みんなで幸せでい続ける経営研究会との出逢い
先日、みんなで幸せでい続ける経営研究会(幸せ研)のシンポジウムが、武蔵野大学有明キャンパスで実施された。前野隆司先生(武蔵野大学ウェルビーイング学部長・慶應義塾大学名誉教授)のご講演が面白かった。僕らECOTONEでも、最近のテーマは、「働き方」と「ウェルビーイング経営」の話で持ち切りだ。前野さんには、Welluluやウェルビーイング学会、日本イノベーション協会でもお世話になっている。
テーマは「真のウェルビーイング経営とは!? 従業員と社会を幸せにする経営」。前野さんの「ウェルビーイング経営」への探究は、何度もうなずくものばかりであった。ウェルビーイング経営という言葉は、ここ数年ですっかり市民権を得た。けれども、その中身を「本当に理解している会社(分かっている会社)」は、実はまだ少ないのかもしれない。前野先生は、いろいろな事例と共に、分析した研究内容を、笑いを交えながら、でも本質的に突きつけてくる内容のお話をおうかがいすることができた。
僕自身、Welluluのメディアを通じて「ウェルビーイング」に取り組む経営者をいろいろとインタビューさせていただいた。そして、Well-Working調査を実施して、ウェルビーイング経営と向き合い続けてきた。だからこそ、前野先生の講演に散りばめられた発見は、自分のいつもの問いを表現してくれ、僕自身のもやもやした構想の背骨を確かめ直すような時間になった。今日はその内容を、僕なりの受け取り方も添えて紹介したい。

8つの関所「思い込みの壁」
講演の中でとても印象的だったのが、「ウェルビーイング経営への道 〜8つの関所を越えられるか?〜」というまとめだ。「仕事はつらくて当たり前」「幸せアレルギー」「それぞれ違うでしょ」「忙しすぎる」「何から始めるの?」「本音禁止」「社長が動かない」「今期の数字が先」。
どれも、僕が企業の方とお話ししていて本当によく耳にする言葉ばかりだ。特に、経営がウェルビーイングを理解していない。短期的な成果(数字)を求められて苦しい。というような話もよく聞く。高市首相の働き方が、「仕事は大変なもの」「だけれども、トップが頑張っている」という姿を見せることが、ある意味ウェルビーイングから離れているのかもしれない。もっと「経営も現場も、ひとつのチームになってお互いが支え合うこと」そして、仕事が辛いものではなく、「仕事を楽しめるもの」という環境づくりにつなげたいものである。
前野先生は、これらの壁のほとんどは「始める前の思い込み」だと言い切る。僕はここに強く共感する。ウェルビーイング経営というと、大がかりな制度改革や、経営理念の刷新から始めなければいけないと身構えてしまう人が多い。
前野先生が講演でなんども話してくださったのは、小さな一歩。これを一気に進めようとするから壁や思い込みが生まれるのであろう。「まずは挨拶から」「まずは掃除から」「まずは対話から」という、小さな一歩がウェルビーイング経営のはじまりになる。壁を越えるのに、大きな武器はいらない。経営者の意志が大きな一歩につながるのだろう。
幸せは、コストではなく投資である
ハーバードビジネスレビューの調べでよく言われている話、幸せな社員はそうでない社員に比べて創造性が約3倍高く、生産性は平均約31%高いという研究結果がある。離職率は低く、欠勤も少ない。顧客満足度も高い傾向にある。アメリカ企業1,500社を対象にした調査では、社員が幸せな会社ほど企業収益・ROA・利益が高いことも示されている。
つまり、ウェルビーイングと経営は密接につながっているにも関わらず、ついつい「社員の幸せを大切にしましょう」と言うと、「それは理想論だ」「ビジネスは結果が全てだ」という反応が返ってくる。けれども、幸せはコストではなく投資なのだと前野先生は言う。目先の数字ではなく、未来への最も確かな投資として、社員の幸せを位置づける。これは僕がECOTONE社を通して話している内容と同じである。Welluluで一貫して伝えたいと思ってきたことと、まったく同じ方向を向いている。
前野先生のお話の中で、「ウェルビーイング・ファースト」と「成果ファースト」を対比させたお話は面白かった。社員の幸せを先に置くと、安心して意見が言える、挑戦できる、チームの信頼が高まる、という好循環が生まれ、結果として成果も出る。逆に成果を先に置くと、無理・無茶な要求が生まれがちになり、長時間労働やプレッシャーで疲弊し、離職が増えてしまう。これは、博報堂時代に、僕が先輩に教えていただいた「Money Follows」という思想に似ていると思った。成果を求めるあまり、時間的余白や身体的余白がなくなり、結果「ウェルビーイング」を阻害することになる。
大切なのは、順番。成果を先に求めると、良かれと思ってやったことが逆効果になるのだと改めて感じた。KPIを増やす、研修を増やす、制度を見直す——どれも間違ってはいない。でも、それを先に積み上げても、人の心は動かないというのが前野先生の指摘だ。
「創発の焚き火」の話も面白かった。僕は「ウェルビーイング共創産業」という話を言い続けている中で、共創・協業・共鳴・共生が大切だと思っていた。まさに「創発」である。その種火を大事に接ぎ木をして、焚き火の火を丁寧に保つ。薪という制度をいくら積み上げても寒々しいままなのに対し、対話という火を囲むと、信頼・助け合い・創造性が自然に生まれ、その結果として理念や制度が実るとなっている。まさに、制度2割、運営8割という人的資本のHRの文脈にも通じる話である。順番を間違えないこと。これは、大会社で経営をするときに、何かを組織で変えようとするとき、いちばん見落としがちな視点なのだと思う。
日本モデルの「裏」を変える
もうひとつ深く考えさせられたのが、欧米モデル・北欧モデル・日本モデルの比較だ。欧米は契約社会で個人の権利と責任が起点、北欧は信頼社会で社会全体の信頼が起点。それぞれ好循環モデルを持っている。一方で日本は「比較社会」であり、他者との比較から評価、空気の読み合い、沈黙へと向かう悪循環に陥りやすいと前野先生は指摘する。
でも、ここで前野先生が強調するのは、「日本モデルの問題は、日本文化の問題ではない」ということだ。協調、思いやり、長期志向——これらは日本文化の「表」の強みであり、活かされればむしろ協働型の組織に最も向いている。問題は、その強みが「裏」に出てしまっていること。同調圧力になったり、本音を飲み込む我慢になったり。
日本らしい和や思いやりの文化は、決して古臭いものでも、欧米に劣るものでもない。統合の仕方次第で、世界のどこにもない独自のウェルビーイング経営が生まれる可能性を持っている。日本がウェルビーイング学会をはじめて持って、ウェルビーイングの探究が進んでいく理由が分かった。前野先生が「日本発の創発型ウェルビーイング経営」と呼ぶものは、まさにこの文化の「表」を取り戻す試みなのだと思う。
制度ではなく、文化を変えよう
前野先生のお話の最後に「七つのメッセージ」の一番目は、「制度ではなく、文化を変えよう」という言葉だった。どれほど優れた制度も、文化が変わらなければ機能しない。制度は入口であって、文化こそが本体である、と。僕らが、いろいろな会社の経営者から相談をいただくのが、「社風変革」である。つまり、今の社風に違和感や気に入らないことを持っている社員が増えてきているのをなんとか変えたいと思っているのである。
そして二番目のメッセージは「理念からではなく、理念ある小さな実践から始めよう」。挨拶、感謝、傾聴、小さな対話。毎日のこうした行動が、少しずつ組織の空気を変えていく。僕はここに、Welluluで発信し続けている「気づいたら、ウェルビーイング」というコンセプトと同じ響きを感じる。大きな理念を掲げることも大切だが、それだけでは人は動かない。日々の小さな行動の積み重ねこそが、いつの間にか文化になっていく。僕は、まずは「経営者の睡眠への意識を変える」ことからはじめて、とも話している。睡眠が下手な経営者は、経営ができないし、組織もウェルビーイングにならない。
文化を変えるということは、時間がかかる。ただ歴史を振り返ると、誰かが何かのアクションを起こしたからこそ、歴史の転換期になったし、文化が変わるきっかけになった。これは、社員ひとり一人が「ウェルビーイングに働ける環境」をつくっていくことが、文化変革につながるし、会社の挑戦を創っていき、成長にもつながるのだろう。前野先生のお話は、とても面白く、共感しかなかった。この場をつくってくださったこと、そして前野先生の分析と発表に感謝である。
10年続いてきたこの場所への敬意
そしてもうひとつ、この「幸せ研」というコミュニティが、10年間続いてきたという事実そのものに、深く敬意を感じたのだ。何かを始めることは誰にでもできる。でも、それを10年続けるというのは、まったく別の話だ。前野先生をはじめ、ここの船頭で渦をかき混ぜ続けたみなさまの行動力と継続力がすごい。そして、素敵な仲間が集まっている「人」が素晴らしい方々ばかりで、話をしていて楽しかった。講演の中で語っていた「小さく始めて、続ける」という言葉を、このコミュニティ自体が体現しているのだろう。
続いていることには、必ず理由がある。理念だけでも、制度だけでも、人は10年も同じ場所に集い続けない。おそらくここには、対話があり、信頼があり、参加する一人ひとりが「また来たい」と思える何かがあったのだろう。それこそが、前野先生の言う「文化」の力なのだと思う。
企業の挑戦と、ワークショップで生まれた問い
シンポジウムの後半では、実際に企業がウェルビーイング経営に挑戦してきた話も聞くことができた。理念を掲げるだけでは終わらず、試行錯誤しながら一歩ずつ進めてきたという生々しい話には、表面上では見えてこないリアリティがあった。うまくいったことも、うまくいかなかったことも、正直に語られていたのが印象的だった。そして、たまたま僕が最前列に座っていて、巻き込んでいただいて、僕自身も自分ごと化して、お話に参加させていただき楽しかった。巻き込んでいただきありがとうございました。
そして幸せ研オリジナルワークショップ(はたらく幸せ × 哲学対話)では、「みんなで幸せに働くとは?」という問いが投げかけられた。「みんな」というのにポイントがあるのだろう。この問いに、決まった正解はない。だからこそ、参加者それぞれが自分の言葉で考え、語り合う時間になった。4人のグループで、それぞれワークショップをする。
素適なコミュニティに参加させていただき、僕はこの光景を見ながら、ウェルビーイングというのは誰かに定義してもらうものではなく、一人ひとりが自分自身に「問い続けること」でしか近づけないものなのだと、あらためて感じた。
今回、僕がみなさんと一緒に考えたい問い
「あなたは、誰をウェルビーイングにしたいですか?」
「あなたは、どんな会社で働きたいですか?」
「あなたは、社会がどうなっていたいですか?」
こんな話をみんなで語りたい。Welluluでそんなことを語るコミュニティ立ち上げようかなあ?
経営者・中間管理職・現場、それぞれの対話へ
いろいろな立場の方の想いや行動を聴かせてもらう中で、僕の中にもうひとつの問いが芽生えた。それは、経営者、中間管理職、現場——それぞれのレイヤーで、ウェルビーイングをどう対話していけばいいのか、ということだ。
前野先生のお話の中に「理念は旗、文化は歩み方」という言葉を借りるなら、旗を掲げるのは経営者の役割かもしれない。でも、その旗のもとで実際に歩み方をつくっていくのは、中間管理職であり、現場の一人ひとりだ。同じ旗を見ていても、立場によって見える景色は違う。だからこそ、レイヤーごとに異なる言葉で、でも同じ方向を向いて対話をしていく必要があるのだと思う。この日聴かせてもらった声の多様さは、その対話の難しさと同時に、可能性も感じさせてくれるものだった。どこをウェルビーイングにしていくかで話が変わっていく。
僕らWelluluは、ウェルビーイングという言葉をあえて厳密に定義しない立場を取ってきた。それは、幸せの主語を誰に置くかによって、その形が変わると考えているからだ。前野先生が示してくれた「小さく始める」「順番を守る」「文化を育てる」という視点は、企業だけでなく、僕ら一人ひとりの日常にもそのまま当てはまる。まずは挨拶から。まずは対話から。
そして今、僕の中には次の楽しみが生まれている。前野先生とWelluluで対談させていただこうと思っている。この日聴かせてもらった経営者・中間管理職・現場それぞれの声を携えて、もっと深く「はたらく幸せ」について語り合いたい。その対話が実現する日を、心待ちにしている。前野先生、みなさま、貴重な機会をありがとうございました。
追記:その後の会食もとても楽しいものだった。ウェルビーイングな集まりは、ウェルビーイングな人が伝染していく。

堂上 研 株式会社ECOTONE代表取締役社長 Wellulu編集長
株式会社ECOTONE代表取締役社長
ウェルビーイングメディアWellulu編集長
情報経営イノベーション専門職(iU)大学教授
日本イノベーション協会 理事
私生活では、3人の子供の父。趣味は、スポーツとアート。