日経平均10万円時代の経営

株式会社ECOTONE代表取締役社長 Wellulu編集長

堂上 研

僕らは未来の何に投資するのか?

このお盆に1泊2日で大阪に帰省する。新幹線の中で読む本を品川駅の書店で探していたら、藤野英人さんの新刊が目についた。読みたいと思っていたもので文庫化された本だ。『「日経平均10万円」時代に備えろ』。タイトルだけ見ると、いかにも投資本という顔をしている。

僕は、新幹線で軽く駅弁を食べた後、パラパラと読み進めていた。経済の本というより、「これからの会社と個人の関係」についての本を読んでいる気がしてきた。

僕は普段、Welluluで食や睡眠や運動の専門家に話を伺うことが多い。そして、経営者とお話しさせて頂き、その人の生き方を尋ねることが多い。生活者ひとりひとりの、暮らしの中のウェルビーイングを見つめる仕事だ。同時に、ECOTONEという会社の代表でもある。今回は、まだまだひよっこ経営者としての僕が、この本を読んで考えたことを綴ってみたい。

「会社が好き」と即答できる人は、あまり多くない

本の中に、こんなデータが出てくる。日本人の「会社嫌い」についての調査で、「会社とお互いに貢献し合える関係にある」と感じている社員の割合は、5%に過ぎないという。米国・カナダは34%。世界で見ても最低水準だそうだ。

正直、この数字を読んだとき、少し残念な気持ちになった。5%という数字の低さそのものより、「貢献し合える関係」という言葉の選び方に、はっとしたからだと思う。会社が一方的に何かを与える場所でもなく、社員が一方的に尽くす場所でもなく、「お互いに」という前提が、そもそも日本の会社にはあまり根付いていないのかもしれない。

僕は、博報堂という広告会社に入って、会社が好きとか嫌いとかではなく、すぐに辞めて新たな起業なり挑戦をしたいと思っていた。それが、チームも良かったのもあるが、広告の仕事や学びの連続だったことからも、博報堂が好きになったのである。僕は、この会社で働くのが面白いと感じたからこそ、企業内起業家という道を選んだ。

もうひとつ、印象に残ったデータがある。「現在の勤務先で働き続けたい人」の割合が、日本はアジア太平洋地域14カ国・地域の中で最も低く、52.9%だという。半数近くの人が、今の会社に残りたいと積極的には思っていない。これは「辞めたい」という強い意思とは少し違う気がする。むしろ、「ここにいてもいいけど、ここじゃなくてもいい」という、ふわっとした宙ぶらりんの感覚なのだと思う。

本には、日本人が「会社に期待していないか」ということもよくわかるデータだ、と添えられていた。期待していないから、辞めたいとまでは思わない。でも、期待していないから、積極的に居続けたいとも思わない。この「期待のなさ」というのが、実は一番厄介な状態なのかもしれないと僕は思う。

強い不満は、対話のきっかけになる。でも、期待そのものがないところには、対話すら生まれにくい。静かに、じわじわと、関係が薄まっていく。これは過去に博報堂で「困りごと調査」を実施して、AIで言語解析したときに、人間の困りごとの1位から4位が全部「人間関係」だったことを思い出す。会社やチームに期待しなくなってしまっているときに、会社が好きという感情から離れていくのだろう。

僕はここを読んで、自分がECOTONEという小さなスタートアップの経営をはじめて、博報堂の第2創業と言われる未来をイメージしたことを思い出した。大きな組織の中で試みたことを、外に出て、もっと自由な形で実現しようとしている。だから、この「貢献し合える関係」という言葉は、他人事ではなく、自分たちがどういう場所を作れているかという問いとして、ウェルビーイングな職場環境をつくるために大切なことだと思う。

もうひとつ、データの並びを見ていて気になったのは、「働くこと」のイメージについての話だ。以前、学生に「仕事が好きですか」と尋ねたところ、およそ8割が「働くこと」をストレスと時間をお金に換えることだと捉えていたという。「仕事が好き」と即答できる人はあまり多くない、と本にも書かれている。これも、経営者としては正直、耳の痛い話だった。僕らは日々、ウェルビーイングという言葉を掲げて仕事をしているけれど、その僕ら自身の会社で働く人たちが、「仕事は好きだ」と即答できるだろうか。掲げている理念と、日々の実感の間には、案外大きなギャップがあるかもしれない。理念を語ることと、実感を作ることは、別の仕事なのだと思う。ここはECOTONEで調査した「Well-Working Gap調査」リリースを見て欲しい。

 

ECOTONEが博報堂という大きな樹の中で、あるいはその外側で、どういう存在であるべきか。この本を読んで、「派手な成長戦略」ではなく「地味な、でも確かな信頼の蓄積」を狙う会社であっていいのだと、少し肩の力が抜けた。

僕は経営者としてはまだまだ未熟なところがあって、正直、目立つニュースやわかりやすい成果を、つい追いかけたくなる瞬間がある。四半期ごとの数字を見れば、当然そうなる。でも、藤野さんが「地味な株」を長い時間軸で見極めることの大切さを語るように、僕らのような小さな会社にとっての本当の資産は、派手な打ち上げ花火ではなく、日々の中で少しずつ積み上げられる信頼なのだと、あらためて思う。苔は一日では育たない。何年もかけて、湿度や光の当たり方に、じっと寄り添い続けることで、ようやく樹の一部として認識される。ECOTONEという会社も、博報堂という大きな存在との関係の中で、そうやって少しずつ、自分たちの場所を作ってきたのだと思う。

レジェンド投資家の指針は、経営の指針でもある

この本の後半には、「レジェンド・インベスターが教える10の指針」という章がある。詳しくは本を読んで欲しいが、その指針のひとつひとつのタイトルが、経営者の僕にすっと入ってきた。不思議と、投資の話というより、人生や組織をどう構えるかという話に読めてきた。「時代の変化を捉える」「自分の生き方を分社化する」といった見出しが並ぶ。

僕はこれを読んで、ECOTONEという会社の経営そのものが、実はこの「指針」に近い姿勢を求められているのだと感じた。会社を大きくすることそのものが目的ではなく、時代がどちらに動いているかを捉えながら、自分たちの立ち位置を柔らかく調整していく。派手な一発ではなく、地味な仕込みを重ねていく。これは投資の話であると同時に、ウェルビーイングという僕らの世界観とも、驚くほど重なる部分がある。

投資の世界では、「守り」という言葉がよく使われる。本のタイトルにも「投資は守りに」というコピーが添えられていた。攻めの成長戦略ではなく、守りの資産形成。これは、経営という営みにおいても、同じことが言えるのではないかと思う。ECOTONEは、まだ小さな会社だ。派手な資本や、大きな組織力で勝負するのは難しい。だからこそ、僕らが本当に大切にすべきなのは、「ギブの精神・透明性・リスペクト」という、僕がずっと大事にしてきた3つの言葉なのだと思う。誰かから何かを奪うのではなく、まず自分たちから差し出す。隠さず、開いて話す。相手の立場を尊重する。この3つは、地味で、すぐに数字には結びつかない。でも、長い時間軸で見れば、これこそが「守り」であり、僕らの資産になるのだと思う。そして、ECOTONEはWellulutというメディアで出逢った方たちがネットワークになり、経験に幅をもたらしてくれる。出逢う全ての方に感謝している。

面白いのは、藤野さんが「今こそ仕込むー」と書いていることだ。守りといっても、何もしないことではない。今のうちに、じっと種を蒔いておく。芽が出るのは、もっと先かもしれない。僕らがWelluluで積み重ねてきたことも、正直、すぐに大きなリターンになるようなものではない。専門家に話を伺い、生活者の言葉に翻訳し、少しずつ届けていく。地味で、時間のかかる仕込みだ。でも、こういう地味な仕込みこそが、後になって「これがあってよかった」と思えるものになる気がしている。目に見える成果を急かされる時代だからこそ、逆に、じっくり仕込む姿勢を持ち続けることに、価値があるのだと思う。

Better Co-Beingプロジェクトは、慶應義塾大学の宮田裕章教授と一緒に立ち上げたプロジェクトで、「共によりよく生きる」という考え方が根っこにある。誰かひとりが勝つのではなく、多様な立場のものが、それぞれの強さを活かしながら、共に育っていく。

博報堂という大きな大樹とECOTONEという小さな芽の関係も、本当はそうであってほしいと思っている。大樹が新しい芽を養分にするのではなく、芽が大樹の新たな一歩になり、大樹がまた芽の生きる場所を守る。そういう「貢献し合える関係」を、まずは自分たちの手の届く範囲で、ちゃんと作れているか。この本を読んで、あらためて問われた気がする。

僕自身、博報堂の「ミライの事業室」にいたころから、大きな組織の中で新しいことを試みる難しさも、その中で得られる安心感も、両方を知っている。組織の中にいれば、信頼という基盤の上で挑戦できる。でも、外に出れば、その基盤を自分たちでゼロから作らなければいけない。ECOTONEを立ち上げてからは、正直、この基盤づくりの地味さに、何度も向き合わされてきた。派手なプレスリリースよりも、一件一件の対話。大きなキャンペーンよりも、専門家の方々との信頼関係。そういう積み重ねが、結局は会社の「守り」であり、資産になっていくのだと、この本を読んであらためて確認できた気がする。

まずは、僕自身、最近思うように仕事が運ばず、感情を出してしまっていた。まずは自ら、「この会社に、期待してる」状態をつくろうと思う。そして、セイムボートに乗ってくれている仲間にも、期待できる会社になるために何をすべきか聞こうと思う。派手な話じゃなくていい。地味な、でも確かな「守り」の部分から、僕らの会社を強くしていきたい。

日経平均が10万円時代、その時代がきたときに、ECOTONEという会社が、そこで働く一人ひとりにとって「貢献し合える関係」でいられるかどうかは、今日からの積み重ねでしか作れないのだと思う。大きな樹の下で、小さな芽として、太陽の光と充分な水と栄養を感じながら、僕らのペースで育っていきたい。

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参考書籍:藤野英人『「日経平均10万円」時代に備えろ』(日経ビジネス人文庫)

堂上 研 株式会社ECOTONE代表取締役社長 Wellulu編集長

株式会社ECOTONE代表取締役社長
ウェルビーイングメディアWellulu編集長
情報経営イノベーション専門職(iU)大学教授
日本イノベーション協会 理事
私生活では、3人の子供の父。趣味は、スポーツとアート。

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