スポーツのあらゆるデータを収集・分析して、選手やチームのパフォーマンス向上につなげる「スポーツアナリティクス」。各スポーツの現場で活躍するスポーツアナリストが集う「日本スポーツアナリスト協会(JSAA)」が立ち上げ、9回目を迎えるイベント「スポーツアナリティクスジャパン(SAJ)2023」が、2023年5月20日(土)にCIC Tokyo(虎ノ門)及びオンラインにて開催された。
ここでは、サッカー日本代表の森保一監督とスポーツアナリストであり岡山理科大学准教授の久永 啓氏、モデレーターに株式会社ユーフォリア代表取締役の宮田誠氏を迎えたセッションの様子を、森保一監督の選手とのコミュニケーションに関しての視点と選手と監督との関係にあるウェルビーイングの視点も交えてレポートする。
「FIFAワールドカップカタール大会2022」で日本代表をベスト16に導いた森保監督が語る、選手とのコミュニケーション術や、人を導くために大切にしていることとは。
主観的な視点とデータの分析、この組み合わせによるコミュニケーションによる選手と組織の成り立ち。選手との心がつながるコミュニケーション術。
- サッカー日本代表・森保一監督が「SAJ2023」に登壇し、組織づくりやデータの活用について語るセッション。まずは進行役の宮田氏が話し始めた。
宮田氏:このセッションでは、スポーツアナリティクスの観点で、森保監督の過去と現在の点と点をつなげていくような話を聞かせていただければと思っています。
森保監督:今、世界でトップを目指そうとする戦いの中では、データをいかに使うかが、チームが勝利するための大きなキーポイントになってくると思っています。とはいえ私自身はアナログ人間なのですが(笑)。様々な分野で活躍するスポーツアナリストの皆さんと、お互いを高め合い、日本のスポーツ界を発展させていく、実のある時間になればうれしいです!
宮田氏:もう一人、強力なパートナーに来ていただいています。久永啓さんです!
- 2012年、サンフレッチェ広島の監督に就任した森保監督。そのときにチームの分析担当コーチとして同じ時間を共有したのが、もう1人の登壇者である久永啓氏だ。
久永氏:よろしくお願いいたします!
宮田氏:森保監督は、本当に様々なカテゴリーで指導者を経験されています。久永さんと一緒に仕事をしていたJリーグでの経験も含めて、昨年のワールドカップで全てが結実したのではないでしょうか。久永さんには森保監督の過去と現在をつなげる役割をお願いしたいと思います。まず、どうしても聞きたいのは、「FIFAワールドカップカタール大会2022」の話だと思います!
- 昨年行われた「FIFAワールドカップカタール大会2022」において、サッカー日本代表が世界の強豪を撃破し、日本中に大きな感動を生んだのは私たちの記憶にも新しい。初戦のドイツ戦の裏では、どのようなことが起こっていたのか、森保監督の口から語られる。
「特別なことは起こっていない」。あのドイツ代表戦の前から選手たちに伝えていたこと
久永氏:やはりドイツ戦の前半の話を聞きたいです! 「0-1」でハーフタイムを迎えた前半を振り返って、私たち観戦者が見ていたものと、森保さんや選手たちが見ていたものとは、どのように違うのでしょうか?
- ドイツ代表戦の前半、日本もチャンスは作っていたが、基本的にはドイツがボールを支配する展開になり、その中で日本はペナルティキックで失点する。前半アディショナルタイムには再度ゴールネットを揺らされるも、オフサイドの判定に助けられた。
森保監督:まずは守備の面で、できるだけペナルティエリア内への侵入は防ぎたかったのはあります。しかし、試合の流れの中では「押し込まれる展開もあり得る」と想定し、試合前から選手たちと共有していました。
- ドイツ代表との対戦が決まったときから、相手選手の個々の特徴、ストロングポイントとウィークポイント、誰と誰が組むとどんなプレーをするのかなど、様々な面から分析を行い、「選手もスタッフもしっかりとインプットした状態で試合にのぞんでいた」と森保監督は言う。
森保監督:見ている方にとっては、「すごくやられている」と感じたかもしれませんが、戦っている私たちにとって、試合の中で「特別なこと」は実は起こっていないんです。選手たちも相手の力量を肌感覚で掴んだ上で、割り切っていたと思います。
久永氏:「肌感覚」というお話がありましたが、そこが画面越しに見る私たちと、現場・ピッチ上で感じることの違いかなと思います。サンフレッチェ広島時代から、森保監督は戦術やデータ分析はあくまでも選手たちがいいプレーをするためのサポートという捉え方なのかなと感じています。
森保監督:そうですね。しかしピッチ上での感覚とデータ分析、どちらとも大切だと思っています。私は監督として、選手やチーム、ピッチ内で起こっていることを見なければなりません。主観的な視点は非常に大切です。そして分析したデータや試合中のデータを活かし、選手に最大のパフォーマンスを出してもらうことも、これからさらに必要になっていくと思います。
- データを分析し、選手たちと共有することで、パフォーマンスを引き出す。森保監督は「ワールドカップのような大舞台ではより重要なこと」だと語る。
森保監督:ワールドカップという舞台は、見ていただいている方の想像以上に、選手たちにプレッシャーがかかります。相手選手も強いメンタルでのぞんできますし、フィジカル的・技術的にも普段より高い選手たちを相手にしなければなりません。ピッチ上で起こっていることを冷静に分析しながら、自分たちの力を発揮するというのは本当に簡単ではありません。
久永氏:そこにスポーツアナリストの存在価値があるかと思っています。選手や監督が熱くなっていく中で冷静にデータを扱い、事前の分析結果とリアルに起こっていることを整理して、正しく適切な情報を提供するのは、スポーツアナリストにしかできない仕事だと思います。
「立ち返る場所」がもう一度戦える組織をつくり上げる
宮田氏:森保監督はメディアの中で、「立ち返る場所」という言葉をよく使っていらっしゃいます。それは、選手たちにはどのように伝えているのでしょうか?
森保監督:「立ち返る場所」というのは、チームのコンセプトの中で、攻守の考え方などの基本を思い出してもらうことです。上手くいかないときは、一度ハーフラインに戻って、お互いの距離感をリセットして、そこからまた始めようということをチーム内で共有しています。
- 世界の舞台で戦う上で、「自分たちの思い通りにならない時間」は幾度となく訪れる。そんなときに選手たちは「立ち返る場所」を思い出し、態勢を整えているのだ。
森保監督:相手が強ければ強いほど、上手くいかないことは起こり得ます。チームが混乱しかけたときに「立ち返る場所」というのは、試合前の準備やミーティングで、何度も何度も確認しているのです。
- その考え方は、サンフレッチェ広島の監督時代から同じだと、久永氏も話す。
久永氏:サンフレッチェ広島時代を思い出すと、「立ち返る場所」として、「守備の形」というのをおっしゃっていたと思います。当時は3バックでしたが、守備の際は5バックにすると話されていて、選手たちも「困ったときは、そこに立ち返ればいい」と話をしていました。
宮田氏:当時から変わっていない部分なんですね!
森保監督:戦術的には多少違うところはありますが、基本的には変わっていない部分です。
日本人ならではの育った環境から、バランスをみて「選手と対話」する。海外の規律と日本の自立。
- 「FIFAワールドカップカタール大会2022」での日本代表メンバーは26名。そのうち20名がいわゆる「海外組」であり、そのコミュニケーションの難しさに関して宮田氏は指摘する。
宮田氏:「海外組」の選手が増える中で、ヨーロッパのクラブには決め事が多いチームもあると思います。その辺りの選手とのコミュニケーションはどのように工夫されていたのでしょうか。
森保監督:そうですね。コミュニケーションの工夫は、しっかりとコミュニケーションを取ることですかね(笑)。実際に、私自身が行けるときには、ヨーロッパで選手たちに会って話しています。
- 森保監督は、サッカー日本代表監督に就任してから、「海外組」とコミュニケーションを取る中で大きな衝撃を受けたという。
森保監督:選手たちとコミュニケーションを取るうちに、選手が自分のチームの監督やコーチから指導を受けている背景が見えてきたんです。例えば、トップのポジションの選手では「守備ではプレスをかければいいですか?攻撃では裏を取ればいいですか?ポストプレーをした方がいいですか?」と、チームで普段求められていることを質問してきてくれました。これは、監督に就任してからワールドカップカタール大会に至る4年間で、非常に衝撃を受け、感動したことです。
- 「選手を通して『世界』を見た」と森保監督。その衝撃は、トレーニングやミーティングの構築にも大きく影響していったという。
森保監督:私たちは、選手たちが普段からやっていることを踏襲し、できるだけ違和感のないように働きかけしていくことが課題でした。実際に、それまでも各ポジションの役割を練習の中で十分に伝えてきたつもりでしたが、あくまでも「つもり」だったのです。やはりヨーロッパでプレーしている選手は、チーム戦術の徹底、ポジションごとの役割の明確化など本当に細かく指導されているなと感じました。
宮田氏:日本よりも、ヨーロッパの方が規律やルールに縛られているんですね。
森保監督:選手とコミュニケーションをとりながら、どこまで伝えて、どこから自分の判断にゆだねるかというのは、代表監督就任当時から比率が全く変わりましたね。戦術を伝えることが多くなり、最後のところで自分の判断にゆだねるという形になりました。
久永氏:出身国など文化的な傾向もありますよね。欧米の選手たちは、それくらい細かく決めないと勝手に判断してしまって、主体性が悪い方に出てしまうこともあります。逆に日本の選手は、ルールを決めるとそれにだけ従ってしまうという側面があるという学術的な研究もあるんです。
他人に対するリスペクトを持ちながら。次は「最高の景色」を目指していく。キーワードは「主体性」の加減。
宮田氏:森保監督の選手に「戦術」を示して、その中で臨機応変に判断して動けるように指導する、そのバランスが絶妙だと感じました。変化の激しいワールドカップのフィールドの中で、非常に機能したというのが先ほどのドイツとの一戦だったと思います。
スタッフの方からも「重要な仕事を任せてもらえている」という責任感とやる気を感じるんですよ!
久永氏:私もそれは感じます!サンフレッチェ広島で分析担当コーチになった頃、森保監督に「分析を担当するのは初めてです」とあいさつすると、「俺も監督は初めてだから、一緒にがんばっていこう!」と声をかけていただきました。
- さらにジュニアユースチームの監督を経験していた久永氏は、森保監督は「お前が監督していたときはどうだったの?」と聞かれたこともあるという。
久永氏:実際にこれからJリーグの監督をする方に質問されて、驚きましたよ(笑)。
- その時に、森保監督の「他の人に対してのリスペクト」を感じたと久永さんは話す。その姿勢こそ、森保監督が結果を出し続けている理由なのだろう。「今後、スポーツアナリティクスがさらに重要になっていく」と森保監督は話し、最後にサッカー日本代表が次に挑む目標について語った。
森保監督:次は「新しい景色」ではなく、「最高の景色」を目指していこうと思っています。「最高の景色」とは、ワールドカップ決勝の舞台。アルゼンチンが優勝トロフィーを掲げたあの場所に、日本がたどり着くことを目標にしていきます!
Wellulu編集部あとがき
私自身、小学校1年生から大学までサッカー少年だったこともあり、今日の森保一監督のお話を聞けたのはめちゃくちゃ気持ちが高ぶりました。SAJのみなさま、このような機会をつくっていただき感謝申し上げます。森保一監督のお話は、マネージメントやチームビルディングなどに通じるものがあると同時に、「サッカーが好きで、好きなサッカーを職業にして、いっしょに夢を見る仲間がいること」を本当に楽しんでいらっしゃるんだな、ということを感じました。
仕事が自分の好きなものになったとき、ウェルビーイングを感じると思っていたので、森保監督は、選手ファーストで考えていらっしゃるので、ご本人は苦労が多いのではないか(ウェルビーイングではない)と思っていましたが違うんだと思いました。GDPからGDW(Gross Domestic Wellbeing)という価値観が浸透する流れで、国際基準が定められようとしていますが、日本人ならではのコミュニケーションということを考えると、それぞれの国や文化で異なるウェルビーイングがあるんだということも改めて感じました。とはいえ、その人たちの育ったバックグラウンドに応じて、主体性の加減、バランスをもった選手との対話は変えていかないといけないこと。これは、組織運営にも通じるものがあり、最後はやはり相手へのリスペクトが重要だという点は世界共通かもと感じました。
森保一監督、私たちもいっしょに、今まで観たことのない世界をいっしょに観たいです。貴重なお話おうかがいしました。どうもありがとうございました。
Wellulu編集部プロデューサー 堂上研
森保 一さん
サッカー日本代表監督
久永 啓さん
岡山理科大学 経営学部 経営学科 准教授
宮田 誠さん
株式会社ユーフォリア 代表取締役