
歯科医院に行かなければと思いつつ、後回しになって足が遠のいてしまう人は少なくないはず。また定期的に通っていたとしても、その歯科医院を選んだ明確な理由はあるだろうか。
小柳貴史さんは、歯科に関する課題を解決すべく歯科医院をサポートする株式会社ToothToothの代表取締役社長だ。子どもが楽しく歯科医院に通えるようになるための活動にも尽力しており、テーマパークに長年勤めていた経験やつながりを活かして活動の幅を広げている。
ウェルビーイングに生きるためにも重要な、歯科を起点に広がる健康のための取り組みについて、Wellulu編集長の堂上研が伺った。

小柳 貴史さん
株式会社ToothTooth 代表取締役社長CEO/NPO法人おくちのけんこう 理事長

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
https://ecotone.co.jp/
動物園が大好きだった幼少期。興味は“魅せ方”にあった
堂上:大阪からご足労いただきありがとうございます。本日はよろしくお願いします。早速ですが、小柳さんが今なにをされているのか伺ってもよろしいでしょうか。
小柳:よろしくお願いします。私は現在、歯科医院のブランディングをサポートをする株式会社ToothToothを経営しています。歯科医院は全国に約6万6,000施設(※)あるのですが、これはコンビニよりも多い数なのです。歯科医院はコンビニ以上に「選ばれる場所」になっているというのが私の考えで、その選ばれる理由を作るためのブランディングをサポートしています。例えば、子どもが歯科医院で楽しめるようガチャガチャマシンを販売したり、自費診療に興味をもってもらえるような映像を受付で流したり、開業時に内覧会というイベントを仕掛けたりというのが主なサービスです。
※出典:令和6年2月 厚生労働省「医療施設動態調査」
堂上:歯科医院の数ってそんなに多いのですね……!
小柳:そうなんです。しかし、歯科に定期的に通っている人の割合は国民の20%程度、定期検診の受診率はさらに低く13%程度です。健康診断を受けている割合は50%程度(※)なので、それと比べてもかなり少ないのが現実。そんな現状を打破すべく、私たちは歯科医院の先生と手を組み、患者さんの豊かな未来を作る方法を考えています。
※出典:令和4年10月 公益社団法人日本歯科医師会「歯科医療に関する生活者意識調査」
堂上:まさに口腔のウェルビーイングを作っていくということですね。
小柳:そういうことですね。そして、イベントなどを通して歯科医院に抵抗のある人がまだ多いと感じたので「NPO法人おくちのけんこう」を立ち上げました。患者さん以外にも広く口元の健康の魅力を伝えるために、エンタメ要素を交えた活動をしています。
堂上:おもしろい取り組みですね。今回、小柳さんとお話したいと思ったのは、それらの活動がどうして始まったのかが気になったからなんです。活動のきっかけや原体験などをお伺いしたいのですが、まずは幼少期に遡って、当時好きだったことを教えてもらえますか?
小柳:子どもの頃は動物園の飼育員になるのが夢で、月1回は天王寺動物園に通っていました。水中にいるカバの顔が見られる瞬間を見逃さないよう、2〜3時間張り付いていたんですよ。
堂上:すごい! 探究心を持ってのめり込むタイプだったんですね。
小柳:そうですね。人も巻き込みがちで、クラスの友人を毎回連れて行っていました。
堂上:起業家にとって大事なのは巻き込み力だ、という話をよくさせてもらっているのですが、まさにそのタイプですね。なぜカバに興味を持ったんでしょうか?
小柳:大きな動物が口をガバッと開ける、レアな瞬間を見るのが好きだったのかもしれません。
堂上:非日常に出会うことが楽しかったのかもしれないですね。その後、飼育員になりたいという夢が変わっていったということですか?
小柳:そうなんです。中学生の時に犬を飼ったのですが、私はお世話があまり得意ではないなと感じていました。一方、高校生の時にユニバーサル・スタジオ・ジャパンでアルバイトを始めて、映画の世界やアメリカの雰囲気を再現するということに興味があると気づいたんです。実は天王寺動物園もまさにそうで、動物の故郷を再現し、動物が暮らしている世界を見せる展示でした。当時は日本で唯一水中の様子を見られるところだったんです。
堂上:興味があったのは、動物の飼育ではなく“魅せ方”だったと。まさにクリエイティブの世界ですね。
小柳:接客も好きだったので、10年間働いていました。教育係やコンシェルジュを担当したり、ハリー・ポッターエリア全体の立ち上げにも携わったりして。そのなかで、歯科医院の理事長さんとご縁がつながり、「スタッフに接客を教えてほしい」「オープニングイベントを手伝ってくれないか」と依頼をいただくようになったんです。
堂上:哲学者カントの「To be is to do.(存在するとは、行動することである)」という言葉があります。私の解釈では「行動していると、それが自分が何者であるかを証明する、そして相手にもそれを知らしめる」。つまり、行動によって人との出会いが生まれると思っているんです。小柳さんは、まさに行動していたからご縁とつながったということですね。
小柳:そうですね。私の座右の銘は「一期一会」なので、出会いは大切にしたいと思っています。また、私はもともと歯科医院が苦手だったんです。子どもの頃は連れて行かれた歯科医院でよく泣き喚いていました。でも、歯科の現場で先生と患者さんやスタッフさんとの会話を聞いていたら信頼関係が見えてきたんです。関係を築き、一生通ってもらう場所を作るという仕事に深みを感じて、どんどんのめり込んでいきました。
治療ではなく「メインテナンス」をする場所へ。患者にとって良い歯科医院とは?
堂上:歯科医院はむし歯を治療する場所というイメージが強いですが、それを変えたいという目的もあるのでしょうか?
小柳:はい。予防歯科のなかでも歯周病対策がとても重要で大きなメリットがあるのですが、現在の日本ではむし歯だけでなく歯周病や歯並びの改善もメインになっています。特に女性は、歯周病が原因で出産時に低体重出産や早産という影響が出てしまうこともあります。歯科医院に通うことにどんな魅力があるか、普段から通っていればどれほど大変な事態を防げるか。いかに歯科医院から発信ができるかを考えています。
堂上:健康診断のように、企業が社員に歯科の定期検診を受けさせてもよいのではないかと思いますね。
小柳:大手銀行など、歯科医院の費用を負担する企業も一部あるんですよ。また、国が国民皆歯科検診制度の導入を目指して準備していることからも、予防歯科に関する取り組みは今後強化されていくと考えられます。
堂上:そのように環境や仕組みから変わっていくと良いですね。とはいえ高齢者の方は、歯科医院に通うことも難しい場合があると思いますが、訪問歯科などのサービスも出てきているのでしょうか?
小柳:そこはすでにカバーされていて、保険内でできることで全国ほぼ網羅されているんですよ。
堂上:そうなんですか! それは良いですね。しかし何度も通う必要があったり、それによって高額な治療費がかかったりという話も聞きますが、これは何が原因なのでしょうか。
小柳:説明が足りないと起きてしまいますよね。治療のルールでそうなっているのですが、医療現場ではその説明が足りないことが多い。そのため、私がまず一番力を入れたのは先生と患者さんとのコミュニケーションでした。
堂上:なるほど。小柳さんが思う“良い歯科医院”とはどんな歯科医院でしょうか。
小柳:やはり、患者目線であることが一番大事だと思います。患者さんのために日々努力している医院なのかどうかは、実際に通う患者さんの数に表れていますし、先生方の意識も変わってきています。社会を広く見ている先生がいると、患者に寄り添える歯科医院だなと思いますね。
異業界を巻き込みながら、口腔ケアの重要性を伝播していく
堂上:小柳さんは今、何をしている時が一番楽しいですか?
小柳:毎日すべてが刺激的なので選ぶのが難しいですが、やはり仕事ですね。2〜3年ほど前から「誘いには全て乗る」と決めたのですが、それによって様々な出会いがありました。特に、動物園や水族館と一緒に取り組む仕事が増えています。NPO法人おくちのけんこうでは「はみがきうさぎ」という知的財産を育てていて、半年に1回程度のペースで動物園でイベントをしています。園内で子どもに動物の歯を観察してもらい、食べ物と歯の形の関係性がわかるスタンプラリーで、景品には「はみがきうさぎ」のバッジをあげるんです。思い出の天王寺動物園でもやっているんですよ。
堂上:原点に戻ってきましたね! まずは動物の歯に興味を持ってから、自分の歯に置き換えて考えてもらうということですか?
小柳:そういうことです。動物園のステージを借りて「はみがきうさぎ」のショーをするのですが、そのダンサーたちはユニバーサル・スタジオ・ジャパンのつながりです。歯や食育に関わる「はみがきうさぎ」の持ち歌も7曲あり、2025年は全国6つの動物園や水族館で実施できそうです。
堂上:小柳さんは、何事もずっと楽しんでいますね。自分が楽しいことをしていると周りも楽しくなる、やはり巻き込み力が強い印象があります。これから10〜20年、どういうことをしていきたいか、どんな未来を作っていきたいか展望はありますか?
小柳:まだ歯科医院に通っていない人たちにも、口元の健康の魅力を伝えていきたいです。NPO法人を立ち上げてちょうど1年経ちますが、「はみがきうさぎ」の知名度が広がるほど、歯科通院人口が増えて、健康な家族が増えると本気で考えています。100年後、私たちが出会わないであろう未来の子どもたちが幸せな世の中を今から作りたいと思っているんです。
堂上:それはすばらしいですね。
小柳:先日、大阪で「はみがきうさぎ」のファミリーコンサートを開催したのですが、そのステージに出ている子たちはダンサーを目指す専門学生で、授業の一環で舞台に出演してもらっています。プロと一緒にダンスできる貴重な機会として、そのような夢を叶える場所にもできたらと思っています。この日は1,600人ほど集まって、ホールが満席になりました。
堂上:1,600人も集まったのですか! 「おかあさんといっしょ」みたいですね。
小柳:まさに「おかあさんといっしょ」です。実は「はみがきうさぎ」の歌の8曲目「歯医者さん行こう体操」の体操は、ひろみちお兄さんこと佐藤弘道さんに作っていただきました。ひろみちお兄さんには「子どもが歯を磨かせてくれない」という相談も来ることがあるそうなのですが、「苦手なことでも信頼関係をその時々で作ることができれば、きっと協力してくれます! 体操は親子の信頼関係作りにも効果的です」とおっしゃっていました。先日のステージにもサプライズで来てくれて、お客様もみんなで盛り上がって体操してくれるのを見ていたら、将来歯で悩む人をゼロにできるんじゃないかと感じています。
歯科医院が全身の健康を導く世界へ

山中 奈津子さん
株式会社やまなつ 代表取締役
デザイン学校卒業後、広告デザイン事務所に入社。プロジェクト統括の魅力を知りウェブディレクターへ転身する。リクルートでは「リクナビ」のディレクションを担当。その後、様々な業界でWEBマーケティングに従事。歯科業界のIT・DX化の遅れを「デジタル基礎知識とスキルの不足」と捉え、課題解決のためデジタル支援会社を設立。現在は歯科医院向けにマーケティング支援とデジタル活用のサポートを行っている。
https://www.yamanatsu.com/
堂上:最後に、小柳さんをご紹介いただいた株式会社やまなつの山中奈津子さんにもお話を伺いたいと思います。今回ご紹介いただいた背景には、どんな想いがあったのでしょうか。
山中:ありがとうございます。一番の理由は、歯科に関する患者さん側の知識をもっと広めたいからです。歯科医院と患者さんのニーズマッチができていない状態なので、患者さんが「保険診療だからどこも一緒」ではなく、何をどんな理念でやっている歯科医院なのか調べるようになれば、医院のレベルも上がっていくのではないかと思っています。予防のための処置や、全身も見てくれるサービスなどの取り組みをしている先生もたくさんいるのですが、患者さんに伝わっていないのが課題なので、広く伝えていきたいんです。
堂上:山中さんはなぜ歯科に興味を持ったのですか?
山中:その重要さに気づいたからですね。歯に関する不具合は身体の不調の結果が歯に出ているだけで、実は姿勢や食生活に要因がある場合もあります。子どもは離乳食の段階や、母親の妊娠前から気をつける必要もあり、歯は身体全体の健康につながるんです。
小柳:「マイナス1歳からはじめる歯育て」という言葉がありますよね。
山中:遺伝子調査の結果を見ながら、歯科医師と管理栄養士や理学療法士、作業療法士が食事や運動のアドバイスをするという取り組みを、医科の先生と考えています。それが可能になると、歯科医院が病気を食い止めてくれる世界が広がっていくのではないかと思います。
小柳:ファミリーコンサートでも、口元の健康に興味を持ったら身体全体のことも考えてもらえるようにしているんですよ。企業の体験コーナーを設けて、整体の会社が測定をしたり、下駄を履いて歩いてみるコーナーがあったりします。歯が悪くなると身体全体に影響が出てくるので、NPO法人の活動を通して歯科以外の企業ともどんどん協力していきたいと思っています。
堂上:ウェルビーイングにはさまざまなテーマがありますが、身体的な健康をどう保つかはとても大切です。そのためには「教育」や「コミュニケーション」が大切だということがよく理解できました。とても良いお話をお伺いできたと思います! 今日はありがとうございました。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンでトレーナー職やコンシェルジュ職に従事し、2012年から医療法人でコンシェルジュ・事務長として勤務。 2018年に株式会社ToothToothを設立し、代表取締役社長CEOに就任。全国の歯科医院の開業支援やブランディングをサポートする。2023年にはNPO法人おくちのけんこうを設立。
https://toothtooth.jp/
https://okuchi.or.jp/