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自然音・環境音の効果とは?虫の鳴き声がリラックス効果や安心感に影響!【千葉工業大学・関教授】

生活の中で、周りに存在する何気ない「音」は我々にどのような影響を与えているのか?

千葉工業大学の関教授が、日本工営㈱、国立環境研究所、東邦大学と共同で発表した研究成果によると、虫の鳴き声には、リラックス効果をはじめとした、人間の心理的な回復効果があることが明らかになった。そこで今回、関教授に取材を実施して自然環境における音の効果や人間への影響、虫の鳴き声によるリラックス効果などについてお話を伺ってきた。

関 研一さん

千葉工業大学 社会システム科学部 学部長・教授

博士(システムエンジニアリング学)。主として音響振動を核とした設計研究、顧客感性の分析に従事、近年は学際的視点からサウンドスケープの協働研究を行っている。上智大学理工学部機械工学科卒、Stanford University ME Visiting scholar、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 博士後期課程修了。いすゞ自動車株式会社 乗用車・小型車設計部、ソニー株式会社 設計技術開発部 統括部長を経て現職。本務校提携先ベトナムハノイ Foreign Trade University Visiting Professor兼務。

本記事のリリース情報
プロジェクトマネジメント学科 関 研一教授が「Wellulu」に掲載されました

目次

音と人間の関係を探求する音の専門家

──今回の研究に取り組まれたきっかけを教えてください。

関教授:私は元々機械系の出身で、自動車会社の設計部に勤めていました。当時は、24時間営業のコンビニが日本中に増えたことによる、トラックの騒音問題が社会課題になっていました。当初は、トラックによるアイドル振動の大きさを下げることに注力していたのですが、それでもクレームは収まりませんでした。そこで、音の測り方を変え、音圧に加えて人間の感じる音の質についても注目し始めたのです。

その後、ソニーに転職し、さまざまな音に関わるようになりました。一眼カメラ一号機のシャッター音について取り組んだプロジェクトでは、シャッター音に対する顧客の反応を心理テストで分析し、音の質を評価、デザインする、という新しい方法を開発しました。

これらの経験が、私の研究の原点であり、いまの研究にも大きな影響を与えています。

──大学教授になる前から企業で「音」に携わっていたのですね。

関教授:はい。その後も、大学の教員として音と人間との関係に焦点を当てた研究を続け、これまでにオフィス文具メーカーのオフィス環境における音の影響、自動車OEMの車の走行音のデザインなど、さまざまなプロジェクトに関わってきました。最近は、森林の環境音についての研究も行い、森の音の特性を分析し、それが人々に与える心地よさを科学的に解明することができました。この研究は、都市計画や生態系研究にも応用されています。私の研究は、音と人間の関係を探求することが中心のため、多様な分野の専門家とのコラボレーションも生み出しています。

──音の質を評価するという方法について詳しく教えてください。

関教授:物理的な音圧に加えて、音質に対する反応を、心理的(こころ)、生理的(からだ)に数値化することで、例えば、ある製品の音について「重厚な」または「軽い」という具体的なイメージ評価が可能となりました。例えば、このアプローチは音楽、特に高音質、高臨場感を提供する領域にも応用され、ただ「うるさい」や「気になる」といった単純な反応を超えて、リスナーが音楽に没頭し、陶酔するかどうかを評価することが可能になります。

バイオフォニー、アンソロフォニー、ジオフォニー、音は3つに分類される

──なるほど。音と人間の関係性についても教えていただけますか?

関教授:まず、身近な音を様々な視点から把握することによって体験できる世界をサウンドスケープ(音風景)と呼んでいますが、構成する音は大きく分けて三つに分類されます。まず「バイオフォニー」は生物が発する音、次に「アンソロフォニー」は人間が生み出す音、例えば工場や自動車、電車などの音です。最後に「ジオフォニー」というのは風や水など自然現象に由来する音です。

リラックス効果や安心感、私たちが自然音・環境音に癒される理由は?

関教授:人間は元々自然環境で暮らしてきたため、自然の音には深い安心感を感じる傾向があります。そのため、自然音が多い環境では、人々はよりリラックスする傾向があります。この分類方法は、各分類の音の割合が変化すると人々のリラクゼーションレベルが変わることを示していて、これらの音の分析方法によって、都市の音環境を理解し、改善することも可能です。また、音の大きさは、どの種類の音であっても人間の生理反応に影響を与えます。例えば、雷の音や大きな声が生命の危険を感じさせ、リラクゼーションを妨げてしまいます。

重なる虫の鳴き声が、心理的な回復効果につながる

──研究方法について教えてください。

関教授:まず実地で、実験に用いるバッタの仲間4種(エンマコオロギ、カンタン、キンヒバリ、スズムシ)を選定しました。その後、これらの虫の鳴き声の音源を組み合わせた全15通りのサンプルを用意し、大学生の被験者65名にランダムで7通りずつ聞いてもらいました。心理学における測定法のひとつ「セマンティック・ディファレンシャル法(SD法)」を用いて、各音源に対する印象を回答してもらいました。

どの種類の虫の音が人間に安心感やミュージカルな響きを与えるか、そしてこれらの感情がどれだけその場所にいたいという感覚に寄与しているかを統計的に分析しました。安心感、心地良さ、楽しさ、音楽的な響きなど、音によって引き起こされる感情をいくつかのグループに分類し、これらの感情の割合を分析することで、その音がどのように人間に影響するかを紐解くことができます。

──その結果、どのようなことがわかったのでしょうか?

関教授:まず、鳴く虫の種数が増加すると好みの得点も増加するという傾向が確認できました。特に、1種類と3種類、1種類と4種類との間では、統計的にも有意差が見られました。 さらに、4 つの因子(Calm:穏やかさ、Gorgeous:華やかさ、Musicality: 音楽性、Deep:深み)を抽出して検証してみたところ、種数が増えるに従って各因子に対する印象の得点が向上しました。特に、「華やかさ」と「音楽性」の得点で顕著な増加がわかりました。

人間の耳には、近い周波数の音が同時にいくつか発生すると音が濁って聞こえてしまうのですが、音響物理解析の結果、今回の調査地の虫たちは異なる周波数帯で鳴くことで、互いに干渉していない状態であることがわかりました。一方で、外来種の虫周波数がうまく調整されておらず、人間にとって心地良く感じない測定事例もあり、自然が最適化した音環境は、人間にとっても心地良いのではと考察しています。

今回の研究を踏まえると、虫の鳴き声を聞くことはリラックス効果を与え、穏やかさと音楽性との両方での評価が高かったことを示しています。特に、安心感やミュージカル的な響きをもたらす虫の音が、“人々がその場所にいたい”と感じる要因に大きく寄与していることが分かりました。

日本人は虫の鳴き声に詫び・寂びを感じる?

──日本では「虫の声」という歌があることや、季節を感じる風物詩として虫の音色があるという認識がありますが、これは日本人特有のものなのでしょうか。それとも、育ってきた環境によって変わるのでしょうか?

関教授:日本人は長年に渡って虫の鳴き声にリラックス効果を感じる特性を持っているのではないかという仮説もあり、被検者の成育環境がどのように影響を与えるかについても調査を行いました。その結果、その人が都会育ちか田舎育ちか、アウトドアが好きかどうかは、虫の鳴き声に対する評価との直接的な強い相関は見られませんでした。

一方、文化的な背景が作用している可能性はあると想像しています。アメリカ人の研究者と共同研究した際に、アングロサクソン文化圏の人々は、森から“アグレッシブなエネルギー”を感じるとのコメントが多かったためです。日本人の侘び寂びの感覚や虫の鳴き声を楽しむ文化とは少し違った、文化圏毎の感性があるのかもしれません。

──その他に、この研究で特に注目していることはありますか?

関教授:音と生態系の関係性の観点にも興味を持っています。例えば、山を歩いていると、鳥の声や虫の声など様々な自然の音が聞こえます。これらを分析することで、そのエリアの生態系の健康状態や特性を理解することが可能です。これは、都市計画や環境保全においても非常に有用で、特に都市計画では、虫の音は環境の健康状態をより反映しているため、鳥の音よりも重視される傾向にあります。例えば、どのような木を植えるか、公園をどう設計するかといった議論を行う中で、虫の音は大きな役割を果たすのです。

もっと自然音を楽しむための日常生活での一工夫

── 日常生活で私たちが自然の音を楽しむためには、どのような方法がありますか?

関教授:日常生活で自然の音を楽しむための一つの方法は、通勤や散歩といった普段歩くルートを変え、より自然豊かな環境を選ぶことです。例えば、私自身も、住宅地や市街化調整区域を通ることで、自然の音に触れながら帰宅することを実践しています。このような小さな変化は、日々のストレスの軽減やリラクゼーションに効果的です。また、短時間でも自然の音に触れることは、脳波や自律神経に良い影響を与えることが研究によって示されています。

── それは普段の生活の中で、すぐに取り入れられそうですね!

関教授:はい。人々の無意識の中ではありますが、自然の音というのは、私たちのリラクゼーションに寄与しています。また、虫の音といえば、やはり秋のイメージかとは思いますが、実は一年中、すべての季節でさまざまな種類の虫が鳴いています。

── 実は一年を通して、どこかで虫の鳴き声を耳にしているのですね。この研究は、将来的にどのような形でウェルビーイングに寄与していくと思われますか?

関教授:この研究は、将来的に住宅地域から観光地まで、各所の都市計画などにおいても重要な応用が期待されています。例えば、都市における環境音の価値を再評価し、それを可視化することで、住民が意識的に快適なルートを選ぶことができます。

── それはおもしろいですね!現在行っている取り組みや今後の研究について詳しくお聞かせいただけますか?

関教授:今後は、ウェルビーイングという視点から、人々が自然の一部であるという感覚を取り戻すことに重点を置いています。また、音楽家やレコーディング技術者といった、異なる分野の研究者との連携や交流から、自然の音と人工的な音の融合、その相互作用について新たな発見を目指しています。このような連携を深めていくことで、音環境の研究はさらに幅広い視点からのアプローチができると考えています。

── 貴重なお話をありがとうございました。

Wellulu編集後記:

今回、自然の中に存在する音とその効果や虫の鳴き声がもたらすリラックス効果、これからの私たちの生活でのこれらの音との付き合い方などについて、千葉工業大学の関先生にお話を伺いました。関先生はこれからも他分野の専門家たちとの連携や交流を通して、音環境の研究を進めていくとのことで、さらなるウェルビーイングな視点を展開されることに期待しています。この記事を通じて、自然と人間の関係性や自然のもたらす豊かさ、共生の仕方の参考としていただければうれしいです。

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