温泉に入ったときのツルツルのお肌は、誰もが経験したことがあるのではないでしょうか?
研究でマグネシウムイオンが体内で肌によい働きや影響を及ぼしてくれることがわかった。現在では、マグネシウムを含む化粧品も増えお肌によいのはわかってはいるが、実際にどのようなはたらきをして、どのような効果があるのだろうか?
そこで今回、北里大学未来工学部の岡浩太郎教授にマグネシウムイオンの効果やそのしくみ、効果的な摂取方法などについて伺った。
岡 浩太郎さん
北里大学未来工学部 教授
皮膚のツヤやうるおいを守るなど、幅広い分野で注目される「マグネシウムイオン」
──マグネシウムイオンの研究に取り組む背景やきっかけについて教えてください。
岡教授:2008年にノーベル化学賞を受賞された下村脩先生の蛍光タンパク質の研究など、細胞内の出来事を視覚化する研究は日本では伝統的に行われています。ただ、細胞内のタンパク質・カルシウムイオンの動きを可視化する研究は非常に多いのですが、マグネシウムイオンの研究はほとんど行われていないという状況でした。
そのため、私も当初はマグネシウムイオンの研究にあまり興味を持てなかったのですが、2005年頃に細胞内のエネルギー生産部位であるミトコンドリアから大量のマグネシウムが放出される瞬間を発見したことで、マグネシウムイオンの研究にどんどんのめり込んで行きました。
──マグネシウムイオンの動きを視覚化する研究から、どのようにして「皮膚」の研究にも取り組むようになったのですか?
岡教授:マグネシウムイオンに関する講演会に出席したときに、資生堂の方からお声かけいただいたことがきっかけです。「温泉に入ると、なぜ肌がツルツルになるか知っていますか?」と資生堂の方に聞かれ、温泉に含まれるマグネシウムイオンが皮膚にうるおいを与えていることを知りました。これを機に資生堂との共同研究がスタートし、皮膚にある細胞「ケラチノサイト」の中でマグネシウムイオンがどう動くのか?を研究するようになりました。
──最近、マグネシウムを含む化粧品などを見かける機会も増えた気がします。
岡教授:そうですね。私が研究を始めた2000年頃に比べると、マグネシウムイオンの注目度は上がってきたと感じています。科学番組などでマグネシウムイオンの特集が放送されるなど、化粧品だけでなく幅広い分野で注目されつつあるのかもしれません。最近では、老化によってできる皮膚の細胞の隙間を埋める成分としてマグネシウムイオンが注目されています。
──皮膚のツヤやうるおいを保つ成分として、マグネシウムイオンの研究は日々進んでいるということですね。
岡教授:マグネシウムイオンには抗酸化作用やミトコンドリアの機能をサポートする効果もあると考えられています。過去に、パーキンソン病のような機能不全になる細胞を使った研究に取り組んだのですが、その際に細胞のマグネシウム濃度を上げることで細胞死が抑制されることを発見できました。
紫外線が肌トラブルを引き起こす理由
──今研究は「マグネシウムイオン」と「酸化ストレス」の関係性を可視化することがメインテーマだと思うのですが、そもそも「酸化ストレス」が皮膚に与える影響について教えてもらえますか?
岡教授:酸化ストレスは、肌の老化、炎症やさまざまな疾患の原因になると考えられています。そもそも酸化ストレスとは、「活性酸素」が過剰に産生された状態のことを言います。私たちの体にはこのような状態を抑えるための仕組みを備えているのですが、紫外線の暴露などによって「活性酸素」を抑えられず、身体に悪影響を及ぼしてしまうことがあります。
──「活性酸素」が皮膚や身体に悪影響を与えているということでしょうか…?
岡教授:「活性酸素」には、例えばシグナル伝達や免疫機能として働いている分子もあります。問題となるのは、紫外線などの外的要因により「活性酸素」が過剰に産生され、それを身体が抑えきれずに皮膚のトラブルや細胞の損傷が生じることがあるという点です。全てが悪いというわけではなく、そのバランスが崩れることによって問題が生じるのです。
──なるほど…。紫外線が影響して「活性酸素」が過剰に生産されること(酸化ストレス)はわかったのですが、「活性酸素」がどう影響して肌トラブルを引き起こすのでしょうか?
岡教授:“生体のエネルギー通貨”と呼ばれる「ATP」をつくるミトコンドリアの活動を、酸化ストレスが阻害するためです。ミトコンドリアが充分に活動できないと、肌内の「ATP」量が減少し肌の老化や炎症が生じてしまいます。
──そういうことだったのですね、ありがとうございます。
マグネシウムイオンが酸化ストレスに強い状態を形成する?
──ようやく本題に入るのですが、今研究で視覚化できたマグネシウムイオンの活動や役割について教えてください。
岡教授:今回の研究では、皮膚表皮の大部分を占める細胞「ケラチノサイト」内における、マグネシウムイオンとミトコンドリアの関連性に焦点を当てました。蛍光イメージング法とよばれる研究方法を使い、酸化ストレスにさらされた細胞内でマグネシウムイオンはどのように動くのか、そしてその動きがミトコンドリアの活動にどのような影響を与えるのかを検証しました。ミトコンドリアの活動状態を把握する指標として、ミトコンドリアの膜電位を計測し、評価しました。
──検証の結果、何がわかったのでしょうか?
岡教授:まず、「ケラチノサイト」が活性酸素種のひとつである過酸化水素にさらされた際に、細胞内マグネシウムイオン濃度が増加しました。そして、マグネシウムイオン濃度の増加が、ミトコンドリアの機能低下を抑制し、酸化ストレスから細胞を保護することが明らかになりました。
また、さらに面白い発見として、細胞外からマグネシウムイオンを取り込ませることでこの保護効果を増強できることがわかりました。下のグラフは、マグネシウムイオンを標準濃度にした場合、マグネシウムイオンを追加した場合、それぞれのミトコンドリア膜電位の変化率を表しています。
このグラフを見ると、細胞内のマグネシウムイオン濃度を追加した分だけミトコンドリア膜電位の低下を抑制していることがわかります。つまり、マグネシウムイオンが酸化ストレスによるミトコンドリアのダメージを抑えているということを示しています。
──マグネシウムイオンを追加する・しないで、皮膚細胞へのダメージに結構な差がありますね。また、今回の研究・検証を通じて他に解明できたことはあるのでしょうか?
岡教授:マグネシウムイオン、ミトコンドリア、ATPの産生と消費において、ポジティブなフィードバックループが形成されていたことも興味深い発見でした。
──フィードバックループ??
岡教授:はい。まず細胞に酸化ストレスが起こると、細胞膜や遺伝子の損傷を修復するために大量のATPが消費されます。このATPとマグネシウムイオンは通常結合して細胞内に存在していて、ATPが利用されると、マグネシウムイオンは分離し、細胞内のマグネシウムイオン濃度が上昇します。そして、ミトコンドリアはこのマグネシウムイオンの濃度上昇を検知して、ATPの生成を加速させます。
下の図は、この一連のフィードバックループを現したものになります。
これらの結果を踏まえると、表皮細胞にマグネシウムイオンを事前に供給しておくことで、酸化ストレスに対応できる表皮細胞の状態を形成することができます。
──つまり、外出する前にマグネシウムイオンを含んだUVクリームを塗布しておくことで、紫外線による酸化ストレスに強くなれる、ということでしょうか?
岡教授:あくまで、その可能性があるということです。外部からマグネシウムイオンを供給しておくとミトコンドリアはATPを大量に産生します。細胞内にATPが大量にある状態なら、酸化ストレスが発生しても十分なエネルギーを持って対応できます。実際に、この性質を利用して、マグネシウムイオンが紫外線対策の化粧品などにも含まれています。
──なるほど。すごい勉強になりました。今日から日焼け対策の視点が変わりそうです。最後にこれから取り組もうと考えている研究について教えてください
岡教授:今後は細胞のエネルギーの使用方法について解明していきたいと考えています。細胞がどのようにして効率よくエネルギーを使っているのか、逆にどのようなエネルギーの無駄があるのかを解明する研究をしています。車がガソリンを消費して走行する際やPCが電力を消費して計算を行う際に熱が発生するように、エネルギーの一部が熱として放出される現象があり、細胞のエネルギー利用効率と熱の放出には関連があると私は考えています。エネルギー利用の効率性や無駄を正確に把握することで、細胞の健康や機能を保つヒントが見つかるのではと考えています。
また、マグネシウムイオンの領域についても、より多くの研究者に参加してもらいたいと感じています。そうすることで、さらに新しい発見などの連鎖反応が起こる可能性があると期待しています。一見つまらない研究に見えても、それを面白く展開させることが研究者の力だと私は信じています。
Wellulu編集後記:
今回は、私たちの身近に存在する「マグネシウムイオン」に焦点を当て、細胞内の「マグネシウムイオン」の動きや効果について研究している岡先生にお話を聞きました。取材を通じて、表皮細胞を紫外線による酸化ストレスに対応できる状態にするサポーターとして「マグネシウムイオン」の働きを理解することができました。(肌をアップデートすると言うと誤解を招きそうですが、そういうイメージを持ちました。)
マグネシウムの研究もそうですが、岡先生がこれから取り組む細胞のエネルギー利用効率についての研究もすごく気になるところです。今後の健康や美容に関する新しいアプローチとして、今回のような研究がどんどん進化すれば良いなと感じました。
本記事のリリース情報
ウェルビーイングメディア「Wellulu」で岡教授が取材を受けました