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『攻めの休養』で回復しやすい職場へ。休養学がもたらす新しい働き方

働き方の見直しが進むなかで、あらためて注目されているのが「休み方」である。休養とは単なる活動のインターバルではなく、心身の状態を整え、次の一歩を支える「エネルギーの充填期間」にほかならない。とはいえ、自分自身に合った休み方を知っている人は意外と少ないのが現状だ。

一般社団法人日本リカバリー協会 代表理事の片野秀樹さんは、休養を科学的に捉え直す「休養学」の第一人者として、その考え方を広く発信している。2025年には『休養マネジメント 「自分だけの休み方」が見つかる忙しい人のためのリカバリー戦略』を上梓し、実践的な「休養方法」の提案を続けている。

今回は、片野先生と「Wellulu」編集部の腰塚安菜が対談。科学的な休養のメカニズムから、個人でできる「攻めの休養」、そして企業が取り組むべき「回復できる組織」のつくり方まで、これからの時代の新しい働き方のヒントを伺った。

 

片野 秀樹さん

博士(医学)/一般社団法人日本リカバリー協会 代表理事/株式会社ベネクス エグゼクティブフェロー

東海大学大学院医学研究科、東海大学健康科学部研究員、日本体育大学体育学部研究員、特定国立研究開発法人理化学研究所客員研究員を経て、現在は博慈会老人病研究所客員研究員、日本疲労学会評議員、日本抗加齢医学会指導士も務める。日本リカバリー協会では、休養に関する社会の不理解解決やリテラシー向上を目指して啓発活動に取り組んでいる。編著書に『休養学基礎:疲労を防ぐ!健康指導に活かす』(共編著、メディカ出版)、著書に『休養学 あなたを疲れから救う』、『疲労学:毎日がんばるあなたのための』(東洋経済新報社)、『マンガでわかる休養学』(KADOKAWA)などがある。

腰塚 安菜

株式会社ECOTONE/Wellulu編集部

PR業務をひととおり経験し、2020年からは社内外でライター業にも取り組んだ。官公庁、小売業、不動産、食品、コスメ等クライアント業務で数々のSDGs/Sustainability × ファッションやライフスタイルの企画を中心にリード。コロナ禍にワクチン後遺症を抱えたことを機に働き方のニューノーマルをつくり、ヨガとセルフケアの習慣でV字回復。2020年~2025年までヨガジャーナルオンラインライター。
目次

なぜ「休養」が必要なのか? 現代人と経営者の“温度差”

腰塚:片野先生、本日はよろしくお願いいたします! 実は私自身、先生の著書『休養学 あなたを疲れから救う』を以前から拝読していました。今日はお話を伺うのを本当に楽しみにしていました。

片野:ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいですね。

腰塚:『休養学』は2024年の出版から2年が経ちましたが、世の中の「休養」に対する意識の変化などは感じられていますか?

片野:本当に想像以上の反響をいただきました。やはり皆さん、「休まなければいけない」という強い課題感を抱えていたんだと感じます。

腰塚:たしかに私の周りでも、「休みたいけれど、正しい休み方が分からない」と悩む人がすごく増えている印象があります。

片野:この2年を見ても、生成AIやデジタルツールの進化で社会のスピードが圧倒的に早くなりましたからね。私たちは知らず知らずのうちに、デバイスのスピードに必死についていこうとして、常に追い立てられているんです。

腰塚:追い立てられて消耗しているからこそ、ますます「回復=リカバリー」が重要になっているのですね。

実は、私たちECOTONE社で行った『ウェルビーイングな働き方(Well-Working)に関する基礎調査2026』でも、象徴的なデータが出たんです。転職意向者が職場に求める条件として、「助け合える(81.2%)」や「楽しく働ける雰囲気(76.4%)」と並んで、「オンとオフのリズムを持ちながら回復(リカバリー)できること(76.2%)」が上位に入りました。

しかし一方で、経営者側が「リカバリーできる環境」を提供できている実感は低く、働き手側との間に36.9ポイントという大きなギャップが生まれています。

出典:ECOTONE「Well-Working基礎調査2026」(2026年、転職意向者309名) https://ecotone.co.jp/news/40/
出典:ECOTONE「Well-Working基礎調査2026」(2026年、転職意向者309名・経営者515名) https://ecotone.co.jp/news/40/

片野:36.9ポイントですか! それは非常に大きなギャップですね。働き手が日常的な「回復」を切望しているのに、経営層や企業側にはその実感がほとんど届いていない実態が明確に表れています。

腰塚:この働き手と経営者の認識のギャップは、一体どこから生まれているのでしょうか?

片野:かつては移動中や喫茶店にいる時間など、働く中でも自然と「余白」が生まれていました。携帯もメールもない時代でしたからね。しかし現在は、常時接続のオンライン時代です。経営者側がまず、この「時代の前提が変わったこと」を認識する必要があります。

腰塚:おっしゃる通りだと思います。チャットやメールで24時間いつでも仕事とつながれてしまう現代だからこそ、無意識のうちに脳も身体もオフに切り替えるタイミングを見失ってしまうのかもしれません。

片野:だからこそ、私は「ワークライフバランス」という言葉が好きではないんです。

腰塚:えっ、そうなんですか⁉

片野:なぜかと言うと、「ワーク(仕事)」が先に来ているからです。仕事を中心に置いて残りの時間でバランスを取ろうとすると、仕事に攻め立てられて、プライベートの時間がどんどん圧縮されてしまいますよね。

まず自分自身の「生活(ライフ)」があり、その中で仕事の時間を決めてマネジメントする。これからの時代は「“ライフ”ワークバランス」こそが大切なんです。

腰塚:なるほど、まず「ライフ」を真ん中に置くのですね。たしかに発想を逆転させないと、仕事に飲み込まれてしまいます。ただ、責任ある立場の人や真面目な人ほど、「休む=後ろめたい」「常に動いていないと申し訳ない」という心理的ブレーキがかかりがちだと思うのですが……。

片野:責任がある立場だからこそ、「自分がしっかり判断できる状態かどうか」を冷静に考える必要があります。判断能力が落ちていたら意味がありませんからね。

だから私は、休みを単なる権利ではなく「義務」だと考えてほしいんです。権利と思うと思考が止まりますが、義務だと思えば「次の仕事で100%のパフォーマンスを出すために、どう休日を果たすか」という目的意識が生まれるはずですよ!

積極的に休養をマネジメントする“攻めの休養”という発想

腰塚:そもそも「休養」とは、具体的に何を指すのでしょうか? 「休む=家でゴロゴロする・寝る」というイメージを持っている方も多いと思います。

片野:まさにそこが最大の落とし穴なんです。なぜみんな「休む=寝る」と思い込んでしまうのか。それは私たちが義務教育で、「運動」と「栄養」については詳しく習うのに、「休養」の取り方は一切教わっていないからなんですよ。

腰塚:たしかに! 学校で休み方を教わった記憶は一度もありませんでした。

片野:人は教わっていないことに対して、自分自身の過去の体験から答えを探そうとします。だから幼少期の「風邪をひいたときに寝たら治った」という体験に遡って、「寝れば治る」「寝れば十分」と考えてしまうんです。

腰塚:自分自身をケアするための本当の知識がないまま、過去の成功体験に縛られてしまっていたのですね。

片野:しかし、年齢とともに体のメカニズムは確実に変化していきます。20歳前後をピークに体力が低下し、睡眠に必要なホルモン分泌や代謝も変化します。若い頃と同じように「ただ寝るだけ」では、蓄積した疲労をリセットしきれなくなっていくんです。

腰塚:身体が変化している以上、休み方のアップデートも不可欠だということですね。

片野:その通りです。ここであらためて知ってほしいのが、運動科学における「フィットネス疲労理論」です。これは非常にシンプルな数式で表せます。

現在のパフォーマンス = 体力 - 疲労

腰塚:体力から疲労を引いたものが、今のパフォーマンスになるということですね!

片野:そうです。いくら100の体力を持っていても、20の疲労が残っていれば、出せる能力は80になってしまいます。だからこそ、本来の体力でパフォーマンスを発揮するためには「疲労をゼロに近づけること」が何より重要なのです。

腰塚:本来の体力で全能力を出し切るために、疲労をリセットする。先生が提唱されている『攻めの休養』の根幹ですね!

片野:はい。そしてもう一つ重要なのは、「疲労」と「疲労感」はまったく別物だということです。

腰塚:「疲労」と「疲労感」は違うんですか⁉

片野:疲労とは、活動によって身体や脳の機能が低下した「状態」そのものを指します。一方で疲労感とは、疲労が溜まったときに身体が出す不快感、つまり「これ以上動くと危険だぞ」というアラーム(危険信号)なんです。

腰塚:疲労感は、身体からの緊急SOSだった……。しかし多少の疲労感があっても、ドリンク剤を飲んだり気合で無理をしてしまう人は多いかと思います。

片野:動物は防衛本能が働くので、疲労感(アラーム)に従って動かずに回復を待ちます。天敵に襲われないよう、安全な場所でじっと体力を戻すわけです。しかし人間だけは、使命感や責任感、エナジードリンクなどで「疲労感のマスキング」ができてしまうんですよ。

しかし、危険信号をマスキングしても、身体の「疲労」そのものが消えたわけではありません。パフォーマンスが落ちたまま仕事を続けるので、残業が増え、ミスや事故、深刻な不調にもつながってしまいます。

腰塚:疲労感がないからといって、決して油断してはいけないのですね。

片野:だからこそ、休養を単なる「手持ち無沙汰な時間」や「ただ横になるだけの守りの時間」にしてはいけません。

腰塚:片野先生が2025年に出版された『休養マネジメント』では、一人ひとりの「自分にあった休み方」の見つけ方を紹介されています。積極的に、休養の取り方を考えていく必要があるということだと理解しています。

片野:休養とは、次の目的のために自発的に「活力を充填する行動」を取ること。これこそが、私たちが今取り組むべき「攻めの休養」の本質です。

疲労の放置が企業の損失に。「プレゼンティーズム」を防ぐ3つのアプローチ

腰塚:企業の“健康経営”を考える上でも、社員個人のプライベートな休養に会社がどこまで踏み込んで介入すべきかは、非常に難しい側面があります。企業側の視点では、「社員の休養」というテーマにどう向き合っていけばよいのでしょうか?

片野:実は、経済産業省が試算している「健康関連コスト」のデータを見ると、衝撃的な事実がわかります。従業員の健康不調による企業の損失額は、従業員1人あたり年間約72万5,000円にも上るんです。

腰塚:一人あたり年間72万円というのは、企業にとってかなり大きな損失ですね!

片野:しかも、その損失額の78%は「プレゼンティーズム(体調不良による出勤時の生産性低下)」によるもので、そのうちの4割を「疲労関連」が占めているのですよ。

従業員の疲労を放置することは、そのまま会社にとって巨大な経済損失につながっています。だからこそ経営陣は、疲労を根性論で片付けず、「万全な状態で出社してもらうために、どう休養をマネジメントするか」という経営的な発想を持つことが大切な論点になります。

腰塚:個人の回復を精神論に委ねるのではなく、「組織の仕組み」として定着させることが不可欠だと感じます。具体的には何から始めればよいでしょうか?

片野:まず大切なのは「教育」です。休むことの重要性や休養のリテラシーを、社員にしっかりと伝える必要があります。

そしてもう一つ、制度面で非常に効果的なのが「勤務間インターバル制度」の導入です。退社から翌日の出社までに、一定の休息時間を確保する仕組みとその意識の定着ですね。

腰塚:たしかに日本では、夜遅くまで残業しても翌朝の出社時間が変わらず、睡眠時間を削って出社するケースが多いですよね。

片野:EUでは1993年から、法律で「11時間以上の連続休息時間」が義務付けられています。夜12時まで働いたら、翌朝11時以降でないと出社できないルールが徹底されているのですよ。

腰塚:EUでは30年も前から法律で守られていたのですね。

片野:はい。しかし、日本ではこの30年以上前の制度を追うだけではなく、さらにこの30年間の時代変化に併せて一歩進めて、日中の業務時間内にも小休憩を挟む「業務インターバル制度」を風土として取り入れていくべきだと考えています。

腰塚:ただ日本では、職場で小休憩を取ると「あの人はサボっているのではないか」という周囲の目が気になってしまう文化もありますよね……。

片野:そこを変えていく必要がありますね。100%の集中力で仕事に臨み、業務を短時間で高品質に終わらせることができれば、残りの時間でリフレッシュしていても本来は何の問題もないはずです。長く働くことではなく、「万全の状態で短時間に成果を出すこと」を評価する風土づくりこそが、ウェルビーイングな働き方への第一歩になります。

腰塚:なるほど! 従業員が休養への理解を深める「教育」、勤務や業務に余白を作る「制度」、そして本質的な成果を評価する「文化」。この3つのアプローチが揃って初めて、本当に「回復できる環境」が作られていくのですね。

個人・チーム・企業で進める「回復できる組織」づくり

腰塚:明日から「回復できる組織」へと近づいていくために、私たちが個人やチームで実践できる具体的なステップを教えていただけますか?

片野:まず個人でできる小さな一歩は、「自分のペースを思い出して、整えること」です。

1日のうち、トイレの中や車の中などの30秒間だけで構いません。深呼吸をして、自分の本来のペースを見つめ直す時間を作ってみてください。例えばヨガの呼吸法のように、横隔膜をしっかり動かす呼吸は、乱れた自律神経を整えるのにも大変有効ですよ。

腰塚:1日30秒なら、忙しい日常の中でも今すぐ取り組めますね! 自分自身をいたわる「小さなセルフケア」の習慣が、すべての出発点になるのだと感じます。では、チーム単位で取り組める工夫はありますか?

片野:チームで休養を取りにくくなる最大の要因は、業務のゴールや期限、達成基準が曖昧なまま仕事が進んでしまうことにあります。いつまでにどこまでやるかを明確に共有できていれば、途中で自分のペース配分や余白、休憩時間を作れるようになります。

例えばドイツでは、年が明けた1月1日になると、チーム全員で年間の大型休暇の予定を調整することから仕事が始まります。

腰塚:ゴールが明確だからこそ、お互いに自律的に休めるわけですね。

片野:「お互いに助け合いながら休みを取り、助け合いながら仕事を進める」という前提が共有されているんです。だから休暇を取ることに罪悪感はなく、お互いに「充電期間」として心地よく送り出し合う文化が根付いています。

腰塚:「助け合いながら休む」、ですか。調査データで上位にあった「助け合える環境」と「回復(リカバリー)」が完全につながる、本当に素敵な文化ですね。しっかり休養を取ることは自分へのケアであり、チーム全体へ良好な巡りをもたらす“贈り物”のようなものなのだと実感します。

では最後に、片野先生が考えるこれからの時代の「ウェルビーイングな企業」とは、どのような会社でしょうか?

片野:一言でいえば、「休みの意味や効果を従業員に教育し、休む価値を使いこなせる制度と風土が整っている企業」です。例えば、私がエグゼクティブフェローを務める株式会社ベネクスでは、一般社団法人日本リカバリー協会が認定する「休養士2級」という資格を、全従業員が取得する取り組みを行っています。

腰塚:全社員が「休養士」の資格を取得されているのですか! 休養を個人の裁量任せにせず、組織の学びとして深めている姿勢は本当に素晴らしいですね。

片野:休むことを正しく仕組み化し、従業員が常に活力を高く保てる企業。そういう会社こそが「ウェルビーイングな企業」として、これからの時代に選ばれ、成長していくのだと思います。

腰塚:社員が安心して回復でき、充電した活力を仕事で存分に発揮できる「回復できる組織」をつくること。自分自身も、そして周りの大切な人や組織もやさしくケアできることこそが、これからの日本における「自分らしく働ける社会」の真の土台になっていきますね。

片野先生、本日は示唆に富む貴重なお話を本当にありがとうございました!

<片野先生の出演記事はこちら>

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