牛の健康状態を、採血することなく、わずか2秒で可視化する。そんな世界初の技術の実用化に挑んでいるのが、北里大学獣医学部 准教授であり、ライブストックジャパン株式会社を率いる鍋西久さんだ。畜産農家に生まれ、長年にわたって動物と農家の現場に向き合ってきた鍋西さんが目指すのは、動物の痛みやストレスを減らしながら、一頭一頭の健康を守り、持続可能な畜産の未来を創ることである。
その挑戦を紐解く中で見えてきたのは、最先端のテクノロジーがもたらす可能性だけではない。「答えは動物にある」と語る鍋西さんの研究者としての姿勢と、その根底にある「観察」と「対話」の大切さだ。
今回はこの技術にいち早く可能性を見出し、社会実装を後押しする、株式会社みらいリレーションズ取締役の飯野司さんと、「Wellulu」編集長の堂上研が対談。三人の対話を通して、動物、畜産に携わる人々、そして食を受け取る私たちの幸せがどのようにつながっているのかを考える。

鍋西 久さん
ライブストックジャパン株式会社 代表取締役CEO/北里大学獣医学部 動物資源科学科 動物飼育管理学研究室 准教授

飯野 司さん
株式会社みらいリレーションズ 取締役
ヘルスケア事業に従事した後、美容関連企業の創業およびフランチャイズ展開を経験。リヴァンプでは、大手企業5社のハンズオン型経営支援を手がける。現在はIR・PRの専門家として、経営視点に立ったPR主導型マーケティングを展開。ステークホルダーとのコミュニケーション戦略を軸に、上場企業や上場準備企業を含む30社の顧問を歴任している。

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
私たちの「食」の土台を支える、動物のウェルビーイング

堂上:本日は、飯野さんにご縁をつないでいただき、北里大学の鍋西さんにお越しいただくことができました。ありがとうございます!
「Wellulu」では、個人のウェルビーイングだけでなく、家族や会社の仲間、地域、さらに地球環境まで、すべてがつながっていると考えています。畜産は一見すると専門的で遠い世界のようですが、「食」という意味では僕たちの暮らしそのものですよね。
鍋西:そうなんです。猛暑の時期になると、ニュースでは「牛乳や肉の価格が上がる」といった生活者目線のトピックになりがちです。しかし私たちはその前に、「この暑さの中で牛がどれほどの負担を感じながらミルクを出し、餌を食べているか」をまず心配します。動物が健康であってこそ、安心できる牛乳や肉を届けられる。そこをより多くの方に知ってほしいですね。
堂上:スーパーに並ぶパックの牛乳と、牧場にいる牛の存在が、生活者の頭の中で瞬間的につながっていないのかもしれませんね。
鍋西:私は九州の畜産農家に生まれ、大学でも畜産を学んできました。家業を継ぐのではなく、自分の経験や技術を多くの農家さんに還元する道を選んだのです。私の研究の原点は、ずっと「農家さんの役に立ちたい」という想いにあります。
堂上:畜産業界がいま抱えている、最も大きな課題は何でしょうか。
鍋西:人手不足と、作業が個人の勘や経験に依存していることです。従来のスマート畜産では、牛の首や脚に加速度計をつけ、移動量などの活動データから体調を推測する方法が主流でした。動きが鈍ければ「調子が悪いのでは?」と気づく。しかし、肝機能や血糖値といった“体の中の状態”まではわかりません。
体の中を知る確実な方法は血液検査ですが、牛は人間のように腕を差し出してはくれません。ロープで体を固定して、首の静脈から採血する必要があるため、牛には痛みやストレスがかかり、人間側にも危険と大きな負担が伴います。
さらに検査機関へ送るため、結果が出るのは数週間後。「今日、この牛の状態を知りたい」のに、結果が届く頃には手遅れというケースもある。私たちはテクノロジーでそこを変えたいと考えました。
堂上:動物の痛みを減らし、現場で作業する人の負担も減らす。それだけで双方のウェルビーイングに直結しますね。

鍋西:そこで開発したのが、「マルチスペクトルカメラ」で牛の血液成分を即座に推定する技術です。牛の尻尾の裏側は毛が少なく、血管が通っています。そこをカメラで撮影し、約200の波長の反射を測定して、AIと機械学習で解析します。
コレステロールや血糖、肝機能に関わる数値など、現在は12項目を「採血なし」で推定可能です。発想のヒントは、果物の糖度計でした。「糖が特定の光の波長に反応するなら、血液成分も光の反射から測れるはずだ」と試したところ、可能性が開けたのです。
堂上:素晴らしいアイデアですね! 実際にカメラで測定すると、どれくらいの時間で結果が判明するのですか?
鍋西:約2秒です。カメラはスマートフォンとBluetoothで接続されており、その場ですぐに解析結果を確認できます。これまで100頭いる牧場でも、血液検査ができるのは代表的な5頭ほどでした。全頭検査はコストも時間もかかり、牛にも負担が大きいからです。しかし2秒で測定できれば、100頭いても現実的に全頭の健康チェックが可能になります。


堂上:「群れ全体として問題なさそう」という捉え方ではなく、一頭一頭の“個”に向き合えるようになる。これは畜産現場にとって劇的な変化ですね。
鍋西:ただ数値を表示するだけでは十分ではありません。12項目のデータを組み合わせ、「エネルギーが不足しているから餌を増やす」「タンパク質が過剰だから調整する」といった具体的で実践的なアクションまで提示したいと考えています。
乳牛は、十分な栄養を摂れていないときでも、まさに身を削るようにしてミルクを出してくれます。測定によって栄養状態を把握できれば、処置後に回復もその場で確認できる。将来的には肉質や人工授精の成功率、ストレス状態の可視化にも応用できると考えています。
堂上:牛の体調がそのまま牛乳の質や量に直結しているのですね。僕たちが日常で飲む一杯の牛乳に対する感謝や見え方が、ガラリと変わります。

飯野:私がこの技術に惹かれたのは、日本の農業や畜産が持つポテンシャルを、まだ世界に出し切れていないと感じていたからです。日本の牛肉や牛乳は、世界的にも高い評価を得ています。
その品質を支える技術にも、世界を驚かせる素晴らしいものがあるはずだと探していたときに、鍋西先生と出会いました。これは畜産のあり方そのものを変えるイノベーションになると直感しましたね。
鍋西:現在は牛だけでなく、競走馬や犬、猫への応用にも取り組んでいます。この技術が普及すれば、あらゆる動物と飼い主にとって負担の少ない健康管理が実現できます。
堂上:ペットは現代の多くの人々にとって、大切な家族の一員ですからね。「人と動物がどう心豊かに共生するか」という大きなテーマにもつながります。牛の現場から始まった技術が、動物と暮らす人たちのウェルビーイングへと広がっていく未来に、とてもワクワクします!
「答えは動物にある」。観察と内省から生まれる発見

堂上:お話を伺っていると、 鍋西先生は、本当に楽しそうに仕事をされているんだろうなと感じます。
鍋西:そうですね(笑)。遊ぶために仕事をしているし、仕事そのものが大好きです。自分では、あまり仕事だと思っていないのかもしれません。
堂上:「Wellulu」で経営者や起業家の方にお話を伺っていると、仕事と遊びのオン・オフがシームレスな人が多いんです。遊ぶように仕事をし、仕事のなかでも夢中になっている。僕も人と対話することが趣味の延長のようなものなので、勝手ながら同じ匂いを感じました(笑)。
鍋西:私は宮崎にいた頃からサーフィンを続けていて、現在は青森でも海に入ります。同じ波は二度と来ないし、波に乗っている時間はほんの数秒です。若い頃は「乗ってなんぼ」という感覚でしたが、今は波を待ちながら深呼吸をして、風や海の状態を身体で感じる時間も楽しい。自然と向き合っている感覚がありますね。

堂上:ウェルビーイングを考えるとき、僕たちは「自分と向き合う」「他者と向き合う」「自然と向き合う」という表現をよく使います。サーフィンは、そのすべてを体現している気がしますね。ちなみに僕は、どうもセンスがないのか一度も波に乗れたことがありませんが(笑)。飯野さんはオフの時間は何をされているのですか?
飯野:私はビリヤードが好きですね。ビリヤードって、ラシャ(台の布)の傷み具合や店内の湿度によって摩擦が変わり、球の動きも変化するんです。物理法則だけでは割り切れない目の前の状態を注意深く読み、経験をもとに微調整していくところに面白さがあります。
堂上:へえ! 皆さん素敵な趣味を持っていらっしゃいますね。波を読むことも、ビリヤード台の状態を読むことも、「観察から発見する」という点ではまったく同じですね。好きなことと仕事がつながっている人が成果を出すことが多いのは、遊びの中でも日常的に観察と試行錯誤を繰り返しているからかもしれません。
僕は以前、北海道で「ホースローグ」という、馬との対話を通じたリーダーシップ研修に参加しました。馬に乗るのではなく、馬場を一周させるために馬と対話するんです。力ずくで引っ張るのではなく、「一緒に歩こう」という意思を伝える。でも、僕が担当した馬は最初、一歩も動いてくれませんでした。
そこで教わったのが、リーダーには「観察と内省」であるということでした。馬の耳の小さな動き、視線、表情を注意深く観察する。そして、同時に「自分がいまどう接しているか」を客観的に振り返る。それまでの僕は、自分の主観で相手を判断していたのだと気づきました。
人間は言葉を使えるがゆえに、つい「言えばわかる」と思い込んでしまう。でも、まずは相手をよく見ることが必要なんですよね。その研修以降、社員の様子も以前より観察するようになり、言葉にしていなくても「今日は調子が悪そうだ」「本当は嫌がっているのかもしれない」と感じ取れる場面が増えました。
鍋西:素晴らしい体験ですね。動物と向き合うときも同じです。牛が何を嫌がり、どんな状態にあるのかは、経験を重ねて観察していれば自ずとわかるようになります。私は学生たちに、「答えは動物にある」と繰り返し伝えています。データだけを見て、目の前の動物を見ずに解釈することはできません。「一日、牛舎に椅子を出して座っていなさい。とにかくじっくり観察しなさい」と言うんです。
今はセンサーを取り付けたら、作業を終えてすぐに帰ってしまう学生もいます。農家さんも、餌をやって糞を片づけたら仕事を終えた気持ちになってしまうことがある。しかし、餌やりも掃除も、動物を健康に飼うための手段に過ぎません。肝心の動物を見なければいけません。じっくり見て感じなければ気づきは生まれませんし、解決のヒントも答えも、必ずそこにあります。
堂上:それはまさに「向き合う」ということの本質ですね。人間同士でも、自分が心をオープンにすれば相手もオープンになってくれることがあります。相手が人であっても動物であっても、あるいは自然であっても、本気で向き合うことで初めて始まる対話があるんですね。
鍋西:観察と発見のプロセスは、仕事も趣味もまったく同じです。注意深く見なければ、発見は決して生まれません。

飯野:だからこそ私は、志と熱量を持つ人と一緒に仕事がしたいと思っています。そういう方々は自ら現場へ出て、観察し、発見し、偶発的な出会いを手繰り寄せる。
鍋西先生との出会いも、そこから堂上さんにつながったことも、その積み重ねです。一人でやるよりも、みんなで熱量を掛け合わせた方が、人生は圧倒的に豊かになりますから。
堂上:コミュニティや居場所を多く持つ人ほどウェルビーイング度が高いという研究データもあります。好奇心を持って人と会うと、自分が「知らないことすら知らなかった」という新鮮な驚きに出会える。対話こそが、新しい世界を開く扉になりますね。
研究は、現場に届いて初めて価値になる

堂上:鍋西先生は大学で研究に没頭されるだけでなく、会社を立ち上げ、事業化まで進めていらっしゃいます。研究者という立場から、そこまで一歩を踏み出す原動力は何だったのでしょうか?
鍋西:大学時代の恩師から科学的・論理的な思考法を学び、卒業後は農業改良普及員として現場の農家さんを支援しました。その後、畜産試験場で研究に携わり、現場の課題を解決する研究の面白さを知ったんです。「こんな技術があったらいいな」というアイデアを小さな規模でも形にして、農家さんに実際に使ってもらい、喜んでもらう。その経験が原点になっています。
大学では、自分が課題だと信じるテーマに、自らの責任で打ち込むことができます。研究室で大切に育てた技術が花開き、農家さんに導入されて「先生、使ってみましたよ!」と声をかけていただけるときが、何よりもうれしい瞬間ですね。
一方で、これまでは研究成果が生まれても、製品化はメーカー企業に委ねるしかありませんでした。当然、企業は投資額や回収リスクを考慮するため、ハードルが高いと判断されれば開発が止まってしまう。ならば、自分が思いついた技術は、最後まで自分の手で農家さんへ届けようと決意し、大学発ベンチャーのライブストックジャパン株式会社を立ち上げました。

堂上:大学の研究者の方々が「事業化や社会実装が必要だ」と口にされても、実際に一歩を踏み出す方はそう多くありません。基礎研究や論文の執筆に価値があるのはもちろんですが、鍋西先生は最初から「現場で使われて喜ばれてなんぼだ」という軸をお持ちですね。
鍋西:もちろん、多様な研究スタイルがあって良いと思っています。基礎研究をどこまでも深める方も、論文執筆に全力を注ぐ方も不可欠な存在です。ただ、私が扱うのは現場で使われることを目指すテーマ。だからこそ農家さんに届き、喜んでもらうところまでやり切りたい。それが私の信念であり、研究を続けるモチベーションです。
堂上:日本では、大企業にいる人ほどコンフォートゾーンから抜け出しにくく、自ら事業を起こす“アニマルスピリッツ”を持つ人が少ないとも指摘されます。先生のように、研究で終わらせずに社会実装までやり切ろうとする姿勢は、まさに世の中を変革していく行動そのものですね。
しかも、この技術によってウェルビーイングになるのは動物だけではありません。採血の危険や手間から解放される獣医師や農家さん、そして健康な生き物から生まれた食を受け取る生活者に至るまで、幸せが連鎖していく。個人から周囲、地域、地球環境へとつながっていく「Wellulu」が目指すウェルビーイングの思想そのものだと感じます。
飯野:鍋西先生はまさに「動物から痛みをなくし、健康な未来をつくる人」ですよね。研究室で生まれた技術を社会へ届けるためには、魅力的な見せ方や事業構築、産業との接続が不可欠です。私はその伴走者として、先生の挑戦を支え続けていきたいと考えています。
人も動物も健康に。「なくてはならない技術」を未来へ

堂上:最後に、お二人にとってウェルビーイングな状態とは何か、そして、これからどんな未来を創っていきたいかを聞かせてください。
飯野:私にとっては、志と高い熱量を持った人たちと出会い、つながり、一緒に挑戦し続けられている状態ですね。積極的に外へ足を踏み出せば、偶発的な出会いが生まれます。そうした魅力的な人たちの熱量を掛け合わせることが、自分自身の人生をも豊かにしてくれると実感しています。
未来に向けては、日本に眠っている優れた技術を産業として育て、世界へ届けたい。産官学と金融をつなぐエコシステムを構築し、日本のものづくりの力をもう一度、世界へ発信したいと考えています。鍋西先生の技術も、まさに世界を変える可能性を秘めた一つです。
鍋西:私にとってのウェルビーイングは、遊びも仕事も、自分がやりたいことを健康な状態で楽しめていることです。サーフィンを続けるにも、研究に没頭するにも、健康が必要です。そして私は、昔から暇な時間が苦手で(笑)。いつも新しいアイデアを考え、やりたいことに夢中になっていたい。絶えず情熱やモチベーションに満たされている状態こそが、私にとっての幸せなんです。
堂上:以前、孫泰蔵さんに同じ質問を投げかけたとき、「マインドフルな状態」と表現されていたのを思い出しました。遊ぶように熱中し、フロー状態に入っていることこそが、豊かな創造性にもウェルビーイングにもつながる。鍋西先生の生き方やお話ととても近いですね。

鍋西:現在の畜産業界は、深刻な人手不足や気候変動の影響で、厳しい状況にあります。しかし2050年になっても、人が動物性タンパク質を安心して食べ続けられる持続可能な畜産を残していきたい。
そのために、動物が健康でハッピーに過ごせ、農家さんや獣医師の方々もハッピーになれる技術を創り出したいのです。私個人の野望としては、「あったら便利」ではなく、「この技術がなければ畜産が回らない」と言われる不可欠なインフラを生み出すことです。
いつの間にか当たり前に現場で使われ、産業に欠かせない存在になっている。今回の技術がそこへ到達できるかは、これからの挑戦ですが、私はそこを目指しています。
堂上:ウェルビーイングに関わる事業は、往々にして「あったらいいね」という“ナイス・トゥ・ハブ”で満足してしまいがちです。しかし社会を持続可能なかたちで変革していくには、ビジネスとしてしっかりと循環し、「なくてはならない」という “マストハブ”へ育て上げる必要があります。
先生が目指していらっしゃる未来と、僕たちが事業づくりで目指している志は重なりますね。畜産の未来から、観察と対話の本質、そしてウェルビーイングの本質まで、たくさんの気づきをいただきました。本日は本当にありがとうございました!

【公式デモ動画】
採血せず約2秒で牛の代謝状態をアプリ表示「牛の代謝情報プラットフォーム」
https://youtu.be/O2sRKGsk4mo?si=M6LWf_E3dy5K9xZT
1973年宮崎県生まれ。北里大学大学院修了後、2001年に宮崎県庁へ入庁。農業改良普及センター、畜産試験場などを経て、2016年より北里大学に着任。ICTやAIを活用し、家畜の健康と生産性、アニマルウェルフェアを両立する技術を研究している。2020年、研究成果を畜産現場へ届けるため、大学発ベンチャーのライブストックジャパン株式会社を設立。博士(農学)。
https://livestockjapan.com/