地球温暖化が進行すると、猛暑日の増加や自然災害、食糧不足など生活に大きな影響を及ぼす。この問題を食い止めるためには、2050年までに「脱炭素社会」を実現することが必要と言われている。
2050年が転換期であることにも理由がある。国連の報告書によると、産業革命以前と比べて気温上昇を1.5℃以内に抑えることで、気象災害等のリスクを軽減できることが分かっている。しかし、現状のペースでCO2が排出され続けた場合、2030年から2052年の間に1.5℃に到達すると予想されているため、2050年までにカーボンニュートラルを達成することが世界共通の目標となっている。
そこでカギを握るのが、普段使っているエネルギーを、太陽光発電や風力発電などの「再生可能エネルギー」にシフトすること。
しかし、日本の「再生可能エネルギー」導入状況は世界6位で、「アメリカ」「中国」と比べて大きな差がある。また、天候によって左右される不安定なエネルギーであるため、主力電源になるのは難しいと思う人もいるだろう。この問題に対してエネルギー×テクノロジーの領域で解決を目指すのが「レジル株式会社」だ。
同社がどのように解決を目指すのか? 今後のエネルギー産業やウェルビーイングとの関連性とは? レジル株式会社 代表取締役社長である丹治保積さんと、Welluluアドバイザーの宮田裕章さんの対談をお届けする。
丹治 保積さん
レジル株式会社 代表取締役社長
宮田 裕章さん
慶應義塾大学医学部教授/Wellulu アドバイザー
2003年東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士
2025日本国際博覧会テーマ事業プロデューサー
Co-Innovation University(仮称) 学長候補
専門はデータサイエンス、科学方法論、Value Co-Creation。データサイエンスなどの科学を駆使して社会変革に挑戦し、現実をより良くするための貢献を軸に研究活動を行う。
医学領域以外も含む様々な実践に取り組むと同時に、世界経済フォーラムなどの様々なステークホルダーと連携して、新しい社会ビジョンを描く。宮田が共創する社会ビジョンの1つは、いのちを響き合わせて多様な社会を創り、その世界を共に体験する中で一人ひとりが輝くという“共鳴する社会”である。
実は密接につながっている「エネルギー」と「ウェルビーイング」
宮田:生活者は日常生活の中で、「エネルギー」と「ウェルビーイング」の関連性を意識することは少ないのですが、丹治さんはどのようにお考えですか?
丹治:生活者のウェルビーイングにとって、電気・エネルギーが大切なのは間違いないと思います。しかし、人は停電などの問題が発生するまでは、なかなかそこに気づけません。電源をオンにすれば明かりがつく、というのが「当たり前」になってしまっているんです。
宮田:確かに、日常の中でエネルギーの「ありがたさ」を実感できる場面は少ないですよね。日頃からエネルギーが安定して供給されることが、私たちの安心・安全な生活、すなわちウェルビーイングを支えているとも言えますね。
丹治:「当たり前」を維持することが、非常に重要なんです。そのためにも、日本の技術力を活かして、電気を「賢く使う」ことができれば、人々の暮らしにも大きな変化が生まれるはずです。
たとえば、効率的なエネルギー利用によって電気代を下げることができれば、生活にゆとりや選択肢が生まれ、暮らしがより豊かになると思います。これも生活者にとってのウェルビーイングのひとつではないでしょうか。
宮田:そう思います。一方で、エネルギー消費が増えると、環境への負荷も大きくなりますよね。私たちは環境の中で、お互いにつながりながら生きていますが、一人ひとりが「賢く」エネルギーを使うことは、環境のウェルビーイングにも大きな影響を与えると思います。
丹治:これはレジルが推進している「分散型エネルギー社会」の構想とも深く関連すると思っています。分散型電源(太陽光発電システム・蓄電池など)が広がり、再生可能エネルギーを利用する人たちが増えていくことで、環境のウェルビーイングにつながります。
宮田:これまでは個人の欲望と企業利益だけでビジネスモデルが成り立っていましたが、そのような時代は終わりました。これからの時代は、多くの人たちのウェルビーイングにつながるビジネスモデルが重要になっていくはずです。
仕組みが「生活者利益」と「環境価値」の共存を可能にする
宮田:レジルは「無意識の脱炭素」という考えを掲げていますが、具体的にどのようなものなのですか?
丹治:前提、どのようなことでも金銭的や心理的な負担があると長続きしないと思うんです。そのため、「生活者も企業も、意識せずに負担なく“脱炭素”に向けた行動ができている状態にしたい」というのが、基本的な考え方です。
宮田:ファッションや食など、様々なジャンルにおいて「環境にやさしい」というコンセプトが広がってきました。しかし、多くのビジネスにおいて「環境に配慮をすると、提供コストが上がってしまう」というデメリットが存在していますが、レジルではどのようなビジネスモデルを設計されているのですか?
丹治:電力は、食やファッションのように追加でお金を払うという発想にならないビジネスです。そのため、レジルでは「環境に配慮したものを安く提供する」ことを目指しています。
電力は、「発電したタイミングで使わないといけない」という大きな課題を抱えています。その課題に対して、レジルでは蓄電池を設置することで電力を溜めて、AIで需給を制御する事業を展開していきたいと考えています。
具体的には、分散型電源をマンション内に設置します。さらに再生可能エネルギーを供給することで、生活者が電気を普段通りに使っても脱炭素に貢献している状態を目指したいと思っています。
また、電力は需要に合わせて価格が変動しますが、電気料金が安いタイミングで溜めて高いタイミングで売ることで利益を出すことができます。その利益を住民に還元することで電気料金を下げることが可能になります。
宮田:素晴らしい仕組みだと思います。これがまさにレジルの「脱炭素」に対するひとつのアプローチでもあるわけですね。つまり、サービスを提供する企業がサステナビリティを担保する仕組みをつくることで、生活者が「個人の利益」を追求しても、結果として「脱炭素」につなげることが可能になる。
ファッション業界は、「この服はサステナブルだから、少し高いけど買ってください」ではなく、サステナブルなものしか選択できなくなる方向に進んでいます。エネルギーも同様に、「脱炭素に貢献できるエネルギー」しかチョイスできない時代になっていくのではないでしょうか。
景観を損なわない発電を。美しさで再生可能エネルギーの可能性は広がっていく
宮田:脱炭素社会の実現に向けて、レジルが新しく取り組んでいきたいことはあるのでしょうか?
丹治:近年では「環境価値」が注目を集めています。非化石証書(※1)や、J-クレジット(※2)などの制度も生まれました。私たちは、この「環境価値」の概念を真っ先にビジネスに取り入れて、ユーザーに還元できる仕組みをつくっていきたいと思っています。
宮田:一般的に、「環境価値」をビジネスに取り入れる構想の初期段階として、どのようなことを進めることが良いとお考えでしょうか?
丹治:まずは太陽光発電所の展開を進めて、環境価値が高く、安定した電力の供給をすることが望ましいですね。ただ、森林を破壊して太陽光発電所を作るのではなく、環境との調和を考慮して、開発を進める必要があると思っています。
宮田:日本の土地は狭いため、太陽光発電が大規模になると、「景観を損なう」という声が上がることがありますね。そのため、環境に配慮しながら景観が美しい太陽光発電を考えていく必要がありそうです。
参考:山の斜面が丸刈りに「迷惑施設化」する再エネ施設|脱炭素で原発回帰にかじ、福島から懸念の声
ドバイでは大量の太陽光パネルが並んだ太陽光発電所の建設が進んでいますが、本当に壮観な景色です。広大な砂漠地帯に設置されているので、自然破壊や景観の問題が起こっていないのだと思います。
丹治:見た目という要素も、今後さらに再生可能エネルギーを普及させていくために大切ということですね。
宮田:「正しいこと」だけでは人の心は動かせないので、そこに「クリエイティブ」をかけ合わせて価値を届けることが大切ですね。たとえば、私が取り組んでいることのひとつに、「小水力発電所」をただのプラントとして建てるのではなく、デザインとアートを組み合わせて作るプロジェクトがあります。
参考:“真の地域おこし”プロジェクト「Co-Innovation Valley」始動 賛同企業44社発表、9月21日(土)~23日(月)でキックオフイベント開催
再生可能エネルギー自体を魅力的に見せることで、そのエネルギーを利用している人たちにも誇らしいと感じる気持ちが芽生えていくのではないでしょうか。
丹治:それは面白い取り組みですね! 魅力的で美しい再生可能エネルギーを作るという考え方には、大きな可能性が秘められていると思います。
これからは「エネルギーの理解と使い方」が問われる時代に
宮田:今後、エネルギーがますます貴重になる時代が訪れると思っていますが、丹治さんはどのような時代が来ると考えていますか?
丹治:再生可能エネルギーは今後増えていきますが、これは不安定なエネルギーにシフトしていくということです。その不安定さを補うために、火力発電を調整して電力を供給しますが、細かく調節する工数がかかるため、電気料金が上がることが想定されます。
さらに、生活者が支払っている「再生可能エネルギー発電促進賦課金」も高くなり、それでも「脱炭素」が進まない場合は、国が企業に対して「炭素税」を課すようになる、という展開もあり得ます。
宮田:「炭素税」が課されると、結局は物やサービスの価格として、生活者に転嫁される形になります。人類が総力戦で脱炭素に向けたアクションを起こしていかないと、ノットウェルビーイングな未来が待っているんですね。
丹治:そうですね。レジルとしては、生活者が自然に脱炭素に貢献できる環境を整えていきますが、総力戦という意味では、国や企業がトップダウン型で情報発信や仕掛けを行い、生活者のエネルギーリテラシーを高める努力も大切かもしれませんね。宮田先生はどのような時代になると予想していますか?
宮田:より一層、「賢くエネルギーを使う」ことが重要になると予想しています。生成AIが発達することで、個人のエネルギー消費量が可視化される時代が訪れます。そうなるとエネルギーの使用効率が問われて、無駄使いをしている人には上限を設けられる、というような制度ができることも考えられますね。
丹治:それができると生活者が必然的にエネルギーを意識できるようになりますね。
宮田:脱炭素は他の環境問題と比較して可視化が遅れています。過去の「フロンガス問題」のように、明確な原因があり解決できる環境問題もありましたが、脱炭素は複雑で可視化が難しかった分、生活者が総力戦で向き合うことが大事になりますね。
総力戦になるからこそ、脱炭素に関して意識している人、前向きに行動できる人が多くいるか、がとても重要になります。そのような人が増えることで、市場規模が大きくなり脱炭素社会の実現が加速するだけではなく、レジルのサービスがさらに評価されて選ばれるようになると思います。
丹治:生活者が脱炭素に向き合えるようにサービスの拡大と改善を続けていきたいと思います。
宮田:レジルの今後の取り組みに期待をしています。本日はエネルギーの未来について、素晴らしいお話をお聞かせいただきました。ありがとうございました。
下記記事ではレジル株式会社が目指す「無意識の脱炭素」の構想や事業内容を紹介。詳しく知りたい人はチェックしてみよう。
【丹治保積氏×堂上研】意識しなくても脱炭素に貢献できる社会を。レジル株式会社が掲げる「脱炭素の実現」に向けたウェルビーイングな想い
経営を通じて育んだ「社会課題に対して抗う」という情熱 堂上:まずは丹治さんの人となりの部分をお伺いしたいと思います。幼少の頃から熱中していたことはありますか? .....
※1 非化石証書
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/hikasekishousho.html
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/hikasekishousho_jirei.html
※2 J-クレジット
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/mechanism/carbon_offset.html
https://japancredit.go.jp/
1971年福島県生まれ。東京理科大学大学院理工学研究科修了後、日本ヒューレット・パッカードに入社。2001年、楽天株式会社に入社し、楽天大学事業部長や子会社取締役等を歴任する。2010年にはミスミグループ本社に入社し、経営戦略スキルを磨く。子会社だったシグニ株式会社の社長として、業界トップ企業へと押し上げる。2020年12月に執行役員として中央電力株式会社(現レジル株式会社)に入社し、2021年12月より現職。