筋力を向上させるためには、強い強度のトレーニングが必須とされてきたが、近年の研究では、強度に加え「トレーニング量」も重要だといわれはじめている。
芝浦工業大学システム理工学部・赤木亮太教授と静岡産業大学スポーツ科学部・江間諒一准教授らの研究チームは“トレーニング量と筋力向上度合い”の個人差を調査し「筋力を向上させるためにはトレーニング量が重要であり、トレーニングの効果が表れにくい人にとってそのことが顕著」であることを発見。
今回は江間准教授に「研究の詳しい内容と結果」についてお話を伺った。
江間 諒一さん
静岡産業大学スポーツ科学部 准教授
同じトレーニング内容でも結果が人によって異なるのはなぜ?
“テーラーメイド”のような効率化されたトレーニングを目指して
── まず、今回の研究はどのようなきっかけでおこなわれたのでしょうか?
江間准教授:トレーニングの研究は、集団を測定して出てきたデータを平均的に見て「こういうトレーニングをこれくらいおこなえば、筋力がこれくらい上がります」「筋量がこれくらい増えます」というガイドラインを導き出すかたちのものが多いんです。
ただ、同じトレーニングを同じだけやっていても、人によって得られる結果は異なるというケースが多くあるんです。私も学生時代、陸上競技に取り組んでいるなかで、個人差を感じたことは何度もあります。
そこの部分をクリアにしていきたいという思いがあり、今回の研究論文では個人差に着目することにしました。
── 江間准教授自身が個人差を実感された過去があったんですね。確かに体質かな、とか思いつつも同じ筋トレにも関わらず効果が異なる原因は気になります。
江間准教授:はい。ただ、その実体験からというよりは、10年前に取り組んだ研究のほうがベースになっています。
その研究でも、今回と同様に複数の方に協力していただいたのですが、トレーニングによる効果が人によって大幅に違いました。しっかり効果が出た人がいた反面、ほとんど効果が出ない人もいた。
そのとき、自分のなかで効果が出ないことに対する見解が何もないのが申しわけなく思えたんです。それを機に、トレーニングにおける効率化を進めていけないかと考えるようになりました。
── 効果が実感できないとついトレーニングを挫折してしまう人も多いかと思います。
江間准教授:せっかく時間をかけて取り組むのであれば、効果が得られるものだけをやりたいと思うのは、きっと私だけではないと思います。
将来的に一人ひとりにしっかりフィットした“テーラーメイド”のようなトレーニングを提供したいという思いもあるので、そこに向かうプロセスのひとつとして、今回の研究では“トレーニング量と筋力の向上”についての関係性をクリアにしたという感じですね。
総トレーニング量と筋力の変化率を検証!
── 研究内容についてお聞かせください。
江間准教授:過去2年間、下肢の筋力トレーニングの経験がない健康な成人男性を26名集め、週3回のトレーニングを4週間実施してもらいました。
トレーニング内容は、膝関節伸展(ニーエクステンション/ひざを伸ばす動き)をおこなうグループと、股関節屈曲(ヒップフレクション/腿を持ち上げる動き)をおこなうグループに分け、それぞれ20秒に1回のペースで3秒間の運動を10回×4セット実施。
「できるだけ速く、強く、最大限の力を発揮」することをルールとし、実際にどれくらいの筋力を発揮できているかをモニタリングしました。
そのデータをもとに各個人のトレーニング量を算出し、筋力の向上度合いがどうなっているかを調べました。
同じ回数、同じセット数でトレーニングしているのに、どうしてトレーニング量が違うのかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
たとえばダンベル【50kg×10回を3セット】とメニューを固定すると、最初の1回から最後の10回まで同じパワーで動作できた人、最初は頑張っていたけど最後までは頑張れなかった人、途中で諦めかけたけど終盤で盛り返した人など、バラつきがでてしまうのです。
現状、それらをすべてモニタリングするのは難しいのですが、可視化できるような実験設定でトレーニング量を測っています。
体格(体重)に対する筋力が大きい人は、トレーニング量も大切!
── 研究の結果、どのようなことがわかったのでしょうか?
江間准教授:これが結果を示したグラフです。縦軸は筋力の変化率、横軸は総トレーニング量を示しています。
このグラフはオレンジが膝関節伸展をおこなった方、青が股関節屈曲をおこなった方を示しています。
どちらのグループも筋力が増加しており、増加の程度やトレーニング量の時間経過の変化についても、どちらのグループも同様の結果となりました。
こちらは各グループ内で筋力が大きく向上した方(緑)と筋力の変化が小さい方(ピンク)に分け、両グループを合わせて示したものです。
筋力が大きく向上したグループは、トレーニングの量と筋力向上の間に、明確な関係性はみられませんでした。
一方、変化が小さかった人たちは、総トレーニング量と筋力の変化の程度に正の相関関係がみられました。この方たちは、体格に対するもともとの筋力が大きい方々でした。“アスリート”にもそのような特徴があります。
細かい話をしてしまいましたが、すごく簡単にいうと今回の研究から“トレーニングを頑張れば頑張った分だけ、あるいは頑張った以上に筋力は向上する”ということが言えます。
体格(体重)に対する筋力が低い人ほど、大幅な筋力向上が期待できる
── 今回の対象者は成人男性でしたが、女性の場合はどうなのでしょうか?
江間准教授:今回の実験結果のひとつに、体格に対する筋力が低い人ほど大きな筋力向上が見られたというものがあります。男性と比較して、女性は体格に対する筋力が小さい場合が多いので、女性は、より大きな効果が得られるのではないか、と考える方もいらっしゃるかもしれません。今回の研究では、体格を体重で考えています。
男性と比較して女性は体脂肪が多くなりやすいので、同じ筋肉量を持っている男女が居た場合、体重は女性の方が重くなり、その結果、体格あたりの筋力は低くなる可能性があります。そういった点に注意しながら解釈することも必要です。
細かく考えればいろいろ考慮しなければならないのですが、大まかに考えて、体格に対する筋力が低い人は、持っているけれど使えていない筋肉(眠っている筋線維)が多いと解釈することができます。トレーニングを実施することによって、眠りから目覚めた筋線維が力を発揮し、大きく筋力が向上していくわけですね。
── なるほど、筋力が低い人ほど筋力向上が大きいのですね。運動習慣のある方では、どのようなことが予測できますか?
江間准教授:アスリートの場合、男女ともに日常のトレーニング習慣によって、持っているポテンシャルをきちんと発揮している状態がスタート地点になります。そこからのトレーニング効果を見る場合に、性差はほとんど関係してこないと思います。
高齢の場合は全力を控え、実施時間や回数を増やしてトレーニング量を確保しよう
── ちなみに、高齢者の場合はどうでしょうか?
江間准教授:高齢者の場合は、眠っている筋線維が若年者よりも多い傾向にあるので、筋力向上の比率はより大きくなることが予想されますが「頑張れば頑張るだけいい!」と安直に考えるのはとても危険です。
今回の実験では、トレーニングするにあたって最大限の力発揮を条件としています。全力を出そうとすると、当然血圧が上がりますので、高齢者の方は若年者よりも注意が必要になります。
最大限の力を発揮することによってトレーニング量を確保するのではなく、実施時間や回数を増やしてトレーニング量を確保するのがよいかと思います。イメージでいうと、100%の力で実施していたのを50%に抑え、その分3秒ではなく6秒にするなどですね。
── 体格に対して筋力が小さい・大きいという話がでていますが、自分の身体がどちらなのかを判断する方法はありますか?
江間准教授:正しくは測定が必要ですが、簡易的に調べるのであれば、特別な機器などが無くても計測できる垂直跳びが良いのではないでしょうか。体格や体型に対する見解はほかの人やガイドラインを確認する必要がありますが、“何センチ跳べるか”というのは筋力に大きく関係してきます。
あとは、ほかとの比較はせずに自分自身の変化のみを追っていくのであれば、体重は変わらずパフォーマンスが上がっていると実感したら、体格あたりの筋力が上がっていると判断してよいと思います。
運動習慣のない人はハードルをできる限り下げて習慣化を目指そう
── 冒頭で“テーラーメイド”のようなトレーニングの開発と提供を目指しているというお話がでていましたよね。一般の人が自分にあった運動を、自分で見つけ出すというのはかなり難しいように感じます。
江間准教授:そうですね。とくに運動習慣のない人にとっては、“運動を始める”ということ自体が、かなりハードルが高いと思います。
効率面を考えると、ジムに入会してパーソナルトレーニングを始めてしまうのが早いですよね。
しかし、実際のところ、そこにたどり着ける人は多くないのかなと思います。多くの人は、効率を考えて最短を目指すと早期に挫折してしまう傾向にあるんです。
── やはり効果がいつ出るか、出なかったらどうしようという部分に注目してしまいがちです。これから運動を始めたいと考えている人に、アドバイスをいただけますか?
江間准教授:運動を習慣化するステップとして大切なのは“現状の把握”です。
「ダイエットやボディメイク」「身体機能を取り戻す」「日常生活を送るうえで必要な筋力を獲得する」「競技のパフォーマンスアップ」など、運動する目的を自分自身で把握して目標を定めるのが第一歩です。
ジムでの着替えや室内履きが必要になるというだけで、面倒くさいと感じる方がいらっしゃいます。 “運動にはジャージが必要だ” という考えの方もいます。ですので「座ったままや立ったままの状態で、できることから取り入れていく」というのを提案しています。
たとえば、デスクワークの合間に太ももを持ち上げるとか、歯磨きをしながらかかとの上げ下げをおこなうとか、移動の際には1階だけでも階段を使うとか…。
以前、行政とのプロジェクトで学生たちと一緒に「仕事や家事・育児をしながらできる、ながら運動」を考えたことがありました。掃除機をかけながら脚を大きく前に踏み込むランジ動作を取り入れる、子どもに読み聞かせをしながらプランクでキープする、おんぶや肩車をしながらスクワットをするなどのアイデアがでました。
── やろうと思えばすぐにできることばかりですね!できることからコツコツと…ですね。
江間准教授:はい。運動するハードルをできる限り下げること。運動への垣根を取り払うことこそが、健康づくりや運動習慣の獲得には重要だと考えています。
── 貴重なお時間をありがとうございました!最後に、江間准教授が着目していることや、おこなっていきたい研究についてお聞かせいただけませんか。
江間准教授:今回の研究結果を踏まえると、別のトレーニングを用いても同じ結論が出せるかどうかを調べるといったところでしょうか。
それから「筋力・筋肉のパフォーマンス」という観点でいうと、筋肉の伸縮性に着目しています。筋肉の大きさ、長さ、硬さなど、どういう筋肉を保有している人が優れたパフォーマンスを発揮するのか、そのような筋肉を獲得するためにはどのようなトレーニングが有効なのか、このあたりも調べていきたいですね。
これ以外にもテーラーメイド型のトレーニングの開発と提供に向けて、今回とはまた別の視点で個人に焦点をあてた研究に従事していくつもりです。
また、今年10月に本学キャンパスで開かれる「第36回日本トレーニング科学会大会」では会頭をつとめております。
トレーニングの専門家はもちろん、協賛企業の方々にもお集まりいただき、「市民からトップアスリートにまで届くトレーニング科学」をテーマに掲げ、トレーニングに関する議論を深めていく予定です。
この学会大会を通じて、トレーニングにおける新たな発見や進歩が見えてくるのではないかと期待しています。
── 江間准教授、本日は貴重なお時間をありがとうございました!
Wellulu編集後記
今回、江間准教授らの研究により「トレーニングを、頑張れば頑張ったぶんだけ筋力が向上する」ことが科学的に証明されました。
「同じことをしているのに、同じ結果にならない」というのは、トレーニング経験者であれば、誰もがぶつかる壁です。
一度ぶつかるとモチベーションの低下を引き起こし、トレーニングを挫折しかねませんが、今回の結果を念頭においておけば「結果が出るのはこれから!」「頑張れば頑張っただけ、パフォーマンスがアップするんだ!」と、自分を奮い立たせることができそうだなと感じました。
運動というと、何らかのスポーツやウエイトトレーニングを思い浮かべますが「体を動かすこと」=「運動」との認識に変えると、だいぶスムーズに運動習慣が獲得できそうです。まさに「できることからコツコツと」ですね。
本記事のリリース情報
専門はバイオメカニクス、運動生理学。2015年に博士(スポーツ科学)を取得(早稲田大学大学院スポーツ科学研究科)。日本学術振興会特別研究員PD等を経て、21年4月より現職。骨格筋(いわゆる筋肉)のメカニクス・パフォーマンスに関する研究に従事。近年は筋肉痛を防ぐための対抗策に関する研究も進めている。地域行政やスポーツチームと連携したプロジェクトも始めており、スポーツ健康科学の社会実装に向けて活動中。