共創の持つ力を再認識する
ウェルビーイングメディア『Wellulu』をはじめてから、僕は200人以上の経営者と対話した。そして、僕は、彼らの共通点を見出したのである。それは、越境と共創の行動をしていることである。だからこそ、彼ら彼女らは、ウェルビーイングなのだと。
日々、「ウェルビーイング」や「ウェルワーキング」という視点から、これからの組織や個人のあり方を探求する中で、ある一冊の素晴らしい書籍に出会った。庵原悠氏(株式会社オカムラ デザインストラテジスト)の著書『ゼロからの共創』である。本書の帯にある「なんだかしっくりこない…」という言葉に、思わず強く深く頷いてしまった。そして、オカムラが挑戦しようとしている「働く人たちが共創の中から何かを生み出そうとしている」方向性は共感しかなかった。
今、多くの企業や組織が「共創(コ・クリエーション)」や「オープンイノベーション」を叫んでいる。しかし、実際に現場で挑戦している人々の多くが、「わからない」「うまくいかない」という目に見えない厚い壁にぶつかり、孤独な格闘を続けているのではないだろうか?僕自身、いろいろな組織に尋ねられたものである。
本書は、著者が10年間にわたり1000回以上もの共創実践を重ねてきた経験から紡ぎ出された、まさに「Beyond VUCA時代」を生き抜くための実践的な処方箋であり、迷い子になっている事業開発担当者は読んで欲しい。
そして同時に、私たちが目指している組織のあり方、すなわち「ECOTONE(エコトーン)」の本質を整理してくれているような一冊でもあり、嬉しくなった。今回は、この『ゼロからの共創』を紐解きながら、私たちが目指すイノベーションとコミュニティの未来について綴ってみたいと思う。
なぜ日本の「共創」はしっくりこないのか?――「ないないづくし」の壁
本書の中で共感したもののひとつは、共創が失敗する、あるいは停滞する原因を「仕組み」や「予算」のせいにするのではなく、日本人が本質的に抱える「共創不慣れ」というマインドセットやコミュニケーションの壁に着目している点である。
新しいことを始めようとするとき、私たちは往々にして「前例がない」「リソースがない」「理解が得られない」という、いわゆる“ないないづくしの壁”に直面する。僕が10年前に「オープンイノベーション」を伝えたとき、博報堂の役員から、「成功事例はないのか?」「うまくいったという話を聴いたことがない」という話で前に進まなかった記憶がある。特に、自社の既存の論理や、同質性の高いコミュニティの中にいると、今までの正解が既存事業の中でつくられたものだから、異質なものを受け入れる心理的ハードルは跳ね上がってしまう。「なんだかしっくりこない」という違和感は、異なる価値観が衝突したときに生じる摩擦そのものである。
しかし、多くの現場ではこの摩擦を「リスク」と捉えて排除しようとするか、あるいは逆に、お互いに気を遣いすぎて表面的な協調(予定調和)に終わらせてしまう。これが、共創がうまくいかない理由だろう。これでは本当のイノベーションが生まれるはずはない。
著者は、1000回に及ぶ実践の中で、この「しっくりこない違和感」こそが、新しい価値が生まれる手前にある重要なサインであり、それを突破するための「巻き込み力」こそがイノベーションの秘訣であると説いている。
共創の舞台としての「ECOTONE(あわいの場)」
ここで、私たちが掲げる「ECOTONE」という哲学についてお話しさせて欲しい。エコトーンとは、もともと生態学の用語で、森と草原、陸と海のように、異なる二つの生態系が交わる「移行帯(境界地域)」を意味する。この境界領域は、双方の環境から多様な生物が集まるため、最も生物多様性が高く、独自の進化や新しい生命のダイナミズムが生まれる場所として知られているのである。
僕たちは、ビジネスや社会のイノベーションにおいても、まったく同じことが言えると考えている。これからの時代に必要なのは、単一の企業文化や職種という「均一な生態系」にとどまることではなく、異なるバックグラウンドを持つ人々、異なる専門性、そして異なる熱量を持ったプレイヤーが越境し、交わる「エコトーンのような場所」を意図的に創り出すことから、新たな新結合ができると思っている。
『ゼロからの共創』で語られる、1000回の実践から導き出された共創のプロセスとは、まさにこの「エコトーン」を現場に立ち上げ、維持し、機能させるための具体的な方法論である。異なる生態系からやってきた人々が交われば、最初は当然「わからない」「しっくりこない」という状態が生まれる。それこそが、新しい生態系(イノベーション)が誕生しようとしている黎明期の姿なのだ。ここから、新たな価値や事業が生まれたとき、僕の掲げる「ウェルビーイング共創」が成立する。
おせっかいおばちゃんが、最高のコミュニティリーダーになる
その移行帯(エコトーン)において、周囲を巻き込み、共創を加速させるのはどのような人材だろうか?僕は、そのようなコミュニティリーダーを「おせっかいおばちゃんのような人」と言っている。僕の目指す人は「おせっかいおばちゃん」だ。
本書を読み進める中で確信したのは、これからのコミュニティの中心に必要なのは、一つの肩書に縛られない「ハイブリッド・パーソナリティ(多面的な個性)」を持った人材であるということだった。これがまさに、おせっかいおばちゃんでコミュニティの渦をかき混ぜる人なのだろう。
自社の利益や専門領域の論理だけで語る人は、境界線を越えることができない。越境して、観察して、内省して、他者を尊重する。さらに、「あちら側の言葉」と「こちら側の言葉」を翻訳し、双方の痛みを理解しながら、共通のゴールを提示できるような、越境型のリーダーシップが求められる。
それは、決してカリスマ的なヒーローである必要はない。むしろ、自分の「わからない」を素直に認め、他者の強みを引き出し、小さな実験(プロトタイピング)を繰り返しながらコミュニティを少しずつ大きくしていくような、しなやかな「巻き込み力」を持つ人である。本書が「ゼロからの」と謳っているように、最初から完璧な計画があるわけではない。むしろ、不確実性を楽しみながら、仲間とともに即興劇のように場を創り上げていくスタンスこそが、ハイブリッドな個人の真骨頂と言える。僕らは、こういう越境人財こそが、会社を変革するプレイヤーになり、これからの経営者に必要な力だと思う。
共創の先にある「ウェルワーキング」と持続可能なコミュニティ
私が編集長を務める『Wellulu』では、単なる肉体的な健康にとどまらず、精神的、社会的、そして働く環境においても満たされた状態である「ウェルビーイング」および「ウェルワーキング(Well-Working)」を追求している。
本書が提示する「共創」のプロセスは、働く人のウェルビーイングに直結している。なぜなら、真の共創の場には、個人の主体性が発揮され、互いの違いを認め合う「心理的安全性」が不可欠だからだ。同質的な組織で上意下達の仕事をしているときには得られない、「自分が組織や社会のイノベーションに貢献している」という手応えと、他者と深く繋がっているという感覚(関係性)が、共創のプロセスを通じて育まれる。これは、我々が目指すコミュニティの中にある「挑戦できる環境」が当てはまっていく。
共創が生み出す最大の成果物は、目に見える新しい製品やサービスだけではない。そのプロセスを通じて形成された「強固で、しなやかで、持続可能なコミュニティ」そのものこそが、最大の資産となる。お互いの「ウェルビーイング」を支え合いながら、新しい価値を創造し続けるコミュニティ。これこそが、ECOTONEが目指す究極のゴールになっていく。
仲間と共に歩むために
『ゼロからの共創』は、共創を単なるビジネスの手法ではなく、これからの時代を生きる私たちの「生き方」「働き方」そのものとして捉え直させてくれる。
正解のないVUCAの時代において、一人で考え、一人で壁を突破しようとすることには限界がある。だからこそ、私たちは自らの殻を破り、境界線へと歩みを進め、エコトーンという対話の場で他者と出会わなければならない。
「なんだかしっくりこない」と感じたら、それはチャンスである。行動する原動力になる。そこは新しい世界との境界線であり、イノベーションの入り口である。一風堂の創業者河原氏が「変わらないために、変わり続ける。」とおっしゃっていた。そう、僕たちは「変革」を恐れてはいけない。コンフォートゾーンから出て、共創が生まれたとき、新たな価値を手にして、変化を楽しむことができる。
僕たちECOTONE、そしてWelluluもまた、多様な「ハイブリッド・パーソナリティ」が集う豊かな移行帯であり続けたいと思う。オカムラの目指す共創にあるような様々な共創を一緒に企てていけたらと思う。様々なコンソーシアム活動を通じて、多くの企業や個人の皆さまと、この「ゼロからの共創」を実践していきたいと考えている。
素晴らしい気づきを与えてくれた本書と著者の庵原氏に感謝を込めつつ、皆さんと共に、新しい時代のウェルビーイングな社会を共創していけることを楽しみにしている。

堂上 研 株式会社ECOTONE代表取締役社長 Wellulu編集長
株式会社ECOTONE代表取締役社長
ウェルビーイングメディアWellulu編集長
情報経営イノベーション専門職(iU)大学教授
日本イノベーション協会 理事
私生活では、3人の子供の父。趣味は、スポーツとアート。