多くの女性の悩みの1つである月経痛。
毎月訪れる憂鬱な痛みが、魚を食べることで解消されるとしたらどうでしょう?
近畿大学の武田先生による研究で、魚を摂取する頻度が週1回以上であると中等度以上の月経痛を有するリスクが有意に低いことが明らかに。
今回は武田先生に「魚の摂取頻度と月経痛の関連」について詳しくお話を伺った。
武田 卓さん
近畿大学東洋医学研究所 教授
生理痛が起こる原因と魚の栄養素の関係
──まずは、武田先生が今回の研究に興味をもった背景を教えていただけますか?
武田先生:研究を始めたきっかけは、月経困難症に限らず、月経関連疾患全般を研究をしていることがまず背景にあります。とくに月経前症候群(PMS)に関する研究を中心におこなっており、関係性の強い月経困難症もあわせて研究をおこないました。PMSも月経困難症も、薬物療法としてピルの服用が確立してきていますが、まだまだ日本ではホルモン剤を避ける傾向があります。こうした中で、薬物療法以外に症状の改善やQOLの向上に役立てる方法を探求することも、今回の研究のテーマの1つに掲げました。
──まだまだ日本ではピルに抵抗感をもつ人はいますもんね…。今研究では、普段私たちも口にする魚の栄養素が月経痛に効果がある可能性があるとのことですが、具体的にどのような働きがあるのでしょうか?
武田先生:まずその前に、月経困難症いわゆる生理痛、月経痛は、どのようにして起こると思いますか?
──生理中に何か痛みの物質がでるのでしょうか…?
武田先生:そのとおりです。月経困難症の主な原因として、炎症性の痛みの原因となる生理活性物質プロスタグランジンがあります。生理中は、このプロスタグランジンの元となるアラキドン酸の分泌が増加します。その結果、プロスタグランジンが過剰分泌し、子宮筋の過剰収縮などが起こり月経痛を引き起こしているんです。
──痛みの原因であるプロスタグランジンと魚の栄養素に関わりが…?
武田先生:魚には、代表的な栄養素としてドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)、ビタミンD、ビタミンEなどが含まれています。DHAとEPAは、アラキドン酸に効き、それによってプロスタグランジンの産生も減ることで痛みが軽減されると考えられています。また、ビタミンDにはプロスタグランジンの産生を抑える働きがあり、ビタミンEはアンチエイジングにもよいとされる抗酸化物質が、アラキドン酸を抑える作用もあるといわれています。
──プロスタグランジンはもちろん、その元となる物質の産生も抑えることで、結果的に痛みを減らしているというメカニズムなんですね!
武田先生:ただ、DHAやEPAの投与だけでは月経痛を抑える効果がないというデータもあります。あくまで、魚に含まれるビタミンD、ビタミンEなどの栄養素との複合的な作用が関係しているのではないかと考察しています。
週4回以上の魚の摂取が生理痛リスクを下げる?
──今回の研究はどのように取り組まれましたか?
武田先生:今回の研究は、子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)の一環として実施されました。2011年から2014年にかけて日本でおこなわれたエコチル調査の全国データから、宮城ユニットセンターに登録された2,060人の女性を対象に、最終出産から1.5年後の方に、魚の摂取頻度と月経痛の関連を追加調査として実施したものです。
調査では主に問診票を使用しましたが、その中でPMSの症状に関する14項目のスクリーニング調査や月経痛の強度の4段階評価、魚の摂取頻度や好き嫌いなどの質問も含めました。その結果、魚の摂取頻度と月経痛の関連に差がみられ、頻繁に魚を食べる女性ほど中等度以上の月経痛を有するリスクが低いことが明らかになりました。
なお、魚の好き嫌いとの関連はみられなかったことから、あくまで実際に摂取しているかどうかが影響していると考えられます。また、経済状況から魚が好きでも食べられない人がいる可能性も推測されました。
──魚の摂取頻度と月経痛には、具体的にどのくらいの差がみられたのでしょう?
武田先生:産後1.5年時の月経痛の重症度を調査した結果、魚の摂取頻度が週1回未満の女性の38.0%が中等度以上の月経痛があるのに対し、週4回以上の女性では23.9%が中等度以上の月経痛がありました。魚の摂取頻度と中等度以上の月経痛があるリスクを年齢、経済状態、産科合併症などの影響しそうな多くの因子で補正して解析すると、産後の女性で魚の摂取頻度が週1回以上であると、中等度以上の月経痛を有するリスクが低くなる傾向があるとわかりました。
──産後1.5年時の女性以外でも同じ効果は期待できるのでしょうか?
武田先生:エコチル調査は、コホート調査といってある特定の集団を一定期間にわたって追跡していく調査になります。現在も調査は続いており、データがでていないのではっきりしたことはまだいえません。産後5年時などの区切りで追加調査などもおこなっていますが、対象集団の中には途中でやめる方も少なくありません。人数が減ってしまうことで差が出にくくなる可能性もありますが、最終的には同じ効果がでたらいいなと思っています。
──産後という点も、ポイントになりますか?
武田先生:今回のデータの特徴として、分娩後の女性は、月経困難症の症状が軽減される点があります。これは、妊娠が内膜症の治療となり、一度リセットされた状態になるイメージです。内膜症や子宮筋腫などの病気がなく、思春期に多い機能性の月経困難症も、妊娠や分娩で症状が軽くなることもわかっています。
ストレスや社会経済要因も月経困難症やPMSに影響する
──魚の摂取頻度を含め、月経困難症を予防するための方法などがあれば教えてください。
武田先生:研究を通して魚の摂取頻度を伝えてきましたが、決して魚だけを食べればよいというわけではありません。栄養素の偏りなく、魚を中心としたバランスのよい食事をとることが大切です。別の研究でも、肉食ではなく魚を中心とした和食を食べている人のほうが月経困難症や月経前症候群(PMS)のリスクが低いという結果や、魚をよく食べているアスリートのほうがパフォーマンス障害が少ないというデータがでたものもあります。
ただし、まだきちんとした調査はできていないので、今後はこのような食事摂取のパターンなどでも、月経困難症との関連を解析していけたらと思っています。
──魚中心・肉中心の食生活パターンも月経困難症に影響しているかもしれないんですね。食事以外にも、社会経済要因も関係してくるのでしょうか?
武田先生:やはり、一般的に魚はお肉より高価なことから、経済的な背景からも摂取頻度に影響はあると思います。また、社会的な要因としては、ストレスはPMSと強い相関関係がでています。このことからも、社会経済要因、月経困難症、PMSはお互いに影響し合っていると考えられます。
──魚中心の栄養バランスのとれた食生活に加え、なるべくストレスを減らした環境をつくることが大切なんですね。月経困難症の課題にはどのようなものがありますか?
武田先生:月経困難症は、今では社会で広く認知されており、痛みを感じた場合は痛み止めの服用が一般的です。問題なのは、「その後の治療」がどうなっているのか。標準的な治療としては、いわゆるピルと呼ばれるホルモン剤の使用が効果的です。
昔に比べたらピルもだいぶ普及してきましたが、とくに親世代で、日本では社会的・文化的な背景からまだホルモン剤に対する抵抗感が強くあります。これらの問題を解決するためにも、月経についてよりオープンに話せる社会をつくっていくこと、ピルに対する抵抗感をなくしていくことが大切であると思います。
また、別の研究からは、月経前症候群(PMS)と月経前不快気分症候群(PMDD)の診断・治療の実態として、医療現場での診断が漠然としているという問題点も挙げられています。医療現場の診断治療の教育とより有効な治療の普及も、一般の人に月経困難症の正しい知識を持ってもらうために重要であると考えています。
──正しい知識を持つことが、正しい治療にもつながりますね。最後に、今回の研究の結果を踏まえた今後の展望をお聞かせください。
武田先生:月経困難症を含めた月経関連疾患に関しては、まだまだ研究が進んでいません。現在は、主にPMSに焦点をあて、AMED(日本医療研究開発機構)からの助成金を受けて、PMSとPMDDの新しい治療薬の医師主導治験をおこなっています。日本にはPMSやPMDDに対する治療薬がなく、今回の治験は日本で初めてのPMSとPMDDに対する治療薬の研究となります。
実際に被験者の登録なども進んでおりますが、現段階ではまだ詳細な結果はわかっていません。治療薬としてはビタミンB6を研究しており、副作用も少なく安全性が高いことがわかっています。ホルモン剤とは異なる作用をもち、脳内のセロトニンやGABAなどの神経伝達物質に働きかけることで、PMS・PMDDの症状を緩和させる効果が期待されています。
なにより、ビタミン剤は抵抗感も低く、体内に蓄積しない水溶性であることからも、飲みやすいイメージがありますよね。今後、この治療薬が有効証明されて一般内科の先生が処方できる日がきたら、日本の世の中が変わるのではないかと期待しています。いずれは、薬局でも手に入るような抵抗感なく買える治療薬となり、多くの女性の生活が改善されることを願っています。
── 幸せホルモンといわれるセロトニンなどに働きかけることで、よりハッピーな気持ちでPMSの症状を緩和させるのも素敵ですね。1人でも多くの女性が、人生の長い期間をともにする月経をより快適に過ごせる日がくるのが楽しみです。本日はどうもありがとうございました!
Wellulu編集後記
今回は近畿大学の武田先生に「魚の摂取頻度と月経痛のリスク」の関連についてお話を伺いました。
毎日の食生活に魚料理を取り入れるよう心がけることで月経痛のリスクが下がるという結果に驚くとともに、月経困難症やPMSに対して正しい知識を持つことが正しい治療につながることを改めて感じました。
月経困難症は病気の1つであること、ピルは治療薬であること。
世の中全体、そして女性一人ひとりがきちんと認識した上で、痛みを我慢せずに適切な対応をとることが大切であると思います。
武田先生の今回の研究結果や進行中の研究を通じて、多くの女性の悩みである月経困難症やPMSに対して、よりオープンな社会と新たな治療薬の選択肢が増える世の中になることを願っています。
本記事のリリース情報
産婦人科医。漢方・産婦人科・腫瘍・内分泌の専門医として、女性のヘルスケア全般を西洋・東洋医学の両面から診療・研究を実施。特に、月経関連疾患や心身症領域(更年期・PMSなど)を専門としている。最近では、フェムテック領域での共同研究も多数実施。大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部大学院博士課程修了。大阪大学医学部産婦人科助手、助教(学内講師)、大阪府立母子保健総合医療センター産科診療主任・医長、大阪府立成人病センター婦人科副部長、東北大学医学部先進漢方治療医学講座准教授等を経て、近畿大学東洋医学研究所所長教授、東北大学産婦人科客員教綬兼任。