Wellulu-Talk

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【又吉直樹氏×宮田教授対談:後編】「好き」を真ん中に。ピース・又吉流、ウェルビーイングな自分のつくりかた

又吉直樹氏×宮田教授

今回の「Wellulu-Talk」では、この春10年ぶりとなるエッセイ集『月と散文』を刊行された、お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹さんと、Welluluアドバイザーで慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章さんによる対談〈後編〉をお届けする。お二人が考える、社会のなかでの一人ひとりの個性の在るべき姿とは。

職業はあくまで表現手段のひとつ。好きなことや得意なことから紡いでいく人生

又吉 直樹

又吉:子どものころに、将来何になるんだろう?って考えたときに、なんにも思い付かなかったんです。会社で働くのも違うし、父は職人だったんですけどそれも想像できなくて。どうしようかと思いながら漠然と過ごすうちに、いろんなこと考えるのは好きだなとか、遊ぶのは好きだなとか。作文書くのは好きだな、恥ずかしがりだけど人を笑わせるの好きだな、みたいに考えるようになって。職業としての選択肢じゃなくて、好きなことや得意なこと、できないことや苦手なことっていうのは自分の中にわかりやすく実感としてあったんです。その中でやっていくとしたらどれなんやろう?と思ったら、芸人がぴったりだったんですよ。

宮田:表現手段というか、ひとつのスタイルとしてあったのが現在の職業だったのですね。

又吉:はい。それでも個性の部分でいうと、はみ出す部分もあるわけじゃないですか。あくまで自分のスタイルがあったうえで、芸人という職業を選んでいるだけなので。だから自分の考え方とか行動は変わっていないというか、表現の形が違うだけで、僕の中でそこは一貫しているんです。

宮田:又吉さんのそういった発想は、多くの人が生き方を考えるうえでもウェルビーイングにつながっていくような気がします。社会的役割というものがあって、会社の歯車になるっていう考え方は、産業革命以降ずっとあるんですよね。今は少しずつ変わりつつあって、自分がどう生きるかというのが前提として存在していて、就職先の企業や職業すらも、自分の生き方を社会に響かせるための表現手段になりつつあるんです。

又吉 直樹

又吉:あらためて振り返ってみると、小学校や中学校のときに好きでやっていたことが今につながっている感じです。作文を書くのが好きだったのも、書くとみんなが笑ってくれるからなんです。僕、遠足に行く前から行ったあとに書かされる作文のことを考えながら、遠足に行くような子どもだったんです。だからわざと弁当を忘れたり、一人用じゃなくてやたらでかいブルーシートを持って行ったりとかしてました。そこでの出来事やみんなの反応を観察してどう表現するかっていうのは、小学校3年生ぐらいからやっていたと思います。それって芸人っぽいっちゃ芸人っぽいですけど、エッセイっぽくもあるというか、今とそんなに変わってない気もします。自分でトラブルを起こして書くっていうやり方は、そのときしかやってないですけどね(笑)。

宮田:事前にネタを仕込んで遠足に行っていたと(笑)。見てくれる人に対してどう表現して伝えるかというアプローチ力は、そのときから磨かれていたんですね。そう考えると、自分は何が好きで、何を素敵だと思うのかということを幼少期から育んでおくというのは、大切な体験なんだなあと感じます。

好奇心こそがすべての原動力。人と関わることで生まれる刺激が、表現を生み出す

又吉直樹氏×宮田教授

宮田:ご自身にとって、日常の中で居心地が良いと感じる場所や時間はありますか?

又吉:場所でいうと、僕は自分の家が大好きなんです。6畳の風呂無しアパートに住んでいたときから、家の中には必ず「この場所は最強」「ここにいれば幸せ」って思えるような場所を3か所ぐらい作るようにしていました。それから好きな喫茶店もそれぞれのエリアにあって、好きな席も奥の方の窓席って決まっているんです。書き物してる人とか絵を描いたりしてる人って、だいたいみんなそこを狙って座るんですけどね。

宮田:家でも外でも、心地良いと感じる場所や環境を、ちゃんと作ったり選んだりしているのですね。

又吉:そうですね。好きな時間でいうと、昔から寝る前の時間が一番好きかもしれないです。電気を消して真っ暗なんだけど眠くないっていうあの時間。自由で制約もないぶん、そのときにいろんなことを考えていますね。

宮田:私も同じくです。自分自身が考えるっていうことに対して純粋に没頭できますよね。ちなみに、一人でいる時間と誰かと一緒にいる時間でいうと、居心地が良いと感じるのはどちらですか?

又吉:落ち着くのは一人の時間ですけど、誰とも全く会わないってなると、それはそれで逆にストレスになるかもしれません。人と会うと、言葉が返ってくるじゃないですか。一人で考え続けてると、もうこの道を行くしかないとか、自分の枠から外れることができなくなることが多いんですけど、誰かと話してると自由に脱線できますよね。だから人と関わる時間というのはすごく重要だなと思います。

宮田:ああ、それはありますね。こうやってお話を伺っていると、又吉さんはものすごく好奇心旺盛な方なんだなというのを感じました。何でも新しいことをやってみたくなるというか、面白がれる力が半端ないですよね。人が感じないところに面白さを見つけて、それを素敵に表現できるっていうところが。

又吉 直樹

又吉:好奇心は多分、強めですね。それは表現に限らず、たとえば誰かに「明日、剣道の道場に行くけどどう?」っていわれたら、空いてたら行ってみようかなって思ったり、絶対誰も入らんやろっていうスナックがあったら入ってみたくなったりします。わかんないから怖いですし、失敗することもあるんですけど、なんか気になったらとりあえずやってみたくなるというか。自分ではわからなくても、誰かに「こんなんどう?」って提示されると、すごくやりたくなるんです。

宮田:剣道とスナックは、攻めてますね(笑)。そういうときって、ご自身のことを俯瞰で見ている感じなんですか?

又吉:そうですね、はい。自分目線のカメラと自分を見ているカメラと、最低2台はあります。それがたまにすごく近くなることもあって、感情的になりすぎると一緒になっちゃうんでしょうね。

宮田:まさに小説の中でも、自分と自分が対話しているような場面もありますよね。何人もの又吉さんがいて、その人たちが会話したり戦ったりしているような感覚。そうやって物語を紡がれているところも魅力です。

エッセイ集『月と散文』、オフィシャルコミュニティという小劇場

エッセイ集『月と散文』

宮田:『月と散文』、読ませていただきました。圧倒的な文章力と視点が本当に素敵だなと感じました。奇を衒った感じではなく、自然体でも世の中をこうやって見るとこんなに素敵なんだなという気づきもあり、世界が広がっていくような読書体験でした。

又吉:ありがとうございます。すごくうれしいです。

宮田:読んでいると、又吉さんの魅力にもどんどん引き込まれていきました。この本のタイトルには、どういった想いが込められているのでしょうか?

又吉:もともと月を見るのがすごく好きなんです。夜の公園で一人でサッカーしながら、今日は見えるとか見えないとか、どんな形をしてるだろうとか、子どものときからそうやって見てました。日々変化しているのに動かずにそこにあって、「月」っていうひとつの名前で成立しているところに魅力を感じます。「散文」は、短歌でも俳句でもなければ詩でもないけど、文章ということで。移ろいながらもたしかに存在するもの同士を組み合わせました。

宮田 裕章

宮田:諸行無常の移ろいゆく世界の象徴である月と、自らが関係を結んでいく文章。これこそ又吉さんの個性でもあるというか、素敵な組み合わせですね。また、書籍と同じ名前の「月と散文」というオフィシャルコミュニティも開設されていますが、立ち上げられたきっかけは何だったのでしょうか?

又吉:もうちょっとを書いてみようというのが大きかったんですけど、コロナ禍で活動が制限された時期でもあったので、表現の場所を作りたかったこともあります。

ほかの芸人のみんながやっているのだと、コミュニケーションを相互的に取り合うものが多いですけど、なんとなく僕は、一人雑誌を作るみたいなイメージでやってみたかったんです。参加してくれた方のコメントを見れたりもするので、僕にとってそこは新しい変化でもありました。

宮田:いわゆるSNS的な文脈というよりは、静かに文章を大事に思っている人たちとつながりながら、思索を深めていくような場なんですね。

又吉:このコミュニティにいる方は、小劇場に来てくれるお客さんみたいな感覚と近いですね。だから実験的に思いついたことや自分の考えを共有したり、ここで作ったものを書籍化するということだったり、いろんなことが生まれるといいなと思っています。この書籍『月と散文』でいうと、150本ぐらいの文章を50本ぐらいまで絞ってるので、まさに今お話していたことが形になったっていう感じです。

深く潜る表現をするためには?メジャーとマイナーについての考察

又吉 直樹

又吉:お笑いライブの劇場って、200〜300人ぐらいのキャパのところが多いんですけど、そこでやる理由のひとつには、新しいネタをいろいろ試せるっていうのがあると思うんですよ。小説を書いている中では、その役割を担っているのが文芸誌なのかなと思っていて。ライブ会場にいるお客さんの前で挑戦的なネタをやらせてもらう感覚に近いというか。

宮田:たしかに文芸誌っていうのは、メジャー路線ではないかもしれないけれど、細かいディティールまでわかってくれる濃いコミュニティですよね。

又吉:ええ。大きな舞台になればなるほど、実験的なことや挑戦をしなくなるというか、作品としてちゃんと出来上がったものを作らなければいけないみたいな意識になってしまうので、それは良くないなと思っていて。そういう意味でも「小劇場的な場」っていうのは大事なんですよね。

宮田 裕章

宮田:メジャーとマイナーの両方をやっていかないと、表現が深まっていかない場合があるということですね。これは研究者にとっても同じことがいえますし、多くの分野のクリエイターにも通じるところかもしれません。例えば、浅瀬を泳ぐ仕事はルーティーン化すればどんどん上手くなるんですけど、気づくと深く潜れなくなっていることがあるんですよ。新しいものをつかみに行く時間がないと、どんどん小手先の表現だけになっていってしまうので。又吉さんはまさに、深く潜ってそれを共有しながら、そのチャレンジの部分をコミュニティの皆さんとやられているっていうことなんだと思います。やはりリフレクションがないと、その感覚はつかめないので。

又吉:でも、キャリアを積んでいくと、立場によっては責任が大きくなっていくじゃないですか。そうするとやっぱりチャレンジしにくくはなりますよね。それはどうやって回避したらいいんでしょうか。

宮田:私に限ったことでいえば、パターンがつかめてくると、最初は全力でやっていたことが小さい力でもできるようになるので、どうしてもラクをすることを覚えてしまうんです。そうすると変化に対応できなくなるので、
定期的に「お前はバカじゃないのか?」っていうことを意識的にやるようにしています(笑)。しかもポーズとしてじゃなくて、全力でやることが大切なんです。

又吉:それ、めちゃくちゃ大事ですよね。本当にそう思います。

「井の中」からしか見えない景色と、「井の中の蛙」だからこそできることがある

又吉 直樹

又吉:これはさっきの「浅瀬でしか泳げなくなってたら危険」っていうお話とつながるんですけど、「井の中の蛙」って言葉あるじゃないですか。あれって、井の中の蛙は大きな海を知らないっていう話ですけど、そんな大きな海にいる魚たちは、すごい怯えながら生きてるじゃないですか。だから井の中にいる蛙のほうが、安全も確保されてて自由にいろんなこと考えられるし、なんだったらもう宇宙と向き合うみたいなこともできるわけじゃないですか。だからそこの部分も重要やなと思うんです。

宮田:いやあ、すばらしい。まったくその通りだと思います。井の中の蛙はたしかに大海は知らないけれども、そこでしか見えないこともある。むしろ、又吉さんが今おっしゃったように、大海を知りすぎてしまうことによって萎縮してしまうよりは、井の中だからこそのびのびとできることをやって、突き抜けたものを磨いて提示するというやり方も大いにありますよね。今いる環境に目を向けながら世界や宇宙を見るっていうのが、これからのクリエイションにおいてものすごく重要になってくるはずです。

宮田 裕章

又吉:今までって、そういうやり方が合っていた人たちも、とりあえず大海に出ていって何とか泳ぎ切ることを求められてきたような。だからそこで泳ぎ切れる人たちが素晴らしい能力の持ち主っていうのは、大前提としてあるんですけど。みんながみんな、そうなれない人まで無理してそうしなくてもいい時代になりつつあるということでしょうか。

宮田:まさにおっしゃるとおりです。今は世界中であらゆる価値観を共有しながら、さまざまな人とつながって、より高みを目指そうという時代になっています。ここがクリエイションや想像力をひらいていく面白さになっている気がしますね。今の「井の中の蛙」のお話は、非常に本質を得た言葉だと感じました。

又吉:僕自身は、浅瀬も深いところを潜るのも、井の中も大海も、全部当てはまる気もします。無理して怯えながら泳いでんなあ、泳げてんのかなあって思うときもあれば、小さいところだけど、自由にものを作れてるなって思えるときもあって。僕の仕事だとおそらく両方必要なんやろうなって思うんです。どこでやるかも大事ですけど、結局のところはやっぱり自分が何をやるかっていうことですよね。

宮田:間違いなくそうですね。そういうものの原動力になるのは、やはり好奇心。挑戦することを諦めない気持ちや、変化を求めるスタンスというのは、どこかに持ち続けていたいものです。

又吉直樹氏×宮田教授

撮影場所:UNIVERSITY of CREATIVITY

 

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又吉 直樹さん

お笑い芸人。作家

1980年大阪府寝屋川市生まれ。吉本興業所属。2003年にお笑いコンビ「ピース」を結成。
2015年に本格的な小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。同作は累計発行部数300万部以上のベストセラーとなる。2017年には初の恋愛小説となる『劇場』を発表。2022年4月には初めての新聞連載作『人間』に1万字を超える加筆を加え、文庫化。2023年3月、10年ぶりのエッセイ集となる『月と散文』を発売。
他の著書に『東京百景』『第2図書係補佐』、共著に『蕎麦湯が来ない』(自由律俳句集)、『その本は』など。
又吉の頭の中が覗けるYouTubeチャンネル【】 、オフィシャルコミュニティ【月と散文】 も話題。

宮田 裕章さん

慶應義塾大学医学部教授。Wellulu アドバイザー

2003年東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士
2025日本国際博覧会テーマ事業プロデューサー
Co-Innovation University 学長候補
専門はデータサイエンス、科学方法論、Value Co-Creation
データサイエンスなどの科学を駆使して社会変革に挑戦し、現実をより良くするための貢献を軸に研究活動を行う。
医学領域以外も含む様々な実践に取り組むと同時に、世界経済フォーラムなどの様々なステークホルダーと連携して、新しい社会ビジョンを描く。宮田が共創する社会ビジョンの 1 つは、いのちを響き合わせて多様な社会を創り、その世界を共に体験する中で一人ひとりが輝くという“共鳴する社会”である。

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