睡眠薬の定期的な服用は、身体にどのような影響を及ぼすのだろうか?
佐賀大学医学部附属病院薬剤部の島ノ江千里教授らの研究によって、不眠症で睡眠薬を週1回以上定期的に使用している人は、死亡リスクが1.3倍に高まることが明らかになった。
また、服用していない人と比較して、循環器系、神経系、損傷、中毒、および外的要因が関連する死亡がより多くみられたという。
今回は島ノ江教授に、研究の内容と睡眠薬と死亡リスクの関係について詳しいお話を伺った。
島ノ江 千里さん
佐賀大学医学部附属病院 薬剤部長・教授
不眠症による睡眠薬の服用が死亡リスクに影響
不眠症とは?
── 今回の研究では“不眠症で睡眠薬を服用している人”に着目されていますが、まず「不眠症」とは一体どのような病気なのでしょうか?
島ノ江教授:必要な睡眠時間を十分に取れなかったり、睡眠の質が低下してしまったりすることで、日中の疲労や集中力の低下が起こり“生活に支障をきたしている状態”です。
「なんだかちょっと眠れないな」「最近寝てないな」という状態のことではありません。
── 睡眠不足で生活に支障がでるほど大変な状態なのですね。今回の研究で、不眠症・睡眠薬に着目されたきっかけはありますか?
島ノ江教授:これまでにも「不眠症と死亡」の関連を調べた研究はあったのですが、一貫した結果はでていませんでした。
2019年に、“不眠症と死亡”の関係について複数の研究結果を統合して解析する研究※が行われ、“不眠症と死亡には有意な関連がみられない”という結果が報告されました。
※引用:Lovato N, Lack L. Insomnia and mortality: A meta-analysis. Sleep Med Rev. 2019 Feb;43:71-83.
ですが、この研究の詳細な解析において、睡眠薬の影響を調整していない研究では、不眠症の死亡リスクが高いことに私たちは注目しました。
つまり、不眠症と死亡との関連は“睡眠薬の服用”を介しているのではないかという仮説のもと、今回私たちが“睡眠薬の服用と死亡との関連を明らかにするための研究”を立ち上げたというのが経緯です。
私は予防医学分野の疫学研究者ですが、薬剤師でもあるので、地域医療の中で睡眠薬を服用されている患者さんとお話する機会がよくあり、“不眠症の薬物療法のリスクを明らかにしたい”と考えていたこともこの研究のきっかけになっています。
睡眠薬を服用することで“不眠に対する一定、あるいは一時的な効果”は得られますが、長期的に服用したときの身体への影響はどうなのか、本当に患者さんの予後はよくなったのかという点も調べてみたいと思いました。
── なるほど、不眠症そのものではなく、服用した睡眠薬と死亡との間に関連があるかもしれないと考えたわけですね。
ベンゾジアゼピン系(BZ系)睡眠薬・非BZ薬の定期使用による影響
島ノ江教授:また、今回注目した「睡眠薬」についてお話しをすると、調査時期に日本で不眠症治療に用いられていた睡眠薬は、主にベンゾジアゼピン系(以下BZ系)や非BZ薬であり、依存性や耐性などに注意が必要な機序をもつものでした。
現在は、異なる作用機序を持つオレキシン受容体拮抗薬による治療も増えていますが、BZ系や非BZ薬のような作用機序をもつ睡眠薬で治療を受けている方たちの長期的な予後が気になったということになります。
今回の研究では、それぞれの方がどの薬をどのくらい飲んでいたかというのは調べられていませんが、主にBZ系、非BZ薬が処方されていた時期の調査結果ということになります。
睡眠薬を週1回以上服用する人の死亡リスクは約1.3倍に
── 今回の研究はどのようにおこなわれたのですか?
島ノ江教授:2004〜2014年に収集された、日本人約10万人の追跡調査のデータを用いて研究をおこないました。
まずは、不眠症になりやすい重篤な疾患を持つ方の高い死亡リスクが結果に影響しないよう「追跡調査から2年以内に死亡された方」「がんの既往がある方」などを除外して、残りの約6万人を解析対象者としました。
解析対象者のうち、週1回以上睡眠薬の服用があると答えた方は約4%くらい。年齢は比較的高い方が、そして男性よりも女性で服用している方が多くみられ、睡眠時間が短く、自覚ストレスも高いという傾向にありました。
また、飲酒習慣は少ない方が多く、これは睡眠薬を飲んでいるとアルコールを加減することもありますし、服用している方は比較的高齢なので “もともと飲酒習慣がない方”が多いということも考えられます。
既往症についても確認していますが、病気を持っている方が全体的に高いです。別の病気で通院されたときに、不眠症を訴えて薬剤を投薬されているケースも多いと思いますし、病気が原因で不眠症が引き起こされている可能性もありますね。
── 睡眠薬を服用されている人の背景がよくわかりました。死亡リスクについてはどのような結果がでたのでしょうか?
島ノ江教授:睡眠薬を服用していない方のリスクを1としたところ、服用した方の死亡リスクは約1.3倍という結果になりました。
性別や年齢による影響を考慮しても睡眠薬を服用している人の死亡リスクは服用していない人の1.36倍。喫煙・飲酒などの生活習慣や睡眠時間、ストレスなどの影響を補正しても1.35倍。肥満やほかの疾患を考慮しても1.32倍です。
循環器系疾患や睡眠時無呼吸症候群がリスク因子に
── どういう原因でお亡くなりになったかは、わかっているのでしょうか?
島ノ江教授:はい。睡眠薬を服用している方としていない方を比べたグラフです。
引用:Sogawa R, Shimanoe C et al. Sleep Med. 2022 の結果を元にグラフをデザイン
服用している方は、服用していない方に比べ循環器系の死因がかなり多いことがわかります。また、怪我や中毒、外的要因で死亡した割合も睡眠薬を使用している方で少し多いことがわかります。
── 本当ですね。循環器系に影響がでているのは、どういったことが考えられるのですか?
島ノ江教授:性別・年齢でわけ、睡眠薬を服用している方の死亡リスクを算出したところ、女性よりも男性の方が、60歳以上より60歳未満の方が死亡リスクが高い結果となりました。
60歳未満、あるいは男性は働きながら不眠症の治療をしており、なかなか生活習慣の改善がしにくい環境であるため、不眠症症状が改善しにくく、結果として睡眠薬を長期間服用している可能性があります。
この長期服用や不眠症治療の難しさが高い死亡リスクを示した理由の1つにあるのではないかと思います。
── 働きながら治療をしているので、不眠症がなかなか改善せず薬の服用期間が長くなっている可能性があるんですね。
島ノ江教授:本研究では“睡眠時無呼吸症候群”であるかについては調べていないのですが、この疾患が循環器疾患につながることで、循環器疾患の死亡割合が高くなった可能性も考えられます。
実は、この“睡眠時無呼吸症候群”のリスク因子は“男性”“BZ系の薬の使用”“アルコール摂取”“肥満”などであることがわかっており、この疾患は循環器疾患の発症や進展に直接的に関与するリスク因子と言われています。
過食や飲酒、ストレスなども多い中高年の日本人男性のライフスタイルに、睡眠薬の使用が加わり、睡眠時無呼吸症候群などから循環器系疾患の発症や重症化につながって、死亡率が高かったのではないかとも考えられます。
── なるほど、男性の睡眠薬の服用は、生活習慣や睡眠時無呼吸症候群を介して循環器疾患による死亡につながる可能性もあるということですね。
依存性・耐性などの副作用が死亡リスクに関係している可能性も
── 睡眠薬の服用量などは死亡リスクの高さに影響しているのでしょうか?
島ノ江教授:私たちの調査では、対象者の服用していた薬の種類や量はわからないのですが、奥井らが2010〜2021年にかけて睡眠薬の処方量がどのように変わっているかについて大学病院の電子カルテデータを用いて解析しています。
引用:Okui T, et al. Healthcare (Basel). 2021 の結果をもとに「睡眠薬の服用と死亡との関連」の調査時期を追加し、グラフをデザイン
彼らの結果から、75歳以上の方と比較した75歳未満の方のBZ系睡眠薬の服用量が多いことがわかります。
したがって、私たちの研究の60歳未満の方たちでは、BZ系の依存性や耐性、さきほどの睡眠時無呼吸症候群など、この薬剤特有の副作用がより影響した可能性が考えられます。
引用:Okui T, et al. Healthcare (Basel). 2021 の結果をもとに「睡眠薬の服用と死亡との関連」の調査時期を追加し、グラフをデザイン
非BZ薬の服用量については、2014年以降に減っていることがわかります。気になる点としては、75歳未満の方では、2018年あたりから服用量が増加傾向となっていることです。
非BZ薬も依存性や耐性をもつ睡眠薬ですので、このような使用背景が、60歳未満の方たちで死亡リスクが高かった結果に影響している可能性は考えられます。
── 年齢によって服用量に違いがあり、非BZ薬は一旦減っていながらも最近は少しずつ増えてきているんですね。
島ノ江教授:はい。“60歳以上より60歳未満の方が死亡リスクが高い”という意外なことが私たちの研究でわかりましたが、リタイア前で働いている方であれば、車の運転など日常生活で活動する場面が多いですよね。
活動をする中で、睡眠薬の影響によって転倒してしまったり事故を起こしてしまったりして、リスクが上がることも予測できます。
近年、BZ系、非BZ薬剤と異なる機序を持つ「オレキシン受容体拮抗薬」は、より安全性の高い有用な睡眠薬であると言われています。治療薬の選択肢が増え不眠症治療が変わっていくこと、あるいは不眠症予防となる生活習慣への改善により死亡リスクは低減できるものと考えます。
睡眠薬の服用を減らす・やめるために。減薬・休薬のタイミングとは?
── 今不眠症の症状があり睡眠薬を飲まれている方や、これから不眠症の治療を考えられている方は、睡眠薬とどう付き合っていくといいのでしょうか?
島ノ江教授:ポイントとしては“睡眠薬というのは減薬・休薬することを目指しながら、不眠症状を楽にしていくものだ”と理解して睡眠薬を使用すること。そして、“どこで減量・休薬開始を考えたらいいか”を意識するというところだと思います。
たとえば“血圧が高いのに、血圧の薬をやめてしまったら脳梗塞になりますよ”などの疾患とは違って、不眠症の治療は日中の生活を担保するためにおこなうものです。
「不眠の症状も改善し始めてるな」「身体の調子がよくなってきたな」と思えたら、薬を減らしていく・やめていくタイミングなんですね。
ただ、突然やめてしまうと、また症状が戻ってしまったり、抗うつ作用もあるものを飲んでいる場合は不安感が出てしまったりすることもあり得ますので、自己判断による減薬や休薬には注意する必要があります。
そこは医療者である主治医に頼っていただき、どうやって休薬・減量をしていったらいいのかをきちんと一緒に話し合ってすすめていただければ大丈夫かと思います。
【睡眠薬とうまく付き合うためのポイント】
- 睡眠薬は“減薬・休薬を目指して”服用しよう
- 不眠の症状や身体の調子の改善がみられたら、減薬・休薬のタイミング
- 医療者とよいパートナーシップを築き、話し合って治療に臨もう
── 減薬・休薬することを念頭において、睡眠薬での治療に向き合うことが大切なんですね。
島ノ江教授:そうですね。やはり医療者とのパートナーシップはとても大切で、自分の気持ちや体調をディスカッションできる間柄でいられることがすごく重要だと思います。
今の患者さんは、さまざまな場所で医療に関する情報を得ることができるので、ご自身で治療の可否を判断されることもありますが、「今の自分の体調は●●ですが、今後の治療はどうなるのでしょうか」と医療者に相談することが大切です。
医療者は専門知識を持っていますので個々の患者さんの状況にあった対応ができると考えます。不安な点はしっかり話していただいて、患者さんと医療者が一緒に考えながら治療方法を選んでいくという点は、不眠症の治療に限らず非常に大事だなと思っています。
まずはここから!睡眠薬に頼らない不眠症ケア
── 最後に「睡眠の質を改善したい」「不眠気味をケアしたい」と思われている読者の方に、今日から実践できるアドバイスをいただけますか?
島ノ江教授:不眠症治療の最初に行う“睡眠衛生指導”でもお伝えしていることですが、まずは毎日なるべく同じ時間に起きること、そして起きたら太陽光を取り入れて、概日リズムを強化することが効果的です。
布団に入る1〜2時間前からテレビやスマホは避ける、就寝前の飲水やアルコール摂取もできるだけ避けておきましょう。定期的に運動をするなど生活習慣を正していくことも大切ですよ。
暗く静かな快適な部屋で寝るようにし、嫌なこと、不眠の原因、睡眠時間については考えないようにしてくださいね。
引用:Morin CM,Benca R:Chronic insomnia,Lancet 379:1129-1141,2012をもとに作成
── 島ノ江教授、本日は貴重なお時間をありがとうございました!
Wellulu編集後記
今回は、不眠症で睡眠薬を服用している人たちの死亡リスクについてのお話しを伺いました。
服用していない人に比べて、服用している人は死亡リスクが高く、とくに男性・60歳未満の死亡リスクが高く示されていたとのこと。
日常生活を快適に過ごすための睡眠薬ですが、減薬と休薬を目指して服用していることを意識し、医療者と良いパートナーシップを築きながら、睡眠薬と付き合っていくことが重要だと感じました。
今日からでもはじめられる“睡眠の質を上げるためのポイント”についても伺ったので、寝る前の過ごし方の見直し、就寝環境の整備など、早速取り組んでみたいと思います。
本記事のリリース情報
予防医学と臨床薬理を専門とする疫学者。2014年に博士(医学)を取得後、佐賀大学医学部社会医学講座予防医学分野助教。2018年から同大学医学部附属病院 臨床研究センター副センター長・特任准教授を経て2020年より現職。社会によりよい医療を届けるためのエビデンスの探求に、疫学的手法を用いて薬剤師視点で取り組んでいる。