「売れなければいけない。同時に、かっこよくなくてはならない」
この一見相反する命題を高い次元で両立させ、日本のビジネスシーンを塗り替えてきたのが、アスクル株式会社の創業者・岩田彰一郎さんだ。注文したオフィス用品が「明日来る」という画期的な仕組みを生み出し、日本のオフィス・働き方そのものを変革したその裏側には、顧客を見つめ続ける愚直さと、機能性と美しさを同居させる岩田さん独自の仕事観がある。
2019年に創業の志を貫いて社長の座を退いた岩田さんが、2026年3月、著書『起業家になる前に知っておいてほしいこと 経営の難問を乗り越えるたった一つの考え方』(PHP研究所/2026年)を上梓した。
本書に深く感銘を受けたWellulu編集長・堂上研が対談を熱望し、今回の鼎談が実現。岩田さんを「左脳的な戦略と右脳的な感性を両輪で回せる稀有な経営者」と敬愛するオシロ株式会社代表取締役社長・杉山博一さんを迎え、経営の本質に迫る。
前編では、少年時代の好奇心からライオン勤務時代まで、アスクル創業に至る経営者としての原点を紐解いていく。

岩田 彰一郎さん
アスクル株式会社創業者・元代表取締役社長兼CEO/株式会社フォース・マーケティングアンドマネージメント代表取締役CEO

杉山 博一さん
オシロ株式会社 代表取締役社長

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長
岩田彰一郎氏という「教科書」を紐解く。左脳と右脳を両輪で回す経営哲学

堂上:本日はお時間をいただき、本当にありがとうございます。岩田さんの著書『起業家になる前に知っておいてほしいこと 経営の難問を乗り越えるたった一つの考え方』(PHP研究所/2026年)を拝読し、どうしてもお会いしたいと願っていました。まさに本のタイトル通り、僕が起業する前に読んでおきたかった、教科書のような一冊だと心から感じました。
岩田:ありがとうございます。出版のタイミングが少し遅かったようですね(笑)。
杉山:私も堂上さんと同じ気持ちです。以前からさまざまな方を通じて岩田さんのお話を伺っており、ある意味「教科書の中の伝説的な人物」のように感じておりました。
こうして事業を通じ、ようやく「生きた人間」としてお会いできる機会をいただけて、大変光栄です。

堂上:杉山さんは、実際にお会いする以前から、岩田さんの経営者としての姿を尊敬されていたそうですね。
杉山:一言でいえば、左脳的な論理と右脳的な感性を両輪で回しながら事業をつくってこられた、稀有な経営者です。
左脳だけで事業を組み立てる方もいれば、右脳的な感性が突出した方もいます。しかし、その両方をこれほど高いレベルで融合させている方は、なかなかいらっしゃいません。
例えば、アスクルのカタログです。あれは私にとって教科書のような存在でした。そもそもカタログ制作にアートディレクターの岡本一宣さんを起用された時点で、その審美眼という「右脳系のセンス」を強く感じました。それだけでなく、審美眼だけで終わらずに事業を大成長へ導かれた。その手腕に強く惹かれていたのです。
岩田:ありがとうございます。
堂上:僕もご著書を読みながら、事業をつくるとはこういうことなんだと教えられました。単に仕組みを構築したり、数字を伸ばしたりするだけではありません。
「何を美しいと思うか」「どういう世界をつくりたいか」という個人の想いまで含めて、初めて事業になるのだと。今日は、その本質についてぜひ伺いたいと思っていました。
「大物かバカか、どっちかだ」。夜空を見上げて育んだ、広範な好奇心の正体

堂上:まず、岩田さんの少年時代についてぜひ伺わせてください。どのようなお子さんだったのでしょうか。
岩田:普通の少年だったと思うんですけどね。ただ、小学校の先生には「この子は大物になるか、バカになるか、どっちかだ」と言われたらしくて(笑)。おそらく、いつもぼーっとしていたんでしょうね。
堂上:それは、かなり個性的なお子さんだった、ということですね?
岩田:「宇宙って何だろう」「星の向こうには何があるんだろう」「何万年も前の光が今届いているってどういうことだろう」……そんなことを考えるのが好きでした。自宅の屋根のような場所に布団を敷いて、夜空を眺めていたりもしましたね。

堂上:それはなかなか、普通の少年とは言えません(笑)。
岩田:本を読んだり、あれこれと思索に耽ったりするのは好きでした。今振り返ってみると、あれが私にとってのリベラルアーツの原点だったのかもしれません。何かひとつのことに特化するというより、あらゆる物事に好奇心が向いていました。
堂上:「Wellulu」で多くの経営者の方にお会いしていますが、ひとつのことに深くのめり込むタイプと、岩田さんのように広範な好奇心を持つタイプに分かれるように感じます。
どちらのタイプにせよ、自分が「面白い」と感じるものを追いかけている点は共通していますが、岩田さんはまさに後者でいらっしゃるのだと感じます。
「いいもの」だけでは届かない。マーケティングという名の人間理解

堂上:その好奇心が、仕事の軸として形になっていくのは、マーケティングとの出会いが大きかったのでしょうか?
岩田:大学のゼミで、マーケティングに出会ったのが大きかったと思います。教科書に「コンシューマー・イズ・キング(顧客は王様である)」と書かれていました。「ああ、そうなんだ」と腑に落ちたのです。これが私のマーケターとしての原点です。お客様を知ることが、ビジネスのすべてだと確信しました。
誤解してはいけないのは、これは「お客様を大切にしましょう」という道徳の話ではないということです。ビジネスとして成功するために、まずお客様を知らなければならない。何を考え、何に困っているのか。そこがわからなければ、何も始まりません。
杉山:だから岩田さんのお話は、マーケティングという専門的なテーマであっても、常に「人間の話」として聞こえてくるんですね。そこが何より面白いと、常々感じていました。
岩田:そうかもしれません。人がどう生きているか、何を喜び、何に不便を感じるか。そこを深く見つめていけば、必ず仕事になります。逆に言えば、そこを見ていない仕事は、あまり長くは続きません。
ライオン株式会社に入社してからも、最初は商品開発を担当しました。しかし実際にやってみると、「いいものをつくれば売れる」わけではないことを痛感します。どう見せるか、どう届けるか、どこに置くか……そのすべてが関係してくるのです。
当時手がけたヘアケア製品ブランドの「Free&Free(フリー&フリー)」も、クリエイティブ自体は素晴らしいものでした。でも、ただ素晴らしいだけでは売れない。
コミュニケーションを変え、置く店を変え、ターゲット層が集まる場所にきちんと商品を届ける……そうした工夫を重ねて初めてビジネスは動き出します。
考えて、工夫して、結果が変わる。その手応えこそがマーケティングの醍醐味であり、ビジネスの面白さですね。

堂上:その頃から岩田さんにとって、仕事は「与えられたもの」ではなく、自分で能動的に動かすものだったんですね。ライオン時代は本当に充実されていた印象ですが、そこからなぜ次のステージへ移られたのでしょうか。
岩田:学生時代からの友人が、何度も「一緒にやらないか」と誘ってくれたんです。3年間で3回ほどでしょうか。まさに「三顧の礼」ですね。そこまで言ってくれるのなら、これは受けるべきだと決意しました。
堂上:3年間にわたって誘い続けたのですね。
岩田:そうなんです。もし2回だったら行っていなかったかもしれません(笑)。
杉山:損得勘定ではなく、人と人との信頼の中で人生の新しい扉を開かれるあたり、本当に岩田さんらしいエピソードですね。
「売れる」と「かっこよさ」の両立。ふんわりとした“頑固さ”が生んだ美学

杉山:私が岩田さんに惹かれる理由は、まさにそこなんです。事業を成立させるだけなら、左脳的なアプローチだけでも到達できるかもしれません。しかし、岩田さんの場合は、そこに「かっこよさ」という右脳的な感性が不可欠な要素として共存している。
しかもそれが、独りよがりや理想論ではなく、実業としてしっかりと数字をつくり、売れるものとして結実している。そこに深く惹かれるのです。
堂上:その「かっこよさ」と「ヒット商品」を両立させたのが、アートディレクターの岡本一宣さんとのお仕事ですよね。
岩田:岡本さんは本当に素晴らしいアートディレクターです。ただ、彼のつくるものはあまりに洗練されていて「かっこよすぎる」ところがあるんです(笑)。デザイン性を追求するあまり、文字が小さくなってしまったりしてね。岡本さんと私と商品担当者と、1ページずつ膝を突き合わせて、売れるカタログデザインにチャレンジしました。
カタログというのは、多くの方が見て、その瞬間に「買うか、買わないか」を決めるものでもあります。ですから、ただ「かっこいい」だけではダメなんです。
売れなければいけないし、かっこよくもなければいけない。その両方を同時に追いかけ、成立させること。そこをずっと追求してきました。
堂上:岩田さんは、著書でも今日のお話でも、非常に穏やかな印象を受けますが、お話を伺うほどに、芯の強さを感じます。「素直さ」を持ちながら、決して譲らない。「曲げない強さ」をお持ちですよね。
岩田:アスクル時代、社内ではよく「ふんわり頑固」と言われていましたね(笑)。ふんわりしているけれど、自分が正しいと思った方向には絶対に舵を切る。でも、それは決して自分のこだわりやエゴのために頑固なのではありません。
お客様のためにどうあるべきか、社会のためにどうあるべきか……そうした大義を突き詰めると、どうしても譲れない線が出てくる。たぶん、そこなのでしょうね。
杉山:「柔らかいのに、強い」。その在り方こそが岩田さんらしさであり、多くの人が惹かれる理由なのだと思います。声を荒らげるわけでも、自分を強く主張するわけでもないのに、信じる軸が明確にある。その姿勢が、そのまま事業の美学に滲み出ているのでしょう。
岩田:結局のところ、お客様を見ること、そして人を見ること。それに尽きるのだと思います。

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