滋賀医科大学 前川聡 名誉教授、森野勝太郎 准教授の研究グループとサンスター株式会社の共同研究により「肥満度が高いほど歯を喪失しやすい傾向がある」ことが明らかになった。
今回の研究では、健康診断結果と診療報酬明細書のデータをもとに、20〜74歳までの男女約20万人の「BMIと歯の本数の関係」を調べ、肥満者と非肥満者の歯の喪失部位を比較。さらに肥満が歯に及ぼす影響を年代別、歯の部位別に分析した。
研究結果によると、40歳以上になると肥満度が高いほど歯の本数が少なく、一般的に歯の喪失が起こり始める50代よりも若い段階で、歯を喪失しやすい傾向があることがわかった。
今回は、滋賀医科大学の森野勝太郎准教授に、研究をおこなった背景や研究によってわかった“肥満と歯の喪失リスクの関連性”について詳しいお話を伺った。
森野 勝太郎さん
滋賀医科大学 准教授
本記事のリリース情報
・IR室 森野勝太郎准教授の記事がウェルビーイングに特化したメディア「Wellulu」に掲載されました
糖尿病の人は虫歯や歯周病になりやすい
── まず、森野准教授がこの研究をしようと思ったきっかけを教えていただけますか?
森野准教授:私は糖尿病内科の医者で、糖尿病にまつわる研究をおこなっています。“糖尿病の人は歯の本数が減りやすい”ことはとても有名な話です。糖尿病になると歯周病になりやすく、歯周病があると糖尿病が悪化するという関係があるんです。
“肥満の人ほど糖尿病になりやすい”という傾向があるので、以前から肥満と歯周病にも関係性があるのではないかと言われていましたが、これまでは比較的人数が少ない研究しかおこなわれていませんでした。
この点をもう少し大きな規模で、データとしてしっかり算出しようと試みたのが、今回の研究です。
20万人を超えるビッグデータから“肥満と歯の喪失”を分析
── 今回の研究はどのようにおこなわれたのでしょうか?
森野准教授:定期健康診断結果と診療報酬明細書から構成される大規模なデータベースを用いています。
2015年度の定期健康診断の受診者約70万人から、同年に歯科受診歴があり、歯の本数と部位が確認でき、健康診断におけるBMIのデータ、喫煙習慣の問診回答を有する人を絞り込み、20〜74歳までの男女233,517人のデータを解析対象としました。
BMIとは【体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)】で算出する体格指数です。
今回は、対象者を日本肥満学会が定めている分類に従い、BMI値に応じて【低体重:18.5以下】【普通体重:18.5〜25未満】【肥満(1度):25〜30未満】【肥満 (2〜4度):30以上】の4群に分け、年代ごと に、残っている歯の本数を比較しました。
また、BMI 25以上 を肥満とし、対象者を肥満・非肥満の2群に分け、肥満の有無と歯の部位別の保有者率なども算出しています。ちなみに「歯の喪失」という言葉を使っていますが、これは完全に根っこ(歯根)から失われてしまった状態を指します。
歯の根っこが残っていれば、セラミックや樹脂でできたクラウン(かぶせもの)をつけられるので、このような場合は「歯の喪失」には該当しません。
40代以上で、BMIが高いほど歯を喪失しやすい傾向
── 研究の結果、肥満と歯の残数にはどのような関係がみられたのですか?
森野准教授:下記のグラフは、対象者をBMIで4段階に分け、年代ごとに残っている歯の数を示したものです。各年代で一番左側(色が薄いもの)はBMIが低く、右側(色が濃いもの)にいくほどBMIが高い群を示しています。
このグラフから、40代以上の各年代で、BMIが高い群ほど歯の本数が少ないということがわかります。一般的に歯の喪失が起こり始めるのは50代ですが、BMIが高いほど、それより若い段階で歯を喪失しやすい傾向がみられました。
── 40代以上はBMIが高い人ほど、歯の喪失リスクが高まるのですね。どうして肥満が歯の喪失リスクを増大させているのでしょうか?
森野准教授:今回の研究は断面研究ですので、肥満と歯数の関係性しか言えません。メカニズムについては「論文からはお答えできない」というのが回答です。ほかの研究報告では、肥満と炎症の関係によるものではないかと言われています。
太っていると、病気にかかっていなくてもCRPという炎症マーカーが本来より少しだけ高い状態になります。これは太っていることで脂肪組織に慢性的に炎症が起きているからなんです。
肥満度が高いことで全身に炎症が起こりやすくなっているため、歯の周りの炎症、つまり歯周病にもなりやすく、その結果として歯の喪失リスクが高まるのではないかというふうに言われています。
── 炎症との関係があったんですね。肥満度の高さと歯の残存数の関係性がみられたのは40代以降でしたが、20〜30代は肥満による影響をあまり受けないということでしょうか?
森野准教授:結果として歯の本数に差がみられたのは、40歳以上になりますが、肥満による影響はもっと若い頃からあっても歯を喪失するところまで至っていないということも考えられます。
また、少し研究内容からずれてしまいますが「肥満と世帯収入との関係」も知られています。日本やアメリカなどの先進国では、収入が多い人のほうが痩せていて、収入が低い人のほうが太っている傾向にあるとされています。
20代のグラフで、BMIが低い群のほうが歯の本数が少なくなっているのは、BMIが高い群に比べて収入が多く、歯列矯正などで歯を抜いたことによって、歯を喪失しているケースが多いと考えています。
磨き残しの多い奥歯(⼤⾅⻭部)から喪失しやすい
森野准教授:さらに、BMI 25未満を非肥満者、25以上を肥満者として、歯の部位別の保有者率を調べました。もともと32本くらい歯がある人が多いのですが、私たちの研究では親知らずを除いて、28本を基準に研究を進めています。
このグラフは、バーが短いほど保有者率が低く、失いやすい歯であることを示しています。色がついているものは、とくに保有頻度が低い歯です。肥満の人に特徴的なのは、30代くらいの若いころから上の前歯を失っている人が多い点ですね。数としては多くはないけれども、統計上では差がでています。
そして、肥満者でも非肥満者でも、奥歯から喪失しやすいというのは同じなのですが、肥満による保有者率低下の影響がもっとも大きかった歯の部位は、下の奥歯(大臼歯)であることがわかりました。
── 奥歯から喪失しやすいというのには、何か理由があるのでしょうか?
森野准教授:やはり“磨きにくいから”という理由が大きいと思います。奥歯は歯ブラシが届きにくく、磨き残しが一番多いので、歯石が溜まってしまい、歯周病や虫歯を引き起こしやすい場所です。
前歯は歯間に何かが詰まってしまっても汚れが取れやすいのですが、奥歯は一度引っかかってしまうとなかなか取れないんです。
── なるほど、磨き残しが原因なのですね。年代による歯の残存数の差は詳しくわかりましたが、性別による差はみられたのでしょうか?
森野准教授:厚労省のデータによると、男性のほうが歯の保有数が少ない傾向にあるといわれています。
逆転している年代層もあるので、はっきり断言するというのも微妙なところではありますが、私たちが研究対象とした70代ぐらいまでは、男性が歯が少ないという結果が出ていますね。
タバコも歯の喪失に影響
── 男性のほうが少ない理由は何なのでしょうか?
森野准教授:タバコの影響が大きいと思いますね。今は日本人男性の約3割が喫煙者だといわれていますが、その昔は約7割が吸っていたという時代もありました。女性の喫煙率は1割弱とされているので、この差は大きいと思います。
また今回の研究でも、肥満にタバコが組み合わさると、さらに歯が減ってしまうリスクが高まるという結果もでています。
肥満であることで歯を4本以上喪失するリスクが約35%増(40歳以上・28本基準)
歯の喪失原因:肥満、喫煙、糖尿病
── 喫煙も歯の喪失をもたらす大きな要因となっているんですね。
森野准教授:はい、そうです。タバコもそうですが、冒頭でお話ししたように糖尿病も歯に影響を及ぼすリスク因子となっています。
今回の研究では、性別や年齢、喫煙、糖尿病など他のリスク因子に左右されず、本当に“肥満”が独立したリスク因子となっていることを確かめるための「ロジスティック回帰分析」というものもおこないました。
その結果、肥満であることで歯が24本未満になる確率が40歳以上で1.35倍。わかりやすく言い換えると、私たちの研究では歯の本数28本を基準にしていたので“肥満であることにより4本以上歯を喪失するリスクが、40歳以上で約35%増えた”ということがわかりました。
つまり、肥満は喫煙や糖尿病などの他のリスク因子と独立して、歯数24本未満を説明する因子であることが明らかとなったのです。
減量だけでなく定期的な歯石除去で歯周病予防!
── 減量をしてBMIを25以下まで下げれば、肥満による歯の喪失リスクも下げることができるのでしょうか?
森野准教授:そういう風に考えていただいて問題ないと思います。
先ほども申し上げましたが、肥満と糖尿病は密接な関連があります。減量をすることで、歯周病のリスクが高いことで知られる糖尿病の予防にもつながるのです。
また、ご説明した通り、肥満は全身炎症にも関連しています。減量してBMIが下がるということは、肥満による全身炎症も減らせるので、したがって歯周病リスクも下げることができると考えられますね。
── なるほど、減量は歯周病リスクも下げられるんですね!では、減量以外に、現在肥満の人が⻭の喪失リスクを防ぐためには、どのようなことに取り組めばよいでしょうか?
森野准教授::肥満か痩せているかに関わらず、まずは歯医者さんにいって、今の歯の状態をチェックして欲しいです。
歯医者にいくと、虫歯や歯周病があるかの確認だけでなく、歯石除去をしてもらうことができます。自宅での口腔ケアには限界があり、歯垢(プラーク)までは歯ブラシで取れますが、歯石は歯ブラシで取れないんです。
この歯石を定期的に取り除いておくことによって、歯周病の予防ができます。
── 歯磨きで落とせない歯垢を、歯医者で定期的にケアしておくことが大切なのですね。
森野准教授:そうですね。歯医者に行った際に、正しいブラッシングのやり方も教えてもらえるといいですね。自宅では、歯ブラシだけでなく歯間ブラシなども使うことによって、磨き残しの多い奥歯もより行き届いたケアができるようになります。
そして“虫歯ができたらいく”のではなく、1年に1回くらいは定期検診に行き、歯の状態確認と歯石の除去をしておくのがおすすめです。プラスαで、今肥満気味の方はBMI 25以下を目指して減量をすると、さらに歯の喪失リスクを減らすことにつながりますよ。
ここ数年歯医者に行っていないという人は、ぜひこれを機に歯医者さんに行ってほしいです。
── 歯の健康を守るためには、肥満に気をつけることはもちろん、日頃からの口腔ケア、定期的な歯石除去が重要なのですね。森野准教授、本日はどうもありがとうございました!
Wellulu編集後記
“肥満がさまざまな健康障害につながる”ということは、なんとなく知ってはいたものの、歯周病のリスク、歯の喪失リスクが上がることを詳しいデータをもって知ることで、改めて適正な体重を保っておくこと、健康な身体作りの大切さを実感しました。
また、肥満に関わらず、歯間ブラシを取り入れた口腔ケアや、歯医者での定期的な歯石除去などで、歯の喪失を防げるとのこと。痛みや気になる箇所がなくても、1年に1回は歯医者でクリーニングをしてもらう習慣をつけたいと思います。
1996年に医師免許、2002年に博士号を取得(滋賀医科大学)。2002年~2006年に米国イェール大学に留学。その後、滋賀医科大学 糖尿病内分泌内科で勤務後、2021年より現職。