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乳児から育てる「内受容感覚」とは? 自身の「体内」への意識が、社会性の発達につながっている【武蔵野大学・今福准教授】

内受容感覚とは、「お腹が空いた」とか「心臓がドキドキする」といった、自分の身体の中の状態を感じとる力のこと。

これまで、成人を対象とした研究では、この内受容感覚には個人差があり、「他者の感情認識」や「アイコンタクトの敏感さ」などの社会性に関わる能力に重要な役割を果たすことがわかっていた。しかし、乳児では内受容感覚の個人差が、社会的認知能力(他者の感情認識やアイコンタクトの敏感さなどの社会性に関わる能力)とどのように関連するのかについては解明されていなかった。

武蔵野大学 今福理博准教授らの研究グループは、心拍とモニター上の図形の動きを同期/非同期させる新技術によって、乳児の「内受容感覚の個人差」を測定することに成功。内受容感覚に敏感である乳児ほど、養育者と遊ぶ時にアイコンタクトを多くすることを明らかにした。

今回は研究の第一人者である今福准教授に、「自身の体内の感覚がなぜ社会性に影響するのか」「内受容感覚を乳児から育むにはどうしたらいいのか」など詳しいメカニズムについて伺った。

今福 理博さん

武蔵野大学教育学部幼児教育学科 准教授

京都大学博士(教育学)。慶應義塾大学文学部卒。京都大学大学院教育学研究科修了。京都大学大学院教育学研究科特定助教、日本学術振興会特別研究員(PD、東京大学大学院総合文化研究科)を経て現職。発達心理学を専門に、乳幼児の社会性や言語の発達を研究。絵本に『どこかなどこかな?』(エンブックス)、著書に『赤ちゃんの心はどのように育つのか:社会性とことばの発達を科学する』(ミネルヴァ書房)、共著書に『ベーシック発達心理学』(東京大学出版会)など。

研究室ホームページ:https://sites.google.com/site/masahiroimafuku/

心や社会性の発達に影響する「内受容感覚」とは

── はじめに、今福先生が今回の研究をしようと思ったきっかけを教えてください。

今福准教授:教育について関心があり、学生時代に教職免許(中学校・高等学校教諭一種免許状(英語))をとりました。「発達心理学」を学ぶ中で、「人間らしさとは」とか「人間てどんなもの?」という点が気になっていたんです。

子どもとはいろんな社会の影響を受ける前の「ヒト」であり、そういう観点から研究することで、言葉の獲得の仕組みや社会性がどのように身に付くかを解き明かしたいと考えました。

── 今回の発表の「内受容感覚」って、興味深いですよね。慣れない言葉ですが、人間にとって重要な機能で…どんなものかわかりやすく教えてください。

今福准教授:「内受容感覚」というのは、子どもに限らずみんなが持っている感覚なんですね。心臓がドキドキするとか、胃の辺りが収縮する(=お腹が空いた)とか。自分の身体の中の状況を察する力と考えるとわかりやすいと思います。

ちなみに「外受容感覚」というのは五感ですね。物を触るとか、見る、聞くといった行為の情報を捉える力のことです。

── なぜ、自分の「身体の中」のことを感知する力が社会性にも関わってくるのでしょうか?

今福准教授:内受容感覚が人の「感情」や「共感」にも影響すると考えられているからです。「今ドキドキしている」とか、「身体が心地よい」とか逆に「不快だ」といった状態に自分の感覚が鋭敏だと、相手の感覚を想像するのも上手になると言われています。ちょっとした相手の変化にも気づければ、それが会話や相手への距離感などの調整にも役立ちます。

「内受容感覚」に敏感な乳児はアイコンタクトをよくする

── 自分の内受容感覚が鈍い・鋭いというのはどのような方法で知ることができるんですか?

今福准教授:大人の場合には、自分の心拍数を意識してもらって、例えば100秒間にどれくらい鼓動が打っているかなどを脈をとらずに数えて回答してもらいます。すると、内受容感覚が鈍い人は大きく数が離れますし、鋭い人は実際の心拍数をピタリと当てられるんです。すごいですよね? これは自分でも試せる方法なので、興味のある方はやってみてください。

ただし、今回の研究では、生後6ヶ月の乳児の内受容感覚がテーマだったので調べ方が少し変わります。乳児は身体の中の変化を自分で言語化することができないので、心拍をはかり、それとリズムが合致する動きをする図形(同期図形)と、合致しない動きをする図形(非同期図形)を目の前に見せます。

すると、この時期の乳児は、自分と異なるものに興味を示すので、内受容感覚が鋭い子ほど、非同期図形に視線が引き寄せられたり、興味を示したりするんです。

── なるほど、赤ちゃんが自分とは異なるものに興味を示すというのも興味深いですね!
この内受容感覚をうまく育てる方法というのはあるのでしょうか?

今福准教授:今回の研究で、乳児のころから内受容感覚に個人差があることがわかってきました。また、内受容感覚が鋭敏な子ほど「アイコンタクト」することもわかり、内受容感覚は社会性の発達にも関連しているようです。アイコンタクトは、社会性を持つための基本的な所作で、「これからあなたに話しかけるよ」とか「相手がどんな感情を持っているのかな」といったことを捉えるためにおこなものです。

そして、赤ちゃんがアイコンタクトを取っている時というのは、お母さんやお父さんに抱っこされていることが多く、その際に「心地よい」とか「嬉しい」という感覚を持っています。副交感神経が優位になり、心臓の動きなどもリラックスした状態になります。

こういった状況では触覚や視覚といった外受容感覚はもちろん、心拍の安定など内受容感覚も働いている状態なんです。これらの相互の感覚を使いながら、社会性を学習していくわけです。また、内受容感覚の感じ方として、先ほど自分の「心拍」を意識することを説明しましたが、この処理をしているときは脳の「島皮質」や「前帯状皮質」という部分もよく働いているんです。

そのため、乳児期の内受容感覚についての脳内基盤は未解明ですが、これらがしっかりできている子ほど後々の人とのコミュニケーションにもストレスを感じにくいとか、関係性をうまく作れるなど「社会性」の部分が成長していくのではないかと考えられています。

内受容感覚の育て方は、まだ研究している最中ではありますが、赤ちゃんと接する際にしっかり「アイコンタクトを取ること」その際に「笑顔で接すること(安心感や喜びにつながる)」が、それらの感覚を豊かにしていくのではないかと予測しています。

また、この内受容感覚は親子で「相互」に機能する可能性があり、今回の研究では内受容感覚が鋭敏でアイコンタクトをたくさんとる赤ちゃんだと、親御さんの笑顔が増えているほか、別の研究では内受容感覚が鋭敏な親御さんほど、子どもの些細な状態変化に親御さんが気づきやすくなるという分析結果も出ています。

── 親子で密接に影響しあっているということなんですね。ちなみに内受容感覚がうまく育たなかったり、鈍感だったりする場合はどんな弊害があるのでしょうか?

今福准教授:自分の身体の中の状態に気づきにくいというのは、単純に病気や不調への違和感にも鈍感になってしまうと思います。また、自身の感情や他者の状況もうまく捉えられない可能性はあります。

「人とのコミュニケーションが上手くいかない」とか、「人間関係にストレスを感じる」と悩んでいる方が、いきなり社交的になるのは難しいと思うのですが、内受容感覚を意識して育てることで、内側から改善することができるかもしれません。

大人が内受容感覚を意識することもメリットになる

── それはいいですね!確かに外側から変えるよりハードルは低そうです。 大人になってから内受容感覚を鋭敏にする方法ってあるのでしょうか?おすすめの方法があれば教えてください。

今福准教授:普段は無意識な自分の身体の中に意識的に注意を向けることで、感覚が高まり、そこに関連する脳の働きも高まると言われています。

「マインドフルネス」法というポピュラーな方法もありますので、試してみるといいかもしれません。マインドフルネス法の手順については下記の図をご覧ください。内受容感覚を育てることはもちろん、睡眠の向上やストレスの緩和などに役立ちます。自分がしやすい時間やタイミングを決めて、定期的におこなうのがおすすめです。

── 本日はありがとうございました。最後に、今福先生が今後の研究や活動をどのように進めていくのかについて教えてください。

今福准教授:乳児の内受容感覚や感情、社会性の獲得の流れを研究することで、赤ちゃんと親御さんとの関係をより良くしていけたらなと思っています。また、保育・幼児教育で注目されている、忍耐強さ、意欲、社交性などの「非認知能力」の研究も行っています。

さらに、研究成果を子育てに関わる方々に届けていきたいと思っています。たとえば、多くの親御さんが苦労されるイヤイヤ期とかも、「今この子の気持ちはこんな状態だから、こんなに騒いでいるんだな…」とか、仕組みがわかれば少しはストレスを軽減できるかもしれません。

また、絵本を通しての子育てへの貢献にも興味があります。これまで、絵本『どこかな どこかな?』(エンブックス)や本『赤ちゃんの心はどのように育つのか?:社会性とことばの発達を科学する』(ミネルヴァ書房)などを作ってきたのですが、子どもの心を育むような本を今後も作っていきたいと思ってます。

発達心理学の知見はいろいろあるけれど、一般の方にはわかりにくかったり、未知の部分も多いと思います。将来的にはこうやって育てれば良いですよって、根拠を持っていえたらいいなと思って研究を進めています。

Wellulu編集後記:
自分の体内に対する意識が、社会性に影響していく…というのは、はじめ不思議な感覚でしたが、先生の説明を聞き、「なるほど」と思う部分が多くありました。

「アイコンタクトを取る」という些細なところから、赤ちゃんの内受容感覚や社会性が成長していくというのも興味深いですね。

内受容感覚は大人になってからも磨くことができるそうなので、忙しく動く外のことだけでなく、たまには時間をとって自分の中を見つめ直してみたいと思いました。

本記事のリリース情報

8月22日|Wellulu:乳児から育てる「内受容感覚」とは?自身の「体内」への意識が、社会性の発達につながっている

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