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【立石郁雄氏×桑原智隆氏×堂上研:前編】オムロン経営の羅針盤「SINIC理論」から読み解く、ウェルビーイングな社会創造へのヒント

今から50年以上前に発表された、ある未来予測理論がある。現在はヘルスケア製品のメーカーとして広く知られているオムロン。その創業者である立石一真氏が、1970年の国際未来学会で発表した「SINIC理論」だ。

「情報化社会」や、その後の「最適化社会」の出現を言い当てている「SINIC理論」では、近未来の「自律社会」の到来を予測している。人々が「自立し、連携し、創造する」という「自律社会」の未来像から、人々をウェルビーイングに導く社会創造のヒントを読み解くことができるのではないだろうか。

オムロングループの未来研究を担う株式会社ヒューマンルネッサンス研究所 代表取締役社長の立石郁雄さん、経産省の出身で、現在はスタートアップ投資や大企業との事業共創支援を行うScrum VenturesにExecutive Vice President of Strategyとして参画する桑原智隆さんのお二人にWellulu編集部の堂上研が話を伺った。

 

立石 郁雄さん

株式会社ヒューマンルネッサンス研究所 代表取締役社長

大手銀行での勤務を経て、1996年オムロン株式会社に入社。制御機器の営業や商品・事業企画、新規事業の開発、海外の現地法人経営、マーケティングなどに従事する。2021年にはオムロン太陽の社長を務め、2023年1月よりオムロン株式会社のグループ内シンクタンクである株式会社ヒューマンルネッサンス研究所の代表取締役社長に就任する。
https://www.hrnet.co.jp/

桑原 智隆さん

Scrum Ventures Executive Vice President of Strategy

1998年、通商産業省(現経済産業省)に入省。エネルギー・環境、自動車産業やIT政策、成長戦略などを担当する。在サンフランシスコ総領事館領事、内閣官房企画官等を歴任。2018年に経産省を退職し、スタートアップ企業Origamiに入社。2020年3月よりScrum Venturesに参画し、現職。
https://scrum.vc/ja/

堂上 研さん

Wellulu 編集部プロデューサー

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。

シリコンバレーで知り合った二人。これからの社会づくりに邁進する

堂上:本日はよろしくお願いいたします。お二人はアメリカのシリコンバレーでお知り合いになったと聞いていますが、何年前のことだったんですか?

桑原:もう10年以上前になりますね。当時、経済産業省で自動車産業の担当後、サンフランシスコ総領事館の領事として、シリコンバレーに赴任していました。そこで知り合い、今も仲良くさせていただいています。

立石:私も当時、アメリカの現地法人経営に携わり、シリコンバレーにトータル4年間ほど住んでいたんです。

堂上:お互いの印象について、お聞きしてもよろしいですか? 他己紹介という形でお願いします。

桑原:立石さんはカリスマ性のある方なのに本当に謙虚で、常に相手から学び取ろうとする姿勢を持っている方だと思います。オムロン株式会社の未来研究所である「ヒューマンルネッサンス研究所」の代表として、「SINIC理論」を羅針盤とした未来社会づくりに取り組まれていますね。

立石:ありがとうございます。桑原さんは、大きな構想力と世界観を持っていて、それを現実社会に実装していく力がある人ですね。一緒にいると、「世界を動かしていくことができるかもしれない」と思わせてくれる方なんです。

堂上:素晴らしい紹介をありがとうございます! 桑原さんは、経産省で20年のキャリアを積んで、スタートアップ企業を経てScrum Venturesに参画されています。もともと経産省の官僚になろうと思ったきっかけは、どのようなことだったのですか?

桑原:やはり日本を未来に誇れる国にしていきたいと思っていたんです。そのためにもより豊かな世の中をつくり世界にも貢献していきたい。中学生の頃から、漠然としたそんな思いを抱いていました。

堂上:凄い中学生ですね(笑)。いつかは国会議員に立候補して、政治の世界に行こうと考えていたのですか?

桑原:興味は持っていましたね。ただシリコンバレーでの仕事を経験して、海外から日本を見れたのは本当に貴重な経験でした。人々の生活の質を向上させるという意味で、どこの所管で行っているかは関係がないのではないかと気づいたんです。私の今までの経験とネットワークを生かして横のつながりを広げていけば、社会に、人々の生活に貢献できると感じました。

堂上:その思いで、スタートアップ企業を経て、そしてVCであるScrum Venturesに参画されているんですね。

桑原:政策側には素晴らしい同僚もいる。自分はユニークな経験をさせていただいた中で、戦略を描くだけではなくて、未来投資、その主役である民間のうねりを通じて、イノベーションを社会実装していきたいという思いが強いんです。

堂上:ありがとうございます。今日はお二人のこれまでとこれから、そして社会が今後どのように変わっていくかについても考えを伺いたいと思っています!

50年後の未来を予測している、オムロンの「SINIC理論」とは?

堂上:先ほども少し話に出たオムロンの「SINIC理論」について、詳しく教えてください。私も本を拝読して勉強していますが、本当に凄い未来予測だと感じているんです。

立石:「SINIC理論」は、オムロン創業者の立石一真が社会を一種の生命体のように捉え、その視点で未来予測モデルを理論化したものです。未来社会を見通すための“羅針盤”として提唱しました。

堂上:1970年に発表されて「情報化社会」や、その後の「最適化社会」の出現をピタリと言い当てているんですよね。これからの社会も「SINIC理論」がベースで成り立って行くんだろうと考えさせられましたし、ウェルビーイングな社会の実現にもつながっていくんだろうと思っているんです。

立石:たしかにそうですね。「SINIC理論」の中では、2023年・2024年は「最適化社会」に当たる時期として、“モノ”中心の社会から、“こころ”中心の社会へと変わる過渡期とされています。そして2025年からの「自律社会」では、集団で価値を共有することから、体験を重視しながらこころの豊かさを追求し、生きる歓びを謳歌できる成熟した社会像が描かれているんです。

SINIC理論のダイアグラム(オムロン株式会社HPより)

桑原:それはまさに、ウェルビーイングな社会創造ですよね。それを高度成長期のまっただ中だった1970年に予測していたというのが驚きです。

堂上:創業者の立石一真さんは、立石さんにとっては祖父でもあったわけですが、お子さんの頃から「SINIC理論」を聞いて育ったのですか?

立石:小さい時から理論の存在は意識していましたよ。でも直接話してもらったというよりは、文献や雑誌を読んで学んでいきました。もしかしたら家族で集まった時に、「これからの社会はこうなる!」と話していたかもしれませんね。

桑原:子どもの立場だと、「ワクワクするけど、また長い話が始まったよ」みたいな感覚ですよね(笑)。

堂上:立石さんが自ら「SINIC理論」を学び始めたのも、そういった話が頭の隅に残っていたからなのかもしれないですね!

立石:そうですね。でも今になって考えると、もっとしっかりと話を聞いておけばよかったと思います(笑)。

堂上:そもそも立石一真さんが未来予測理論をつくろうとした着想は、どこからだったのでしょうか。

立石:創業者には「経営者というのは未来を考える人だ」という思想がありました。社会との関係で未来を考えていく。それまでの主流とされていた「経営学」というのはあくまで過去学なんです。過去を分析をして学問にしているもの。「これからは未来をつくっていく『未来学』の時代だ」と言って、未来予測理論をつくっていったんですね。

「よりよい社会をつくるために」。オムロンのこれまでの歩み

立石:実は「SINIC理論」は、単なる未来予測ではなくて、多くの人間の意志を組み込んでいます。そこがほかの未来予測とは違い、面白いところなんですよ。

堂上:つまり「こんな社会にしていこう」という意志が入っているということですか?

立石:そうです。科学や技術の変化は、技術者であればある程度予測できるものです。しかし「SINIC理論」をつくる過程では、社会や人間の変化も予測しなければなりませんでした。そこで、宗教・哲学などの思想家たちと議論を繰り返しているんです。

人間がこれまでどのように進化してきて、魂がどうやって成長するべきかという、人の思いまでも織り込まれているのが「SINIC理論」なんです。

堂上:実際に、オムロンの事業も「SINIC理論」に基づいて開発されてきたわけですよね。

立石:たとえば「SINIC理論」が発表された1970年の4年後からは、コンピュータ化、システム化が進んでいく「情報化社会」が進んでいきました。そこでオムロンが力を入れたのが、「決済」という事業です。お金のやりとりにデータを活用し、一瞬で決済ができる時代の実現を目指して、駅の自動改札機や銀行のATM、交通管制システムの開発をしていきました。

堂上:情報化社会は2005年まで続き、そこから「最適化社会」が来ると「SINIC理論」では予測していました。

立石:「最適化社会」は、人とココロとかモノと機械とか、いろんなものが葛藤を起こす時代。人はどうすれば幸せになるのか考える時に、「健康」というのがベースになるはずだと考えました。

堂上:オムロンがヘルスケア製品を開発するきっかけですね。

立石:当時はまだ、病気になって初めて医者にかかるという時代でした。しかし家庭で健康状態をモニタリングできるような時代をつくろうという思いから、実は何十年も前から健康機器の技術開発をしていたんです。

桑原:「最適化社会」は必ず来る。そのために準備を続けていたんですね。

立石:20年ほど赤字を出しながら、やり続けていましたね。その結果、オムロンの家庭用電子血圧計の世界シェアは約50%を誇っています。

堂上:時代の先を見据えていたということですね。

桑原:たしか、立石一真さんの奥様が39歳の若さで亡くなられているのも「健康」の重要性に目を向けたきっかけだったんですよね。

立石:そうですね。人間が健康を維持することの大切さというのは、ビジネスの観点だけではなく、その頃から重要視していたようです。「SINIC理論」には本当に、創業者の意志が大きく介在しているんです。

ウェルビーイングなチームを作るために。経営者の意志が持つ力

立石:「SINIC理論」は科学と技術と社会が相関し合いながら、人間の共生志向意欲が原動力となって進化を加速させていくという理論です。人間の力・意志は、社会の中の一生命体である会社組織にも大きな影響を与えるのではないでしょうか。

桑原:その通りですね。でも、オムロンの創業者が身内の健康状態に起因する健康への強い意志がありながら、しっかりと地道に事業を進めていったのが本当に素晴らしいと思います。まさに「着眼大局、着手小局」を実践してこられたんですね。

立石:上手いことを言いますね(笑)。

堂上:ある調査で、リーダーが睡眠不足なチームはチーム員全体がノットウェルビーイングになるという結果があったんです。経営者やリーダーが体調を崩してしまうと、どうしても判断が鈍ってしまう。チームメンバーへのサポートも十分ではなくなってしまう。当然と言えば当然ですが、経営者・リーダーの心身の状態というのは、全体のウェルビーイングに多大な影響を与えるのだと思います。

立石:経営者のウェルビーイングと社員のウェルビーイングがとても近い関係にあるというのは、たしかにそうかもしれませんね。

堂上:ウェルビーイングは自分から“行動”することが大切です。そして研究の結果から、行動する人の方がウェルビーイング度がより高くなることがわかってきています。

桑原:誰かがやってくれる、ではなくて自分でやる。意志を持って動いていける人は、プロアクティブで、人を惹きつけて、巻き込みながら、さらに進んでいける人ということですよね。

堂上:その結果、自分もウェルビーイングになり、周りもウェルビーイングに導いていけるわけです。「SINIC理論」の話は、ウェルビーイングを追いかける人なら絶対に学んだ方が良いと考えるくらい、僕にも影響を与えてくれました。ウェルビーイングな社会を広げていくためにも、ぜひ色々な経営者の方に「SINIC理論」を知って欲しいですね。

「Live」から「Be」へ。価値観の大きな変化の中で、自分の在り方を考える

堂上:「SINIC理論」では2025年から2033年まで、「自律社会」へと発展していくと予測しています。これから、どのような社会が形づくられていくのでしょうか?

立石:「自律社会」の自律とは、自分がルール・規範を決めるということ。他者の基準で決められたルールではなく自分自身で生き方を描き、自己実現していく社会になっていくと考えています。

堂上:「他律」から「自律」へと移り変わっていくんですね。

立石:私は、この「他律」と「自律」の上には、もうひとつあると考えているんです。人間と自然、社会や動物などがメカニズムとして共生している状態。崇高さや畏怖の思いを持ち、それぞれがつながっていくようなイメージが「自律社会」の次に到来する「自然社会」なのではないでしょうか。

堂上:「他律」と「自律」の上の概念。「共律」とでもいえるのでしょうか。

立石:私も「共律」かなと思っていました(笑)。お互いが調和しながらつながっていくような、日本的な感覚なのかもしれませんね。

堂上:お互いがゆるいつながりの中で、時には依存しあったり、個別に動いたりしていく。そんなちょうどいい距離感が「共律」であり、それぞれのウェルビーイングにもなるのではないでしょうか。

桑原:相互に「共律」していくという考え方は、素晴らしいですね。関連して、自助と公助の間の領域がより開かれていく。ビジネスという意味でも環境に取り組むとか、協力して多様な選択をもたらす新規事業を生むとか、そういった取り組みが促進されると思います。

立石:先ほどの「意志を持った行動」という言葉にもつながりますが、人間の価値観がまた変わりつつあるのが今です。原始の頃からルネッサンスまで、価値観の中心には「Live(リブ=生きる)」がありました。そこから工業社会になり、「Have(ハブ=所有する)」が最上位の価値観に。そして「最適化社会」「自律社会」での価値観は、「Do(ドゥー=実行する)」から「Be(ビー=なる)」へと変わっていく、今はその境目にいるのだと思っています。

堂上:自分らしい生き方、在り方を見つめなおす時代だということですね。

桑原:在りたい自分を考えていくと、選択肢が広すぎて悩んでしまいそうですね(笑)。

堂上:ウェルビーイング学会の高野先生が、「自分と向き合う」「他者と向き合う」「自然と向き合う」ことがウェルビーイングの大前提だと言っています。自分の居場所はゆるいつながりの中で、10個でも20個でもあっていい。自分の気持ち次第で、居心地のよい居場所で生きていくことによってウェルビーイングな状態をコントロールできるんです。

桑原:自分が直接変えられるのは「自分と未来」です。自分のご機嫌は自分がつくる(笑)。他者と過去は、自分で変えようと思っても変えられないので。

堂上:いいことを言いますね! 音楽には「調律」という言葉があります。オーケストラのように、全員がつながりや関係性を調えながら、一体となっていく世界がこれから来るのではないでしょうか。

 

「SINIC理論」に関する詳しい情報を発信するオウンドメディア

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[後編はこちら]

【立石郁雄氏×桑原智隆氏×堂上研:後編】“多様性・共働性・主体性”を持った社会がつくるウェルビーイングの近未来

 

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