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世界の貧困層14億人にウェルビーイングをもたらす。「インパクト投資」という新しい金融の仕組み〈インパクトサークル〉

世界銀行によれば、銀行口座を持たない低所得層は世界に約14億人。そうした低収入で資産を持たない人に融資はしない――そんな既存の金融機関の姿勢に疑問を持ち、本当にお金を必要とする人のために投融資ができる仕組みをつくろうと「インパクト投資」に取り組むのがインパクトサークル株式会社だ。同社では貧困削減と雇用機会創出をテーマにインパクト投資を行っている。誰もが簡単に投資ができ、また投資を受けられるための「インパクト投資DXプラットフォーム」の開発も急いでいる。

「過去の収入や実績にかかわらず、これから頑張る人を応援する」。そう語る代表取締役CEOの高橋智志さんは、この事業の本当のゴールとは、貸付先にウェルビーイングをもたらすことだと断言する。

強い志を持って事業に挑む高橋さんに、Wellulu編集部プロデューサーの左達也が話を伺った。

 

高橋 智志さん

インパクトサークル株式会社 代表取締役社長/CEO

貧困削減を実現する金融包摂型FinTechスタートアップであるGlobal Mobility Service株式会社の創業メンバー。取締役事業本部長として、ASEAN各国および日本国内における事業開発や、エクイティ資金調達を統括。社会に必要不可欠なインパクトを創出する事業へ投融資が行き渡る仕組みを構築すべく、インパクトサークルを創業。一貫して金融包摂や貧困削減をはじめとするインパクト創出事業の開発・普及に尽力している。

左 達也さん

Wellulu 編集部プロデューサー

福岡市生まれ。九州大学経済学部卒業後、博報堂に入社。デジタル・データ専門ユニットで、全社のデジタル・データシフトを推進後、生活総研では生活者発想を広く社会に役立てる教育プログラム開発に従事。ミライの事業室では、スタートアップと協業・連携を推進するHakuhodo Alliance OneやWell-beingテーマでのビジネスを推進。Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。毎朝の筋トレとランニングで体脂肪率8〜10%の維持が自身のウェルビーイングの素。

金融の常識を変える「インパクト投資」で頑張りたい人を応援する

左:「インパクト投資」が世界でも注目されています。インパクトサークルではまさにその「インパクト投資」をグローバルに展開しているスタートアップと伺っています。

高橋:おっしゃる通りです。ただ我々は投資するだけでなく、「インパクト投資」を可能にし、社会に拡大していく環境づくりや仕組みづくりまで包括した事業を展開しています。

左:まず「インパクト投資」とは何か、少し噛み砕いて説明していただけますでしょうか?

高橋:「インパクト」とは社会課題解決と同義で使われる用語です。ですから、社会課題の解決を目的に投資するのがインパクト投資です。私がなぜそのような事業をはじめたのかご説明する前に、私のキャリアについて簡単に紹介させていただきます。

私はこの10年間、Global Mobility Service株式会社というフィンテックの創業メンバーとして、日本とフィリピン、カンボジア、インドネシアといった国々の事業開発の担当取締役と、資金調達担当役員を務めていました。ローンが使えたら就業機会が得られたり、収入を上げられたりできるのに金融サービスが使えなくて困っている人へ、ローンを使えるようにする仕事をしていました。

左:事業開発と資金調達の2つの分野でマネジメント経験をお持ちなのですね。

高橋:はい。その両面から貧困層の方々も受けられる金融サービスを実現するFinTechサービスを手がけていました。そしてこの仕事を通じて、銀行口座を持っていないアンバンクド層には、投資がまったく行きわたっていないことをあらためて知ったのです。

左:前職ではどれくらいの規模で貧困層向けの投融資を展開されていたのでしょう。

高橋:貸付件数で約2万件、総額では200億円弱です。というと、それなりの規模のように思われるかもしれませんが、世界銀行の調べによると金融サービスを受けられない人の数は、世界で14億人ほどいます。仮に全員に10万円を貸し付けたとしたら140兆円です。2万件、200億円程度など焼け石に水ですよね。なぜこの規模で止まってしまうのか……。それはやはり既存の金融機関の意思決定に、社会課題解決(インパクト)が組み込まれていないからです。

左:マイクロファイナンスの貸倒率は極めて低いことが知られています。金融機関の理解もそろそろ進んでもよさそうに思いますが。

高橋:貧困層を対象に少額融資をするマイクロファイナンスの貸倒率は1%にも満たないレベルのものが多く、かたや金利は10%、20%が見込めますから投資商品としても決して悪くありません。ですから、私もそうした仕組みをつくって金融機関に提案していたのですが、「なぜ(銀行口座を持たない)アンバンクド層に、バンクが融資しなければならないのか」と一蹴されていました。

「貧困削減」や「就業機会創出」のために、と説明しても「それは関係ないよ」でおしまい。金融機関が従来の考え方を変えない限りいつまでたっても、本当にお金を必要としているところにはお金が回らないのです。金融サービスが届く投資可能な対象層を「投資ユニバース」と呼びますが、貧困層は投資ユニバースに入っていません。そのような状況を見るにつけ、過去の収入や資産にかかわらず、これから頑張ろうとしている人を応援する金融の仕組みをつくりたいと思い、この会社を立ち上げました。

未来のインパクトを与信に組み込む

左:続いてインパクトサークルが進めている事業内容について教えてください。

高橋:我々は事業者様と金融機関との間に立って、金融サービスを必要とする貧困層の方々に就業機会をもたらす業務開発と、その事業に必要な資金を得るための「インパクト投資」のインパクト可視化を実現するプラットフォーム構築を行っています。そのためにインパクトをより正確に、丁寧に測定してデータを収集し、それを可視化して投資家にリターンとして渡すためのノウハウと技術を開発中です。

図A

先ほども触れた通り、我々と既存の金融機関との最大の違いは、投融資の意思決定にインパクトを含めるところです。下の図Bをご覧いただきたいのですが、現在の金融機関は青い矢印で描かれた「リスク」と「経済的リターン」の2軸で融資の意思決定をしています。我々はそこにオレンジ色の矢印で描いた「インパクト」という軸を加え、3軸のバランスで意思決定をします。これを「インパクト与信モデル」と呼んでいます。

図B

左:3軸のバランスで考えるということは、インパクトだけで判断するものでもないということですね。

高橋:インパクトだけで決めるのでは、NPOや行政サービス、寄付の領域と重なってきます。我々はあくまで事業会社ですから、当然「リスク」と「経済的リターン」が極端に低い案件は手がけられません。ただその2つの要素が満点でなくても、それを埋め合わせるだけのインパクトが見込めるなら投資対象にする、ということ。わかりやすくいうなら、過去に頑張ってきた人だけでなく「これから頑張る人」も応援する仕組みなのです。

左:与信の部分以外にも金融機関との違いはあるのでしょうか。

高橋:それが事業開発への取り組みです。たとえばそのひとつが「ラストワンマイル」の配送ドライバー就業機会の創出です。今、日本では配送ドライバーの人手不足が深刻化しています。私たちの試算では、いずれ荷物の3つに1つが届かなくなることがわかっています。一方で、相対的貧困層が2,000万人にも達しています。もしこの人たちが配送用車両を1台持っていれば、月40~50万は稼げます。それなら月5万円のローンも払えるでしょう。しかも「ラストワンマイル」の配送ならドライバー歴を問わず今日からはじめられます。

そこで貧困層の人に配送用車両の購入代金を貸し付け、一方で物流会社と提携して月に数十万円を維持することを条件にドライバーを雇ってもらうという事業モデルを手がけています。これによって配送用車両の台数分の人が貧困生活から抜けだせて、なおかつドライバー不足も解消するという、ダブルの効果が期待できます。

もうひとつ例をあげますと、フィリピンで2022年の台風で船が流されてしまい、収入の道が絶たれた漁師に、ホンダ製のエンジンをつけた小型ボートを提供する事業を行っています。これまでに1つの島で100隻のボートを提供し、島の漁が復活しました。このように貧困者のための就業機会創出の事業開発も行っています。これらの事業開発や就業環境づくりは、金融機関ができないところですから、我々の特異性になっています。

インパクトを可視化する仕組みを独自開発し、ウェルビーイングな投資に繋げる

左:事業を伴う金融機関というのは新しい分野ですね。一方で出資者の獲得はどのようにしているのでしょうか。

高橋:まさにそこが私たちの事業の肝です。そもそもインパクト投資でもっとも重要なことは、そのインパクトが魅力的なものかどうかというところです。投資家の方々はお金の「使われ方」を重視する傾向が強まっています。「意味のあること」にお金を使ってもらいたいのです。2020年の時点で世界のESG投資の投資残高が35兆3,010億ドルまで膨らんでいるのも、そのひとつの表れです(GSIA調査)。ところがESG投資によって創出されたインパクトの正確なデータを明示している金融機関は、世界のどこにも見当たりません。

左:企業が発行する統合報告書などにはESGの取り組みとその効果について記載されてはいますが、その精度や品質はばらばらですね。

高橋:実態としてESGやSDGsに関する投資は、ただラベルを貼っただけに過ぎないものが多くて、インパクトは曖昧なままです。「これだけのことをやりました」と企業が自己アピールをしているだけで、その根拠は統計データをもとに類推しただけというケースも多い。はっきり言って調査の仕方もわかっていないのが実情です。結果的に、統合報告書もサステナブルレポートもインパクトレポートも見分けがつかない状況です。

左:使い方にこだわる投資家は、せっかく投資したお金がどれほどの社会課題解決に役立てられたのか、どれだけのインパクトを生んだのか知りたいはずです。

高橋:まさにそこがインパクト投資の最大のネックになっています。現在、インパクト投資は3兆円規模といわれますが、そのうちの大半はESG経営の評価のための標準的なインパクト測定のフレームであるIMMで算定されていますが、調査によるものではなく、実態とかけはなれています。純粋にインパクト投資といえるのは、その何分の1に過ぎないでしょう。

そこで今、私たちが力を入れているのが、「インパクト可視化」の仕組みの開発です。ひとつの投資によって、どのようなインパクトが生まれたのか、どこの誰にどのようにお金が使われてどう生活が変容していったのか、というところを定量面だけでなく定性面においても伝達効率高く表現する仕組みを蓄積しているところなのです。ここでいう「定性面」というのが、貸付先のウェルビーイングにあたるところです。

投資を受けた人のウェルビーイングに繋がっているかどうかまで細かく調査し、それを可視化する。さらにはわかりやすく表現するレポーティング技術も開発しています。この技術を駆使して、投資家が自分のお金がどんな社会課題に繋がったのか、確実に正確に、一目瞭然にわかるレポートを投資のリターンとして投資家にお渡しする、そういう仕組みを開発しています。

左:投資のリターンに、ウェルビーイングの要素を調査・可視化して盛り込んでいるとは驚きましたね。

高橋:ウェルビーイングが生まれないものは、本質的にはインパクトではないと私は考えています。そもそも投資家にとって「インパクト投資」の魅力は、誰かのウェルビーイングに役立ったことをリアルに実感できることにあります。そこが実感できれば、再投資につながります。したがって私たちが対象にする投資家の方々は、人類のウェルビーイングに貢献することを喜びとしていただける方々なのです。

左:なるほど、リアルに効果を伝えることが、投資家のウェルビーイングに繋がると。そして商品の魅力を大きく左右する要素が「インパクト可視化」なのですね。

高橋:ただ残念ながらウェルビーイングという言葉は、まだ表立って使えていないのが実情なんです。私自身、各種資料にこの文言を盛り込みたいところですが、それだとNPOと同等に見られ、社会貢献活動だと誤解されてしまうのです。

左:ウェルビーイングの普及を推進するメディアを運営する僕らが、もっと頑張らなければと思うばかりです。

共感から広げる協働体制で世界14億人、140兆円市場を掘り起こす

高橋:あらためて言いますと私たちが提唱する「インパクト可視化」の仕組みは、我々だからこそ実現できるものです。マイクロファイナンスという仕組みを生み出した、グラミン銀行さんでさえ完全には可視化をすることはできていません。事業開発を通じて現地のサービスをつぶさに見て、なおかつ投資家の方々とも繋がっていて直接声を聞くことができるのは、我々のほかに見当たりません。私たちは現場でデータはとり放題だし、どのようなデータを投資家の方々が欲していて、そのためにどのようなデータを集め、どのような提示の仕方をすれば再投資に繋がるのかといったデータも詳細にとれます。だから「インパクト可視化」のシステムがつくれるのです。

左:まさにそこがインパクトサークルのオリジナルなのですね。しかしどの金融機関もできなかった地道な現地調査を要し、さらにデータ分析とシステム化、レポーティングまでを見据えたプラットフォームを開発するとなると、事業的には労力もかかっていそうですね。

高橋:今はそこに資金やその他のリソースを集中しているところです。しかし「インパクト可視化」の方法や技術を確立してしまえば、投資ユニバースに入っていない14億人、140兆円の市場を一気に掘り起こせるはずなのです。その1%を獲得するだけでも1兆円強の規模ですから、スタートアップとしては狙うに値する領域です。

左:具体的に事業はどのように進めているのでしょうか。

高橋:スタートアップはスピードが命ですから、今は三井住友海上火災保険さんとの資本提携ほか大手金融機関さん等との連携を通じて、各社の多彩なデータや幅広いネットワークを駆使して事業化を進めています。まずは成果が見えやすくて収益に繋がりやすい、ラストワンマイル配送用車両や小型船などの「もの」を媒介にした事業に絞って事業化を進めています。

左:さまざまな投資家情報を保有する金融機関や、ありとあらゆる事業者と付き合いのある損保と提携しているからこそ、テンポよく進められるのですね。

高橋:提携企業様には我々の考えに共感していただき、またインパクト投資の将来性にも期待を寄せていただきながら、しっかりと協働体制を作っています。

ゴールは人間の基本的価値観を大切にすることが当たり前にできる、ウェルビーイングな社会

左:「貧困削減」と「就業機会創出」というテーマで、今後有望だとお考えの事業領域がほかにあれば教えてください。

高橋:大きく3つありますが、まず1つ目は途上国における1次産業です。特にフィリピンでは米農家が多いので、農業に注目しています。2つ目は教育関連事業です。たとえばリスキリング分野ですね。シングルマザーがプログラミングを学び、より時給の高い仕事に就けるように、教育プログラムとパソコンの購入資金などをローンにして提供するといった事業プランも進めています。そして3つ目が、やはり教育ローンです。奨学金制度があるとはいえ、それを活用できない層はたくさんいます。もっと子どもに寄り添う新しい教育ローンの開発も手がけています。

左:ここまで事業について詳しく伺ってきましたが、高橋さん個人にとってウェルビーイングを感じるのはどのような瞬間ですか。

高橋:私個人のウェルビーイングですか……。やはり子どもと過ごす時間ですね。4歳と2歳の男の子がいますが、一緒に過ごしていると心の充実感というか、精神的な満足感を感じます。それって我々がインパクト投資で投資先に提供したいものと一緒なんですよね。投資先がウェルビーイングを感じられるような、余裕ある生活を投資によってつくりだすのが我々の目標です。心の満足や充足が抜けていては、稼げるようになってもらっても意味がありません。

フィリピンの貧困層の人たちを見ていると、彼らは多くの収入を稼ぐことを一番の目的にはしていません。収入はそこそこでも食料の心配もなく、家族と一緒に暮らせているのが何より豊かなことなのだと考えています。私はそれでいいと思っています。こういう心の豊かさを提供するインパクト投資は、いいインパクト投資だと思っています。数字だけで結果を伝えるインパクト投資は、我々の目指すところではありません。

左:心の豊かさを提供するインパクト投資を通じて金融のあり方を変えたい一心で、事業を進められているのですね。

高橋:変えたいというより、人間の基本的な価値観を、大切にしない社会はおかしいという気持ちです。金勘定だけで考える方がおかしいと思いませんか。数字より心の豊かさを大事にするのは人として当たり前のことであって、我々は当たり前が当たり前として語られる社会の到来を、少しでも早めようと事業を行っています。

とはいえ、ビジネスのEXITを作るのも私の経営責任ですから、当面は「インパクト可視化」とともにインパクト投資のDXプラットフォーム構築を目指すのみです。そもそもインパクトを可視化できない状況では、私たちが目指す世界に変えられるはずもありませんから。

左:高橋さんご自身が個人のウェルビーイングを大切にしているからこそ、ビジネスを通じて世界の人たちにそれを提供しようとされていることがよくわかりました。本日はありがとうございました。

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