長い時間、椅子に座りながらデスクワークの毎日を送って体がこり固まっていたり、時には職場や学校の人間関係で悩んだり……。何らかの心身の不調を抱えている人は、無意識のうちに「呼吸」が浅くなっているかもしれない。この呼吸の浅さは、心臓にも影響するといわれているのをご存じだろうか。心臓の鼓動が早い日々を送っていると、寿命が縮んでしまうかも……?
そんな忙しくストレスフルな日々を送るビジネスパーソンにヨガを提唱するのが、小林眞咲惠さんだ。今回は小林さんに日常のなかで取り入れたいヨガの方法や、自分との向き合い方について、Wellulu編集部プロデューサーの堂上研が話を伺った。
小林 眞咲惠さん
ヘルスケアプロフェッショナル
堂上 研
Wellulu編集部プロデューサー
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。
人が一生で打つ鼓動の数は決まっている?
堂上:今日は小林さんにヨガや健康についてお話を伺いたいと思います。僕は1日デスクワークをしていることも多く、肩がガチガチに固まってしまっています。高校生の時にサッカーで左膝を骨折して以降、それを庇って右側に体重をかけてしまい、姿勢も良くないみたいです。先日病院で坐骨神経痛といわれて、体の不調をまさに感じているところでした。
小林:デスクワークで体が固まる人は非常に多いです。頭は4〜5キロの重さがあるのですが、それを支える背中の僧帽筋(そうぼうきん)は、1枚の皮なんです。それで8時間、4〜5キロの頭を支えるのはしんどいですよね。
堂上:そう言われると、確かにそうですね。
小林:仕事中はつい頑張ってしまいませんか?
堂上:夢中になってやっていると思います。
小林:そうですよね。そうすると、呼吸が浅くなるんです。そこから食いしばりに悩まされる人もいます。
堂上:怪我の影響と、右利きということもあって、右半身が疲れることが多いです。ただ右利きである以上、左よりも右を使うのはしかたがないようにも思います。
小林:右利きということだけでなく、自律神経は右半身が交感神経、左半身が副交感神経なので、堂上さんは交感神経をよく使っているのだと思います。このバランスが崩れると、体にコリなどの症状が現れるんですよ。
堂上:だから右半身にばかり症状が出るのですね! 面白いです。休みも取るように心がけているのですが、足りないのでしょうか。
小林:ヨガや瞑想など、副交感神経が働くような癒やしの時間が必要かもしれませんね。アクティブな人は、どうしてもセカセカと動く時間を優先してしまいがちですが、そうすると心臓の鼓動は早いままです。イライラすると、さらに早まってしまいます。自律神経と心臓というのは深い関係があって、じつは人間が一生で打つ鼓動の数は大体同じなんですよ。
堂上:えっ! 生きる年数が違うのに、打つ鼓動の数は変わらないのですか?
小林:はい。だから100歳まで長生きする人は、心臓の鼓動と呼吸がゆっくりなんです。「息」というのは「自分の心」と書きますよね。呼吸と心臓はつながっています。生まれた時はオギャーと息を吐きながら生まれてきて、死ぬ時は「息を引き取る」といいますよね。だから息を長く吐くと「長生き」につながるんです。
堂上:いつも動いてばかりで、ジムにも通っている僕は相当鼓動が早そうです。呼吸を意識的にゆっくりする時間を取らないといけないわけですね。
座りながら1分でできるリラックス呼吸
小林:リラックスできる呼吸を取り入れると、心臓も落ち着いていきます。1分でできる「リラックス呼吸」をお教えしますね。
まず椅子に浅めに腰掛けて、膝が直角になるように座ります。足の裏は床にぴったりとつけます。少し顎を引いて、頭・肩・腰までがすっと伸びるようにしてください。
堂上:どうですか?
小林:やっぱり肩が固まっているので、もう少し力を抜いてリラックスしてみましょう。顎も上がり気味なので、下げてみてください。焦る気持ちがあると顎が上がりやすく、顎を引くと気持ちが落ち着きやすくなります。
堂上:本当に体の色々な部分に自分の性格や生活が現れてくるのですね。
小林:そうですね。では座れたら、両手のひらをお腹の辺りに持っていきます。目を閉じるとより集中できますよ。まずは、鼻先から息を吸ってお腹がゆっくりと膨らむのを感じ、吐きながら萎んでいくのを感じてください。
それができたら、次は吸う息の倍の長さで吐くようにしましょう。「1,2,3」で吸い、「1,2,3,4,5,6」で吐きます。これを1分行うだけで副交感神経が働き、心臓の鼓動もゆっくりになってリラックスできます。
堂上:簡単ですし、座ってできるので仕事中にもいいですね。
小林:1分間やってもらうとぼーっとした感覚があると思うのですが、これはアルファ波が出ている状態です。落ち着きを得られるだけでなく、脳に隙間ができます。頑張っていると、体と一緒で脳も萎縮してしまうのですが、リラックスして隙間ができると、そこに直感やインスピレーションが入ってきます。クリエイティブの仕事をしている人は特にこれが重要で、スティーブ・ジョブズが毎朝瞑想を行っていたのもこのためだといわれています。
堂上:なるほど、仕事にも良い影響があるのですね。ヨガというと難しいポーズがたくさん出てくるイメージでしたが、先ほどのリラックス呼吸は本当に簡単でした。
小林:たとえば仕事中に、お腹に力を入れて姿勢を正して座っているだけでも、体幹が鍛えられるのでフィットネスになります。時間がないという人には、一番おすすめしたい鍛え方です。その他にも、歯を磨いたついでにストレッチをするなど、自分が毎日必ずやることに紐付けて習慣化しておくことをおすすめしています。
日常の中にヨガを取り入れる
堂上:最近は腰痛もひどいのですが、効果的なヨガはありますか?
小林:先ほどのリラックス呼吸と同じように座っていただき、左手を右膝の外側に置きます。息を吸って吐きながら、右側に体をねじりましょう。肩の向こうが見えるくらいまでねじります。同じように反対も行います。
さらに下腹にぐーっと力を入れて薄いお腹を作っていくと、雑巾絞りのように体がねじられるのが分かると思います。筋肉は腹直筋・腹横筋・腹斜筋とあるのですが、斜めの筋肉というのは普段の生活ではなかなか使いません。使わないとどんどん衰えていってしまいます。
堂上:これもとても簡単にできますね。
小林:お腹に力を入れていくのは、アイソメトリック手法といって、自分で自分に負荷をかけることで筋トレにつながります。女性はウエイトトレーニングを行うと負荷がかかり過ぎてしまいますが、アイソメトリック手法では自分の力加減を調整できるので、体に合ったトレーニングができます。
堂上:これは1日どのくらいやったら良いですか?
小林:10秒でも良いので1日に何回かやっていただけると、インナーマッスルにアプローチすることができます。お腹を鍛えようとしているのになかなか変わりません、という方は肩に力が入っていて、肩のトレーニングになってしまっている場合があります。呼吸だけがインナーマッスルにアプローチできるので、呼吸に意識を向けてみてください。
堂上:これを習慣化していけると良いということですよね。
小林:そうですね。呼吸法は間違った方法でやってしまっていたり、これで合っているのかなと思いながら続けていたりする人も多いので、一度しっかり正しい方法を習うと良いと思います。どうしても体に力が入ってしまいやすいので、完全に力を抜いて、姿勢を保って呼吸をする。これだけでもやってみてください。私は日常の中でヨガを取り入れるということを提唱しています。
堂上:良いですね。ヨガはジムに行くのではなく、日常に取り入れるのですね。
小林:はい。瞑想やヨガはどこかに行かなければできないと思うと、日常から遠ざかってしまいますよね。そうではなく、知識を知恵に変えて、日常の中で活かしていく。これはウェルビーイングの観点にもつながってくると思います。
堂上:ヨガの概念が変わりました!
ヨガと瞑想で自分を見つめ直し、メンタルを鍛える
堂上:ヨガや瞑想は自分の体や心と向き合うので、ウェルビーイングとも深い関係性がありますよね。
小林:様々なことが目まぐるしく変わる世の中で、自分の中にある変わらない軸を見つめ直せるのが、ヨガや瞑想だと思います。
堂上:自分と向き合った時、好きな自分もいれば、嫌いな自分もいると思います。嫌いな自分を見つけた時に、小林さんはどうされていますか?
小林:向き合って受け入れてあげます。嫌いな自分は、自分を深く知るきっかけになりますから。人間関係においても「この人と合わないな」と感じるのは、リフレクション、つまり鏡になって自分に返ってきているんです。その人の中に嫌いな自分を見つけているんですよ。
堂上:僕が嫌だなぁ、合わないなぁと感じている人の嫌な部分というのは、僕自身が持っているものということでしょうか?
小林:目って外側に向かってついていて、自分を見ることはできませんよね。だから人を通して自分を見ているんです。そこで瞑想によって嫌な自分を受け入れるというのは、最初はもちろんつらいですけれど、そこが緩和されていくと人間関係が楽になっていきます。
堂上:以前、全国の10万人に困り事を調査した時、1番多かった悩みが人間関係でした。ウェルビーイングに過ごすためには、居心地の良いコミュニティに属することや、信頼関係を築けることが非常に重要ですよね。そんななかで価値観を押し付けてくるような人がいると合わないと感じて、その人とはなるべく接さない、というのが僕の考えだったのですが、それは自分が持っている部分でもあるのですね。そう思うとつらいです……。
小林:堂上さんが押し付けられるのが嫌だということは、自由が好きだということですよね。何かを押し付けられた時に、自分はやっぱり自由が好きなんだな、組織の中であったとしても自由は手に入れられる、という思考になっていけると良いですね。経産省の調査でも、職場での悩み事は人間関係が多いそうです。
堂上:みんな悩んでいるんですね。こういう人付き合いに関しても、瞑想をしていくと変わっていくのですね。
小林:最近では多くのアスリートがメンタルトレーニングを取り入れています。よく、体を鍛えていればメンタルも鍛えられると思われがちなのですが、体と心は別でトレーニングをする必要があるんです。もちろん相互関係はありますが、メンタルは体のトレーニングとは別で行わなければいけません。アスリートは自分が練習していない時間に、他の選手が練習をしていたり、活躍していたりするのを見るとメンタルがぶれやすくなります。そこで瞑想をやると、メンタルが安定しやすくなったというのは、オリンピックの金メダリストのトレーナーも仰っていました。
堂上:サッカーの長友選手もメンタルトレーニングという側面でヨガを取り入れていますよね。メンタルトレーニングはアスリートだけでなく、僕らのようなビジネスマンにも必要ですね。
小林:もちろんです。会社では世代の異なる人々ともコミュニケーションを取らなければなりません。境遇の違う相手を理解するためにも、瞑想の時間は大切です。
堂上:メンタルを鍛えるためには、毎日何をしたら良いでしょうか。
小林:先ほどお伝えしたリラックス呼吸も有効的ですよ。呼吸をゆっくりしながら瞑想をしていくと、リラックスしながら集中できるようになります。これがいわゆる「ゾーンに入る」といわれるものです。たとえばサッカーであれば「自分がゴールを決めてやる」というエゴが入ると、脳が切り替わってしまい集中しきれません。そうではなく、リラックス状態かつ集中状態を保てると、自我から無我へと変わり、ゾーンに入ってゴールを決めることができるんです。
堂上:それが僕らの日常生活でもできるようになるのですか?
小林:はい。たとえばクリエイティブのアイデアがスッと出てきて、あとはそれを書くだけ。仕事を効率よくできるようになります。
堂上:それは凄いです! 早速実践したいと思います。
亡き母からもらった最期のギフト
堂上:小林さんがウェルビーイングだと感じるのはどのような状態ですか?
小林:私は3月に母を亡くしたのですが、連絡をもらって駆けつけた時にはまだ息があり、私が背中に手を添えたなかで亡くなりました。母が亡くなるということは自分の半分がなくなってしまうような怖さがあったのですが、最期の呼吸の時、私はそこにちゃんと意識を向けられたし、そこから魂がスッと抜ける瞬間というのがなんとも素晴らしい瞬間だったんです。母の死化粧もさせてもらって、とても幸せな気持ちにさせてもらいました。
堂上:お母さまからの最後のギフトですね。
小林:本当にそうです。母が亡くなるまでの最期の1年間は、母の姿から死生観にも向き合いました。親の死というのは、子どもへの最期の教育なんだと思います。そうして母が亡くなった次の日、お葬式に向かう時に空を見上げたら虹がかかっていて。あぁ、母はすぐ近くにいるんだなと感じました。
お医者さんからは死亡時刻を設定していいと言われて、「11時11分」のエンジェルナンバーを設定させてもらいました。これは新しい旅立ちを意味する数字です。そうしたら今では毎日のように「1111」という数字が、目に飛び込んでくるようになりました。母が死んでも、母を近くに感じられる。それが私のウェルビーイングな状態です。
堂上:とても素敵なお話です。死と向き合うと、生きることを改めて感じますね。僕の兄は3年前に突然死したのですが、心肺停止で脳死状態になった時、機械をつけて心臓を動かし続けるかどうか聞かれました。父は家族会議をする前に僕が決めて良いか、と言って、兄に「親より先に死ぬ子どもがどこにあんねん」と怒りながら、機械を外すことを決めたんです。当時はコロナ禍だったので、死に際に子どもたちが見守ってメッセージを伝えることができなかった。それを父が悔しがっていたことを思い出しました。死と向き合うことで生きることを考えるというのも、兄から教わったことです。
小林:おっしゃる通りですね。死と向き合うことは怖いと思ってしまう人が多いと思うのですが、大切なことを教えてもらえます。人はいつか死ぬということは知っているけれど、大切な人が明日死ぬということは知ることができない。だからこそ、何を伝えるか、どう接するかを大切にするようになりました。
堂上:僕も母に会いに行こうと思います。今日はありがとうございました。
堂上編集後記:
小林さんとは、大阪のquintbridgeの女性起業家を応援する会で出会った。そこにはたくさんの挑戦している起業家がいて、たくさんのウェルビーイングな人がいらっしゃったので、みんなWelluluでお話ししたいと思える場所だった。
そんな中、ウェルビーイングに光輝いている関西弁の小林さんに惹かれて、Welluluの対談をお願いすることになった。
僕らはウェルビーイングな環境をつくるために、自分の身体と心と向き合うことが必要だ。分かっているけれど、年を重ねていくと、身体がどこか痛んだりしてしまう。しかも、日常の振る舞い、生き方が身体の節々に出てくるのだ。
小林さんと話をしていると、そこはマインドフルネスな、自分がもっとゆっくり生きていいんだよ、と愛で包みこんでくれる心地良さを感じることができた。
僕はもともと、食べるのも歩くのも早い。いわゆるせっかちなのだろう。そんな僕が、伝授してくださった呼吸法で、毎日の呼吸をゆっくりする時間を取るようにしてみた。そして早速、家族みんなで、3秒で息を吸って、6秒で息を吐く、をやってみた。これが意外と難しい。
日常の中で、僕らはたまに立ち止まり、全ての臓器をゆっくり休ませてあげようではないか!?
小林さん、どうもありがとうございました。
最後にヨガのポーズと言って撮影したが、僕はまっすぐ立てない上にふらついてしまう。日々精進だ……。
後日、こんなメッセージをいただいた。
「先日、お伝え忘れてましたが、肝臓のケアに
梅干しなどの酸味を食べてみて下さい。
疲れにもとってもいいです<(_ _)>」
僕の肝臓が、暴飲暴食で悪いことをお見通しだ……。
約15年、外資系企業で役員秘書を務める中、恩師とも呼べる「元上司(女性経営者)」が突然、他界。「ヨガ」を心のよりどころにしていた彼女が遺言のように残した「ヨガの普及」を実現すべく、企業人の生活習慣を意識したヨガを研究し、企業人に特化した「Biz Yoga+®」を立ち上げる。アドバイザリー・ボードである医師、専門家と連携し、より質の高いサービス提供を目指す。
インド中央政府ヨガ指導者国家資格認定講師/健康経営アドバイザー/メンタルケア専門心理士/食養指導士等、10種類以上の資格をもつ健康の専門家。