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現代版『モモ』に学ぶ。佐宗邦威氏と考える「じぶん時間」の生き方

私たちは日々、「時間」と向き合いながら生きている。気がつけば一日が、多忙な日常や予定の中で慌ただしく過ぎ去ってしまうことも少なくない。そんなときこそ、ふと立ち止まってみることが、ウェルビーイングに生きるために大切なのではないだろうか。

2015年に創業した戦略デザインファームBIOTOPE(ビオトープ)は、デザイン思考やビジョンデザインの手法を世に広めてきた、デザインコンサルティングの先駆けだ。創業者であり前代表を務めた佐宗邦威さんは2026年6月末、11年をかけて育ててきた会社の代表を退任し、事業をメンバーに託すという決断をした。

今回は、BIOTOPEのシニアフェローを務める佐宗さんと、「Wellulu」編集長・堂上研が対談。軽井沢での子育てや家族との過ごし方から、2023年に上梓した『じぶん時間を生きる TRANSITION』(あさま社)に込めた思い、そして11年続けてきた会社を手放すという決断まで。佐宗さんの言葉をたどりながら、「ウェルビーイングな時間の生き方」の本質に迫っていく。

 

佐宗 邦威さん

戦略デザインファームBIOTOPEファウンダー/Senior Fellow/Strategic Designer

東京大学法学部卒業後、イリノイ工科大学デザイン学科修士課程修了(Master of Design Methods)。P&Gジャパン合同会社でファブリーズやレノアなどのマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務める。株式会社ヒューマンバリューを経て、ソニー株式会社で全社横断の新規事業創出プログラムの立ち上げに携わった後に独立。2015年、戦略デザインファームBIOTOPEを創業する。2026年、BIOTOPEの代表を辞任し、現職。
主な著書に『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング/2015年)、『理念経営2.0 会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』(ダイヤモンド社/2023年)など。

https://biotope.co.jp/

 

堂上 研

株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。

https://ecotone.co.jp/

目次

親は環境を用意し、主人公である子どもへ委ねる

堂上:僕たちが日常でウェルビーイングを実感する上で、どう時間を使うかを考えるのはとても重要なテーマだと感じています。本日は、戦略デザインファームBIOTOPEの前代表であり、2023年には『じぶん時間を生きる TRANSITION』を執筆された佐宗さんをお迎えしてお話を伺います。

佐宗さんはコロナ禍をきっかけに、東京から軽井沢への移住を決断されました。早速ですが、佐宗さんは今、何をしている時が一番楽しいですか?

佐宗:今はやはり、軽井沢での子育ての時間ですね。子どもが小学5年生と2年生になり、できることもぐっと増えてきました。最近では「英語を学べる環境をつくってみよう」と思い立って、家族で2カ月間ニュージーランドに滞在してみたんです。

上の子は、帰国して半年後には英検3級に合格していて、子どもの吸収力には正直驚かされました。親が何かしらの環境を用意し、それに子どもが自発的に反応してくれる瞬間こそが、今の自分にとって一番の喜びですね。

堂上:その感覚、僕も3人の子を持つ父親として非常に共感します。小学校高学年の時期は、目にするものすべてを自分の力へと変えていく素晴らしい成長期ですよね。普段、子どもと過ごす時間の中で、大切にしていることはありますか?

佐宗:子どもの世界を、ほんの少しだけ広げる「きっかけ」をつくれたらいいなと考えています。基本は「今、何に興味があるの?」と対話を重ねながら、その子の一歩先や二歩先にある世界をさりげなく見せてあげる。それを常に意識していますね。

うちの子は読書や文章を書くことが好きなので、最近、村上春樹さんの新刊『夏帆─The Tale of KAHO─』(新潮社/2026年)を渡してみました。「気が向かなかったら返してね」と、あくまで軽く手渡すくらいの自然な距離感で。

堂上:小学5年生にとっては、非常に知的なチャレンジですね!

佐宗:結果として、「すごく面白かった!」とあっという間に完読していました(笑)。無理に背伸びさせるのではなく、「もしかしたら届くかもしれない」という少し先の世界を、そっと用意してあげる。そのくらいの距離感がちょうどよいのだと思います。

堂上:「親はどこまで環境を用意すべきか」というのは、多くの親が模索するテーマですよね。

佐宗:私は、親の役割とは「新しい出会いが生まれる環境」を用意するところまでだと捉えています。物語の主人公は、どこまでも子ども自身です。環境を整えて、一歩踏み出すきっかけをつくる。そこから先は、本人たちの可能性に委ねる。それが親としての仕事の範囲なのではないでしょうか。

堂上:ニュージーランドでの2カ月間に及ぶ滞在も、佐宗さん発案の環境づくりだったのですか?

佐宗:そうです。軽井沢での暮らしは非常に心地よい一方で、「自分たちの知っている世界を飛び越えるような体験」をもっと持たせてあげたい、と感じる瞬間もありました。そのため、小学校のタイミングで、あえて多様な文化が混ざり合うインターナショナルな環境へ身を置かせてみたかったのです。

1〜2週間の短期間のサマースクールだと、どうしてもその場限りのイベントとして完結してしまいがちです。しかし2カ月あれば、それは「異文化の中で生活する」という経験に変わります。子どもたちも最初は緊張していましたが、最後には「自分はクラスに受け入れられている」という自己肯定感を持てたようでした。

堂上:素晴らしい環境ですね。僕自身、高校1年の時にニュージーランドへ1年間留学し、人生観が変わるほどの体験をしました。異国の地で新しい経験を重ねることは、個人のウェルビーイングを高める原体験になると感じます。

佐宗:自分が当たり前だと思っていた世界の外側へと一歩踏み出してみる。そうすることで初めて出会える価値観や可能性が存在します。そうした経験の積み重ねこそが、人がウェルビーイングに生きていくための豊かな土壌になるのだと思います。

「じぶん時間」をどう生きるか。現代版『モモ』に込めた想い

堂上:佐宗さんご自身は、どのような子ども時代を過ごされたのですか?

佐宗:千葉県松戸市で生まれ、その後は東京で育ちました。父は会社員、母は鹿児島のみかん農家の娘で、夏休みになると毎年1カ月ほど鹿児島の祖母の家で過ごしていました。虫取りや自然の中での遊びに夢中になっていました。都会と田舎、双方の豊かな環境を体験できた子ども時代でしたね。

堂上:子どもの頃、特に夢中になっていたものはありましたか?

佐宗:やはり読書ですね。父が本好きで、家の中には本が山積みになっていたんです。学習漫画や『三国志』なども夢中で読んでいました。野球もやっていましたが、それ以上に本を読んでいる時間のほうが楽しかったですね。

堂上:お父さまから受けた影響で、今も印象に残っていることはありますか?

佐宗:父はよく「勉強は受験のためにするものではない」と言っていました。受験に最適化するのではなく、「なぜ学ぶのか」を自分自身の頭で考えなさい、と。歴史に関しても「権力者がつくった正史だけを信じるな」と教えられ、物事を多角的な視点から捉える姿勢は父から受け継いだものです。

堂上:そうした原体験が、現在の教育観や人との向き合い方にもつながっているのですね。

佐宗:私なりの考えですが、小学校時代は「自己肯定感を育む時期」だと思っています。早い段階から競争に入らなくてもいい。本人のペースを尊重し、まずは「自分はこれでいい」「これをやってみたい」という自律的な心を育てることが大切だと思います。

実際に娘や息子を見ていても、小学生の段階で好きなものが明確にあるため、自発的な軸を持って進んでいけるんじゃないかと期待しています。

堂上:佐宗さんのお話を伺っていると、今の時代は親もこれまでの固定観念を手放し、「アンラーニング」しながら柔軟に変化していくことが求められていると感じます。

ところで、著書『じぶん時間を生きる TRANSITION』を執筆されたきっかけは何だったのでしょうか。

佐宗:軽井沢で新たに出版社を立ち上げようとしていた編集者の方から、「本を書きませんか」とお声がけいただいたのが始まりです。その際、「軽井沢の出版社から出すなら、売れ筋のビジネス書より、この土地だからこそ書ける本にしましょう」と提案しました。

堂上:僕はこの本を拝読した際、まさに「ミヒャエル・エンデの『モモ』のようだ」と感じたんです。高校時代、留学から帰国して人生の選択に迷っていた時期に、恩師から『モモ』を勧められ、「人は時間をどう生きるべきか」という問いに強い衝撃を受けました。

その後、広告会社で多忙な日々を送る中で、自分はずっと他者を起点にした時間、“他人時間”を生きていたのだと、佐宗さんの本を通じて改めて気づかされました。

佐宗:そう言っていただけると本当に嬉しいですね! 私も、この本は「現代版の『モモ』」というコンセプトで執筆していたので、その意図が伝わっていて安心しました。

堂上:多くの読者が、自らの時間や生き方を見つめ直す貴重なきっかけになっていると感じます。

佐宗:これまで出してきた著書の中でも、最も多くの書店イベントを開催した一冊でした。「イノベーション」や「デザイン思考」といった手法の解説書とは異なり、「個人の生き方」そのものをテーマにしているからこそ、響く人にはとても深く響いたんだと思います。熱量のこもった感想をくださる方も多かったですね。

堂上:自分自身と向き合う余白を持つことは、ウェルビーイングに生きる上で欠かせない要素ですね。佐宗さんは人とのゆるやかなつながりの中で、多様な居場所を大切にしながら歩んでこられた印象を受けます。

佐宗:お互いビジョンを引き出し合えるような温かい場を創ることは、昔からずっと大切にしてきました。「BIOTOPE」という会社自体も、そうした対話と共創の文化を目指して育ててきた会社なのです。

組織の自立と次なる探究。11年目の事業承継

堂上:佐宗さんがBIOTOPEを立ち上げたきっかけを教えてください。

佐宗:当時はソニー株式会社で、新規事業創出のプログラムを手がけていて、デザイン思考を用いて新しい価値を世の中に共創したいと考えていました。その集大成を一冊にまとめた『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング/2015年)の出版を機に独立し、2015年にBIOTOPEを創業したのです。

堂上:佐宗さんは2026年6月末をもって、BIOTOPEの代表を退く決断をされています。創業から11年。このタイミングで事業承継をされたのは、なぜだったのでしょうか。

佐宗:最初の数年はデザイン思考を広め、日本のデザインコンサルティングという市場を切り拓く時期でした。その後は、ビジョンやパーパスへとテーマを深め、「企業にとって儲かる以上の価値とは何か」を追求し、現場での実践と執筆を重ねてきました。

実践で得た知見を体系化し、書籍化する。そのサイクルを10年間続ける中で、「新規事業」「イノベーション」「ビジョン」、そして「理念」と、BIOTOPEが手がけるデザインコンサルティングの領域において、確かな手応えと一区切りを感じていたのです

堂上:ご自身の中で、一つの役割を果たし終えた感覚があったのですね。

佐宗:はい。一つのサイクルをやり切ったことで、自分の中で「次に探究すべき新しいテーマを見つけたい」という想いが強まっていたのです。私は探究者としての気質が強いため、新しいテーマに挑戦し続けることこそがエネルギーの源泉になっています。

ちょうどその頃、BIOTOPE自体もメンバーそれぞれが自律的に営業し、価値を創出できる組織へと成熟していました。なおさら、「自分がここに留まり続ける必然性」も薄れていったんだと思います。

堂上:とはいえ、自ら創業し育ててきた会社をメンバーへ託す決断は簡単ではなかったですよね。

佐宗:もちろん、葛藤はありました。自分の会社なので、簡単に「辞めます」とは言い出しにくい。しかし自分のモヤモヤを伝えた際、メンバーたちが自発的に事業を引き継ぎたい、と言ってくれたことは、とても嬉しかったです。BIOTOPEが「メンバーみんなの会社」になり、子が親離れするような寂しさはありますが、乗り越えなければいけない寂しさなんだと思っています。

堂上:創業した会社を自立した組織として次世代へ託す決断は、真の共創が育まれていたからこそ成し得ることですね。では、今の佐宗さんは、何者なのでしょうか?

佐宗:今は何者でもないですね(笑)。自由ではありますが、不安もあります。今は個人でコンサルティングを受けたり、その時々で面白いと思える仕事に取り組んでいます。
肩書きはなくなりましたが、裸になった自分で何ができるのかをもう一度模索したり、新しいテーマを探究できたりする今の状態は、自分にとって自然で心地よいのかもしれません。

日本文化の「奥行き」を世界へ。佐宗さんが見据える未来

堂上:今、佐宗さんが最も惹かれているテーマは何でしょうか?

佐宗:日本の豊かな文化を世界へもっと発信していきたい、という想いですね。そのビジョンに共感してくださる企業やプロジェクトのお手伝いを、これから積極的に手がけていきたいと考えています。

堂上:日本文化というと、具体的にはどのような領域をイメージされていますか?

佐宗:アニメや漫画、ゲームといった現代のコンテンツはもちろんですが、食や日本酒、抹茶なども素晴らしい入り口の一つだと思っています。そうした世界から興味を持った方々が、日本ならではの伝統工芸や建築、ファッションへと関心を広げ、最終的には日本人の精神性や美意識にまでたどり着いてくれたら面白いですね。インバウンドが増加している今だからこそ、日本文化の持つ「奥行き」をどう伝えていくかに関心があります。

堂上:そうした日本文化への関心は、以前からお持ちだったのですか?

佐宗:より強く意識するようになったのは、コロナ禍以降ですね。2023年6月に1カ月ほどかけて世界一周をした際、世界から見た日本のイメージが大きく変わっていることを実感したんです。以前なら「トヨタ」「ソニー」といった企業名が挙げられていたところが、今は「ポケモン」や「日本食」などの文化体験が入り口になっている。どの地域を訪れても日本文化への関心の高さを感じて、時代が大きく変わったことを実感しました。

堂上:「感謝」や「思いやり」に代表される日本ならではの精神性は、世界へ届ける大きな価値がありますよね。日本から世界に向けて「ウェルビーイング」を発信していける未来もあるのではないでしょうか。

佐宗:実際、オーストラリアの方に話を聞いた時、「日本はウェルビーイングのテーマパークみたいな国だ」と表現されていたのが印象的でした。温泉や自然体験だけでなく、調和を大切にする文化や、人との丁寧な関わり方そのものにもウェルビーイングを感じてもらえているようでした。

堂上:佐宗さんは2035年、2040年を見据えた時、日本がどのような姿であってほしいと願われますか?

佐宗:人口減少やAIによる産業構造の変化など、避けられない課題はたくさんあります。その上で、日本には精神的な豊かさを育む「文化大国」になっていてほしいですね。資本主義による格差や対立が広がる世界において、日本には「明確な勝ち負けをつくらない」という価値観が存在していると思います。そうした思想や精神性は、これからの世界にとって新たな可能性を開く鍵になるのではないでしょうか。

堂上:本日、佐宗さんと対話を重ねる中で、僕自身も多くの視点と発見をいただきました。「じぶん時間を生きる」ということは、自分自身と対話を重ねながら、「自分はどう生きたいのか」という哲学を育てていくプロセスなのだと、改めて感じています。貴重なお話をありがとうございました!

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