花屋で苗に出会う。
今日は朝から息子(小5)の歯の矯正のための歯医者についていった。帰り道、いつもと違う街で素敵な花屋さんを見つけた。何気なく入ると、トマトの苗や茄子の苗、パクチーやハーブなども苗で売っていた。
家のベランダで家庭菜園ができるのは良いと思って、いくつかの苗を購入して、そのまま100円ショップで鉢や土などを購入した。
我が家は、数年前からトイレは一輪挿しを置いて、花のある生活を楽しんでいる。今回も、家でトマトや茄子を育てるというのも、子どもたちが植物と向き合って欲しいと思った。
午後イチに美容院の予約をしていたので、家に帰って、20分くらいしか時間がなかった。僕はささっと鉢に入れ替えてしまおうと思って、鉢底石から、土を入れるところまで、全部僕がやってしまった。
息子は、僕に「土を入れたい。」と言ってきたけれども、僕が全部やってしまった。ちんたらやっている時間がないと思ったので、こぼしたら面倒だと思ったのだ。
先週、息子がカレーうどんを食べたいと言って、自分でつくるというので、任せていたら、カレーパウダーをキッチンで全部こぼしてしまった失敗をした。見事にキッチンがカレーパウダーまみれになって、掃除するのが大変だったことも、頭の中にあった。
とはいえ「苗を入れたい。」と言ったので、本人にやらせてみた。学校で苗を逆さに持って苗ポットから抜くと教えられていた。「そんなのリビングでやると土が溢れる」と言いながら、本人は逆さにして苗を取り出した。案の定、リビングに土が溢れて掃除機の出番になった。
完成させた鉢に水をかけて、予約していた美容院に向かった。その後、僕は子どもの挑戦と失敗を奪ったことに、気がついた。
僕はなんでも自分でやってしまっている。
家族で、夜ご飯を食べているときに、「パパはなんでもやってしまう。」という会話になった。確かに、昔から、先にある程度、結果が見えてしまったものは、後から修正するのが面倒なので、全部自分でやってしまっている。
いつも失敗しても良い。どんどん挑戦したら良い。なんて言っているのに、ついつい、子どもたちの経験を奪っていたのだ。これは自分で気がつかなかったから、深く落ち込んだ。
自分に時間的余裕があるとき、例えば、キャンプにいるときの火おこしや料理は、子どもたちに挑戦してもらう。けれども、自分に時間的余裕がない時は、僕がやった方が効率が良いと判断してしまっていたのだ。
僕だけの都合と価値観で、子どもたちの失敗できるチャンスと学びの可能性を奪っていた。今回は、親として子どもたちにどう接するか、子どもから教えてもらった。
息子が大好きなサッカーでも同様かもしれない。ついつい、親は子どもたちに試合を勝たせたいという気持ちが強くなって、「あの試合に突っ込んでいったから、ボールロストして失点した。」と言ってしまう。失敗を繰り返して、どうやったらチームを勝たせることができるのか、挑戦させることが大切なのだ。
長男の中学校の入学前説明会で「ご両親にひとつだけお願いがあります。子どもたちがやり出すまで、待ってあげてください。」と校長先生がおっしゃっていた。
子どもたちは、小さい頃から好奇心のかたまりなのだ。好奇心を持っている子どもたちに、挑戦と失敗を許せる大人になりたいと思っていたのに、自分の都合で、全部やってしまっていた。反省だ。今回、苗を買ってきたことで気がつけた自分の弱さ。子どもたちに教えてもらって感謝だ。
待ってあげる。
なんどもなんども失敗しても、許しあえる寛容さを身につけたい。今日を持って、子どもたちにはたくさん挑戦と失敗をしてもらおう。また僕自身が成長できた1日になった。
堂上 研 Wellulu 編集部プロデューサー