社員のモチベーションやエンゲージメントを高めたいと考える経営者は多い。一方で「ウェルビーイングな会社になるには、何から始めればいいのか」という問いに、明確な答えを持てている企業はまだ少ないだろう。
さらにAIの普及によって、採用や評価といった人事の仕事も、社員一人ひとりの働き方も大きく変わろうとしている。そうした時代に、会社と個人がともに幸せに働ける状態とは、どのようなものなのか。
今回は、リクルートで人事採用部門を担い、これまで2万人を超える面接を経験してきた株式会社人材研究所 代表取締役社長の曽和利光さんと、Wellulu編集長の堂上研の対談をお届けする。人材戦略の出発点から仕事の意味、働きやすい職場、そしてAI時代の働き方まで、率直に語り合った。

曽和 利光さん
株式会社人材研究所 代表取締役社長

堂上 研
株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu編集長
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
ウェルビーイング経営に欠かせない人材戦略の第一歩は「社員をよく知る」こと

堂上:Welluluを運営していると、経営者の方から「ウェルビーイングな会社になるにはどうすればいいのか」とご相談をいただくことが増えました。生産性やエンゲージメントを高めたいという声も多いのですが、曽和さんのもとにもそうした相談はありますか?
曽和:「ウェルビーイング」をどう定義するかは企業によりますが、本質的には同じようなご相談をよくいただきます。実は面白い調査がありまして、HR総研の調査で、ウェルビーイング施策に取り組んでいる会社の担当者自身も「何をすればウェルビーイングにつながるのか」は実はよくわかっていない、という結果が出ているのに、なぜか成果は出ていると感じている。つまり、「幸せになってほしい」という思いで取り組むこと自体から、その気持ちが従業員に伝わって、成果につながっているようなんです。
堂上:想いが先にあって、成果は後からついてくるんですね。
曽和:本質は、会社が社員を道具としてではなく、同じ目標に向かう仲間として見ているかどうか。人に対する愛情やケア、思いやりが伝わることが、実は一番大事なのだと思います。
堂上:では、具体的には何から始めればいいのでしょうか?
曽和:リクルート時代の上司から教わった、哲学者・西田幾多郎の「善の研究」に「知るは愛に通ず」という言葉があります。対象を深く知ることは、自己を忘れて相手と一体になる「愛」の働きそのものであり、真の愛もまた対象を深く知ることから生まれるということです。相手を幸せにしたいなら、まず相手をよく知ることが大切なんです。
商品をつくる時にマーケットのニーズを見るように、社員がどんな性格や価値観を持ち、何に喜ぶ人たちなのかを知ることから始めるべきだと思います。
堂上:僕らもさまざまな方を取材する中で、ウェルビーイングは主語を誰にするかによって定義が変わると感じています。一人ひとり違って当たり前ですよね。だからこそ、一人一人との「対話」が大事だと思っています。
曽和:たとえば、能力を伸ばしてどんどんキャリアアップしたい人にとっては、学びの環境を整えることがウェルビーイングになる。そこがずれると「ゆるブラック」や「ホワハラ」のような問題が起きてしまいます。
マネジメント研修で「メンバーが大切にしていることを3つ書いてください」とお願いすると、書けない方がとても多いんですよ。これもメンバーとの対話が足りていないことを顕著に示していますよね。
上司の「自己開示」と「意味づけ」が、社員に仕事の意味を届ける

堂上:社員を知るためには、まず対話や観察が必要ですね。対話を生むためには何が必要だと思いますか?
曽和:実は効果的な対話の前に必要な段階があると思っています。それは、上司自身が「自己開示」をすることです。上司が自己開示をしないと、部下からすれば「得体の知れない人」と働いているわけです。そうなると、自分のことを話すはずがありません。
私はよく「問わず語り」と言うのですが、聞かれなくても話してくれる関係をつくるには、まず上司が自己開示をすることが大事です。1on1で質問ばかりして自分のことを話さないと、形骸化してしまいます。
堂上:僕もチームづくりでは「オープン&リスペクト」を掲げています。自分をさらけ出し、相手を尊重して話を聞く。弱みを見せ合えるからこそ、助け合いや「ありがとう」が生まれるんですよね。
曽和:まさにバルネラビリティ、弱さの強さですね。完璧を装うのではなく、何に困っているかを見せるから、情報やサポートが集まってくる。私自身も、noteで「恥ずかしいキャリアの私」という連載を書いたことがあります。コンサルタントなのによいのかとも思いましたが、結局はむしろ信頼につながったような気がします。
そしてもう一つ大切なのが「意味づけ」です。人は自分のすることに意味を欲する動物で、自分の仕事に意味を感じられるかどうかで、やりがいが大きく左右されます。相手の価値観やキャリア観に合わせて「この仕事にはこんな意味がある」と言葉にできるか。ここが、今のマネージャーに不足している力だと感じています。
堂上:2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックでは、ボランティアを「ゲームメーカー」と呼んでいました。意味づけ一つで、関わる人の意識は大きく変わりますよね。
曽和:Jリーグの「サポーター」というネーミングも同じですね。分業化や効率化が進むほど、自分の仕事が何につながっているのか見えにくくなります。そこに意味を与えることが、ウェルビーイングの中核にあると思います。
ただ、会社のパーパスに無理に合わせる必要はありません。誰と働くか、どんな力が身につくかなど、会社とのつながり方はいくつもある。合うところを探していけばいいんです。
働きやすい職場とは?「いい会社」より「好きな会社」で働く人が幸せな理由

堂上:以前調査を実施したところ、働きたい会社の1位は「お互いが困っている時に助け合える風土がある会社」でした。給与や仕事内容よりも、社風を重視する傾向が強かったのが印象的です。
曽和:その背景には、「孤独の解消」という現代人のテーマがあると思います。趣味や価値観が多様になった分、同じ考えの仲間が身近にいない。働き方改革やリモートワークで、時間や空間の面でも人とのつながりが減っています。
堂上:会社を一つのコミュニティとして、居心地のよさや成長できる環境、人とのぬくもりを求めている感じがします。
曽和:すごく感じますね。人材研究所は社員の7割が20代ですが、半年に一度の合宿をみんな楽しんでいるんですよ。
「人は自分の寂しさを埋めてくれるものに一番お金を使う」という言葉を見かけて、なるほどと思ったことがあります。企業が社員のウェルビーイングを考えるなら、一人ひとりが抱える孤独や寂しさを、会社としてどう捉えるのかを見ていく必要がありますよね。
堂上:コミュニティを多く持っている人ほどウェルビーイング度が高い、というデータもあります。会社がどんな環境を用意するかで、人が集まるかどうかが変わってきそうですね。
曽和:所属感や愛着は、大切にされているという実感、重要感から生まれます。キャリア自立を支援すると社員が辞めてしまうと心配する経営者もいますが、実際は逆です。なりたい自分に近づくのを会社が手伝ってくれたら、その会社を好きになりますよね。そうすれば、自ずから定着につながります。
私は「いい会社」に勤めるより、「好きな会社」に勤めている人の方が幸せだと思っています。いい会社だと思って入った人は、業績が傾くと「逃げなきゃ」と考える。でも好きな会社なら、船に穴が開いても、一緒に水をかき出そうとするんです。
堂上:僕も博報堂にいた頃、起業を考えたことがありました。でも最終的に選んだのは、社内で新しい事業に挑戦する道でした。博報堂が挑戦の場を用意してもらえたことに感謝しているから、もっと貢献したいと思えるんです。
曽和:好意の返報性ですね。私も一度リクルートを辞めて、3年後に戻してもらった出戻り経験があります。それなのに、採用責任者にもしてもらえた。もう感謝しかなかったですね。頑張るしかない、と。
以前話題になったギャラップ社の調査では、日本は従業員エンゲージメントが高い社員が6%しかいないと言われます。ただ、日本人の働く意欲そのものが低いわけではない。会社や仲間に対して恩義を感じられていないことが、数字に表れているのだと思います。
AIで人事はどう変わる?全員がマネージャーになる時代に人間が担う役割
堂上:ここからは未来の話をしたいと思います。話すにあたって、AI×働き方については曽和さんの見解を是非聞きたいです。
曽和:端的に言うと、AIが部下になり、人間が上司になっていくのではないかと思います。問いを立てて指示を出し、出てきたものを評価し、判断して実行する。これまでマネージャーがやっていたことを、新入社員も含めた全員がAIを相手に行うようになるんです。
堂上:全員がマネージャーになる時代ですね。
曽和:ただ心配なのは、若手で管理職になりたい人が2割ほどしかいないこと。人との関わりを避けて、専門をコツコツ掘りたい人たちがどう移行していくのかは、大きな課題だと思います。
堂上:一方で、AIとやりとりしていると情報量が多すぎて、疲れてしまうこともあります。結局は、人間がどんな問いを持つかが大事で、AIは壁打ち相手くらいに考えるのが適切だと感じます。
曽和:そう思います。「なぜやるのか」「何をやるのか」を問い、答えのない問題に自分の立場を決めて責任を取る。これは人間にしかできません。AIが間違えたからといって、電源を抜いても責任を取らせることにはなりませんからね。
堂上:人事の現場では、AIの活用は進んでいますか?
曽和:私も開発に関わっているAI面接は、情報収集においては既に人間よりずっと上手なんです。人間は足りない情報を想像やバイアスで埋めてしまいますが、AIはいい意味でしつこく聞いてくれる。一方で、レベル感の評価はまだ苦手です。だから今は、AIが得意な部分と、人間にしかできない判断を組み合わせて精度を高めています。
堂上:Welluluでも、これまでの取材ノウハウをAIに学ばせて、AIが経営者にインタビューする仕組みを開発しています。AIは仕事を奪う存在ではなく、一緒に働く仲間だと思っているんです。
曽和:日本はドラえもんや鉄腕アトムの国なので、AIを仲間として受け入れやすいのかもしれませんね。人手不足の日本では、AIが足りない部分を埋めてくれる存在だとも言えます。
好きなことを仕事にする未来へ。遊びと働くの境目がなくなる時代のウェルビーイング

堂上:最後に、これからの働き方がどう変わっていくのか、曽和さんの考えを聞かせてください。
曽和:一つの理想は、仕事が遊びに限りなく近づくことだと思います。苦役のような部分はAIが担い、人は遊ぶように働く。遊んでいる時って、生産性も創造性も高いですよね。
走る速さなら車の方が上でも、陸上競技がなくならないのと同じです。スポーツは単に速く走るための機能ではなく、遊び。それを仕事にしている人もいます。そうした働き方が、ビジネスの世界にも広がっていくのではないでしょうか。
堂上:そうなると、仕事の意味づけもしやすくなりそうですね。
曽和:単純作業に無理やり意味づけをするのは難しいですからね。遊びと仕事の境目がなくなれば、誰かに手伝ってもらわなくても、自分で意味を見出せる。そうなれば、社会の誰もがウェルビーイングの状態に近づけるのではないかと思います。
堂上:僕自身、今は仕事が楽しくて仕方がないんです。人と会うことが好きだからやれる。ものづくりでもプログラミングでも、好きなことが「働く」になっていけば、生産性も自然と上がっていくはずです。
以前Welluluで孫泰蔵さんを取材した際に「プレイフルネス」という言葉を伺いました。子どもがブロックを積んでは崩し、また積むように、無心で熱中できる状態で働けたら、きっと面白い社会になる。その熱狂が渦になって広がっていく社会を、一緒につくっていけたら嬉しいです。本日はありがとうございました。
曽和:こちらこそ、ありがとうございました。
堂上編集長後記:
曽和さんの本を読んで、「人」に興味を持った。元々、「人」が好きで、Welluluは「人」を中心に描こうと決めたのだが、さらに「会社の中の人」に興味を持ったのである。
曽和さんとのお話しで、僕自身が新規事業において、挑戦してきたことが、HRの文脈で言語化され、整理することができた。
イノベーションでは、会社が目指す方向性の中で、両利きの経営で、挑戦を応援できる文化が必要だと考えている。HRでは、会社の経営戦略をきちんとオープンにして、人材戦略として成立させる。両方に必要なのは、自己開示と意味づけなのである。
イノベーションでは、アントレプレナーシップをもった「意志」が重要になる。しかも、アニマルスピリッツを経営者が持つことで、成功への道をつくる。HRでは、好きなことを仕事にする未来へ動き出している。これは、仕事におけるフロー状態をつくれる環境があるかである。
曽和さんとのご縁は、僕に新たな可能性を導いてくださった。リクルート出身の方との出逢いは楽しい。僕が起業を目指したときに出逢った著書「起業の天才!―江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男」(大西康之著)も、少なからず影響を受けた。
曽和さん、素敵な出逢いありがとうございます。是非、これからもご一緒させてください!!

1971年、愛知県豊田市出身。1995年に京都大学教育学部教育心理学科を卒業。株式会社リクルートで人事採用部門を担当し、最終的にはゼネラルマネージャーとして活動したのち、株式会社オープンハウス、ライフネット生命保険株式会社など多種の業界で人事を担当。2011年に株式会社人材研究所を設立。「組織」や「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法が特徴。著書に『AI時代の採用戦略』など。