恩師との再会は、優しさにつつまれる。

Wellulu 編集部プロデューサー

堂上 研

大阪に帰省したついでに、母校を訪れた。

高校を卒業してから約30年近く経って、はじめて母校を訪ねた。きっかけは、僕がお世話になった恩師が60歳の定年を迎えたことを聞いたから。

卒業してから、東京の大学に来てから毎日、「そのときの今」を必死に生きていたから、あまり高校のときの記憶がなくなっていた。(忙しさにかまけていただけの言い訳・・・・)

山の上にある学校は、駅から歩いて15分くらい。山登りを毎日しているような感じだった。

正門をくぐると、いろいろな記憶が走馬灯のように思い出されてきた。高校に入学してすぐに入部したサッカー部。練習前に5㎞を走ってから練習する。校舎裏の地獄坂のダッシュ。そして、土のグラウンド。高校1年生の夏休みの試合での左ひざ靭帯の損傷の大怪我。2度の手術と入院などなど。

(写真:母校の校庭)

僕は、高校1年の3学期が始まる前にAFSという留学機関を通して、1年間ニュージーランドに留学させていただいた。その頃は携帯もメールもない時代。日本との連絡手段は、高額な国際電話と手紙のみだった。

留学から帰ってきてからも、いろいろな体験をさせていただいた。美術部に勝手に出入りして、畳2畳分くらいの絵を描かせていただいたり、演劇部がなかったのに創設したいと言って顧問の先生に直談判、公演を大きなホールでさせていただいたり。よく先生方もいろいろと許してくださったものだ。そのときは、感じなかったが、いつも僕のわがままにお付き合いいただいていたのだろう。

そんなにお世話になった母校に、卒業してからずっと訪れないでいた僕自身の怠慢に申し訳ない気持ちが湧いてきた。

恩師への感謝とサプライズ。

まずは、演劇部の顧問になっていただいた国語の先生にお会いさせていただいた。僕は先生に授業で教えていただいたことはないが、演劇ならこの先生とご紹介をいただいたのだ。演劇部つくりたいなら、「部員5人以上集めたらやってもいいよ。」と言ってくれたので、留学から帰ってきて留年した学年のサッカー部と、ラグビー部と、バスケ部の男友達に声をかけ続けた。

男15人、女1人の劇団が完成した。あとで、下の学年の女の子が2人入ってくださったので、18人の素人劇団が結成された。先生に「走れメロス」をやろうと言われて、僕はそんな小学生がやるような、と思ったけれども、僕らは全員素人だから仕方がない。僕らは全校生徒の前で演じきった。最初で最後の高校時代に結成した舞台は大成功だった。

久しぶりに当時の演劇部の写真を観たら、僕は坊主だった。(坊主にしたことなんて忘れていた・・・)やんちゃな高校生を束ねてくださった顧問の先生には感謝しかない。このメンバーで同窓会をしたいけれども、何人も連絡先が分からなくなっている。

次にお会いしたのは、美術部の先生だ。留学から帰ってきて、膝のケガのために、サッカーができない僕に、アートの世界の面白さを教えてくださった恩師だ。選択科目も「美術」にして、その時間が楽しくて仕方がなかった記憶がある。畳2畳分の絵も自由に描いていいよ、と言ってくださり、放課後に美術室に通わせてくれた。

僕が学校を訪れることは伝えていなかったのに、先生にお会いしたときに僕のことを覚えてくださっていた。そしてお会いして数分後に、先生が一枚の絵を持ってきた。選択科目の美術の授業で書いた鉛筆で書いた「自画像」の絵だった。

その絵を見た瞬間「驚きと感動」というものが同時に湧いて出てきた。それは、僕が高校2年生のときに書いた自画像だったのだ。鏡を見ながら書いた鉛筆画の下に僕の高校2年のときの名前が書かれている。

30年間、生徒の絵を置いておいてくださったのだ。しかも、丁寧に置かれていたことが分かる保存状態で、紙が色あせることなく、ピンとまっすぐな画用紙のまま置かれていたことが分かる状態だった。

先生は「高2のときに、鏡を丸いすの下に置いて書いた自画像だよ。30年後に、本人に返すよ。」と言ってくださり、僕に30年ぶりに自画像の絵をくださった。こんなサプライズない。そして、恩師の優しさと生徒ひとりひとりの賜物を見つけ出し、応援してくださった時間と経験に涙がこぼれそうになった。

次にお会いしたのは、僕の高校3年間の担任で英語の先生だった恩師だ。国語と漢文の先生ともいっしょにお話させていただいた。僕が高校を辞めたがったり、留学から帰ってきていろいろと自暴自棄になっているころに、いつも僕のことをサポートしてくださった。

僕が高校生活を楽しく過ごせたのは、高校の恩師たちがいたのは言うまでもない。ミヒャエルエンデの「モモ」や、バッドパルマーの「自分を好きになる本」、茨木のり子の「自分の感受性くらい」などの名著をご紹介いただいた。

今の自分がいるのは、このときの感受性豊かな時代に、素敵な恩師や仲間と出会えたからだと、30年ぶりに感謝の気持ちが込み上げてきた。あらためて、この場をお借りして「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えさせていただきたい。

黒トンボ(ハグロトンボ)に出会う。

次の日、親父とゴルフをした。暑さでばてたのもあるし、ラフやバンカーからの脱出ができずスコアは最悪だったけれども、気持ちの良い時間を過ごした。

ゴルフ場で、変わったトンボと出会う。真っ黒な羽をもって、蝶のようにひらひら飛ぶトンボだ。通称、黒トンボ(ハグロトンボ)と言うらしい。ネットで調べたら、「黒トンボは幸せの兆し」と出てきた。幸せな生活への変化の兆しが訪れるかもしれない。

実家で久しぶりに、恩師と出会い、両親とゆっくりした時間を過ごしウェルビーイングな時間を得た。おふくろのつくってくれたご飯を食べすぎたことで体重がどうなったかは分からない。

明日から、また感謝の気持ちと、自分のウェルビーイングな時間に向き合おう。

堂上 研 Wellulu 編集部プロデューサー

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。

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