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女性リーダーシップが働く人の希望を高める。理想的な社会の在り方とは【学習院大学・金准教授】

「ダイバーシティ・インクルージョン」という言葉をご存じだろうか。「ダイバーシティ」という言葉はニュースなどで聞く機会も増えており、「多様性」という意味を持つ。「インクルージョン」は内包や包括を意味している。

つまり、ダイバーシティ・インクルージョンとは、性別や年齢、国籍などが違う人々が多く生きる社会で、それぞれの「個性」を受け入れてより活かした働き方を実現しようという考え方をさしている。

ダイバーシティの研究の中で、日本は他国に比べると「性別による役割」が固定化しやすく、「女性リーダーシップ」には懐疑的な反応があるなど、独特の風土があるという。ダイバーシティ・インクルージョンを経営や組織に取り入れることの意義や、よりよい生き方・働き方に向けて私たちは何をすればいいのか。

今回は研究の第一人者である学習院大学 金素延准教授に、これからの「ダイバーシティ・インクルージョン」の在り方と「女性リーダーシップ」の役割について伺った。

金 素延さん

学習院大学国際社会科学部 准教授

2014年に博士(国際経営)を取得(高麗大学大学院)。明治大学大学院経営研究科の特任准教授、就実大学経営学部の講師などを経て、2021年4月より現職。研究分野は国際人材管理や組織行動であり、特にアジア国におけるグローバルリーダーシップ、女性リーダーシップ、ダイバーシティ、人材育成・管理に焦点を当てて研究中。この関連研究は、国際的なジャーナルや書籍に発表されている。
最近の出版物: https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-031-25924-1_1

これからの社会に必要なダイバーシティ・インクルージョン

── はじめに、金先生が今回の研究をしようと思ったきっかけを教えてください。

金准教授:私はグローバル化する社会の中で、「企業の理想的な在り方」や「女性のリーダーシップ」について興味がありました。多様性と個性を尊重したマネジメントは、企業の成功に不可欠な要素となっています。韓国の方でも同テーマを研究していたのですが、ひとことに「ダイバーシティ・インクルージョン」といっても国ごとに風土や課題が異なるので、日本についても興味を持ち、学習院大学の方で研究を進めています。

── 研究の中で、日本の社会や企業にはどんな特徴が見られましたか?

金准教授:日本はダイバーシティ・インクルージョンの効果が、現状は出にくい風土だと見られています。理由として、文化として根付いた「男性中心の社会環境」「女性リーダーシップに対する懐疑的見方」の2つがあります。

「男性中心の社会環境」というのは、日本は男性性が高い国であり、競争が厳しく、物質的価値や成功を求める傾向が強いです。日本社会ではこれらの男性性を持つことが、成功しやすい土壌を形成しており、そのためリーダーシップは主に男性が担うべきという認識が広く浸透されています。

対して、「女性のリーダーシップ」は、根拠なく懐疑的に見られる傾向があります。男性がリーダーシップをふるい、女性がサポートに回る方が理想的な形である、などジェンダーステレオタイプ=固定観念が強く、ダイバーシティ・インクルージョンの根幹である「その人の個性や能力に焦点をあてた活躍を…」という部分に、目がいきにくいのではないかと思います。

また、過去においては会社に就職すると「組織人」として最適化することが推奨され、男女関係なく「個性を抑え込む」ことが求められました。しかし、現在の研究では「個人の個性や能力」を尊重し、それを戦略的に活用することが企業の成長に欠かせないとされています。男女の平等や多様性を尊重する文化を整備することが企業の成長につながってきます。

「両利きリーダーシップ」という柔軟な考えかた

── ダイバーシティ・インクルージョンを実現するにはどのような工夫が必要でしょうか?

金准教授:ダイバーシティ・インクルージョンを実現するうえで、私が注目したのは「両利きリーダーシップ」についてです。「両利きリーダーシップ」とは、「クロージングリーダーシップ」と「オープニングリーダーシップ」という手法を柔軟に切り替えて、組織の人材をマネジメントするやり方です。

「クロージングリーダーシップ」は、管理者としてのリーダー行動を指します。つまり、タスクやスケジュールの管理や業務評価といった、業務に関わる一般的なマネジメントです。無駄を省き効率化することで利益をあげる、物質的な成果が重視されます。対する「オープニングリーダーシップ」は、モチベーターとしてのリーダー行動を指します。つまり、仕事のやり方や方法において、部下に権限と裁量権を与えることで、彼らが様々なアイデアを自由に考え出し、これを実践できるようにします。そこで、上司は適時に部下とコミュニケーションをとりながら部下が今どんなことをしてみたいのか、など部下の考えや能力を理解した上で力を発揮させるマネジメントです。

先に出した古い企業の考え方では、「個性」を尊重するような後者の捉え方はムダとされ、前者の効率性・生産性ばかりが優先されます。しかし、実際にはこれらが相互に、柔軟に機能している方が実は企業にとっても個人にとってもプラスになることが分かっています。

とくに、日本では女性のリーダーシップが懐疑的に捉えられがちですが、じつは「両利きリーダーシップ」の手法はこういった状況や人の感情を読み取るセンスが得意な女性に向いていると言えます。

── 「両利きリーダーシップ」は、なぜ女性に向いているのですか?

金准教授:今回の研究では、日本の企業において女性リーダーシップに焦点を当て、女性による両利きリーダーシップが、組織のダイバーシティ・インクルージョン風土(D&I climate)と従業員の業務希望(Hope)にどのように影響するかを実証的に調査しました。

女性リーダーが両利きリーダーシップを発揮することが、従業員の職務態度に及ぼす影響とその心理的メカニズムについて仮説を立て、中堅・大手製造業で女性上司のいる従業員306人に、2回のアンケート調査を実施しました。その調査による分析結果は、以下の通りです。

①女性リーダーによる両利きリーダーシップは、ダイバーシティ・インクルージョン風土を醸成し向上させる。

②ダイバーシティ・インクルージョン風土は、従業員の職務への態度形成にポジティブな影響を及ぼす。具体的には、ダイバーシティ・インクルージョン風土によって従業員の職務希望(Hope)が高められる。

③ダイバーシティ・インクルージョン風土は、従業員の性別にかかわらず、全従業員の職務希望にプラスの影響を及ぼす。

この分析結果から、女性リーダーが両利きリーダーシップを発揮することで、組織のダイバーシティ・インクルージョン風土を促進し、従業員の業務意欲の向上につながることが解明されました。これは、女性リーダーによる両利きリーダーシップの必要性と重要性を示しています。

両利きリーダーシップのメインポイントは、状況を読み取る能力と柔軟性であります。つまり、両方のリーダーシップ手法を状況によって柔軟に切り替えて行う必要があります。そのため、女性が得意な状況(人の能力や感情を把握する能力)を読み取るセンスと柔軟性が高いことを鑑みて女性に向いていると言えます。

── 「両利きリーダーシップ」がなぜ重要なのか、そのポイントを教えてください。

金准教授:現在、企業で働く人は性別はもちろん、出身地や文化など多様な個性をもっています。定型化された「クロージングリーダーシップ」のみで、人をマネジメントすることはすでに難しく、また個性によって生まれる「可能性」も潰してしまうおそれがあります。

「オープニングリーダーシップ」によって、従業員に自由な発想の機会や権限を与えることで、彼らが職務のやり方や問題に対してさまざまなアイデアを自由に考え出し、これを実際に実践することが企業の成長にもつながりやすくなるのです。

もちろん、両利きリーダーシップは女性リーダーのみがおこなうものでなく、これからの男女のリーダーに求められるものです。旧来のやり方に固執せず、「クロージング」「オープニング」両方の考え方を持つリーダーが組織をよりよくしていけるということです。

ダイバーシティ・インクルージョンの実現には組織と個人、双方のアプローチが必要

── これから企業がダイバーシティ・インクルージョンを実践するためにどんなことに気をつけるとよいでしょうか。

金准教授:ダイバーシティ・インクルージョンを取り入れた経営を成功させるためには、企業の大きな枠組みでの改革と同時に、個人の意識を変えるような働きかけが必要なのです。つまり、多様性を受け入れる文化を整備し、男女の役割といったイメージを変革する必要があります。性別や年齢、国などではなく、「誰がどんなことを実現するのか」という個人を見ていくべきです。

従業員が「自身の個性と能力」を発揮できる環境や制度を用意し、ダイバーシティ・インクルージョン文化を定着することが重要になってきます。日本に限らず、アジア圏では「人と違うこと」を不安に思う傾向があります。「人と同じじゃないとおかしく思われそう…」という気持ちを持つ人は多いのではないでしょうか。そういった不安を払拭し、個性や働き方の多様性が尊重される組織文化の形成が大切です。

たとえば、「男性の育児休暇」という制度がある会社でも、実際利用する人がいなければ広まっていきません。リーダーの立場の人がそれを意識して勧めたり、活用する姿を見せたりすることで従業員がその制度を利用しやすい文化を浸透させる必要があります。この文化を形成するためには、経営陣やリーダーが、ダイバーシティ・インクルージョン経営について明確な目標や方向性を持ち、オープンな姿勢を定期的に発信することが求められるでしょう。

さらに「ダイバーシティ・インクルージョン」を経営に活用する上で、成功要因としてあげられるのが、上記の他、CSRレポートの発信やメンターシップ制度といったものです。専門人材によるCSRレポートの作成と配信は会社の姿勢やCSR活動を従業員にのみならず社会に知らせるという意味でとても重要です。この取り組みは、会社の評判や従業員の愛社心を向上させる効果が期待されます。また、メンターシップ制度では、キャリア形成やワークライフバランスに関する悩みについてメンターと相談できるように支援します。例えば、実際に育休から復帰した女性や男性が、今後仕事と家庭の両立するための経験を共有したり、アドバイスを通じて支援するなどの方法をとることで、不安を解消し、仕事への希望やモチベーションを高め、優れた成果を達成することができます。

── 実際、これらの試みの効果が現れてくるにはどのくらいの期間がかかるのでしょうか?

金准教授:ダイバーシティ・インクルージョン経営の効果は、長期的な視点で捉えるべきです。すぐに目に見える利益が上がったというような形ではなく、企業が持続的な成長をおこなうのに必要な施策なのです。従業員の個性の尊重は、満足度や勤務意欲につながっていますし、結果的に財務的な成果にもつながると分析されています。

効果を確実に出すには、先に挙げたリーダーの考え方や経営陣の姿勢、専門的な人的資源が重要です。多国籍企業ではダイバーシティインクルージョンの専担部署やチームを設けることが一般的です。そのようなダイバーシティ・インクルージョンの環境や体制が整っていることを前提とすれば、効果が現れるまでの期間は、6ヶ月から1年程度とされています。それ以外は、会社が置かれている内部と外部の環境によりますが、人間の学習サイクルを考えると、3年以上かかるのではないかと思われます。

── 今回の結果を踏まえて、今後取り組みたいと考えている研究テーマについて教えていただけますでしょうか?

金准教授:今後の研究テーマとして、両利きリーダーシップが男性と女性でどのように異なるか、そしてダイバーシティ・インクルージョン経営の進化について研究する予定です。個性を活かすリーダーシップや、男性が採用するべき新たなリーダーシップ観についても関心があります。

ダイバーシティ・インクルージョンと両利きリーダーシップは、企業の成功を導くための重要な要素であり、企業が将来に向けて成長していくためには不可欠な考え方です。多様性を尊重し、個性を活かす文化を築くことが、持続的な成果と組織の発展をもたらす鍵となると思っています。

Wellulu編集後記:

「自分の個性や価値観を最大限認めてもらえる職場で働きたい」という思いは、多くの人が持っているのではないでしょうか。

今回伺った「ダイバーシティ・インクルージョン」や「両利きリーダーシップ」の考え方が多くの人に浸透すれば、私たちはより生きやすくなるのではないかなと感じられました。

それには企業側の努力と共に、私たち一人一人も意識していく必要があると言えそうです。他者も自分も大切にできる社会の実現に向けて、協力していきたいですね。

本記事のリリース情報

Welluluに国際社会科学部・金准教授の記事「女性リーダーシップが働く人の希望を高める。理想的な社会の在り方とは」が掲載されました

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