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「自分の人生は自分でつくれる」。伊藤羊一氏が次世代に手渡す、アントレプレナーシップという生き方の真髄

71万部を超えるベストセラー『1分で話せ』に象徴される実践的なコミュニケーション理論。そして「FREE, FLAT, FUN」の価値観に基づく次世代リーダー育成メソッドを軸に、現在、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)の学部長を務める伊藤羊一さん。
「人が変わっていく瞬間が、一番面白い」。そう語る伊藤さんの初期のキャリアは、実はずっと「なんとなく」の連続だった。麻布中学校・高等学校から東京大学、そして日本興業銀行(現・みずほ銀行)への入行――。誰もが羨む道を歩みながらも、ときにはメンタルを崩し、玄関先で嘔吐を繰り返すほど思い悩む日々を過ごしていた。
そんな過酷な経験を経た伊藤さんが、なぜ今は武蔵野大学アントレプレナーシップ学部の学部長として生き生きと次世代リーダーを育て、「世界をハッピーにしたい」と笑顔で語るようになったのだろうか。
15キロの減量を経て掴んだ「テンションは低く、パフォーマンスは高く」という独自の心地よい身体のあり方から、これからの未来への展望まで。今回、「Wellulu」編集長・堂上研が、対談を通じて伊藤さんのこれまでの歩みを紐解いていった。

 

伊藤 羊一さん

武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 学部長/Musashino Valley 代表/Voicyパーソナリティ

アントレプレナーシップを抱き、世界をより良いものにするために活動する次世代リーダーを育成するスペシャリスト。2021年に武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)を開設し学部長に就任。2023年6月にスタートアップスタジオ「Musashino Valley」をオープン。「次のステップ」に踏み出そうとするすべての人を支援する。また、ウェイウェイ代表として次世代リーダー開発を行う。代表作『1分で話せ』(2018年/SBクリエイティブ)は71万部超のベストセラーに。

https://www.youichi-itou.net/

堂上 研

株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu編集長

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。

https://ecotone.co.jp/

目次

15キロの減量を経て掴んだウェルビーイング

堂上:今日はよろしくお願いします。編集部から熱烈なオファーをさせていただいた伊藤羊一さんに、こうしてお時間をいただけて、本当に嬉しいです。やっと念願が叶いました(笑)。

伊藤:そう言っていただけて光栄です。

堂上:今日は羊一さんを丸裸にするくらいの気持ちで対談させていただきます。これまでのメディアではまだ語られていない一面を引き出せたら嬉しいですし、もしそうでなければ、それは僕のインタビュー力不足ということで(笑)。

伊藤:ぜひどんどん引き出してください(笑)。

堂上:では早速、タイムマシーンで過去へ遡ってみましょう。羊一さんが子どもの頃に、一番夢中になっていたものは何ですか?

伊藤:少し意外に思われるかもしれませんが、当時はひたすら勉強に打ち込んでいたんです。というのも、3歳上の姉が自宅で親から勉強を教わっている姿を、いつも横で眺めていまして。暇にまかせて見ているうちに、3〜4年先の学習内容が自然と身についてしまったのです。そのため、いざ小学校に入学してみると「そんな内容はすでに3年前に通ってきた道だ」という状態になっていました。

堂上:年の離れたご兄弟がいる方にとっては、あるあるのエピソードですね。

伊藤:私はもともと外で活発に遊ぶタイプではなくて。実は今でもそうなのですが、過度な引っ込み思案だったんですよ。最近になってようやく現在の環境に慣れてきましたが、子どもの頃から40歳を過ぎるまでずっと、自分に自信を持てずにいました。

そんな私が、人生で初めて「自分はこれができる」と自信を持てたのが、勉強の領域だったのです。やはり、成果が出ると純粋に楽しくなりますから。

堂上:今の羊一さんを拝見していると引っ込み思案という印象は全く受けませんが、お会いした瞬間に、とても繊細で人見知りをされる方なのかな、とは感じていました。

伊藤:お分かりになります? 本当は大変な人見知りなんです。ただ、それではビジネスの現場で仕事になりませんから、後天的な技術として身につけたコミュニケーション力でカバーしているに過ぎません。

本音を言えば、できるだけ新しい人間関係を広げたくないですし、プライベートでは誰とも出かけたくないくらいです(笑)。夜の会食に赴くのも年間で数回あれば良い方で、忘年会の類には一切参加しません。

堂上:「Wellulu」にご出演いただいたゲストのなかでも、そこまで徹底されている方は例がないかもしれません(笑)。

伊藤:とはいえ、昔は「ビジネスパーソンたるもの、夜は会食に出向くものだ」と思い込んで無理をして参加していた時期もありました。しかし、お酒の席だと大体1時間を過ぎたあたりから、相手が同じ話を繰り返し始めてしまうことも少なくありません。なぜその時間に付き合わなければいけないのかと、次第に焦燥感を覚えるようになってしまって(笑)。

そこで、2次会へ付き合うのをやめたのが10年以上前のことです。最初は「付き合いが悪い」と周囲から言われましたが、思い切って断るようになってからは、驚くほど心身が心地よく整いました。

夜の時間に本を読んだり、お風呂でゆっくり寛いだり、ギターを弾いたり、ベランダで静かに佇んだり。その選択がもたらした好影響は大きく、今はとてもハッピーな毎日です。

堂上:先日、羊一さんの過去のYouTube動画を遡って拝見したのですが、今とは雰囲気が別人のようで驚きました。

伊藤:別人でしょ(笑)。実は1年半ほど前に、身体を壊してしまったんです。海外出張が頻繁に重なり、慣れない英語でのコミュニケーションによるストレスも蓄積していました。その結果、血糖値が455、血圧も200を超えてしまった。さらに排尿機能まで正常に働かなくなり、オムツを着用しなければ仕事が継続できないという過酷な状態に陥りました。

堂上:ええ……! そこまで深刻な状況だったのですね。やはり過度なストレスが原因だったのでしょうか。

伊藤:きっとストレスですよね。当時は、移動するだけで心身が摩耗していましたね。そこから一念発起して、生活習慣を劇的に変えてみたのです。

毎日必ず1万歩を歩くことを課し、食事のバランスも徹底的に見直しました。主治医と相談しながら真摯に取り組んだところ、半年間で約15キロの減量に成功。身体が軽くなると、驚くほど脳のパフォーマンスが向上し、心の重荷もすっと消えていきました。

人生で初めて、真の意味でのウェルビーイングな感覚を掴むことができたのは、まさに今なんです。

堂上:減量をきっかけに心まで軽くなったのは素晴らしいことですね。とはいえ、現在も極めて多忙な日々を送られているかと思いますが、1日の生活リズムはどのようなサイクルなのですか?

伊藤:毎朝4時半から5時の間に自然と目が覚め、まずは散歩に出発します。1日1万歩という目標は日中だとハードルが高いので、朝の静かな時間のなかに4,000歩ほどを組み込んでしまうのです。お気に入りの音楽を大音量で聴きながら歩くと、逆に思考が集中し、どこまでも歩いていけます。

そして、午前中は基本的に予定を入れないようにしました。従来の定例会議もすべて私は出席せず、人に任せるようにしました。ハードディスクのデータを最適化する「デフラグ」という作業がありますよね。あの時間が確保できないまま過ごしていると、脳のメモリが確実に疲弊してしまいます。午前中にあえて「何も決定しない贅沢な時間」を作るからこそ、午後からバシッとスイッチを入れて圧倒的なエネルギーを出力できる。その推進力は、午前中の「デフラグ時間」から生まれているのです。

堂上:現代のビジネスリーダーにとって、非常に示唆に富むタイムマネジメントですね。

伊藤:59歳を迎えた今、これからの10年から15年で成し遂げたいことが山ほどあります。そう考えたとき、自らのパフォーマンスを最大限引き上げなければならないという、本気の覚悟が定まりました。

完璧なレールの裏側で生じた心身の限界

堂上:現在の羊一さんが形作られるきっかけとなった原体験について伺いたいです。頭脳明晰で神童のようだった小学生時代を経て、その後どのような歩みがあったのでしょうか? ヒストリーをもう少し詳しく聞かせてください。

伊藤:その後は、麻布中学校・高等学校へ進学しました。麻布高等学校というのは少し不思議な校風の学校で、徹底的に自由を大事にしながら、1学年に約300人の生徒がいたのですが、そのうち200人ほどが当然のように東京大学を受験する環境だったのです。

一浪を経て無事に東京大学に入学したあとも、将来の進路は日本興業銀行(現・みずほ銀行)か官公庁あたりに進むのだろうな、と。自分の人生に対して、良い意味でも悪い意味でも抗わなかったというか、あまり主体的に考えずに生きてきたのです。

勉強が特別に好きだったわけでも、どうしても成し遂げたい夢があったわけでもありません。社会とはそういうものだと思い込み、ただ流れに身を任せていただけでした。

堂上:麻布学園から東京大学、そして日本興業銀行への入行。外から拝見する限りは、非の打ち所がない完璧なエリートコースそのものですよね。

伊藤:傍目にはそう見えますよね。ただ当時、私の胸の奥には、言語化できない激しい葛藤がうごめいていました。それが長い年月を経て、今になってようやく現在の活動という形で結実しているのだと思います。

実際、社会人になってからは、早々にメンタルを破綻させてしまいました。周囲の優秀すぎる同期や同僚たちに圧倒され、かつ当時の銀行の体育会系的なカルチャーにも全く馴染むことができず、次第に身体がSOSを発するようになっていったのです。ついには会社にも行けなくなって、毎朝、スーツを着用して玄関から一歩出ようとすると、その場で激しく嘔吐してしまう。

堂上:身体が拒絶反応を起こすほど、精神的に追い詰められてしまっていたのですね。

伊藤:それでも救いだったのは、当時の上司や仲間たちが、見捨てることなく優しくサポートし続けてくれたことです。

そうして苦しんだ末、入行3年目を迎えた頃、ついに心から「やりたい」と思える仕事に出会いました。あるマンション開発会社向けの土地購入案件だったのですが、私のなかに強い衝動が走りました。「この仕事を私にやらせてください」と上司に直訴したのです。すると上司は「よし、みんなで羊一をフルサポートしろ」と即座に声をかけてくれ、チーム一丸となって私を支えて動いてくれました。

あのとき、「なぜあそこまで周囲に助けてもらえたのか」と今になって振り返ると、おそらく当時の私に、一切の「邪気」がなかったからではないかと思うのです。無邪気さや、目の前の仕事に対する純粋な素直さみたいなもの。それが、言葉を超えて周囲に伝わっていたのかもしれません。その成功体験を通じて、私は人生で初めて「仕事って面白いものなのかもしれない」と思うことができたのです。

堂上:でもそれは、羊一さん自身が周囲を動かそうとして意図的に計算していたわけではないですよね。飾らない「素」のあり方だったからこそ、周りの心が動いた。自らの窮地を救ってくれる最高の仲間に恵まれていたこと、その関係性自体が、すでにウェルビーイングですよね。

伊藤:本当にその通りだと思います。あの過酷な挫折と救済の経験があったからこそ、「人と信頼を重ね、ともに何かを創り上げていくこと」の豊かさを、身体の感覚として刻み込むことができたのでしょう。それが、のちの私のライフワークである「リーダー育成」への関心へ、じわじわとつながっていったのだと確信しています。

ダイエー創業者・中内㓛の魂と共鳴した、覚醒の瞬間

堂上:その後、大手文具・オフィス家具製造流通カンパニーであるプラス株式会社へと籍を移されるのですね。

伊藤:当時は流通カンパニーのロジスティクス(物流企画)の職務に就いていたのですが、日々の業務のなかで自分には圧倒的に「自分の頭で考える力」が足りていない事実に直面しました。そこで一念発起し、グロービス・マネジメント・スクールに通ってクリティカル・シンキングを学び始めたのです。

実は当時の私には、本質的な思考力が決定的に不足していました。東京大学に入学するまでは、ただ「暗記」の技術で乗り切っていましたから。36歳を迎えたとき、グロービスでの学びを通じて「物事を論理的に深く思考するとは、こういうことだったのか!」と、生まれて初めて本当の意味での『考える』という感覚を掴んだ気がします。

そこから脳を徹底的に鍛え上げたことで、ようやく現在の私のベースとなる思考力が培われました。そうして一歩ずつキャリアを積み上げていた最中の2011年3月、東日本大震災が起こったのです。

堂上:東日本大震災は、羊一さんの人生において決定的な大きな転機になったと伺っています。

伊藤:それまで当たり前のように機能していた社会のインフラや物流が、一瞬にしてすべてストップしてしまった。強烈な喪失感のなかで「一体、ここからどうすればいいんだ」と呆然としていました。そんなとき、私の頭のなかに突如として、ダイエー創業者である中内 㓛(なかうち いさお)氏の姿が鮮烈に浮かび上がってきたのです。

中内氏は戦後の焼け野原のなかから、「おいしいものを、いいものを、より安く国民に届けたい」という凄まじい一念で日本の流通革命を成し遂げた偉人です。昔、テレビのドキュメンタリーで観て「とてつもない人がいる」と胸に刻まれていた記憶が、3.11という危機の瞬間に、時空を超えて私のなかに急に降りてきた。

あのとき「中内氏が命を懸けて流通事業に取り組み、阪神大震災でいち早く店舗営業を復活させたことを、今度は自分がこの手でやらなければいけない。寸断された物流ネットワークを、何が何でも早く復旧させるんだ」という使命感に突き動かされました。

堂上:「Wellulu」でこれまで数多くのビジネスリーダーにお話を伺ってきましたが、内発的な動機だけでなく、震災というあまりにも巨大な外因によって天命が引き出されたエピソードは非常に印象的です。

しかしそれも、羊一さんがそれまで積み上げてこられた現場の泥臭い基礎体力があったからこそ、あの瞬間に中内氏の魂と共鳴したのでしょうね。

伊藤:私には、2004年の新潟県中越地震のときに、物流の現場にいながら何も貢献できなかったという深い悔恨が原点にありました。その悔しさをバネに、日々の仕事のなかで大雪や土砂崩れといった災害が起きるたび、常に現場の先頭に立ってトラブルを解決する筋肉(基礎体力)を無意識に鍛え上げていたんです。

だからこそ、3.11のときは脳で損得を考えるよりも先に、身体が自然と動いていました。あの瞬間に、俺が世の中に対して貢献できることはこれだ、という感覚を得たんです。「生きたくても生きられなかった子どもたちや多くの命がある。ならば、生かされた自分は自らのやることを全うして世の中に貢献するしかない」と。

あのとき、私のなかのマインドとスキルが完全にシンクロしました。この瞬間のことを振り返ると、今でも自然と目頭が熱くなってしまうのですが……まさに私の人生における「覚醒の瞬間」でした。

堂上:危機のときに、自分の中の核みたいなものが浮かび上がってくるというのはありますよね。その後、プラス株式会社でヴァイス・プレジデント(カンパニーのナンバー2)として経営の重責を担われるようになったわけですが、そこから一転してヤフー株式会社(現・LINEヤフー株式会社)へと転身された経緯を教えていただけますか?

伊藤:経営陣の一角として全社を俯瞰する立場になりましたが、あるときを境に、PL(損益計算書)を作ることに全く興味が湧かなくなったんです。

それよりも、全国の文具販売店の営業の方々と深く向き合うなかで、彼らにビジネスの仕組みやファイナンスの知識を『教える』こと、彼らの成長を支援することに、何物にも代えがたい情熱を抱くようになりました。そして、そうして人の育成にコミットしていると、結果として後から事業の数字が完璧についてくるという普遍的な真理に気づいたのです。

そんな折、当時ヤフーの宮坂学社長から「次世代のリーダーを育てるために力を貸してほしい」と声をかけられ、2015年にヤフーの次世代経営者・リーダー育成機関である「Yahoo!アカデミア」の学長として参加しました。

伊藤:2011年から、ソフトバンクの孫正義社長(当時)が主催した「ソフトバンクアカデミア」に参加することとなり、そこで私は、「情報革命で人々を幸せに」という孫正義氏の圧倒的な思想に心底、心酔したのです。自分はどうすればこの壮大な情報革命に参画できるだろうか。インターネットビジネスを自ら立ち上げることだろうかと模索を重ねた末に辿り着いたのが、これからの時代を担う『次世代のリーダーを無数に生み出していくこと』。これこそが私の果たすべき唯一無二の役割だという確信でした。宮坂社長ともソフトバンクアカデミアを通じて知り合ったので、自然の流れだったんだと思います。

プラス時代も、グロービスでの講師経験でも、私が最も魂を揺さぶられたのは「人が劇的に変わっていく瞬間」に立ち会えたときでした。だからヤフーに移籍したのも、事業そのものの拡大より、人の育成を行いたいから、ということでした。

「Yahoo!アカデミア」の学長に就任してから、本格的に教育の世界へと舵を切りました。現在、PayPayの社長を務める中山一郎氏や、LINEヤフーのCFOである坂上亮介氏なども、当時の私の「門下生」にあたります。

堂上:素晴らしい実績です……。「人が変わっていく瞬間」を見届け、その才能を開花させていく体験は、まさに教育者としての醍醐味ですね。

そこからさらに、武蔵野大学での日本初となる「アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)」の設立へと至るストーリーについても、ぜひ詳しくお聞かせください。‎

「人が変わっていく瞬間」のために。

伊藤:ヤフーでカンファレンスを開催した際、最終的に日本の未来を変える最重要テーマは「教育」にある、という明確な結論に至ったのです。その会場に、たまたま参加されていた武蔵野大学高等学校の校長先生を通じて同大学の学長をご紹介いただき、お会いした一瞬で意気投合しました。

数カ月後、学長から「伊藤さんのようなマインドを持った人材を育てたい。一緒に新しい学部をつくりませんか」と、声をかけていただいたのです。「それは、既存の経営学部のようなものを作るということですか?」と尋ねると、「いえ、既存の枠組みには囚われません。羊一さんの自由な発想で、ゼロからつくってほしいのです」と。そこから2週間で新しい学部のグランドデザインを書き上げました(笑)。

起業家を育てることだけが目的ではなく、「自分の人生を主体的、かつ自然体で生きる」ことをコアコンセプトに据えました。教員陣は全員が現役の実務家で構成し、1年生は全員が全寮制で寝食をともにして共に学ぶという設計です。さすがに前例がなさすぎて却下されるだろうと覚悟して企画を提出したところ、学長は「素晴らしい、このまま進めてください」と即決された。これには本当に驚きましたね。

堂上:そこから日本初となる「アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)」という名称が誕生したのですね。

伊藤:本当は「自分の人生を生きる学部」という名前が一番本質を表していると思ったのですが、さすがに大学の学部名としては認められないと思いまして。既存の学問領域のなかで、最もその思想に近い概念が「アントレプレナーシップ(起業家精神)」だったため、ある意味では後付けのネーミングだったと言えます。

堂上:開設されてから、ちょうど6年目を迎えられましたね。実際に卒業していった1期生、2期生の方々は、どのような進路を歩まれているのでしょうか。

伊藤:これは私の大きな自慢なのですが、1期生・2期生の約120人のうち、ストレートの4年間で卒業していく学生は各学年40人ほどしかいないんですよ。残りの学生の多くは、在学中にあえて休学を選択して起業の準備に没頭したり、海外へと飛び出したりして、5年をかけて自らの意志で卒業していきます。

進路の割合としては、約2割が実際に起業やベンチャーの立ち上げに関わり、6割がスタートアップをはじめとする「自分が本当に働きたい」と願う企業へ就職。残りの学生は海外のフィールドや大学院へと進学しています。

アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)では最後の学期に、下級生たちに向けて「私はこれから、どのような人生を生きていくのか」という決意のプレゼンテーションを卒業する学生一人ひとりに課しています。そこでは、いわゆる就職先ランキングや企業の知名度がどうだとか、そんな世間の尺度を口にする学生は一人もいません。「私はこの世界でこれがやりたいから、この仕事に就くんだ」という言葉を、誰もが目を輝かせながら語ってくれるのです。

伊藤:大学1年生として入学してきたときには、「自分が何をやりたいのか分からない」ともがき苦しみ、ときには「この学部は最低だ」と反発していたような学生たちもいます(笑)。そこから3年、4年の歳月をかけて、最後には「私はこうして生きていく」と堂々と宣言する。最初の卒業生を送り出したときは、涙が止まりませんでした。これこそが、本当に私が目指していた教育のあり方だなと。

堂上:有名企業の就職実績や肩書きといった外側の物差しではなく、「自分の言葉で、自分の人生を語れるかどうか」。それこそが本質ですよね。現在の大学教育ではなかなか実現が難しいからこそ、アントレプレナーシップ学部が時代から熱烈に必要とされているのだと感じます。

伊藤:本当に、そんな最高の学部を仲間たちと創り上げることができたなと自負しています。彼らのこれからの未来に、何が起きるかは誰にも分かりません。会社に馴染めないことだってあるかもしれない。

しかし、どのような境遇に置かれようとも、「未来は、自分自身の手でいくらでも創り出せる」という揺るぎない身体感覚を、在学中に掴んでもらえたことが何よりも嬉しいんです。これこそ、まさに教育者冥利に尽きると言うほかありません。

テンションは低く、パフォーマンスは高く

堂上:ここまで羊一さんの密度の高い半生を伺ってきましたが、今の羊一さんにとっての「ウェルビーイングな状態」を改めて言語化すると、どのような定義になりますか?

伊藤:一言で表現するなら、「テンションは低く、パフォーマンスは高く」ですね。今こうして堂上さんと対話している時間は、意識的にスイッチを入れているので熱量が高く見えますが、私の日常のテンションは驚くほど低いのです。

感情や気分の波がない一定の状態を保つことで、脳の出力(パフォーマンス)は劇的に高まります。朝は自分の中でコントロールし、昼からグッと集中力を上げて、夜にはまた穏やかに下げていく。

この一定のリズムを自律的に保てていることが、私にとって最も心地よい状態です。ただ、だからといって「全員がテンションを低く保つべきだ」と、他者に押し付けるつもりは毛頭ありません。

堂上:ウェルビーイングとはどこまでも主観的なものであり、一人ひとりのグラデーションがあって当然ですよね。「Wellulu」でもこれまでに200人以上のリーダー層を取材してきましたが、誰一人として同じ定義はありませんでした。それで良いのだと僕たちも確信しています。

では最後に、羊一さんが見据えている「未来への展望」をぜひお聞かせください。

伊藤:語り出すと、2時間ぐらいになりますよ(笑)。端的に言うと、現在、15世紀ぐらいから続いてきた、欧米中心的な価値観や資本主義のシステムが、明らかな制度疲労を起こしています。ロシアやウクライナ、アメリカやイランを巡る昨今の緊迫した国際情勢の混迷も、すべてはその表れだと捉えています。

世界はこれからさらなるカオス(混沌)の時代を迎えると思います。しかし、私たちは必ず混迷を乗り越えることができる。その際、新しい世界のあり方を「もう一度ここから創り直そう」と提示できるのは、日本や韓国、インド、そしてASEANをはじめとするアジアの国民性、精神性だと信じています。

自然界のあらゆるものに神が宿ると見る「八百万(やおよろず)の神」の思想や、「礼に始まり礼に終わる」という他者への敬意、そして「和を以て貴しとなす」という共生の精神。

日本が独善的にリードすべきだとは思いませんが、日本が主体的にリーダーシップを発揮し、韓国やインドとも深く連携していく。私は資本主義のダイナミズムも好きですし、欧米の人たちとも友人になれると思っている。しかし、既存のシステムが限界を迎えている今、その先にある新たな世界を作っていく担い手として、アジアが今こそ動くべきだと確信しています。

堂上:アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)のコアコンセプトである「自分の人生を生きる」という個人のウェルビーイングが、ミクロな領域を超えて、地球規模の文明論やこれからの時代精神へとつながっていくのですね。

伊藤:政治、教育、ビジネス、どの領域であっても構わない。伊藤羊一という一人の人間として、「みんな幸せになろうぜ」「積極的に動いて挑戦しようぜ」というメッセージを、自らの生き様を通じて発信し続けたい。まさに「この指とまれ」の精神で。

私自身が権力者や支配的なリーダーになりたいわけではありません。世界中の人々がそれぞれの場所で主体的に動き出し、いきいきと目を輝かせながら世界全体がハッピーになっていく。そんな未来の景色を、私は皆とともに作っていきたいのです。

……ここまでお話したのは、今日の対談が完全に「初出し」ですよ(笑)。

堂上:そんな大切な未来の思想を、この場で初めてお話いただけて本当に光栄です! 今日は魂が震えるような素晴らしいお話を、本当にありがとうございました。

未来をより良く変えていく大切な同志として、ここから一緒に歩みを始めていただけたらこれ以上なく嬉しいです!

堂上編集長後記:

羊一さんとのお話は、僕の中のやりたいことが、どんどん羊一さんのやってきたこととシンクロしていく不思議な時間だった。

なんだろう。この感覚は?

魂が震えるというのは、こういう感覚だろう。リーダーシップ、アントレプレナーシップ、マネジメント、エデュケーション、プレイフルネス、エディター、ウェルビーイング、イノベーション。どんな言葉も、羊一さんは、さらっと語ってくださる。

僕は羊一さんに何より、熱い気持ちをいただくことができた。Welluluで対談させていただいて、ほぼ編集をせずに、この熱っぽさを伝えることができたらと思って、ノーカットで書き留めた。

僕は、羊一さんに負けないくらいパッションをぶつけてウェルビーイング共創社会を創る。強い気持ちをあらためて感じさせてくださった羊一さんには感謝である。

どうもありがとうございました。

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