレーできている部分も、少なからずあるとは思うんです。
宮田:ご謙遜されていますが、それこそがシナジーですよね。いわゆる典型的な芸人さんが大勢いる中での、又吉さんという個性。それによって全体として輝いていくというか。
又吉:そういう存在になれていたらいいなとは思います。ただ本当に僕みたいな人しかいないようになったら、お笑いそのものが変わっちゃうと思うんで(笑)。
宮田:新時代がやってくるかもしれません(笑)。実は私も、人前に立つことや目立つことそんなにしたくないタイプなんです。いかに隠れられるかっていうことをモットーとしながら生きてきたんですね。それがある時点から、チームワークの中で自分が何を果たして、その上で個々にできないことをいかに連携していくのかという、ここ数年でそんな発想になってきました。
又吉:僕はコンビで活動しているんですけど、相方がアメリカにいるのでずっと一人なんです。綾部さんが隣にいたときは、コミュニケーションの部分を彼がやってくれてたんですけど、今はそこも全部自分がやらなきゃいけなくなったんです。当たり前なんですけどね。一人だと背負わなければいけない部分が多いんだなということを、この数年でより感じるようになりました。
宮田:サッカーでいうところのゲームメイクというわけですね。先ほどのサイドバック的な役割もありながら、真ん中に出てきていかにやるかということも必要になってきたということですか。
又吉:そうですね。だからいつも、向いてないなあと思いながらやってるんですけどね。
お笑い、文学、ファッション……。刹那的な芸術に宿る美意識とは
宮田:先ほど「目立ちたくない」といっておきながら、こんな派手な格好をしている私ですが(笑)、数年前まで公の場ではスーツを着ていることも多かったんです。研究者というポジション的に出過ぎる部分を抑えていたのですが、自分の個性を置くことによって表現できていくこともあるかと思いまして。教育の分野では一般的に、多様性を尊重することよりも刈り取るという傾向が強いので、今ぐらい振り切ることでバランスが取れるというか、そういったメッセージとしても伝わったらいいなという意図がありました。
又吉:たしかに、教育とか研究みたいなアカデミックな普遍的なものと、刹那的で流動的なファッションみたいなものっていうのは、考えてみれば合いそうな気もします。ここを結びつける人が今までいなかっただけで。
宮田:そうなんです。私たちの分野は普遍的なものを求める傾向が強いのですが、そういうものばかりを求めるようになると、どうしても変化に弱くなるんです。ファッションのような刹那的な面白さっていうのが、実は研究分野においても必要で。たとえば新型コロナはその典型です。変異株によって、それまでの常識が別のものに変わったりしましたよね。刻々と変化する過程で何が大切なのかを考えるというのは、ファッションの考え方と通じるものがあると思っているんです。
又吉:ファッションブランドの場合、年2回ぐらいシーズン毎に新しいものが出てきますけど、僕らがそれをどう捉えるかで変わってくる場合もありますしね。すごい流行っていたものも気づいたら終わっていたり、かと思えば急にどこかのタイミングでブームになっていたりとか。その時代によって捉え方自体もすごく変わるんだなあと感じます。
宮田:価値観そのものが、ある意味裏切られたりすることも含めて大事なのかなと。この話はちょっとずれていたら申し訳ないんですけど、小説とお笑いはそれぞれに素晴らしくクリエイティブな表現ではありますが、芸術の分野における普遍的なものと刹那的なものといいますか…それぞれに共通する、あるいは異なる美意識というのは、どんなところにあるとお考えでしょうか?
又吉:文学のほうが圧倒的に歴史は古いですが、お笑いというジャンルが廃れるということはないと思うんです。ファッションでいう「ダサい」みたいな感覚で、この手法がダサいとかはないんですけど、流行りみたいなものはきっとありますよね。カウンター気味に新手のスタイルが出てきて、既存のものを否定するという形が繰り返されている感じ。それが螺旋みたいな感じで徐々に全体を登っていってるようなイメージがあります。文学の世界にもそれに近い部分はあると思います。
宮田:ああ、なるほど。体験のスパンがそれぞれに異なるということですか。又吉さんの芸術活動における表現の中で、異なる分野にチャレンジしながら感じる葛藤というのは、作品でも常に描かれるテーマですよね。私自身の話をさせていただくと、私は医学部の人間でありながら、そもそも医者になりたいと思ったことはないんです。こういう仕事がしたいと考える中のひとつの表現手段として、医学や教育の研究やアーティストとの協業があったりするので、自分の中では常に一貫性があるというふうに解釈していて。
先ほど又吉さんのお話にも、サッカーをやっていた頃の考え方が、お笑い芸人の世界でも活かされているとありました。こんな仕事がしたいとか、自分がこうありたいと考えるようになったのは、いつごろからですか?
撮影場所:UNIVERSITY of CREATIVITY
[後編に続く]
【又吉直樹氏×宮田教授対談:後編】「好き」を真ん中に。ピース・又吉流、ウェルビーイングな自分のつくりかた
職業はあくまで表現手段のひとつ。好きなことや得意なことから紡いでいく人生 又吉:子どものころに、将来何になるんだろう?って考えたときに、なんにも思い付かなかった.....
又吉 直樹さん
お笑い芸人。作家
宮田 裕章さん
慶應義塾大学医学部教授。Wellulu アドバイザー
2025日本国際博覧会テーマ事業プロデューサー
Co-Innovation University 学長候補
専門はデータサイエンス、科学方法論、Value Co-Creation
データサイエンスなどの科学を駆使して社会変革に挑戦し、現実をより良くするための貢献を軸に研究活動を行う。
医学領域以外も含む様々な実践に取り組むと同時に、世界経済フォーラムなどの様々なステークホルダーと連携して、新しい社会ビジョンを描く。宮田が共創する社会ビジョンの 1 つは、いのちを響き合わせて多様な社会を創り、その世界を共に体験する中で一人ひとりが輝くという“共鳴する社会”である。
2015年に本格的な小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。同作は累計発行部数300万部以上のベストセラーとなる。2017年には初の恋愛小説となる『劇場』を発表。2022年4月には初めての新聞連載作『人間』に1万字を超える加筆を加え、文庫化。2023年3月、10年ぶりのエッセイ集となる『月と散文』を発売。
他の著書に『東京百景』『第2図書係補佐』、共著に『蕎麦湯が来ない』(自由律俳句集)、『その本は』など。
又吉の頭の中が覗けるYouTubeチャンネル【渦】 、オフィシャルコミュニティ【月と散文】 も話題。