
今回Welluluが取材したのは、2024年11月12日に開催された、一般社団法人日本広告業協会(以下JAAA)DE&I委員会が主催するイベント「DE&Iクロストーク」。テーマは「広告×メディアのみんなで考える、私たちを取り巻くジェンダーの課題」。
「DE&I」(Diversity=多様性、Equity=公平性、Inclusion=包摂性)の推進は、世界的な社会課題のひとつとして各業界で高い関心が寄せられている。社員のウェルビーイングとも強いつながりを持つ「DE&I推進」への取り組みは、企業にとってさらに重要なキーワードになっていくだろう。
今回は当イベントで登壇した、元AERA編集長であり、様々なメディアで活躍するジャーナリストの浜田敬子さんのキーノートセッションと、広告業界各社が抱えるDE&I推進の課題について議論を重ねたクロストークセッションの様子をレポートする。
他の業界と比べても後れをとっているという広告・メディア業界各社が集い、ジェンダーギャップの現状について、様々な意見交換をおこなった。

JAAA(日本広告業協会(Japan Advertising Agencies Association))DE&I委員会
多様な人たちに触れる業界だからこそ。送り手である私たちが、確かな知識とスキル、自らの変革を

初めに登壇したのは、JAAA DE&I委員長である口羽敦子さん。委員会の活動と広告会社におけるDE&I推進の重要性について説明した。
口羽:JAAA DE&I委員会は2022年の8月から活動を開始しています。広告主要会社からメンバーが集まり、これまで様々な企画を実行してまいりました。メディア・広告業界である私たちがDE&Iを推進していく意義は大きく2つあると思います。
1つ目は、私たちが発信する情報とは、多様な人たちに触れるものだということ。決して誰かを傷つける内容であってはいけないと思います。そのためにも、私たち送り手側が、必要な知識とスキルを備えていかなければなりません。
2つ目は、ポジティブな側面として、私たちが生み出すコンテンツや情報は社会の価値観を変えるパワーを持っているということです。今回のイベントをスターティングポイントに、新しい価値観でよりスピーディに社会を変えていけるよう、一人ひとりが何かを持ち帰っていただけると幸いです。
まず共通認識として、広告・メディア業界の多様性データの現状をご紹介します。JAAA会員社・メディア各社における多様性には、大きな差があることがわかると思います。
口羽:「女性管理職比率」でいうと3割を超えている会社がある一方で、一桁の会社もあり、大きな課題が残されています。また「男性労働者の育児休業取得率」は、広告各社が6〜7割程度、メディア各社では7〜8割を維持しており、各社がそれぞれに施策に取り組んだ成果を感じます。
本イベントを、お互いにDE&I推進のヒントを共有し、発見や学びをたくさん得られるような、有意義な場にしていきましょう!
大きく遅れている広告・メディア業界のDE&I推進。鍵は意思決定層の多様化
続いて、浜田 敬子さんによるキーノートセッションが始まる。テーマは「なぜ組織にダイバーシティが必要なのか ―意思決定層に女性を増やすためには―」。
浜田さんは日本がこれから人材不足・労働力不足の時代を迎えるにあたって、「女性やあらゆる人を活用しなければ、日本の競争力はさらに落ちていくでしょう」と警鐘を鳴らす。
男女の賃金格差や女性の管理職比率の低さは、海外では「人権・倫理感の問題」として捉えられ、企業としても大きなリスクになりかねないという。日本のジェンダー平等への取り組みが遅れているのは「企業の競争力」「人権・倫理観」という2つの本質的な理解が進んでいないことが原因なのだ。
国内広告・メディア業界は、他業界と比較してもさらに遅れているという。その理由として、「国内に閉じており、投資家など外部からのプレッシャーが少ない」「時間かけないといいコンテンツができないという思い込み」「意思決定層の年齢が高く男性に偏っている」の3点が挙げられるだろう。
特にギャップが大きい「女性管理職比率」を上げていくにはどうすればいいのだろうか。浜田さんは「作られた能力格差の解消だ」と話す。
多くの企業で両立支援の制度があるが、これらを使っている99%は女性。「女性のための制度ではないのに、当事者も上司も会社も、強いバイアスがかかっている」。これらのバイアスが、復帰後のキャリアなど能力格差につながっているのだ。
「多くの人に影響を与える広告・メディアだからこそ、中から大きく変わっていくべき」というメッセージと共に、浜田さんのキーノートは終了した。
ディカッション① 広告・メディア業界における推進にあたってのバリアとは
キーノートセッションの後は、参加者たちによるクロストークセッションへと進む。4〜5名の7グループに分かれ、各テーマ20分の白熱したディスカッションが行われた。
クロストークのテーマは以下の2つ。
1.あなたの会社のDE&I推進のバリアは?
2.意思決定層のジェンダーギャップを埋めるには?
まずは1つめのテーマ、「DE&I推進のバリア」について、議論の内容を見ていこう。
大きな課題として挙げられたのは、「女性役員がそもそもいない」「役員に上げることに難しさがある」という意見。意思決定権を持つ役員が全員男性であり、DE&I推進そのものがいまだ腹落ちしていないのだという。
しかし、「3割の女性管理職比率」というのは、集団の中で意思を伝えるための“最小”の割合だ。1人、2人の女性管理職がいればいいというものではなく、さらに割合を高めていくことが各企業には求められている。
他にも「グループの親会社から来る役員も全員が男性で、個社だけでは対処が難しい」「DE&I部門には女性しか配属されない。DE&I=女性を昇進させることだと浅くとらえているのでは」「自分は今40代だが、その世代からようやく結婚・出産を理由に会社を辞めるという文化がなくなってきた。自分よりも上の世代は、ほぼ全員が退社している」など、それぞれが現場で感じている“生の声”が飛び交っていく。
DE&Iの推進は、女性管理職比率を増やすことだけが目的ではない。しかし、経営の議論の場において同質性が高いことはメディア・広告業界の喫緊の問題だといえるだろう。評価や登用などの制度設計の場面でも、多様な視点を入れることで気づくことも多いはずだ。
議論はさらに進んでいく。
もう1つの課題として挙げられたのは、女性側のキャリアの選択肢として「管理職」が選ばれないということ。特に、広告やメディア業界は夜打ち朝駆け、コンテンツをつくるためにはハードワークをいとわないという慣習がいまだ根強く残っている。同じ女性でも、その志向は多種多様だ。アグレッシブに仕事をしていきたい人もいれば、仕事量を抑えつつ家庭と両立したい人もいる。「しかし『女性だから』『育休から復帰したばかりだから』といった過度な配慮により、業務アサインも制限されると感じることも多い」という。また、女性側としても、過酷な労働環境から「私にはできない」とキャリアをあきらめてしまうことも少なくない。
2020年代になり、女性の産休・復帰は当たり前の時代になってきたものの、いまだその後のキャリア形成を後押しする制度は少ない。そのような環境の中では「インポスター症候群」に陥り、自分を過小評価してしまうことで「管理職」というキャリアアップに踏み切れない女性も多いだろう。企業とっては、結婚・出産や子育てなどのライフイベントを考慮しながら、女性のキャリアパス形成に向き合い、長期の視点で考えていくことが重要なのだ。
ディスカッションの後には、それぞれのグループが議論の内容を発表する場が設けられた。
あるグループの発表でマイクを取ったのは、育児休業取得窓口の担当者。自身に2人目の子どもが生まれ、男性の育児休業を取得したときの経験を語ってくれた。育休からの復帰時に強く感じたのは、「もっと働きたい」という想い。それと同時に「女性の中には、同じ思いを持っている人も多いんじゃないか」「母親になった社員たちのキャリアの夢を犠牲にしているのではないか」と気づかされ、男性の育児休業取得の推進と向き合っているという。
「女性」がテーマになりがちなDE&I推進。しかし男性が育児休業を経て、マネジメントする立場になっていくケースも増えつつある。女性や、育休取得経験を持つ男性が管理職に就き、当事者意識がある上長が増えることで、制度利用のバリアは取り除かれていくのではないだろうか。逆にいえば管理職の人間は、育児休業取得経験がないことが制度利用のバリアになってはならない。男女に限らず、「働きやすさ」を見直していく必要があるだろう。
社員一人ひとりが自分の幅を固定せずに、拡大していける風土かどうか。また「当事者」が声を上げ、「当事者以外」の人たちが共感・共鳴して一緒に声を上げていくことができるかどうか。「自分事」の範囲を広げることが、個人や組織を変革をしていく。個人が意識を固定してしまっては、「DE&I推進のバリア」になってしまうだろう。
ディカッション② 意思決定層のジェンダーギャップを埋めるには?
次に話し合われたのは、「意思決定層のジェンダーギャップを埋める方法」について。
意思決定層の理解を深めるためには、当人の「納得」か「体感」が重要だと議論が重ねられていく。ある会社は「特権を知る」という体感型のワークショップを役員層で実施し、自身の特権を可視化することで理解を浸透させたという。また、大きな事業成長を成し遂げている経営者の中で、自身もDE&Iにコミットしているようなロールモデルをピックアップすることで「納得」を促進させるため、スタープレイヤーに育児休業を積極的に働きかけ、取得してもらうことで、社内だけでなく経営層への注目を集めるなど、各社の様々な施策が共有された。
さらにハード(制度)とソフト(動機づけ)のバランスも重要だという。ある外資系の会社からは、明確な数値目標があっても「なぜそうするのか」という説明はされず、「海外では当たり前」というだけでは日本では現場の不満につながってしまうという意見も。
各社、悩みながらも取り組みは始まっている。広告・メディア業界は社会へ新たな視点をもたらしていく役割があるからこそ、自らが内側からアップデートを続けていく必要があるだろう。
大切なのは、「企業の成長」と「人材の成長」がセットで回り続けること。そのためには、企業がどんな時も、人的資本やDE&Iに力を入れ続けなければならない。その先にあるのは、社員ひとりひとりのやりがいが醸成され、自己肯定感が生まれ、生産性が高まり、仕事の「質」が高まっていく未来だ。その「質」こそが企業を持続的に成長させていくと考えて、長期的に取り組み続けることが重要である。

細谷:浜田さんのお話から始まり、2つのテーマについて議論させていただきました。今日の話を通して「多様性」、特に意思決定層の多様化が創造性を膨らませ、イノベーションを生み出す。さらに広告・メディア各社にとっても、多様なニーズに応えるための推進力になり得るものだと再認識することができました。
今回のイベントが広告・メディア各社が「DE&I」の推進に関する意見と情報を交換していくきっかけになればと思っています。本日はお集まりいただき、誠にありがとうございました。
広告・メディア業界各社が個人のエピソードも交えながら様々な意見を交換し、多くの共感を生み出したイベントは大盛況のうちに幕を閉じた。
撮影場所:UNIVERSITY of CREATIVITY
JAAAでは、SDGs、サプライチェーンである取引先との連携、従業員の働き方への配慮などのテーマについて、情報発信等を行ってまいりましたが、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包摂性)の推進も、取り組むべき主要な課題と捉えております。広告会社の多様性をより推進し、業界で働くすべての人が活躍できる環境づくりを目指し、2022年8月より 「DE&I 委員会」を設置いたしました。
最近は主に、DE& Iを取り巻く課題について、広告会社組織内のアンコンシャス・バイアス、意識風土などの改革を促す情報発信や、関係各所との意見交換等を行っています。
1.業界の成長(広告人全員活躍。多様性なくして中長期における成長はない)
2.生活者への責任(本業界の影響力を正しく把握した行動が求められる)
3.ステークホルダーへの説明(広告業界・各社への評価、レピュテーション)