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「意志に大義が宿るとき、人は動く」。アスクル創業者・岩田彰一郎氏が語る、人が集まり、事業が動き出す瞬間

「お客様に忠誠を誓う」「大義のない意志に力はない」

岩田彰一郎さんの言葉は、シンプルでありながら、私たちの心に深くしみ込んでくる。アスクル株式会社を立ち上げ、数多くの困難を正面から受け止めてきた岩田さんの仕事観は、単なる経営のノウハウではない。それは「どう生き、どう働くべきか」という、人間としての指針そのものだからだ。

後編では、企業内起業(イントラプレナーシップ)の核心ともいえる「誰に忠誠を誓うべきか」という問いから始まり、SNSや数字では見えにくくなった生活者の本音をいかにつかむか、そして「大義」がなぜ人を突き動かすのかまで、対話はさらに深まっていく。

コミュニティの力で人と人をつなぐことを事業の核心に置くオシロ株式会社代表取締役社長・杉山博一さんと、株式会社博報堂で企業内起業を実践しているWellulu編集長・堂上研。三者の対話を通じて見えてきたのは、時代が変わっても揺るがない「事業の本質」と、人を惹きつけてやまない仕事のつくり方だった。

 

岩田 彰一郎さん

アスクル株式会社創業者・元代表取締役社長兼CEO/株式会社フォース・マーケティングアンドマネージメント代表取締役CEO

1950年、大阪府生まれ。1973年、慶應義塾大学卒業後、ライオン油脂株式会社(現 ライオン株式会社)に入社し、「Free&Free(フリー&フリー)」などのヒット商品を手がける。1986年、プラス株式会社入社。アスクル株式会社を立ち上げ、1997年の分社化に伴い代表取締役社長に就任。2000年に代表取締役社長兼CEOとなり、2012年にはLOHACOのサービスを開始。2019年8月に退任後、同年9月に株式会社フォース・マーケティングアンドマネージメントを設立し、代表取締役CEOに就任。

杉山 博一さん

オシロ株式会社 代表取締役社長

1973年生まれ。元アーティスト&デザイナー、2006年日本初の金融サービスを共同起業(2024年3月IPO)。2014年シェアリングエコノミープラットフォームサービス「I HAV.」をリリース、外資系IT企業日本法人代表を経て、2015年アーティスト支援のためのオウンドプラットフォームシステム「OSIRO」を着想し開発、同年12月β版リリース。

堂上 研

株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長

1999年に株式会社博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
目次

「上」ではなく「お客様」へ。企業内起業家が誓うべき唯一の忠誠

堂上:岩田さんにお聞きしたかったことのひとつが、企業内起業における創業者の身の処し方についてです。僕自身、2024年に株式会社博報堂の企業内ベンチャーとして、株式会社ECOTONE(エコトーン)を立ち上げました。

事業を進める中で痛感したのですが、企業内で新規事業を行うと、どうしても組織の上層部の顔色を伺ってしまう瞬間があるのです。企業内ベンチャーですから、予算も評価も会社から与えられたものである以上、上を見て判断するのが当たり前ではあるのですが、一方でベンチャー本来の醍醐味が薄らいでしまう危険性も感じています。本来どこを向くべきなんだろうと、このところずっと考えているんです。

岩田:企業内ベンチャーで一番大事なのは、「誰に忠誠を誓うか」です。上層部の意向も組織の論理も重要ですが、最終的には「お客様」に忠誠を誓う。そこに明確な線引きをするのが大前提です。

これは単なる理念や道徳の話として「お客様が大切だ」と言っているわけではありません。ビジネスとして成功するためには、結局そこしか道がないのです。お客様の課題を深く理解し、それを解決することこそが事業の本質ですから。

企業内起業というのは、制度の話というよりも、まず「どこを向くか」という姿勢の話なのだと思います。

杉山:岩田さんがおっしゃると、言葉の重みが違いますね。大企業という環境は、特に「上」を向くのが自然なことになってしまうでしょう。だからこそ、どんな環境でも意識して「お客様」のほうを向き続けることが、事業を成功させるための決定的な分かれ道になるのですね。

SNSで「本音」は見えない。データとリアルの狭間に残る真実

堂上:その「お客様を見つめる」という姿勢に関連してお聞きしたいです。岩田さんは以前から、一般的なマス調査の手法に対してある種の違和感をお持ちだったそうですね。

岩田:学生時代にアンケート調査のアルバイトをした経験が原点にあります。会社を回り、用紙を置いて後日回収する仕事でしたが、ろくに記入していただけないこともあって。そのとき、「これを集めて、本当に消費者のことが理解できるのだろうか」と疑問を抱いたんです。

現代のネット調査も同様で、回答者がどんな動機で答えているかによって結果にバイアスがかかります。数字としては出てきても、その背後にある「本当の気持ち」まで見通すことは、なかなか難しいですね。

杉山:今はその本音が、さらに見えにくくなっています。私たちも大企業から多くのご相談をいただきますが、担当者の方々は口を揃えて「SNSを見ても、本音がわからない」とおっしゃるんです。

特典や景品目的、あるいは反応を稼ぐための「アテンション獲得」を目的としたコメントが溢れていて、そこからユーザーの本音を読み解くのが困難になっているからです。そうした需要があるからこそ、多くの企業様が当社のプラットフォームにたどり着いてくださるのだと感じています。

逆説的ですが、「本音が見えない場所」が増えたからこそ、「本音が言える場所」の価値が高まっている。OSIROが目指しているのはまさにそこです。

「情報」ではなく「感情」を共有する。コミュニティがインサイトを解き明かす

堂上:杉山さんは、クリエイターが活動を続けるための仕組みとしてOSIROを立ち上げられましたよね。それがなぜ、今や企業が消費者の「本音」をつかむ場として注目されているのか、非常に興味深いです。

杉山:私は30歳までアーティスト活動していましたが、そのときに強く実感したんです。生きていくための生活費はアルバイトをすれば何とかなる。でも、活動を続けるにはそれだけでは足りないと。

本当に必要なのは、応援してくれる人たちからの「エール」でした。しかも、バラバラに存在する応援者ではなく、ファン同士が仲良くなり、ひとつの「応援団」になってくれたら、クリエイターはもっと長く活動を続けられるのではないか。そう考えたときに、私が立ち返ったのは「人と人がどう仲良くなれるか」というテーマでした。

堂上:人のつながりの根源に関わる、大きなテーマですね。

杉山:事業をやってみてわかってきたのは、人は「情報の共有」だけではなく「感情の共有」を求めているということです。

では、感情を共有しやすい場所とはどんな場所か。まず安全でなければいけませんし、さらには自分の鎧を脱げる場であってほしい。そういう場では、ふとした瞬間に本音がこぼれるんです。

企業の方々からすると、そうした場がつくれたら、マーケティングデータでは見えない「本音」や「インサイト」が見えてくるのではないか、ということなのだと思います。

岩田:人の本当の気持ちをつかむというのは、いつの時代も普遍的で大切な問いですよね。

堂上:少し僕自身の話をすると、以前、食品メーカーの担当をしていた際に、スープのコミュニティを立ち上げたことがあります。そのとき、まさに同じことを感じました。

コミュニティ内で「朝食は、どのように召し上がっていますか?」と問いかけたら、企業側の予想を覆す現実が見えてきたのです。「おにぎりを小さく握って子どもたちに食べてもらっている」「忙しいからパンをスープにつけて食べている」といった声が次々と上がりました。

それをヒントに、パンをスープにつけて食べるスタイルを提案するコミュニケーションを実施したところ、大成功の施策に繋がりました。

企業の思い込みと、実際の生活者のリアリティには、大きな隔たりがあることを痛感した経験でした。そして、これこそが生活者発想であり、これからのコミュニティとマーケティングの両軸を考える起点だと思ったのです。

個人の意志を、社会のパワーへ。「大義」こそが人を動かす

堂上:岩田さんの著書を拝読し、今日こうしてお話を伺う中で、もうひとつ強く感じているのが「意志」と「大義」の重要性です。

ビジネスにおいても、生き方においても、岩田さんはこの2つを主軸に置かれていますよね。僕自身、企業内起業家として「意志」は持っているつもりなのですが、現実に直面すると、それだけではどこか心許ないと感じてしまう瞬間があります。

岩田:それは、「意志が何に基づいているか」という問いに行き着くのではないでしょうか。経営者であれば、利益を出したい、マーケットで優位に立ちたいという現実は当然あります。しかし、その裏側に「大義」があるか、あるいは「公(おおやけ)の思い」があるか。そこが最も重要なんです。

例えばマーケティングとは、一見すると「商品を売るための施策」のように見えます。しかし、本質は「お客様のために何をなすべきか」を追求することにあります。プロダクトアウトではなく、お客様が本当に求めているものを世に出し、生活を便利にする、助ける。そのためにマーケティングという手段があるのだと。

私がアスクルで貫いたのは、文房具に限らず、水でも、コーヒーでも、トイレットペーパーでも、病院で必要なものでも、お客様が必要としていらっしゃるなら提供する、という姿勢でした。

自分の「意志」と「大義」が一致しているからこそ、それが大きな力になる。個人的な思いだけでは、ここまで大きなパワーは出なかったでしょう。

堂上:起業して日が浅い僕は、どうしても数字の達成や予算のクリアといった、目先の「結果」に意識が向きがちです。しかし、岩田さんのお話を伺って、そこに引っ張られてはいけないのだと強く感じました。

岩田:もちろん、マネタイズやビジネスモデルの構築は必要不可欠です。しかし、先にそれだけを見てしまうと、事業の本質から横に逸れてしまう。先にあるべきは「何を目指し、どんな価値をつくるのか」という指針です。その本質さえあれば、お金や数字は自ずと後からついてくるものです。

私たちが「LOHACO ECマーケティングラボ」を立ち上げたときもそうでした。「当社のデータを全部開示するから、一緒にECの未来を学ぼう」と呼びかけたら、飲料・食品・日用品など150ものメーカーさんが集まってくださいました。

お互いの短期的な利益だけでなく、「次の時代をどう築き、お客様にどんな新しい便益を提供するか」という大義があったからこそ、皆さんが共鳴してくださったのだと思います。

杉山:自社の利益を超えた「より大きなもの」があるからこそ、多くの人が集まり、心が動かされるのですね。

山高帽を脱ぎ捨てて、小さな船へ。「メイフラワー号」に乗る覚悟と設計

堂上:そうした「人が集まる」状況をつくるために、岩田さんは仲間をどのように巻き込んでいかれたのでしょうか。新しいことを始めれば、組織の中には必ず抵抗が生まれると思うんです。

岩田:もちろん、抵抗はありましたよ。プラス株式会社からアスクル株式会社という新事業の仲間を募る際、私がよく使ったのが「一緒にメイフラワー号に乗り、新大陸を目指そう」という言葉です。

例えば立派な船では、英国紳士が山高帽を被って、誰かに指示を出せば、その人がやってくれます。しかし、こちらのメイフラワー号に乗るということは、気がついたら自分でやらなければいけません。

こちらへ来るということは、その山高帽を脱ぎ捨て、ジーパンとTシャツで小さな船に乗り込むということ。小さな船では、自ら動かなければ生き残れない。そうした「意識の変革」が必要だったのです。

アスクルは1997年に分社化しましたが、そのときに社員との雇用契約を結び直し、プラスの社員には転籍という決断をしてもらいました。あのとき、苦楽を共にして同じ船に乗ったという感覚は、今でも彼らの結束の強さにつながっていると感じます。

堂上:独立と同時に、転籍という大きな決断をされたのですね。

岩田:上場前の段階で社員にも株を持ってもらい、応援してくださる方々にも株をお渡しして、ステークホルダー全員がハッピーになれるような設計を心がけました。リスクを取って新天地へ船出した人が、以前と同じ待遇のままでは報われません。無事に航海を終えたら、きちんとリターンがある。そうした設計は、起業において不可欠な誠意だと思います。

堂上:実は、そこが僕にとっても悩みどころなのです。新しい未来をつくるために飛び出していく人を、どう守り、応援する仕組みをつくるか。それがなければ、誰も船には乗ってくれませんよね。

岩田:日本人は「自分のため」だと思うと腰が引けてしまいますが、「次の世代のために」と思えば強くなれる。パブリックな目標に向かって生きること、それが応援者を増やし、事業を大きくしていく力になります。

堂上さんも、いずれ腹を決めるタイミングがやってくるでしょう。そのときは、迷わずその船を出せばいいのです。

自分の「生き様」として、正面から向き合う。経営哲学としての「王道」

堂上:最後に伺いたいことがあります。岩田さんの経営哲学を一言で表すとすれば、何とおっしゃいますか?

岩田:「王道を行く」、ですかね。道のど真ん中を歩いていこう、と。悪いことをしたり、逃げたりすることはしない。どんなトラブルや困難があっても、まずは正面から向き合う。

もしそれで「打ち首」になったとしても、それは自分の生き様ですから。延命して自分だけ逃げるようなことは、絶対にしません。正面から向き合っていけば、必ず乗り越えていける。これまでの経験から、そう確信しています。

杉山:自分を守るためではなく、仲間のため、そしてお客様のためだからこそ、逃げないのですね。

岩田:その姿勢を崩さない方が、結果的に事業も大きく育つのだと思います。

堂上:その一貫した姿勢が、多くの人を惹きつけてやまないのでしょうね。

杉山:岩田さんが本心からそう思って歩まれているのが伝わってくるからこそ、応援したくなるのだと思います。

堂上:前編・後編を通して、岩田さんの事業哲学は、すべての場面で一貫しているのだと深く実感しました。

お客様を見ること、人の本音を聴くこと、利益の前に大義を置くこと、そして仲間と共に未来の船に乗ること。これらすべてが一本の線でつながっているのですね。

岩田:繰り返しになりますが、やはり人を見ること、次の時代を見ること、それに尽きるのだと思います。

堂上:次の時代を見据えているからこそ、若者の挑戦を心から応援できるのですね。岩田さんのお話から、未来を見つめる温かくも力強いまなざしをひしひしと感じました。岩田さん、杉山さん、本日は本当にありがとうございました!

堂上編集長後期:

今回、オシロ株式会社・杉山社長のご縁で、憧れの企業内起業家の岩田さんとのWellulu鼎談が実現した。岩田さんの家系が事業家、起業家ということは前から聴いていたので、本当にワクワクする日だった。鼎談の中にあるスープのコミュニケーションを考えたときの事業部長が、岩田さんの親戚である。そして、オシロの創業メンバーも岩田さんの親戚である。不思議なご縁だ。

僕は、この不思議なご縁を紡いでいき、「ウェルビーイングな人たち=挑戦する意志を持った人たち」を増やしていこうと、あらためて心に誓う日になった。お話を通じて、僕自身たくさんの勇気をいただくことができた。

岩田さん、杉山さん、僕もおふたりのような格好いい経営者、起業家を目指します。このご縁に感謝です。ありがとうございます。

前編はこちら

「売れる」と「かっこいい」は両立できる。アスクル創業者・岩田彰一郎氏が貫いた、論理と美学を両立させる仕事の流儀

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