1899年の創業以来、「おいしく、たのしく、すこやかに」というコーポレートメッセージを掲げ、日本の食文化を彩り続けてきた森永製菓株式会社。
今、同社は2030年に向けた長期ビジョンとして「ウェルネスカンパニーへの生まれ変わり」を宣言。食品がもたらす「おいしさ」のその先にある、心と体の健やかさ、そして社会全体のウェルビーイングへの貢献をかつてないスピードで加速させている。
この変革のタクトを振るのは、2025年4月に社長に就任した森信也さんだ。研究員としてキャリアをスタートさせ、論理と感性の双方を重んじる森さんが見据えるのは、食品が持つ「心の健康」への可能性を科学し、一人ひとりの個性が響き合う組織の姿である。
今回は、Wellulu副編集長の左達也が森さんと対談。新時代のリーダーが描く、論理と感性が共鳴するウェルビーイング経営の真髄に迫った。

森 信也さん
森永製菓株式会社 代表取締役社長 COO

左 達也
株式会社ECOTONE/Wellulu 副編集長 COO
福岡市生まれ。九州大学経済学部卒業後、株式会社博報堂に入社。デジタル・データ専門ユニットで、全社のデジタル・データシフトを推進後、博報堂生活総合研究所では生活者発想を広く社会に役立てる教育プログラム開発に従事。ミライの事業室では、スタートアップと協業・連携を推進するHakuhodo Alliance OneやWell-beingテーマでのビジネスを推進。「Wellulu」立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。毎朝の筋トレとランニングで体脂肪率8〜10%の維持が自身のウェルビーイングの素。
「なぜ」を探求する知的好奇心。幼少期の没頭が「心を起点にする経営」の土台に

左:森永製菓グループは、2030年に向けて「ウェルネスカンパニーへの変革」を宣言されています。本日は、その変革の旗振り役である森さんの経営哲学について深掘りしていきたいと思っています。
森さんが描く未来の根底には、どのような感性や価値観があるのか。まずはその源泉を紐解くために、幼少期に熱中されていたことから教えていただけますか?
森:私は小学校の頃から、本、映画、音楽という3つの世界に没頭してきました。その習慣は、今でも私の生活の軸となっています。
左:幼少期から、自分と向き合うための時間を持たれていたのですね。具体的にどのような作品が、森さんの感性を形作ってきたのでしょうか。
森:本でいえば、小学校高学年から中学時代にかけて「世界文学全集」を読み漁っていました。パール・バックの『大地』や、ヘミングウェイの『老人と海』などは非常に印象に残っています。映画も両親の影響で早くから親しみ、一番好きな作品を挙げるなら『ゴッドファーザー PART Ⅱ』ですね。音楽は祖父の影響で、小学生の頃からクラシック音楽を聴いていました。
左:小学生でクラシック音楽に浸り、中学生でヘミングウェイを読み耽るとは……驚きです。かなり早熟で、濃密な内省の時間を過ごされたのですね。
森:それらの作品に触れるなかで、「なぜこの場面でこの表現なのか?」「なぜこの音が選ばれたのか?」と、表現の裏側にある意図や背景を自問自答する癖が、自然と身についていったのだと思います。
左:その「なぜ」と深掘りする探求心、そして作品を通じて培われた人間洞察の蓄積こそが、現在の経営、特に「人の心を起点にした事業づくり」という森永製菓の新たな挑戦に深く結びついているように感じます。

森:もともと研究所にいた頃の私は、いわば「モノ(物質)」としての科学を突き詰めるのが仕事でした。しかし、当社が2030年に向けたビジョンとして「ウェルネスカンパニー」への変革を掲げるなかで、社内ではある本質的な問いが繰り返されました。
「私たちが提供している本質的な価値とは何か」と。その議論が深まるにつれ、たどり着いたのが、おいしさの先にある「心の健康」への貢献だったのです。
左:物質的な機能価値を追求してきた研究者の視点が、今、体験や感情といった「情緒的な価値」という目に見えない領域へと、一気にフォーカスを広げられたのですね。
森:最近では脳科学やAIの進化によって、これまで曖昧な領域だった「感性」を科学的に研究できるようになりました。例えば「ハイチュウを噛むと幸せな気分になる」という主観的な感覚を、いかに客観的なエビデンス(証拠)として可視化できるか。
ウェルネスといえば「体の健康」に目が向きがちですが、食品メーカーである私たちは「心の健康」にも真摯に向き合わなければならない。現在は心理学的なアプローチも含め、そのメカニズムを研究対象にしています。
左:森さんは農学部を卒業され、森永製菓に入社後は研究所に勤めていらっしゃいました。当時から「人の心」という領域にこれほど深い関心をお持ちだったのでしょうか。
森:当時はそこまで自覚的ではありませんでした。ただ、長年研究やマーケティングに携わるなかで確信したのは、経営においても、モノづくりにおいても、「論理的であること」と「感性的であること」の両輪が不可欠だということです。
優れたモノを作るロジックは当然必要ですが、それだけでは不十分です。そこには必ず、人を動かす「感性」という彩りがなければならない。かつて一人の世界で没頭していた本や映画、音楽を通じて培われた「感性を尊ぶ視点」は、今の仕事への考え方にもつながっていると感じています。
「異質な個性の掛け合わせ」が、イノベーションの源泉に

左:森さんは、「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」を単なる「人事的な施策」の一つとしてではなく、「経営方針そのもの」であると社員の方々に発信されていますね。
森:私の根底には、もともと「人が好き」というシンプルな思いがあり、一人ひとりの異なる個性を尊重したいという気持ちをずっと抱いてきました。森永製菓グループでは、D&Iの本質を「一人ひとりの個を活かす」と定義しています。それは、変化の激しい時代において持続可能な組織であるために、欠かせない条件だと考えているからです。
同質の人間ばかりが固まった均一な組織からは、新しいものは生まれません。いかに異質な存在が入り込み、異なる視点が混ざり合うことで、これまでにない価値を創出できるか。この多様性こそがイノベーションの源泉であると、私は確信しています。
左:その確信は、かつての研究所時代から、すでに胸の内にあったのでしょうか。
森:若い頃は、「ボーダレス」という言葉を使っていました。例えば、特定の技術に特化したチームに、あえて全く異なる専門性を持つ人間を掛け合わせてみる。そうすることで、既存の延長線上にはない、新しいアプローチが生まれます。
組織はどうしても縦割りになりがちですが、その境界線を意図的に溶かし、「共創(共に創る)」の場をデザインすることこそが、私の役割だと思っています。
左:食品の研究所は女性も多く活躍されている場だと思います。森さんは当時から、ライフイベントに伴う女性のキャリア継続についても意識を向けられていたのでしょうか。

森:私たちの若手時代は、結婚や出産といったライフイベントを機に、どれほど優秀な方であっても家庭に入り、第一線を退くのが当たり前の光景でした。共に切磋琢磨してきた仲間のキャリアが途切れてしまう現状を目の当たりにして、当時から「これは組織にとっても、社会にとってもあまりにも大きな損失だ」という強い危機感を抱いていました。
左:その当時の思いが、後の研究所長時代の改革へとつながっていったのですね。
森:約10年前に研究所長に就任した際、かつて育児などの理由で一度退職された方々に声をかけ、再び研究所へ戻ってきてもらうための働きかけを行いました。
左:制度として個人の人生を支えるだけでなく、食品を創るプロフェッショナルとして「生活者としての視点」を持ち続けることが不可欠であるという、戦略的な判断も大きかったのでしょうか。
森:おっしゃる通りです。食品という存在は、人々の何気ない家庭の日常に深く、密接に関わるものです。だからこそ、商品を生み出す側には、自身の生活実感に根ざした多面的でリアルな感性が絶対に必要になります。
多様なライフステージや経験を経た人たちの視点が組織の中で交差することで、初めて私たちの目指す「心の健康」に深く寄与する商品が磨き上げられていくのです。
D&Iの実現は、私たちが企業としてイノベーションを生み出し続けるための、揺るぎない「経営の柱」そのものなのです。
心理的安全性が支える、忖度なき「健全な対立」の価値

左:森永製菓グループが目指す「ウェルネスカンパニーへの変革」を実現するためには、土台となる従業員の皆さんの「心の健康」が不可欠だと思います。この点については、どのようにお考えですか。
森:私たちのパーパスには、「世代を超えて愛されるすこやかな食を創造し続け、世界の人々の笑顔を未来につなぎます」とあります。人々に笑顔を届ける役割を担う私たちが、まず自分自身の笑顔を大切にできていなければ、その想いは本物にはなりません。
そのための具体的な指針として、ポジティブ心理学をベースに「心の健康」を6つの定義に落とし込んだ『こころく』を策定しました。
左:「心の健康」という抽象的な概念が言語化されたことで、従業員の方々のマインドセットにも変化が生まれているのではないでしょうか。
森:かつては「自分の目の前の業務が、どう心の健康に結びつくのか」を実感しにくい部分があったかもしれません。しかし今では、「この仕事は『こころく』の3番を体現しているね」というように、自分たちの仕事の意義を再確認する一助になったと感じています。
左: 興味深いのは、森さんが笑顔や心の健康を大切にしながら、一方で「健全なコンフリクト(対立)」も推奨されている点です。
森: 心理的安全性とは、単に「仲良く、穏やかに過ごすこと」ではありません。一人ひとりの個を活かすためには、上司の顔色を忖度せず、自分の考えを正直にぶつけ合える土壌が必要です。腹落ちして納得感を持って動くのと、モヤモヤを抱えたまま指示に従うのでは、その後の行動の質が全く違いますから。
その土台づくりとして、最近「プロフェッショナルとしての『さん付け運動』」を始めました。
左:マナーや親しみやすさのための「さん付け運動」ではなく、「プロフェッショナルとして」という冠をつけた意図を教えてください。
森:役職で呼ぶのをやめ、上司も部下も互いに「○○さん」と呼び合う。これは、相手を一人の自立したプロとして尊重するという「宣言」です。呼ぶ側は敬意を払い、呼ばれる側はその名に恥じぬようプロとして振る舞う。こうした日々の積み重ねこそが、健全な意見交換を支える真の心理的安全性を作ると信じています。
最近では社員から「会議の冒頭に『今から健全なコンフリクトをします』と宣言すると意見が言いやすい」といったユニークなアイデアも出てきているんですよ。

左:「健全なコンフリクトの宣言」はたしかに面白いですね! あえて言葉にすることで、心理的なハードルが下がりそうです。また、森さんが社長就任時に発信された最初のメッセージが「笑顔であいさつをすること」だったというのも、シンプルですが、組織の根幹を突く本質的な一歩だと感じました。
森:実は、メッセージを出すときは少し悩みました(笑)。あまりに当たり前すぎて、照れくささもありましたから。
しかし、「世界の人々の笑顔を未来につなぐ」というパーパスを掲げる以上、まずは目の前の仲間に笑顔で向き合うことがすべての起点になる。徹底し続けることが実は一番難しいですが、大切なことだと思っています。
ライバルとの境界を超える「共創」が、一社では届かない価値を生み出す

左:今後の事業開発において、森さんが特に重視されている戦略的なアプローチはありますか。
森:私が社内で繰り返し伝えているのは、「両利きの経営」です。強みである既存事業の深掘りと、未知の領域を拓く新規事業の探索。この両輪がバランスよく回ってこそ、持続的な成長を遂げることができます。その実現のために大切にしているのが、「正しくリスクを取って挑戦する人を、組織として応援する」という姿勢です。
左:歴史ある大企業であるほど、リスクを取った挑戦者を正当に評価し支え続けるのは、難易度の高い課題ではないでしょうか。
森:ですから、私は新規事業を「既存とは完全に切り離されたもの」とは定義しないようにしています。日々の業務を深掘りするプロセスで見つけた「別の可能性」に対し、まずは小さく、スピーディーに打席に立ってみる。こうした「現在の延長線上から踏み出す新しい一歩」もまた、価値ある挑戦です。誰もがチャレンジしやすい空気感を組織の中に醸成したいと考えています。
左:挑戦を後押しするための、具体的な仕組みについても伺えますか。
森:アイデアの公募制度や、技術起点の「未来価値創造センター」など、複数のアプローチがあります。また、自社のリソースだけで完結させるのではなく、外部の知見を掛け合わせる「共創」も重要な鍵です。その象徴的な試みとして、2023年には、同業であるカルビー株式会社との共創プロジェクトを始動させました。
左:ライバル同士が「競い争う」関係を超えて、手を取り合い「共に創る」へとシフトする。これは、業界全体の健やかさを育む、現代的な連携のあり方ですね。
森:私たちの強みと、パートナーの強み。それらを補完し合い、境界を超えて混ざり合うことで、一社では到達できなかった高い価値が生み出せると確信しています。

左:組織がトップダウンの指示を待つのではなく、自発的に動き出す「自走」の状態へと向かうために、リーダーとして「任せる」ことと「導く」ことのバランスをどう捉えていますか。
森:経営の最大の役割は、「目的」を深く、正しく浸透させることです。向かうべき目的地さえ明確であれば、そこに至るプロセスは、一人ひとりが自分自身で描き、行動できるようになる。それが積み重なることで、結果として「全員経営」が実現していくのだと考えています。
左:若い世代の感性も「自走」を加速させる大きなエンジンになりそうですね。
森:大いに期待しています。ビジネスの経験値では私たちが勝るかもしれませんが、デジタル活用や新しい時代を捉える感覚は、デジタルネイティブ世代の方が優れているでしょう。互いの強みをリスペクトし合い、若い世代が主体的にアイデアを出せる組織であり続けたいですね。
「廊下の立ち話」から生まれた学びの場。自律した個が描く、キャリアの未来
左:新入社員や若手社員がいかに「やりがい」や「成長感」を見出していくかは、多くの企業が直面している課題です。森永製菓では、この問いに対してどのようなアプローチを取っていますか。
森:2023年に始動した『CO-MORI CAMPUS(コモリキャンパス)』という学びのプラットフォームがあります。会社が用意したメニューをただ受動的にこなす場所ではありません。社員自らが講師となり、自分の知見を企画・発信して仲間と分かち合う、まさに社内での「共創」を体現する仕組みなんです。
左:実際にどのようなコンテンツが、社員の方々の手によって共有されているのでしょうか。
森:チョコレートに造詣が深い研究員による専門講座や、社長賞を受賞した社員がその試行錯誤の裏側を語るドキュメンタリーもあります。さらには、子育て中の社員や新入社員など、異なる立場の社員を一人四役で演じ分けながら制作した動画では、それぞれの年次で生じやすい悩みに対して、ポジティブ心理学の視点からの向き合い方を解説しています。
左:人事部がトップダウンで作り上げた教育プログラムではなく、社員の皆さんが「伝えたい」という熱量を持って自発的に発信されている。そのプロセスそのものが素晴らしいですね。
森:実はこの『CO-MORI CAMPUS』、もともとは3人の従業員が「廊下の立ち話」で盛り上がったアイデアからスタートしたんです。自分たちが欲しい場所を、自分たちで作る。まさに「自律」と「共創」の精神が、自然発生的に形になったものだと思っています。
左:まさに組織が内側から突き動かされていく、理想的な「自走」の姿ですね。
森:加えて、各部署が「うちは今、こんな面白いことをやっている」とアピールする紹介コーナーもあります。それを見た社員が「今の仕事も充実しているけれど、あの部署の挑戦にも加わってみたい」と、自身の可能性に自発的に関心を持つきっかけになっているんです。
さらに、自分が今後どのような領域で力を発揮したいかをダイレクトに表明できる「自己申告制度(PRシート)」も整えています。「自分のキャリアは自分で決める」という自律的な姿勢を、会社として全力でバックアップしたいと考えています。
左:組織の垣根を越えて情報が巡る「透明性」と、小さな挑戦を面白がる「メンタリティ」。自分が好きなこと、やりたいことを表明し合える環境は、組織の心理的安全性をより強固にさせますね。
最後に、森さんご自身の「ウェルビーイングな瞬間」についても、ぜひ伺わせてください。

森:私は7年ほど前からヨガを続けています。きっかけはぎっくり腰の改善でしたが、続けていくうちにヨガ哲学が説く「心と身体のつながり」に、深い共感を覚えるようになりました。
左:経営という激務の日々の中で、どのようにヨガの時間を取り入れられているのでしょうか。
森:週に数回、自宅やジムで行うほか、実は社長室にもヨガマットを常備しています(笑)。呼吸と動作を一体化させ、外からの雑音を遮断して、自分の状態に集中する。この「心身を整える静かな時間」があるからこそ、常にフラットな状態で、真摯に経営に向き合えているのだと感じます。
左:社員の学びを支えるプラットフォームから、社長室のヨガマットまで。すべてのお話が、「心の健康」という一本の線でつながったように感じます。森さんの「徹底したロジック」と「しなやかな感性」が共鳴する経営のあり方こそ、これからのウェルネスカンパニーが進むべき道標なのだと確信しました。本日は、未来に向けた示唆に富む素晴らしいお話をありがとうございました!



1984年、岐阜大学農学部を卒業後、森永製菓株式会社に入社。ヘルスケア事業部長、健康事業本部長、研究所副所長、研究所長を経て、2019年に取締役上席執行役員に就任する。2023年より取締役常務執行役員を務め、2025年より現職。
https://www.morinaga.co.jp/