AIによって業務が大きく変わる今、「このままでいいのか」とキャリアに迷う人は少なくない。組織にキャリアを預けず、自分の人生は自分でつくっていくことが求められている。
そこで注目されているのが、変化に応じて柔軟に変わっていく「プロティアン・キャリア」だ。その第一人者である田中研之輔さんも、法政大学に着任して3年ほど経ったころにキャリアに迷い、この理論に背中を押された1人だという。
今回は、法政大学キャリアデザイン学部教授の田中研之輔さんと、Wellulu編集長・堂上研が対談。世代別のキャリアの処方箋や未来から考えるキャリアプラン、そして従業員エンゲージメントを高める経営者の役割について話を伺った。

田中 研之輔さん
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/株式会社キャリアナレッジ代表取締役社長

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
変化の時代に必要な「キャリア形成」の考え方

これまでの経験を生かして新しい方向へ踏み出す
堂上:本日はよろしくお願いします。田中さんとお逢いできるのを楽しみにしておりました。僕自身がウェルビーイングを追いかけている中で、キャリアということと、プロティアンという考え方など、いろいろお伺いしたいのですが、まずは田中さんが提唱している「プロティアン・キャリア」とはどんな考え方なのか教えてください。
田中:実は、私自身もキャリアに迷っていた時期があったんです。2008年に法政大学に着任して3年ほど経ったころ、会議と授業を回す毎日の中で「このままでいいのかな」と思うようになりました。
そのときにキャリア理論の書籍や論文を読み直し、背中を押してくれたのが「プロティアン・キャリア」でした。
【プロティアン・キャリアとは】
- 社会や環境の変化に応じて柔軟に変わることのできるキャリア
- ボストン大学のダグラス・ホール教授が1976年に提唱した概念
- ギリシャ神話に登場する変幻自在の神・プロテウスに由来
一方で日本のキャリアは、入社して専門性を高めていくうちに、どんどん凝り固まっていく傾向があります。
堂上:終身雇用の影響も大きいですよね。結局、僕もずっと博報堂でお世話になっています。
田中:そうですね。同じ仕事を長く続けるほど、本人も周りも「この人は法人営業一筋」のようなラベルを貼るようになります。
それ自体は悪いことではありません。ただ、AIによって業務が大きく変わり、「その仕事はAIが担う」となったらどうでしょう。
そのときに必要なのは、これまでの経験を生かして新しい方向へ踏み出すという考え方です。
それを実感するきっかけになったのが、コロナ禍でした。目の前の仕事が止まったことで、多くの人が「組織にキャリアを預けているだけではだめだ」と動き出したんです。
堂上:仕事が止まったことで、考えるきっかけになったんですね。よく分かります。僕自身、事業開発の部門を担っていましたが、これは新たな価値が生まれるとすごく感じました。
田中:そうなんです。リモートワークによって仕事とプライベートの距離が近づいたことで、「子育てや介護をしながらでも自分らしく働きたい」と考える人も増えました。自分の人生は自分でつくっていくしかない、と気づいたんだと思います。
経験は「資本」になる。新しい挑戦がウェルビーイングを高める
堂上:僕は新しいことに挑戦する中で、ウェルビーイングな人にたくさん出会ってきました。何歳になっても「新しいこと」を始めている人はウェルビーイング度がとても高い。まさにプロティアンな人たちだなと感じます。
田中:そうなんです。社会に出ると、キャリアの歩み方には差が出てきます。多くの人は組織にキャリアを預けて、同じ業務を同じメンバーで回しています。
そうなると心理的な幸福度が下がり、ウェルビーイングも下がっていくんです。ところが面白いことに、週末になると幸福度がぐっと上がるんですよ。
堂上:わかります(笑)。不思議ですよね。僕たちの検証でも、確かに週末がウェルビーイング度があがっていました。それは、会社でのストレスが大きな原因であることも見えてきました。
田中:平日の幸福度が低く、週末だけ高いというのは寂しいですよね。主体的に取り組み、没頭し、自分で何かをやっている感覚がある。それが心理的な幸福感を高めていきます。
堂上:僕らは、ウェルビーイングを考えるときに、主語を誰に置くか、という視点で考えています。そういう意味では、主語を会社に置くのではなく、主語を自分に置くということですね。ただ、自分を主語にしすぎると、会社の中ではわがままに見えてしまう気もします。
田中:だからプロティアンでは、「アイデンティティ」と「アダプタビリティ」の2つが重要だとしています。
- アイデンティティ:自分らしくどうありたいかという軸
- アダプタビリティ:社会や組織の変化に適応していく力
新しい挑戦といっても、今までの経験を全部捨てる必要はありません。私は、これまでの経験は「資本」として積み上がっていくと考えています。新しい挑戦を重ねることで、キャリアは2軸・3軸と広がっていく。
堂上:まずは動いてみることが大事ですね。僕自身、企業内起業という形で動いてみたことで、いろいろな軸が生まれたし、経験と人脈が拡がっていきました。これは、プロティアンキャリアにおけるイントレプレナーという道を歩んでいることが分かりました。
田中:そうですね。でも多くの人は「自分にはふさわしくない」「経験がない」と、自分で制限をかけてしまう。
そのブロックを解除して、一歩を踏み出してみてほしいんです。失敗したとしても資本として積み上がっていくので、決して無駄にはなりません。
【この章のまとめ】
- AIによって業務が大きく変わる今、これまでの経験を生かして新しい方向へ踏み出す考え方が必要になっている
- 主体的に取り組み、没頭する感覚が、心理的な幸福感を高めていく
- これまでの経験は「資本」として積み上がっていく。失敗しても無駄にはならないので、まずは一歩を踏み出してみる
キャリアプランはどう立てる? 大切なのは未来に目を向けること

若手・ミドル・シニア、世代別のキャリアの処方箋
堂上:Welluluにも「今の会社では自分らしく働けない」といったキャリアの相談が届くんです。田中さんは、若手・中間管理職・シニアと、それぞれの世代にどのようなアドバイスをされていますか?
田中:私は、入社10年以内の方を「ファーストキャリア形成期」と呼んでいます。この時期は、誰もが一度は「このままでいいのかな」と考えるんです。
こうした状況に陥ったときの処方箋は、「まず3年間はこう歩んでいこう」という計画を、暫定的でいいので立てることです。
35〜50歳くらいのミドル層は、「このまま今の会社で働き続けるのかな」という、ぼんやりとした疑問や不安を抱えながらも、新しい行動を起こせず、気づけば組織に依存しているという状況です。
そして役職定年や退職が近いシニア層は、「予算がない・プロジェクトがない・チームがない・家庭にも居場所がない」といった悩みを抱えることが多いですね。
堂上:居場所がなくなることで、ウェルビーイングが下がっていく人は多いですよね。
田中:だから、自分の人生の主人公として生きる視点を持ってほしいんです。居場所がなくても役割があれば、その役割が居場所をつくってくれます。
60歳以降の選択肢は「年金で心豊かに過ごす」か「培った強みを生かして個人事業主になる」か「株式会社を設立する」かです。60歳に近くなってから考えるのではなく、今のうちから少しずつ準備しておくことをおすすめします。
| 世代 | よくある悩み | 処方箋 |
| 若手(入社10年以内) | 「このままでいいのか」と迷う | まず3年間の計画を暫定的に立てる |
| ミドル(35〜50歳) | 組織に依存し、キャリアが停滞する | 社内での兼業や副業、新規プロジェクトへの参加 |
| シニア(役職定年・退職前) | 予算もチームも居場所もなくなる | 60歳以降を逆算し、役割をつくる準備をする |
キャリアは毎日のコンディション。自己分析は未来に向けて
田中:これからのキャリアについて、私が一番伝えたいのは、キャリアとは「コンディション」だということです。
これまでキャリアは、肩書きや歩んできた道のりだと説明されることが一般的でした。でも、キャリアをよりよくしたいと考えるなら、「今、自分はどんな状態で働けているか」を日々整えていくことが大切だと思うんです。
堂上:毎日の体調のようなものですね。自分自身がどういう状態でいるか、自分と対話するや、自分を俯瞰で見ることが重要ですね。
田中:そうです。毎日歯磨きをするように、1分でもいいので「今日はどんなふうに働こうか」「この1週間をどう過ごそうか」と考える時間を設けてほしいです。
堂上:僕らも「自分と対話する」「内省する」「自分を観察する」ということが、ウェルビーイングにつながると感じています。
田中:イメージとして近いと思います。内省をするときに、多くの人は夜寝る前に「過去のできごと」ばかり振り返っていますが、実は未来に向かって自分と向き合うものです。「これから何をしたいか」にフォーカスする練習をすると、問いが未来に開かれていきます。
堂上:キャリアプランは、まさにライフプランですね。過去と現在と未来の話がつながっていく感じをもって、自分自身がいろいろと動くことで、未来の軸を増やしていくイメージですね。
田中:そうですね。描く未来は暫定的でいいんです。「自分自身が成長したい」「お金を稼ぎたい」でも「地域に貢献したい」でも何でもOKです。
私がおすすめしているのは、映画やドラマを見終わったら「どういう物語を描いているのか」を客観的に考えてみる方法です。その練習をしてから、自分を主人公にした物語を書いてみる。そうすると、自分の物語を未来に向かって描きやすくなります。
【この章のまとめ】
- 組織の寿命より、キャリアの寿命のほうが長い。転職や独立をしなくても、目の前の仕事を回しながらできることはある
- キャリアとは「コンディション」。毎日歯磨きをするように、1分でもいいので「今日はどんなふうに働こうか」と考える時間を設ける
- 内省は「過去のできごと」ではなく「これから何をしたいか」にフォーカスする
社員のエンゲージメントを向上させるには? 人材を「資本」と捉える人的資本経営

経営者の想いを「言葉のバトン」で現場に届ける
堂上:ここからは企業目線でお話を伺います。経営者との対談を重ねる中で感じたのは「経営者の想いと人事戦略が一致している会社は伸びる」ということです。
ただ、自分の想いを語れる経営者はまだ少ないとも感じています。田中さんは、今の日本企業をどう見ていますか?
田中:個人的に注目しているのは、経営陣が社員への向き合い方を変えてきたことです。
堂上:それは意識的に変わってきているんですか?
田中:そうです。意識的・戦略的に変わろうとしている時期だと思います。そのきっかけになっているのが「人的資本経営」です。社員をコストとして見るのではなく、経験を重ねるほど価値が高まる資本と捉えて投資していこう、という考え方ですね。
そして、人的資本経営の先にあると考えているのが「人的資本AI経営」です。よく「AI時代の人材開発」と言われますが、AIは「時代」ではなく「前提」になる。
堂上:「前提」になるというのは、具体的にどういうことでしょうか?
田中:日々の仕事のあらゆる場面にAIが組み込まれていくという認識に立って、人的資本経営を進める段階に入っていくと思っています。
私がご一緒してきた富士通さん、パナソニック コネクトさん、小野薬品さん、エーザイさんなどは、CEOとCHRO(最高人事責任者)が密に連携して戦略を描き、社員との対話や社内への発信を続けています。
大きな会社ほど、経営陣と現場の社員の間には、物理的にも心理的にも距離ができてしまう。だからこそ、「私たちが目指す未来はここだ」という言葉のバトンを渡していくことが、経営者にとってすごく重要なんです。
現場の主体性は、能力ではなく「コンディション」で変わる
堂上:僕らはウェルビーイングの視点から経営を見てきましたが、ウェルビーイング経営とは「社員が一番輝ける環境をつくっている会社」のことだと考えています。
以前、訪問させていただいた伊那食品、堀場製作所や丸井グループもそうでした。田中さんのお話と、すごく重なりますね。
田中:そうですね。診断をしてみるとわかるのですが、経営陣や役員の方々は、キャリア自律のスコアが高いんです。一方で、現場に近づくほどスコアが低い人もいます。
ただ、それは能力の問題ではなく、コンディションの問題なので、変えることができます。
堂上:どう変えていけばいいのでしょうか?
田中:公募制度や社内での兼業・副業、1on1など、対話や挑戦の機会をつくって、企業として積極的に働きかけていくことです。
今、大学院でキャリア面談を研究している学生の論文を見ているのですが、管理職は「疲弊している」と語られがちです。
でも、メンバー間でしっかり対話をする機会を増やすと、ウェルビーイングが高まり、主体的に動けるようになっていくんです。
堂上:コミュニケーションもそうですが、自主的に活躍できる機会をつくることが重要なんですね。
田中:趣味に没頭するように、仕事に没頭できるのが理想です。自分なりに改善を重ねて、よりよいものをつくっていく。そのサイクルが回り始めれば、一人ひとりのパフォーマンスも、チームや組織の力も高まっていきます。
【この章のまとめ】
- 社員をコストとして見るのではなく、経験を重ねるほど価値が高まる資本と捉えて投資していく
- 経営者が「私たちが目指す未来はここだ」という言葉のバトンを渡していくことが重要
- 現場の主体性が低いのは、能力ではなくコンディションの問題。対話や挑戦の機会をつくれば変えられる
経営者のウェルビーイングが組織をつくる

組織は生き物。必ず変えられる
堂上:僕らが全国でおこなった経営者調査では「経営者のウェルビーイングが低い会社は組織が崩れていく」という結果が出ているんです。つまり、社員がウェルビーイングになりづらい。
経営者が自分のコンディションを整えられているかは、会社の文化を左右します。だからまず、経営者自身にウェルビーイングであってほしいんです。
田中:大賛成です。
堂上:もう1つ、経営者にはこれまでの成功体験をいったん手放してほしいとも思っています。「自分はこうやってうまくいったんだから」と押し付けるのではなく、挑戦して失敗しても「学びがあったね」と言える会社であってほしい。
とはいえ、会社はなかなか変わらないと感じている人も多いと思います。どうすれば変わるのでしょうか?
田中:まず大切なのは「組織は生き物であり、必ず変えられる」という考え方を持つことです。そして、その変化の大部分を担っているのは、やはり経営者です。会社のトップがどのようなメッセージを発信し、どういったチームをつくるかがとても重要です。
堂上:経営者に頼るのではなく、こちらから経営者に働きかけることも大切ですよね。
田中:例えば、人事から「同業他社ではこういうやり方で採用がうまくいっています」といった経営者への働きかけも重要だと考えています。
中には、資料や本を、社長の机にそっと置いておく人もいるそうです。経営者は、自分の会社をよくしたいという想いが誰よりも強いので、必ず読みます。そうやって組織の中から変化を起こす人こそが、本当のイノベーターだと思います。
働くことは自己犠牲ではない
堂上:経営者自身がどんどん発信していくことも大切ですよね。
田中:そうですね。社内のイベントやミーティングに経営者が足を運び、社員と本音で話す機会をつくることが大切です。
また、メディアで経営者が語ることにも意味があります。経営者の発信は2人の読者に届くんです。
1人は一般の読者、もう1人は社員の方々。「うちの経営者はこんなことを考えていたのか」と、社内向けのメッセージ以上に響くこともあります。
堂上:働く時間は人生の中でも長いですから、楽しくなくちゃいけないですよね。まずは経営者に働くことを楽しんでほしいし、自分の会社の素晴らしさを語ってほしい。そして、変わらないものと変わるべきものを問い続け、オープンにしていく。それがこれからの経営にも、一人ひとりのキャリアにもつながっていくのだと感じました。
本日はありがとうございました。
田中:ありがとうございました。
堂上編集長後記:
田中さんは、僕の名前と同じ漢字「研」と入る。お逢いするや否や、「たなけんさん」と呼ばせていただいた。すると、たなけんさんは、じゃあ「どのけんさん」と呼びますね、という話で盛り上がった。「たなけんとどのけんのWelluluWORKTalk」のはじまりだ。
あえてここでは、たなけんさんと呼ばせていただく。
たなけんさんは、自分自身を俯瞰で見て、自分ブランディングをしているんだな、と感じた。僕が博報堂に入ったとき、先輩から「堂上、ちゃんと自分ブランディングしろよ。」と言ってもらえた。僕は、真剣に考えた。自分は会社の中でのポジショニング、自分自身のアイデンティティ、生存するための強み、他者との差異化をしてきた。
僕らは、どんな人生を歩むか? それは、会社の中で、どんなブランディングをするか? ということにつながっていくのだと思う。そこで、僕らはライフプランを考えることと同じように、キャリアプランを描くことで、選択肢を増やすことが大切だと思った。
僕らは、こういった哲学のような、人生観を探究する人たちを、「キャリア探究者」と呼ぶことにした。たなけんさんは、明るい。そして、周りを巻き込む力がある。たくさんのプロティアンが生まれると、ウェルビーイングな人が増えるような気がする。まずは、キャリア探究者が、自分らしく働ける環境を見つけるようになればよい。
たなけんさん、素敵なご縁ありがとうございました。

株式会社Anfini CGO UC. Berkeley元客員研究員 University of Melbourne元客員研究員 日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学 /博士:社会学。
専門はキャリア論、組織論。社外顧問を37社歴任。個人投資家。著書40冊。専門社会調査士。主著『プロティアン』。NHK、PIVOT他メディア多数出演 プログラム開発・新規事業開発を得意とする。