ダイエットに挑戦してもなかなかうまくいかない、と感じている方々も多いのでは?
女子栄養大学栄養学部の津下一代特任教授率いる研究チームが、健康アプリなどのウェブベースのツールが実際にダイエットに効果があるというデータを明らかにした。
この研究で解析された97件の論文によると、オフラインよりもオンラインプラットフォームを使ってダイエットに取り組む方が、体重減少において一定の効果が見られるという結果が。専門家からのアドバイスや、自分に合わせた情報を得られるようなアプリを使うとさらに効果的とのこと。
今回は津下特任教授に、研究の詳しい内容と結果についてお話を伺った。
津下 一代さん
女子栄養大学 特任教授
本記事のリリース情報
津下一代特任教授の研究が紹介
健康アプリは本当に効果がある?次世代の健康管理術
──先生が「ウェブベースの生活習慣改善指導」に着目されたきっかけを教えてください。
津下先生:私は40年以上糖尿病と肥満の治療について研究を続けてきました。その中で運動が有効だという事実は以前から知られていたのですが、患者さんの運動量を正確に把握する手段を開発したいと思ったのがきっかけです。1990年代に愛知県で運動療法とメモリー機能付き歩数計開発の研究を開始、さらにICTで活動量をリアルタイムに見る方法が効果的だと感じ、ICTやIoTを用いた研究に取り組むようになりました。
──活動量の可視化が最初の目的だったのですね。
津下先生:はい。ただ、ICTツールやIoT系のアプリが効果的だと開発者が考えていても、それが実際に患者さんにとって効果的かどうかは別の問題です。特に、何度も健康指導を受けた患者さんにとっては、効果が出にくい場合もあるんです。そのため、患者さん一人ひとりに合ったアプローチを模索することが、これからの研究での大きな課題となっています。
また、最近のアプリを効果的に使用するためには、要素の整理と選択が重要です。新しいアプリを0から作るよりも、既存の優れたものを適切に整理し、特定の目的や人々のニーズに合わせて推薦する方法を探るつもりです。例えば、肥満の方に適したアプリや、健康志向の高い方、低い方にあわせて運動を促すアプリなど、用途に合わせたアプリの選択が重要です。また、本人のICTリテラシー、経験を踏まえて、使いやすいものをすすめられるとよいと思います。
約7割がBMI25以上。肥満が世界的な公衆衛生課題に
──最近肥満者が増加しているとよく聞くのですが、実際のところどうなのでしょうか?
津下先生:アメリカやメキシコなどの中南米の国々は特に高い肥満率を示しており、これは公衆衛生上の大きな課題です。人口の約7割がBMI25以上、3割以上がBMI30以上の状況であると報告されています。日本や近隣の中国、韓国は他国と比べると肥満者の割合はまだ低いのですが、近年はアジア諸国でも増加している傾向があります。
── 日本での肥満の増加とその対策についてはどういう状況なのでしょうか?
津下先生: 肥満の割合は増加していますが、早期対策を取ることでその増加傾向はある程度抑制されると感じています。例えば、BMIが25〜30の方は生活習慣の改善で体重を減らせるケースが多いです。
肥満の原因は多様で、食事や運動だけでなく、日常の生活環境、メンタル、睡眠なども関与します。特にコロナの影響でのテレワークや通勤の減少は、エネルギー消費を減らし、肥満を招きやすくなっています。このような社会的要因も考慮しながらそれぞれに合わせた多角的な対策が必要です。
── 肥満になる原因には、さまざまな要素があるのですね。食生活の乱れが原因だと思っていました。
津下先生: 過度な食事摂取はたしかに一因ですが、肥満の根本的な原因はエネルギー収支の不均衡です。人体は基礎代謝でエネルギーを消費し、さらに運動や食事後の消化でもエネルギーが必要になります。例えば、1日に80kcalのエネルギー消費が減少した場合、それが1年間続くと約2万9200kcalの差が出ます。脂肪1kgを減らすには約7000kcalの消費が必要なので、この計算に基づいて考えると1年で約4~5キロの体重増加が予測されます。
──短期間での体重変化は一般的には少ないと思いますが、それでも長期的にはどうなるのでしょうか?また、個々のエネルギー消費は異なると思いますが。
津下先生: おっしゃる通り、短期間での食べ過ぎはすぐには大きな問題にはなりません。しかし、そのような小さなエネルギー収支の不均衡が長期にわたって積み重なると、肥満につながる可能性が高くなります。また、一日のエネルギー消費量は人それぞれで異なり、100~200kcal程度違う場合がありますので、「これだけ食べればよい」と一概に言うわけにはいきません。体重やエネルギー収支のバランスを定期的にチェックすることが重要です。
また、 肥満には社会的要因も非常に影響しています。例えば、WHOは肥満を「パンデミック」とも呼び、社会的な環境や流行が肥満に寄与することを指摘しています。特に、高カロリー食品の広告など不健康な食生活が容易になるような社会環境は、肥満のリスクを高めます。加えて、自己認識やボディイメージに対する意識も大きく影響します。たとえば、健康に対する意識が低くなると、それ自体が肥満につながる可能性があります。結局のところ、食事だけでなく、社会的環境や心の健康も肥満の原因として重要な要素なんです。
── 肥満によって糖尿病リスクが高くなるとよく聞くのですが実際どうなのでしょうか?
津下先生:糖尿病と肥満は密接に関連していますが、ただそのリスクの高さは人種や文化によって異なります。たとえば、欧米人は一般的に膵臓から多くのインスリンを分泌できる体質と言われています。過剰にインスリンを分泌すると脂肪をため込む作用があるので、肥満が進行することになります。一方で、東洋人は食事を小量ずつ摂る習慣があり、インスリンの分泌も少ない傾向があります。過剰に食べ過ぎて膵臓に負担をかけすぎると、インスリンの分泌が低下して糖尿病になりやすくなります。ハワイの日系人の研究などから示唆されることですが、同じ環境下で比較すると、東洋人は肥満にはなりにくいが糖尿病にはなりやすいとされています。
── 日本人の糖尿病のリスクは、何世代にもわたる食文化や生活様式が影響しているということなんですね。
定量的分析から明らかになったウェブベース介入の優位性
── ウェブベースの介入が肥満者に対して効果があるという研究について、具体的にどのような方法で調査されたのでしょうか?
津下先生:まず、1465件の論文をPubMedと医中誌から抽出し、手作業で1件加えて総数1466件を一次スクリーニングにかけました。次に、タイトルと抄録に基づいて1315件を除外し、151件を全文精読しました。最終的に97件が質的分析に選ばれ、この質的分析から、行動変容に有効な要素としてセルフモニタリング、ソーシャルサポート、情報提供が明らかになったという流れになります。
── 97件の論文からさらに定量的分析も行われたとのことですが、こちらについても伺えますでしょうか?
津下先生:選ばれた97件から定量データが取れる51件に対して詳細な量的分析を行いました。
その結果として、ウェブベースの介入がオフライン介入よりも体重減少に特に効果的であるということが確認されました。個別化された情報提供や専門家の助言が特に有効でした。
── ウェブベースの介入がオフラインより効果的な理由について教えてください。
津下先生:ウェブベースの介入がオフラインより効果的な理由は3つあります。まず、オンライン介入は頻度を容易に上げられるため、定期的なユーザーとの接触が可能です。次に、オンラインプラットフォームには自動フィードバックやリマインダー機能があるため、ユーザーは自分の状態を継続的に把握できます。そして、多忙な日常生活を送る人々にとっても、オンラインならば継続的な健康指導を受ける負担が軽減されます。
これらの要素が組み合わさることで、行動変容や体重に対するセルフモニタリング、ソーシャルサポートを通じて、ユーザーが目標達成を成功できる可能性が高まります。オンライン介入の主なメリットは、高い継続率と効果的な成果です。頻繁な介入と個別化されたフィードバックにより、ユーザーは自分の状態を継続的に確認し、行動を改善する手助けが得られます。継続は健康改善の鍵であるため、オンラインの健康指導は有望な選択肢と言えるでしょう。
体重管理からメンタルヘルスまで。日常生活での肥満予防とは?
── 肥満を予防するための効果的な手段には何がありますか?
津下先生:まず、日常的に体重をチェックすることで自分の体重変動に気づきやすくなるので、スマート体重計や関連アプリの使用をおすすめします。また、精神的な健康を保つのも重要なので、睡眠不足やストレスの蓄積は避けるようにしましょう。さらに、食事の健康的な選択ができるように、食事メニューを撮影してAIで分析するアプリを使用するのもいいかもしれません。
── 家族や友達、専門家と一緒に肥満予防をすることのメリットもあるのでしょうか?
津下先生: 社会的なサポートは肥満予防に非常に効果的です。ピアサポートや専門家のアドバイスがあると、肥満予防の継続が容易になります。特に既存の健康問題がある場合、同じ目的や価値観を共有する人々と一緒にプログラムに参加すると、より効果的で継続しやすい印象を受けます。家族や友人からのサポートも、行動変容を促して目標達成を助ける可能性が高くなります。
── 今回の研究でICT(情報通信技術)が肥満減量に効果的であるという結果が出ましたが、次の研究では何に焦点を当てる予定ですか?
津下先生: 次の研究では、実際にアプリを使用したケースと非使用ケースでの成果の違いを比較・分析し、ICTが具体的にどのように社会に役立つのかを明らかにしたいと考えています。また、体重減少に特化した各種アプリの効果も検証する予定です。
── それは興味深いですね。研究の焦点は体重減少アプリだけなのでしょうか?
津下先生:いえ、それだけではありません。目的は、ICTの活用方法をさらに詳細に研究し、各個人の健康課題に最適なアプローチを見つけることなので、健康課題全般に対してどのような要素が効果的かを探求する予定です。例えば、女性特有の健康課題に対する最も効果的なアプリや手法も調査することを考えています。
──津下先生、本日はありがとうございました。
Wellulu編集後記:
今回の取材を通じてウェブベースでの生活習慣改善の効果がオフラインよりも効果的だということに驚きました。また、糖尿病以外にも肥満が原因で発症する病気などもあるため、自分の身体に対してもっと意識を向けることが大切だということも非常に勉強になりました。
体重・食事内容など、毎日記録するのが面倒だと感じる人も多いかと思いますが、日々の生活習慣を意識したライフスタイルを送ることで、きっとウェルビーイングな暮らしにも近づけるハズです。便利なアプリなどもたくさんあるため、ぜひ有効活用してみてはいかがでしょうか?
2020年から女子栄養大学の特任教授に。糖尿病の実態把握と発症予防・重症化予防のための研究、高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施の推進及び効果検証のための研究など、社会的ニーズや行政的な目的を持つ課題などを取り組む「厚生労働科学研究」などに取り組む。日本医師会 運動・健康スポーツ医学委員会 委員長。