はじめての富士登山

Wellulu 編集部プロデューサー

堂上 研

出発からの波瀾万丈のバタバタ劇

7/31 快晴。今日は息子との富士山登山の日。

昨日の夜は、土用の丑の日だったこともあり、うなぎを食べた。一緒に富士山に登る息子はうなぎの骨がのどに刺さったと言って騒いでいたが、9時には寝床についた。

朝5:30 起床。準備をしていざ出発だ。体力を維持するために、新宿のバス駐車場までタクシーで行くことにした。息子のお友達も乗せて、子ども2人と僕だ。

僕が子どもたちと会話をしていたら、タクシーの運転手さんは良かれと思って、僕らの会話に入ってきた。「富士山山頂目指すのですか?」「今、富士山落石注意ですよ。落ちてきて死んでる人いますからね。上の方は寒いですから、体調崩しやすいんですよね。」「運転手さん、富士山登ったことあるんですか?」僕が聴いたと同時くらいに「登ったことはないです。ニュースで聞きました。」

いやいや、僕らもそれくらいの知識知ってますし、準備してますよ、と思っていたら、子どもたちが不安そうな顔をしている。残念な会話を遮って、違う会話をすることにした。

朝7:10 新宿バス乗り場集合。時間に余裕を持っていたはずなのに、お友達の子どものお腹が痛いとトイレに行く。すると、集合時間ギリギリになる。集合場所が分からず歩きまわるところからはじまった。どのバスか分からない。観光ツアーの名前かと思ったら委託先のツアー名で迷いまくったのだ。重い荷物を持って探すが、見当たらない。

最後は、ツアーの方が電話をかけてきてくださり、目の前のツアーだと分かった。待ち合わせしていた家族も同じように迷い、合流が遅れた。出発時間1分前にギリギリバスに飛び乗った。10歳になる男の子3人とおじさんおばさん3人の6人の冒険がはじまる。

バスに乗って一息ついたところで、息子がタクシーで酔ったのか、バスに乗った瞬間、嘔吐する。波乱万丈のスタートだ。バスの中では眠ろう。

5合目で落ち合うことになっているガイドのチッカ(後から分かるが、チッカがいないと僕らは何もできない状況だったので、ガイドを特別お願いできて良かったのである)が写真を送ってくれた。これから登る富士山。

これからこの日本一の山に登る、と言いながら11時着予定のバスは遅れて、12時着。バスなので、いくつかの場所で止まる。トイレ休憩や寄り道は仕方がないが、4時間半のバス旅はつらい。バタバタのスタートだった。

僕らのプランは、吉田口から本八合目まで今日登りきり、晩ご飯を食べて早めに睡眠。朝早くから起きて、御来光を頂上で拝もうという計画だ。1時間遅れで、昼ごはんを食べて、13:00に出発。着替えなどの荷物をロッカーに預けて、なるべく荷物を軽くする。

僕の息子は、まだ車酔いの影響で、顔色悪い上に食べたうどんを吐いてしまった。チッカのケアもあり、少し休憩しながら、いろいろな話を聞きながら出発した。

吉田口五合目から七合目の道のり

緑もたくさんあり、砂地の歩きやすい感じだ。途中で咲いている花が2種類目についた。チッカがオンタデとヤマホタルブクロと教えてくれた。

チッカから3つの話をおうかがいする。ひとつめが、ゆっくり歩く。ふたつ目が、呼吸をしっかりする。みっつ目が、水をしっかり摂る。僕は、子どもたちのケアよりも、自分のケアに努めることにした。チッカがいれば安心だ。ゆっくりだけれど、順調に登り続けた。

まだまだ会話ができるくらいだ。けれども、六合目を越えていい感じで進んでいると、息子の顔色がまた悪くなり、また吐いた。僕は息子のカバンも持って、登ることにした。

七合目あたりで、砂地から岩登りになった。すると僕の息子は、アスレチックのような気分になり、猿のようにぴょんぴょん登っていく。すっかり元気になった。

今回一緒に富士山登山を目指してくれた息子のお友だち

同じ渋谷区の公立小学校に通う3人組だ。とても仲良しで、いつも一緒につるんでいる。

ちょうど10歳になる半成人の記念に富士山に登ろうと誘ってくれたのだ。僕の娘(長女)ともう1人の息子(長男)は、ツアーで小学校2年の夏休みに登った経験があったので、今回末っ子(次男)にも挑戦して欲しかった。

しかも、2、5ヶ月前にはじめた自力整体で5kg以上の体重を落としたのも、富士山に息子と登りたいという目標があったから続けてこれた。

3人の仲良しは、昔僕が読んだ本「ズッコケ3人組」のような感じだ。それぞれ性格が違うが相手を気づかう優しさは共通だ。

息子は、サッカー少年で運動はしているが、身体はガリガリで、末っ子タイプで甘えた上手な感じだ。

富士山登山を誘ってくださったお友だち家族は、僕よりもひとまわり若い夫婦で、めちゃくちゃ明るい。ひとりっ子のご子息も、常にポジティブな性格で、素直な子だ。レースの選手になると言って練習をつんでいる。大事に育てられている感じだ。

もう1人のお友だちは、今回両親は参加せず、自らの意志で参戦してくれた。一番冷静で、ものごとを客観的に捉えて、まわりへの気配りも一番にするタイプだ。

七合目到着の3人。まだ元気だ。

3人とも性格が違うから、見ていて面白い。話を登山に戻すと、3人が順番に気分が悪くなるという事態に陥った。息子→冷静なお友だち→ポジティブなお友だちという順番だ。それを繰り返す。2人同時に気分が悪くなることはなかった。

息子も元気になって、自分のバックを持てるようになったが、冷静なお友だちの気分が悪くなったとき、両親がいない中で頑張っていたので僕がバックを持つことにした。びっくりしたのだが、僕のバックより重い。。

これを背負っていたのか?と思いつつ、僕自身も自分の身を守るのだけで必死だ。(ちょっとだけ、持つよと言ったことを後悔するかのように、数百メートルのバック2つ持ちは堪えるものがあった)

冷静なお友だちのすごいところが、「気分が戻ったので自分でバック持ちます。ありがとうございます。」と言ってきたのだ。僕の子どもたちにはこの感覚は持ち合わせていない。僕はすんなりバックを渡して、自分だけのケアをしながら進んだ。足はもう限界と言わんばかりだ。

八合目に到着してから本八合目

やっと八合目太子館(標高3100m)に着いた。そこで、昔チッカが働いていたということで、記念に八合目の焼き印のはいったお土産を頂いた。子どもたちに、また勇気と元気を与えてくれた。

一度登ったことのある娘の話で、八合目から本八合目までが一番辛かった、と聞いていたのだが、まさにそうであった。ゆっくり進んでいたので、どんどん計画よりも遅くなっている。八合目時点で18時だったのだが、チッカは20時までに登れれば、と言う。いやいや2時間もかからないだろうと思っていたが、実際、本八合目の宿に着いたのは20時頃だった。

夕焼けは綺麗だったが、最後はヘッドライトをつけての30分登頂である。だんだん寒くなってきている。手袋をどこかにしまったのか、落としたのか見当たらない。途中で足が攣っている状態で登り続けた。満身創痍とはこういうことか?

子どもたちも、お腹が空いたと言っていたのに、疲れで食べ物が喉を通らない。僕は、ここで体力が必要と考え、出てきたレトルトのハンバーグカレーご飯と、明日の朝ごはん用の牛丼をペロリと平らげた。

食べた後、到着時間が遅れたせいもあるが、20時消灯の宿で、速攻ベッドに行って眠りにつく。僕はロキソニンシートをふくらはぎから膝、ふとももの裏にも貼って、少しストレッチをしてから眠りについた。

ところが、そんなに甘くない。両足が攣ってしまい眠れない。なんとか眠るべく、目をつぶっているが、足を少し動かしただけであらゆるところが攣っている。

やっと眠れたと思ったら、雷雨による山小屋へ雨粒が打ち付ける音で目が覚める。雷による地響きで小屋が揺れている。どこかのおじさん(おじさんと思っているが違うかもしれない)がおならをする。いびきが聞こえる。

僕は完全に目が覚めて、このブログを書いている。まだ足は攣っている。今24時。明日は2時起きだ。少し眠ろう。2時に起きたとき、足が攣っていないことを期待しつつ。

暗さと寒さの中での登頂準備

朝1時。誰か山頂を早朝から目指す人たちが起き出した。僕の寝ているところが入り口近くにあり、みんなの準備や外に行く音で目覚める。

別のツアーの人が、電気をつけて説明を行なっている。「すごい雷雨のあと、雹が降って山頂は積もっているらしい。ツアーを中止にするかもしれない。」な、何??? 雹??どういうことだ? 僕はもう一度、攣った足をマッサージする。

ガイドのチッカが確認してくれた。「この時期には珍しい、雹が降って、さらには落雷もあるので、今回は様子を見るために3:40起きで、登頂を目指せるか考えます。今回は山頂ではなく、本八合目で御来光を見ましょう。」とのこと。中止になるかも、と思いつつ、また眠りについた。

3:40にチッカに起こされ、「20分後出発で登頂を目指します。あったかい格好でお願いします。」とのこと。やったー。登頂できるかもしれない。チッカが早めに起きて、状況を確認してくれた。

積もったであろう雹が、夜中に雨に変わり、近くの登山道の積もった雹が溶けていたとのこと。また、雨もあがっていたし、雷がおさまっていたので、天候が安定していた。安全をしっかり確認して、行けるところまで行こう、となったのだ。ここでプロのガイドがいてくださったので行くことを判断いただいたのだ。

早速準備に取り掛かる。電気をつけれず、ヘッドライトで準備をする。僕は、両膝と両足首をキネシオテープで保護させ、膝のサポーターとふくらはぎのサポーターをつける。

息子が、靴下がない、ヘッドライトがないと言うが、僕自身のメンテナンスで必死だ。僕は手袋をやはりどこにしまったか分からず、どこかに落としたのかと思い、替え靴下を手にはめて登る。

4:10 いざ出発だというタイミングで、外は寒い上に少しだけ小雨が降ってきた。山小屋の前にも雹が積もっている。山頂までの道のりで、滑る可能性もあるのだろうか、不安の中で出発する。

雷雨の影響で、途中で引き返すかもしれない、という状態での出発だった。昨日の雷雨により八合目に宿泊していた人たちは結構中止で引き返したとも聞いていた

歩き出して20分くらい経過したときに、一緒に歩いていたポジティブな素直な息子のママが震えていてほとんど歩けない状態になった。チッカの判断で、本八合目の宿に戻って、下山のときに合流することになった。ママに付き添ってパパも離脱する。今回の企画をしてくれた唯一の山頂経験者だったので残念である。

子どもたち3人の山頂まで

ママパパがいなくなったタイミングから、子どもたちの目の色が変わった。絶対に登頂するぞ、という強い意志を持って進んだ。

途中、寒くて手がかじかんだり、水筒の水が自分で取れなかったり、足が痛いなどの泣き言を言っていたが、ママパパがいないことを自覚すると、大人の顔になって、すぐに泣き言は言わなくなった。おじさんとしては、この瞬間に出くわしただけで涙が溢れそうになった。

残念ながら御来光は、雲が多すぎてちゃんと見ることができなかった。けれども雲の隙間から見える朝日は素晴らしかった。

本八合目から山頂は、登りながら山頂が見えるので、子どもたちのテンションも上がっていった。九合目の鳥居まで来たら、あとは笑顔の山登りだった。

寒さに震えながら、子どもたちはお互い声を掛け合い、あるときは手を取り合い、3人で力を合わせて、ついに山頂の鳥居まで一直線。雹が降ったので山頂まで登るのを諦めたツアーもあったのだろう、イメージしたよりも人が少なかった。

途中で、チッカがくれた「羊羹」が最高だった。パワーがみなぎる感じがした。山登りのガイドって素晴らしい仕事だ。人の命を預かる以上に、人の優しさと厳しさ、自然との向き合い方を伝えてくれる。

重かった荷物を、体調が悪い人の分は持ってあげる。けれども、顔色が戻ってきたら、ちゃんと自分で自分のことができるようにガイドしてくれる。チッカがいないと何も分からない富士登山だったとあらためて感じる。

ついに山頂に辿り着く。最後の鳥居で気持ちもたかぶる。

ゴールが見えた子どもたちはテンションマックスで、山頂に着いて3人でやったぞーと満面の笑みで撮影する。(あまりにも喜びすぎてストックが、ひとりのお友だちの顔にかぶってる)

頂上に登ってからは、子どもたちは寒さのあまり、コーンスープを食べた。コーンスープの缶が1本600円だった。富士山は、山頂の方がペットボトルの金額が高くなる。1本700円にもなる。

頂上の焼印をもらい、噴火口で記念撮影をして、富士頂上の時間を楽しんだ。

みんなから過酷と教えられた下山

富士山登山の話をすると、経験者はみんな「下山が大変」「下山が怪我しやすいから気をつけて」と言われていた。

僕は慎重に下山をするよう心がけた。というのも、僕の左膝は、階段を降りるときとかに、膝が外れる感じがして、そのあと炎症をおこすのが癖になっている。

雪がまだ残っている感じの道をゆっくりゆっくり降りていく。下山も高山病に後からなる可能性があるとのこと。深呼吸をして進んでいく。

本八合目で、ポジティブなお友だちの両親と落ち合う。まだママの方は体調が悪そうだ。チッカが荷物2つ持ちで運んでくれた。ゆっくり下山しながらだが、子どもたちはテンションマックスのままである。

八合目過ぎたくらいから、ママの体調が戻ってくる。同時に、冷静なお友だちが歩くのが遅くなってきた。トイレに行きたいという気持ちと足首が痛くて辛いという状態だ。

チッカは、子どもの重いバックの2つ持ちに変え、ゆっくり下山していく。息子とポジティブ家族はすっかり元気になり、ゆっくり呼吸をしながら、ある程度のスピードで下山していく。

七合目まで来たところで、冷静なお友だちに元気をつけてもらおうと思って、LINE電話でママと通話した。足が痛かったのに、頑張ると言ってまた歩き出した。途中、足が痛いのだろう、目に涙を浮かべながら、ゆっくり前を見て歩き続けている。

ところが、チッカは、「このペースで歩くとバスの時間に間に合わない可能性がある。彼だけ、馬に乗る方が良いかもしれない。」と提案をもらう。六合目までの道のりで、馬が五合目まで連れていってくれるサービスがあるのだ。

最後まで、みんなと歩きたかったかもしれないが、足が痛いのだから仕方がない。彼は一足早く馬で五合目まで行ってもらうことにした。彼は涙を拭い、馬に乗せてもらった。料金は2万円である。

残されたメンバーは、元気に下山することができた。僕の息子は金剛棒(登山用の棒)を遊び道具のようにしてはしゃぎながら降りてきた。雨が降ったおかげで滑らず、土が固くなっていたのが良かったと思う。見事、下山した。

 

今回の10歳記念富士山登山の旅は大成功

今回の二日間を通して、過酷な富士山登山を無事達成できた。何より仲良し友だち3人組がひとつの目標に向かって達成できたことが素晴らしい経験になった。

僕も息子と一緒に濃い時間を過ごすことができて良かった。僕の話からすると、自力整体をはじめて2、5ヶ月、僕の体重は5kg以上落とすことに成功した。先週のウェイクボードで筋肉痛が1週間続いたものの、道具からはじめて万全の準備を試みた。そこが見事に成功に導けたのだと思う。

こんな素晴らしい機会を頂いた友だち家族に感謝しかない。しかも、普通のツアーなら無理言えないケアをしてくれるチッカという富士山のスペシャリストをアサインしてくれた。今回の旅は、チッカがいないとなし得なかったものであるのは言うまでもない。
チッカの情報をもらった。
越後湯沢 | オフィスチッカ | 登山ガイド (officechicka.net)

今回の富士登山において、はじめて富士登山をする人に参考になるように記録に残しておく。
・事前準備を怠らない
・ガイドを必ずつけるべき
・荷物は極力軽く
・必ずストックは持っていく
・トイレ使用などで必要な100円玉は30~40枚持っていく
・呼吸をゆっくり
・水をこまめに飲む
・防寒対策(服装はすごく重要)

そして、子どもたちの成長が大きい。本人たちに自覚は無いと思うが、自ら大きな挑戦をし続けて、挫けそうになったとき、周りに支えてくれる仲間がいる。自分たちがこの2日で流した悔し涙や、あまりにも辛くて愚痴っていた自分が、自立した瞬間は、かけがえのない経験だと思う。

彼らが大きくなったとき、この2日間の経験を語るときが来るだろう。

君たちには、仲間がいる。
つらいときは、この日を思い出せ。
夢をもって、あきらめないで挑戦し続けてくれ。
いっしょに見る達成の喜びを。

僕のはじめての富士登山は大成功だった。ウェルビーイングな時間はこういう挑戦から生まれる。

チッカ、いっしょに登ってくれた仲間たちに感謝。下山後、温泉に行ったときの体重は78.2㎏。今日は子どもたちの希望で焼肉だ。

 

堂上 研 Wellulu 編集部プロデューサー

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。

RECOMMEND

←
←

地域のイベントへ参加する

Wellulu 編集部プロデューサー

堂上 研

ももえさんのZenEating体験

Wellulu 編集部プロデューサー

堂上 研

11月11日 ねかいごと

Wellulu 編集部プロデューサー

堂上 研

中学受験親の悩み相談

Wellulu 編集部プロデューサー

堂上 研

睡眠時間と睡眠効率

Wellulu 編集部プロデューサー

堂上 研

WEEKLY RANKING

←
←

Wellulu-Talk

【蜷川実花氏×宮田教授×堂上研:前編】都心に現れた“体験型”巨大展覧会!ウェルビーイングなクリエイター集団「EiM」が生み出す、掛け算のアートとは

Wellulu Academy

夜型人間は平日の朝型生活でリズムを乱す?時計遺伝子と活動量の関係【島根大学・宮崎准教授】

Wellulu Academy

Well-Beingが高まる芸術鑑賞とは?こころの豊かさを育むアートプログラム【東京藝術大学・伊藤教授】

Others

パーソナルトレーニングジムに通うメリット・デメリットは?自分に合ったジムの見つけ方も紹介

Wellulu Academy

虫の鳴き声がリラックス効果や安心感に影響!音の専門家に聞いた自然音の効果とは?【千葉工業大学・関教授】