有限性と偶発性 ——為末大さんが語った、身体に宿る知恵

株式会社ECOTONE代表取締役社長 Wellulu編集長

堂上 研

有限性 ——AI時代に人間に残るもの

先日、オムロンSINIC理論を探求するHRIの立石郁雄さんが主催の比叡山延暦寺の比叡山未来会議の3回目に参加した。

基調講演は、為末大さんだった。テーマは身体知。その入り口として為末さんが立てたのが、「有限性」と「偶発性」という二つの言葉だった。どちらも、AIが苦手として、人間の身体だからこそ持てるもの。この二つで身体知を語っていく、という見取り図が、僕にはとても腑に落ちた。まずは有限性の話から。

人間には、位置と時間とエネルギーの有限性がある。

位置の有限性とは、特定の場所に身体を置いていること。だからこそ、コーチが選手の肩をぽんと叩ける。その物理的な接触が、言葉以上のコミュニケーションになる。

時間の有限性とは、いつか死ぬということ。終わりがあるから「何が大事か」という価値の傾きが生まれ、他者への共感がわく。

エネルギーの有限性とは、疲れて、休みが要るということ。当たり前すぎて、ふだん意識すらしない三つだ。

これを聞いて、僕らはずっと、3つの有限性を「見ないようにするもの(あえて意識しないでおきたいもの)」として扱ってきた気がする。疲れないこと、忘れないこと、死なないこと。それを進化という技術で乗り越えようとしてきたのだと思う。テクノロジーにおける効率という言葉の裏には、いつも「限界をなくしたい」という願いがあった気がする。

でも為末さんの話は、まるで逆向きだった。疲れるからこそ休息が愛おしいし、終わりがあるからこそ「今日」が大事になる。有限であることは、弱点ではなくて、僕らが何かを大切に思える理由そのものなのだ、と。

うちには子どもが3人いる。彼らと過ごす時間に終わりがあると知っているから、僕はその時間を大事にできる。もし無限だったら、たぶんこんなに愛おしくはない。「また今度」がいくらでもあるなら、今日この瞬間に向き合う必要はなくなってしまう。僕が大切にしていた「今を生きる大切さ」「今しかできないことを今する大切さ」だろう。

AIがどれだけ賢くなっても、この「終わりがあるから愛おしい」という感覚だけは、たぶん僕らの側に残る。為末さんの言う有限性は、悲しい制約の話ではなくて、むしろ僕らが豊かさを感じるための土台の話なのだと思えた。そう気づいたら、この有限性を楽しめる感覚になった。

偶発性 ——型を、更新しつづけるもの

もうひとつの軸が、偶発性だった。為末さんがまず話したのが、身体知そのものの中身だ。為末さんは身体知を、「動的で、あるがままで、分割し難く、触覚的で、主観的な世界を生きる知恵」と表現していた。

この言葉が、僕はとても好きだ。一語ずつが、データ化や数値化のちょうど反対側を向いている。計測できる「外側の世界」だけでなく、情動や直感を含む「内側の世界」が、人の判断を支えている。

為末さんはその例として、ダマシオのソマティック・マーカー仮説を挙げた。手が汗ばむような身体のサインが、合理的な計算よりも先に、リスク回避を助けている。

あるいは、将棋の羽生善治さんが、膨大な読みに入る前に「勘」で有力な手を2〜3に絞り込む話。知性は脳の中だけで完結しているのではなく、身体と脳のあいだを絶え間なく往復して成り立っている。トップ選手が持つ、言葉にできない技能。ゴルフでリズムを「チャー・シュー・メン」と教える、あのオノマトペすら運動の質に関わるという話も、まさに身体知だった。

ただ、為末さんの話が面白かったのはここからだ。その身体知が熟練していくと、動きが無意識化・自動化され、成長が予測可能な範囲に収まってしまう。為末さんはこれを停滞、いわば「ロックイン」と呼んでいた。型を持つことは強さなのに、その同じ型が、いつのまにか人を閉じ込めてしまう。うまくなることと、伸び悩むことが、地続きでつながっている。アスリートとして頂点を見てきた人の言葉だからこそ、この両義性には重みがあった。

だからこそ、偶発性がいる、と為末さんは言う。あえて凸凹したステージで練習するなど、予測不能な環境を意図的に持ち込んで、自分を再開発する。

新しい価値は、まっすぐな努力の延長線上ではなく、意図しない「失敗」や「遊び」からひょいと生まれる。象徴的だったのが、走り高跳びの背面跳びの話だ。いまや当たり前のあの跳び方は、もともと主流だった跳び方の練習中の「失敗」から、偶然発見されたものらしい。

意味から解放された行為——ホモ・ルーデンス、遊ぶ人——の中にこそ、次の扉が隠れている。
ここ、僕はぐさっときた。普段からどんな「行動」や「行為」に関しても「意味」を探している自分がいる。遊びにも、バイトにも、旅行にも、何かしら意味を求めてしまう癖がある。子どもと遊んでいても、頭のどこかで「これは何の力が育つかな」と考えている自分がいる。

でも、それは遊びを最適化しているだけで、意味を回収しようとした瞬間に、遊びは遊びでなくなってしまう。偶然が入り込む余白を、自分の手でふさいでいるのだ。有限性が人間らしさの根なら、偶発性は、その人間が型に閉じこもらないための窓なのだと思う。根があるから揺らがず、窓があるから新しい風が入る。為末さんの二つの言葉は、そうやって対になっていた。

仕事も遊びで、生きるも遊びで良いじゃないか!?そんな気持ちにさせてくれた。

子どもと遊ぶときは、意味を考えるのをやめてみよう。ただ、いっしょにくだらないことで笑う。そこに、予測できない何かが芽吹くかもしれないのだから。有限だからこそ大切にし、偶発を恐れずに迎え入れる。それはきっと、AIの時代にこそ、僕らが手放してはいけない知恵なのだと思う。

為末大さんの「身体知」とても面白いお話しだった。比叡山未来会議は、僕に取っての有限性と偶発性を気づかせてくれるウェルビーイングな場になっている。

この場にありがとう。

 

堂上 研 株式会社ECOTONE代表取締役社長 Wellulu編集長

株式会社ECOTONE代表取締役社長
ウェルビーイングメディアWellulu編集長
情報経営イノベーション専門職(iU)大学教授
日本イノベーション協会 理事
私生活では、3人の子供の父。趣味は、スポーツとアート。

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