「脱炭素社会」の実現。世界全体が取り組み始めたこの大きな課題に対して「脱炭素を、難問にしない」をミッションとして掲げる会社がある。
レジル株式会社は、2004年に国内初の「マンション一括受電サービス」を事業化し、その基盤を活かしながら事業領域を拡大してきた。2021年12月に代表取締役社長に就任して以来、社会課題の解決へと突き進む丹治保積さんが考える「無意識の脱炭素化」とは、どういうものなのだろうか。
レジル株式会社・丹治社長の原点と同社が向かうべき未来、「無意識の脱炭素」の考え方について、Wellulu編集長の堂上研が話を伺った。
丹治 保積さん
レジル株式会社 代表取締役社長
堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
経営を通じて育んだ「社会課題に対して抗う」という情熱
堂上:まずは丹治さんの人となりの部分をお伺いしたいと思います。幼少の頃から熱中していたことはありますか?
丹治:小学1年生から剣道を続けていました。きっかけは、小児喘息を患っていて身体が弱かったこと。心肺を鍛えるために剣道を始めたんです。最初は親からすすめられて「やってみようかな」くらいの感覚だったのですが、次第に勝負の世界が楽しくなり、熱中していきました。
堂上:剣道の腕前はどのくらいなんですか?
丹治:段位は三段で、全国大会にも出場しています。福島県の最優秀剣士賞もいただいたことがあるんです。始めた当初はいつも補欠で、試合に出れば1回戦負けだったので、継続は力なりですね。
堂上:それは凄いですね!
丹治:当時はちょっとだけ凄かったんです(笑)。
堂上:剣道で戦う精神を養って、会社経営に携わっていくまでには何があったのでしょうか。
丹治:元々、私の父親が個人事業を営んでいたのですが、その姿を学生の頃から見てきて、「一生懸命に働いているのに、生活が上向いていかない」という状況に対してずっと疑問を感じていたんです。「必死になって働いている中小企業の経営者たちを、どうしたら支援できるのだろう」という想いが芽生え、大学では経営工学を学びました。
その後、様々な会社で経験を積む中で、日本全国の中小企業がインターネットを通じて、世界で戦える商品を販売していく姿を目の当たりにしました。そこから、企業の成長を手助けすることこそが、私の価値なのではないかと思い始めました。
堂上:レジルは「結束点として、社会課題に抗い続ける」をパーパスとしていますが、この「社会課題に抗う」という想いを、丹治さん自身はどのように育ててきたのでしょうか。
丹治:入社当初は、会社の経営をどうしていくかに注力していました。正直に言って、当時は私自身、社会課題への意識は低かったと思います。
しかし、エネルギー関連の事業に取り組む会社として、脱炭素という社会課題は避けては通れません。「自社のサービスで何かをしなければならない」という社会課題に挑んでいく想いを、徐々に強く持つようになりました。
レジルが提唱する「無意識の脱炭素」という考え方
堂上:脱炭素は生活者から距離が遠く、行動に移せる人は少ないと思います。レジルは「脱炭素」についてどのように考えていますか?
丹治:脱炭素は非常に大きな社会課題ですが、個人がお金や時間などの負担を強いられると、長続きしないと思っています。そこで私たちが目指しているのは、「誰もが意識せずに社会課題を解決できる」仕組みづくりです。
便利で安心なサービスを提供して、生活者が日常的にそのサービスを利用する。それだけで、結果的に脱炭素に繋がっているような仕組みを構築したいと考えています。
堂上:なるほど。生活者は普通にサービスを使っているだけで、自然に脱炭素に貢献できるような社会になるんですね。
丹治:例えば、当社が一括受電の仕組みを活かして展開している「マンション防災サービス」は、マンションの受変電設備を当社資産の受変電設備に切り替えていただき、太陽光発電や蓄電池、EV充電設備等の分散型電源をマンション内に設置するものです。お住まいの方々には「防災」という観点で活用いただいているのですが、レジルはそれらのマンションに再生可能エネルギーを供給し、設備をAIを活用して制御しているため、知らないうちにエネルギーの効率的利用・環境にやさしい選択をしていることになり、結果的に脱炭素にも繋げられると思っています。
ユーザーの皆様には特別な労力や負担をかけることなく、日常生活の中で自然と脱炭素に貢献していただける環境を整えることが、私たちが目指す「無意識の脱炭素」の形です。
日本の電力を裏側から支える「黒子でありたい」。共創が生み出す新たな可能性
堂上:誰もが「意識せずに脱炭素を実現」していくために、レジルはどのような存在でありたいと考えているのでしょうか。
丹治:私たちは「黒子」でありたいと思っています。それは中央電力の時代から、脈々と引き継がれている想いです。
黒子というのは、「目立たない存在」という意味ではありません。誰かが何かを始めるときに、足りないものをすぐに提供できるような存在です。前社長の平野は、よく饅頭(まんじゅう)に例えていました。お饅頭で言うと、私たちは餡子(あんこ)。表からは見えなくても、一皮むけばレジルが出てきて、裏側で支えているようなイメージなんです。
堂上:レジルが「黒子」として、どんな企業、組織とパートナーを組んでいきたいのか、構想はあるのでしょうか。
丹治:脱炭素に関連する電力領域には、発電から、販売、制御、工事・保安まで、一連の流れがあります。そのパイプラインの全てを当社は事業として持っています。脱炭素を目指す企業や自治体の方々は、全てのパイプラインを持っているわけではないので、「足りないところをレジルで補って前に進もう」としてくれるような企業や自治体と組んでいきたいと思っています。
一方で、脱炭素に向けたサービスを想定すると、利益に結びつかない部分に関しても協力の輪を広げていかなければ、社会課題の解決は進んでいきません。近視眼的に、収益に関わる方だけとしかパートナーを組むのではなく、脱炭素のエコシステムに関係する方々と連携出来ればと考えています。例えば、本当に社会を変えていきたいと考えている「ベンチャー企業」や、エネルギー問題に取り組んでいる「大学や研究者の方々」と共創していくことで、さらなる可能性が生まれていくのではないでしょうか。
堂上:同じ想いを持った人たちが仲間になり、タッグを組むことで世界は広がっていきますね。
丹治:電力やマンション・共同住宅といったキーワードで、脱炭素に向けて何かをスタートするときには「まずレジルに声をかけてみよう」という土壌を作っていきたいです。
2004年にマンション一括受電サービスを開始して以降、レジルは「マンション」に特化した電力サービスを展開してきました。解約も20年でわずか1件とサービスに満足いただけています。
そのことから、今まで培った経験を活かすことで「マンション・共同住宅」や「電力」で何か困っている企業様に対し、レジルだからこそ提供できる価値が必ずあると思っています。
「無意識の脱炭素」の実現に向けた3つの事業。生活者が自然と社会貢献できる未来を
堂上:レジルは脱炭素という社会課題に挑むにあたり、現在どのような事業を展開しているのでしょうか。
丹治:レジルでは主に3つの事業を展開しています。その中でも今、特に力を注いでいるのがレジルの祖業であり武器である「分散型エネルギー事業」です。
具体的には、マンションや共同住宅に対して、レジルが無料で受変電設備を設置し、高圧電力を安価に調達・供給します。これを低圧電力に変換して各世帯に供給することで、マンション全体の電気料金を削減できるサービスです。また、現在は受変電設備の変更に加えて、蓄電池や太陽光発電システム、EVなどを設置し、AIで制御することで、マンションのレジリエンスを高める「マンション防災サービス」へと進化をしている最中です。昔からのサービスでもデジタルの力を加えることで、新たな価値を創出できたと思っています。
2024年9月時点で約2200棟(17.8万世帯)のマンションにサービスを展開していますが、より多くのマンションにレジルのサービスを提供していきたいですね。さらに、今後はマンションだけではなく、地方自治体などにもサービスを展開していこうと思っています。
そのほか、再生可能エネルギーを安定的に調達し、オフィスや工場などの脱炭素化を実現する「グリーンエネルギー事業」、先述の2つの事業で培った業務ノウハウやシステムをエネルギー企業向けに提供し、DX実現による業務改善をサポートする「エネルギーDX事業」も展開しています。
堂上:今後、「無意識の脱炭素」の実現に向けて、どのようなことを強化していこうと考えていますか?
丹治:主に3つの点で強化を図っていく必要があると思っています。
まず1つ目は、AIを活用したエネルギーの制御と分散型電源(蓄電池・太陽光発電システム)の設置です。電力は発電したタイミングで使用しなければならないという制約がありますが、蓄電池を導入することで「電力を溜める」ことができるため、この制約を克服することが可能になります。また、マンションの住人はライフスタイルが異なるため、電力を使う時間帯も違いますが、AIを使って建物内の電力需要や太陽光発電量を予測することで、エネルギーを無駄なく効率的に使うことができます。
2つ目は、再生可能エネルギーの調達を強化し、レジルが供給する電力全てを実質的に再エネ100%にすること。長年培ってきたエネルギーの調達力とビジネスモデルで実現していきます。
3つ目は、レジルのシステムを他社にも展開していくこと。私たちが開発した仕組みを、より多くのエネルギー企業に提供することで、脱炭素化を加速させることができます。すでにエネルギー関連会社向けにDX化支援を行っているため、その経験を踏まえて各社の課題にあわせた仕組みを提供することが可能だと思っています。
堂上:なるほど。分散型電源がレジルの仕組みで展開されることで、需要家が各地に分散する状態になるんですね! 分散した需要家の電力が再生可能エネルギーに置き換わることで、「脱炭素」を実現できる社会に大きく近づく気がしました。
丹治:電気を制御する、電気を送る、仕組みをつくる。これら3つの要素が揃えば、「分散型エネルギー社会」の実現に大きく近づきます。これは私たちにしかできないことだと思います。
2050年を見据えて「クライメートテック」として生活者と社会課題に向き合う
堂上:今後、レジルとしてどのような企業を目指していきたいと思っていますか?
丹治:私たちは2023年9月に社名を変更するまで「中央電力株式会社」として、一括受電サービスを提供していました。電気を売ることにこだわり、その領域でしか仕事をしてこなかった経緯があります。
電力を提供するだけでは、2050年までの約30年を生き残れないと考え、電力を通じて社会課題を解決するという想いで「レジル株式会社」に社名を変え、「クライメートテック(気候変動問題を解決するため、CO2排出量削減や地球温暖化対策に取り組むテクノロジー企業の総称)」として生まれ変わりたいと思っています。社名の由来には、社会課題に、抗い(Resistance)、回復する(Resilience)会社でありたいという想いが込められています。
レジルはマンション一括受電サービスを始めてから20年の間、土台を積み上げてきました。この基礎があるからこそ、次の30年で大きく飛躍して、さまざまなサービスを生み出し、ウェルビーイングな社会を創出していきたいですね。
堂上:最後に、丹治さんにとってのウェルビーイングに欠かせないものとは何でしょうか? 個人的にわくわくする時間は、どういったときですか?
丹治:つまらない答えになってしまうかもしれませんが、やはり私は仕事をしているときが一番楽しいんです。お客様が喜んでいる姿や、社員の成長を見るのが何よりも楽しく感じてしまうんです。
堂上:そういった利他的な精神は、ご両親からの影響だったのでしょうか?
丹治:本当に今まで生きている中で、お世話になって影響を受けている方は多いですね。父親は常に懸命に働いて、誰かのために生きているような人でした。また、母親は私の受験に影響がないように、病を隠しながら見守っていてくれていたんです。そのような相手を慮る(おもんぱかる)心は母から教わったと感謝しています。
堂上:そうだったのですね。相手のことを思いやることで、自分もより幸せに生きていけるということを教えてくださったのかもしれませんね。本日は、素晴らしいお話をありがとうございました!
下記記事では、丹治社長と宮田教授が考えるエネルギーの未来や脱炭素社会実現に向けたポイントを解説。詳しく知りたい人は記事を見てみよう。
1971年福島県生まれ。東京理科大学大学院理工学研究科修了後、日本ヒューレット・パッカードに入社。2001年、楽天株式会社に入社し、楽天大学事業部長や子会社取締役等を歴任する。2010年にはミスミグループ本社に入社し、経営戦略スキルを磨く。子会社だったシグニ株式会社の社長として、業界トップ企業へと押し上げる。2020年12月に執行役員として中央電力株式会社(現レジル株式会社)に入社し、2021年12月より現職。