絵を描くことが、マインドフルネス

株式会社ECOTONE代表取締役社長 Wellulu編集長

堂上 研

絵を久しぶりに描く

週末、久しぶりに絵を描いた。きっかけは、息子の友だちの個展に行ったことだった。彼は、自分の感受性をおもいっきり表現していた。僕は、社会人になって、自分の感情を絵にすることが好きだったのに、すっかりその時間を忘れていた。

日曜の夕方、少し時間ができて、家に改めて買った絵の具とキャンバスを引っ張り出してみた。何を描くか、実はほとんど決めていなかった。手が動くまま、色をのせていった。

なんとなくのイメージは「生命」を感じるもの。

気づいたら、大きな木になっていた。幹から枝が四方に広がり、その先に無数の色の点が咲いている。緑、ピンク、黄色、オレンジ、青。

ひとつひとつの点は小さいのに、集まると森みたいに賑やかで、なんだか生命力みたいなものを感じる絵になった。

タイトルは「未来は変えられる」にした。

僕が「絵」に本気になったのは、高校1年でニュージーランドに留学したときだ。もう30年以上前の話になる。はじめてのART の授業で、先生がひとりひとりにパステルと画用紙を配ったあと、プラムを一個ずつ渡した。「Eat it. Draw the taste.」——味を描け、と言われたのだ。

日本の美術の授業しか知らなかった僕は、正直、面食らった。おそるおそるプラムを食べて、酸っぱさや香り、教室の空気の色、パステルをこする音、そのすべてを、僕は今も鮮明に覚えている。

あのとき僕は、「正解を描く」ことから解放された気がした。木の色は緑じゃなくてもいい。空は何色でもいい。感じたものを、感じたままに置いていい。

そこから僕は選択科目をArt、Graphics、Design&Technology、Architectureに変えて、1日中絵を描く日々を過ごした。将来は画家か、デザイナーか、建築家か。そんなふうに本気で考えていた15歳だった。

描くことは、答えを探すことじゃなかった

大人になって、絵からは少し遠ざかっていた。大学時代はデザインスクールに通ったり、絵本をつくったりしていたし、十数年前に起業を決めたときにも自分の心を絵に描いて、それは今も家の廊下に飾ってある。

けれど正直、ここ数年はほとんど筆を持っていなかった。「起業という経営の楽しみを見つけた」のも事実である。絵を描くより、仕事が楽しくなった。ただ、半分は忙しさに紛れて、その時間の豊かさを手放していただけだったのかもしれない。

今回、久しぶりにキャンバスに向かって、あらためて気づいたことがある。絵を描くというのは、正解を探す作業じゃない。むしろ、頭の中の「こうあるべき」を一回脇に置いて、今この瞬間に感じているものをそのまま出す作業だ。

仕事をしていると、つい「正しい答え」や「効率のいいやり方」を探してしまう。実際、今日もダメな僕がいた。ECOTONEのある事業で、いろいろと任せたり、相談したりしていた案件、「どうも、自分の中でしっくりこない」。それで、僕は冷静さを失い、なんで分かってくれないんだ、と心が穏やかさを保てなかった。

でも絵の前では、そんなものは必要なかった。次にどの色を置くか、感覚で表現していく。それだけを、ただ決めていけばよかった。ひとりで想いをぶつけることと、チームで何かをやり遂げることは違うことは分かっているが、この心を素直にぶつけることが、大事な時間になる。

木に無数の色の「生きる」をのせていきながら、僕はふと、これは今の自分たちの状況にも似ているなと思った。ひとつひとつの「生きる」は小さくて、正直、単体では何の意味もなさそうに見える。ピンクを一点置いても、それだけでは「絵」にはならない。でも積み重なっていくと、思いがけない形になる。絵の具が隣の絵の具と混じり合う。これが僕にとっての「多様の中のひとつ」である。まさにECOTONEである。

人生も、日々の選択も、たぶん同じだ。今日の小さな「生きる」の集合体が、あとになって振り返ると、大きな幹の先の一部だったとわかる。僕は昔から「計画」を常に無視しながら、右脳で感じるままに行動する方だった。

博報堂時代も、起業してからも、未来のゴールや過程をイメージしていたけれども、感覚を優先させていた。だから、相手に通じないことも多くなる。僕はもっと自分が何をやりたいのか、Welluluの対談のように、言語化しないとな、と思った。今回、「生きる」を置きながら気づいたのは、次にどんな色が来るか、自分でもわからないまま筆を進める心地よさだった。

緑の隣に赤を置いてみたら、思っていたより馴染んだ。逆に、狙って置いた色が浮いてしまうこともあった。予定通りにいかないことのほうが、実は絵を豊かにしていた。仕事でも家庭でも、計画通りにいかないことを、偶発的な出逢いを楽しんでいる自分に気づいた。この絵を見ていると、それでいいのかもしれないと思えてくる。

「未来は変えられる」

「未来は変えられる」というタイトルは、描き終えたあとにつけた。描いている間はまったく考えていなかったのに、完成した絵を眺めていたら、なぜかその言葉が浮かんできた。

今、僕らは「ウェルビーイング産業をつくる」という、まだ誰も正解を知らない挑戦をしている。前例がない分、不安になることも正直ある。でもこの絵を描きながら、僕は「別に、今描いている一点が完璧じゃなくてもいい」と思えた。

大事なのは、色を置き続けることだ。置き続けた先に、思いもよらない木ができる。未来というのは、あらかじめ決まっているものじゃなくて、今日どんな色を置くかで、あとからいくらでも形を変えられるものなんだと思う。行動するから、挑戦しているから、新しい光が差し込んでくる。

これは、ウェルビーイングの捉え方にも通じる気がしている。ウェルビーイングは、ゴールがひとつに決まっているものじゃない。ウェルビーイングを定義しない、というのが僕のスタンスだ。誰が主語になるかで、ウェルビーイングが変わっていくからだ。

だからこそ、日々のちいさな選択、ちいさな挑戦、ちいさな出会いの一点一点が、それぞれの人の「木」をかたちづくっていく。誰かと比べて正しいとか間違っているとかではなく、自分の木を、自分のペースで育てていけばいい。

僕らが取り組んでいるウェルビーイング共創という考え方も、実は似た構造をしている。ひとつの正解に向かって全員が同じ色を塗るのではなく、それぞれが自分の色を持ち寄って、重なり合いながら、誰も予想していなかった一枚の絵になっていく。多様にして、ひとつ。木の絵を眺めながら、あらためてそのことを実感した。

僕はこの絵をリビングの1番大きな壁にかけた。絵を描いた週末は、僕にとって確かにウェルビーイングな時間だった。「気づいたら、ウェルビーイング」というのは、Welluluが大事にしている言葉だけれど、今回はまさにそれを地で行った感じがする。絵を描こうと意気込んだわけじゃない。土曜、なんとなく手を動かしていたら、気づいたら夢中になっていて、気づいたら心が整っていた。

もし今、何か「昔好きだったこと」から離れている人がいたら、無理に再開する必要はないと思う。ただ、ふと手が伸びたときに、それを我慢しなくてもいいんじゃないか。僕にとってはそれが、久しぶりの絵の具だった。

まずは、これからも週末に一枚ずつ、色を置いていこうと思う。未来がどんな形になるかは、まだ僕にもわからない。でも、わからないからこそ、変えられる余地がある。それでいいのだと思う。

堂上 研 株式会社ECOTONE代表取締役社長 Wellulu編集長

株式会社ECOTONE代表取締役社長
ウェルビーイングメディアWellulu編集長
情報経営イノベーション専門職(iU)大学教授
日本イノベーション協会 理事
私生活では、3人の子供の父。趣味は、スポーツとアート。

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