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【ブランド責任者のB面】伝統を守るために変わり続ける!老舗醬油蔵当主が伝えたい、目に見えない「時間的価値」

地域とのつながりを守り、伝統的な醸造方法で醬油をつくる「笛木醤油」。当主の笛木吉五郎さんは、かつて家業を継ぐことに葛藤を抱えていた。しかし、今では自らの使命として醤油づくりと向き合い、次の世代へバトンをつなぐための挑戦を楽しみながら続けている。

過去から受け継ぐものと、未来へむけて変えていくもの。家業を継ぎたくなかった青年は、なぜ十二代目当主として歩むことを決意したのか。その価値観と仕事観に迫る。

笛木吉五郎(ふえき・きちごろう/本名:笛木正司)さん

1789年(寛政元年)創業、230年以上の歴史を持つ老舗醤油蔵・笛木醤油の十二代目当主。

明治大学商学部在学中、米国ジョージ・ワシントン大学へ留学。
留学中に海外で販売される「金笛しょうゆ」を目にしたことをきっかけに家業を継ぐことを決意。

2017年に社長就任。「自らが納得できる醤油ができたときに襲名する」という家訓のもと、2018年に十二代目「吉五郎」を襲名。

現在は木桶仕込みの伝統を守りながら、海外展開や「金笛しょうゆパーク」の運営などを通じて、醤油文化の発信に取り組んでいる。

目次

創業は江戸時代。老舗当主は「伝統」が嫌い?

──初めに、笛木醤油について教えてください。

笛木さん:笛木醤油は、江戸時代から続く醤油蔵です。創業当時から続く木桶仕込みによる天然醸造を大切にしながら、235年以上醤油づくりを続けています。

──伝統ある醤油蔵なんですね。すごい!

笛木さん:「伝統ある会社」とよく言われます。でも、僕は「伝統」という言葉が、嫌いなんですよ。

──え⁉

笛木さん:「伝統」では未来は保証されないし、「伝統」で飯は食っていけませんよね?

──確かに、そうですよね。歴史の長い老舗企業が廃業したというニュースを見る機会も増えている気がします。「伝統」があっても続けていけないのか…と少し寂しくなります。

笛木さん:実際、醤油業界も決して楽な状況ではありません。昔は地域ごとに醤油蔵がたくさんありましたが、大量生産・大量流通の時代になり多くの蔵が姿を消しています。

有名な老舗醤油蔵でさえ、廃業に追い込まれている現状です。

──そんな状況の中、十二代目当主として事業を継承されたんですね。

笛木さん:それも、元々は継ぎたくなかったんですよ。

──2度目になりますが…、え⁉

笛木さん:僕が高校3年生のときに父が亡くなって、その時に本当は継がなきゃいけなかった。でも、当時はとてもそんな気持ちにはなれなくて。

──そんな青年が、なぜ継ぐようになったのでしょうか?

笛木さん:大学進学の際、アメリカに留学したんです。そしたら、アメリカの日本食スーパーに私たちの「金笛しょうゆ」が並んでいました。日本の小さな醤油屋の商品が、「なぜアメリカの棚にあるのだろう?」とそのときに疑問を持って…。

母親から聞いたのですが、父親には「日本の伝統的な醤油を、世界に届けたい」という夢があったみたいで、その実現のために海外への販路開拓にも力を入れていたみたいです。

その想いに感動して、自分のミッションは笛木醤油を継ぐことだと決意しました。

ボランチ精神で会社の舵を切る

──笛木醤油の当主(社長)になって約10年経ちますが、会社のトップとして大切にしていることはありますか?

笛木さん:バランスですかね。醬油づくり体験やスイーツ開発などの大胆な事業展開もやりますが、極端に攻め続けると会社経営は傾くと考えています。

創業当時から変わらない醬油づくりの製造方法は守る、そして新しいことにも挑む。守ると攻めるのバランスを大切にしています。

──そのバランス感覚はどのように身に着いたのでしょうか?

笛木さん:子どものころからサッカーを続けていて、ポジションが「ボランチ」なんですよ。

──ボランチ…、会社経営にどう関係しているのでしょうか?

笛木さん:ボランチはチームの攻守をコントロールする役割があって、そのときの姿勢が今にも生きていると思います。

大学時代の恩師からも「会社経営はバランスが大切」と教えられていたので、攻めるところは攻める!守るところは守る!その感覚を当主として大切にしています。

──おもしろい考え方ですね!笛木醤油として守っているところ・攻めているところを続けて教えてください。

笛木醤油が守る!「伝統醸造」と「地域のつながり」

──それでは、十二代目当主として守り続けていることから教えてください。

笛木さん:いくつかあるのですが、醬油づくりの醸造方法は変わっていません。大きな杉の木桶を使い、1~2年かけてゆっくり発酵熟成させています。

スーパーでよく見る醬油のほとんどがタンクで仕込まれ、約6ヵ月程度で醸造されます。

木桶で作られる醬油を「木桶仕込み醤油」と言うのですが、ゆっくり時間をかけて醸造することで、奥行きのある香りやコクが生まれるんですよ。

国内生産量1%!木桶仕込みを続ける理由

笛木さん:木桶仕込みの醬油って、今では国内生産量の1%未満しかないんです。

──かなり希少になってきているんですね。タンクと比較して醸造期間が長いから生産量が減っているのでしょうか?

笛木さん:それもあると思います。ただそれ以上に、お金もかかるし、手間もかかるんですよ。

笛木さん:この木桶1つでいくらすると思いますか?

──うーん…、いくらでしょうか?

笛木さん:約1,200万円します。

昔は醤油だけでなく、味噌や日本酒などの発酵にも使われていたのですが、費用や作り手の問題で今はほとんど流通していません。

──初めて木桶を見ましたが、想像よりもずっと大きいですね。

笛木さん:そう感じられる方は多くいます。樹齢100年以上の大木を切り、まず2年ほど乾燥させる。そして、職人さんの手にわたり木桶になっていくんです。

200年以上受け継がれてきた技術ですが、木桶をつくれる職人さんもほとんどいない状況になっています。このまま放っておいたら、木桶仕込みの世界そのものがなくなってしまうかもしれない。

僕たちが木桶仕込みで醬油をつくり続けることで、桶をつくる職人さんも守りたいと考えています。

──笛木醤油が守る木桶仕込みがなくなったら、その背景にある技術や想いも途切れてしまうんですね。

地域とつながり、地域の物でつくる

──木桶仕込み以外で笛木醤油が守り続けていることはありますか?

笛木さん:先ほど「伝統が嫌い」とお話しましたが、過去に笛木醤油の伝統って何だろうと考えたことがあるんです。

そうしたら醸造方法だけでなく、「地域とのつながり」も僕たちが守るべき伝統だと気づきました。

笛木家は初代からずっと地域の農家さんに助けられ、醬油づくりを続けてこれた。その恩返しの意味も込めて、醬油の原料となる大豆や小麦は今でも地域の農家さんから調達しています。

──効率やコストだけを考えれば、原料の調達先を変えるという選択肢もあると思います。それでも地域とのつながりを大切にするのはなぜでしょうか?

笛木さん:地域で生産されているものが、「金笛しょうゆ」に適しているというのが一番です。ただ、それだけでなく私たちは地域に愛される企業でありたい・地域に笑顔を届けたいと考えています。

毎年秋に創業祭をおこなっているのですが、この取り組みも「地域とのつながり」を大切にしたいという想いから続けています。

──素敵な考えですね。創業祭では何をやっているのでしょうか?

笛木さん:木桶づくりを通して、地域の子どもたちに「木育」の機会を提供しています。企画や運営に若手社員も率先して携わってくれて、地域への想いは社内にしっかり浸透しているなと感じ、うれしくなりますね。

笛木醤油が攻める!「商品開発」と「体験価値」

──続けて、笛木醤油の攻めについて教えてください!スイーツ開発やしょうゆのテーマパークなど、醤油蔵としては珍しい挑戦をしていますよね?

笛木さん:そうですね。スイーツ開発で「バウムクーヘンをつくろう!」と言ったときは、社員から「意味がわからない」という声も上がりましたけどね(笑)。

──その反対意見がある中で、なぜ推し進めようと思ったのですか?

笛木さん:父の想いを引き継ぎたかったんです。

先代から引き継いだバウムクーヘン構想

──父とは、海外展開に邁進していた先代ですか?

笛木さん:はい。父が残したノートにバウムクーヘン構想が書かれていたんですよ。「しょうゆプリン」を販売している醬油蔵は地方にいくつかあるんですけど、バウムクーヘンを販売している醬油蔵はない。

前代未聞なので、これはおもしろいなと。

1層1層をていねいに焼き上げるバウムクーヘンが、笛木醤油の歴史やこだわりに紐づいて「このプロジェクトは進めた方がいい!」と意思決定しました。

──何層にも重なっているバウムクーヘンの層って、木の年輪にも似てますもんね。

笛木さん:商品名を「木桶バウム」と名づけ、今ではうちの人気商品になっています。地域のイチゴや抹茶を使ったラインナップも増えています。

──反対意見を押し切ってよかったですね!

笛木さん:結果的に「木桶バウム」は成功していますが、今でも反対意見を言ってくれた社員には感謝しています。

──ん…、なぜですか?

笛木さん:社長って、その立場上、周りから何も言われなくなるんですよ。反対意見を言われたときに、もし嫌な顔をしたり・不機嫌になったりすると、みんな本音を言わなくなります。そして、会社の風通しがどんどん悪くなり、経営が傾く。

だから、「それ、おかしくない?」と言ってくれる人の声に耳を傾け、その意見に感謝するようにしています。

──なるほど。ちなみに、一番の反対者は誰でしょう?

笛木さん:妻です(笑)。僕がやろうとすることに、だいたい反対するし、否定してくる。

また、経営企画の会議は、僕以外は全員女性なんです。みんな、僕に対してものすごく言ってくれます。「それは違う」って。

この意見を言い合える環境は、今後も大切にしていきたいですね。

3世代で楽しめる醬油テーマパーク

──醬油蔵では珍しい挑戦として、醬油のテーマパークもありますよね。

笛木さん:はい。「金笛しょうゆパーク」は、醤油の魅力やおいしさを「体験」を通して伝える場所です。

笛木さん:たとえば実際に醤油づくりに使った木桶や、仕込み最中のもろみを間近で見てもらうなど。食べる・学ぶ・買う・遊ぶことができる醬油蔵は、他にはありません。

──食べる・学ぶだけでなく、遊ぶこともできるのがいいですね!

笛木さん:お孫さんを連れて、親子3世代で立ち寄ってくれるお客様もいらっしゃいます。

──確かに、小さい子どもと訪れたいスポットですね。「金笛しょうゆパーク」はどういった経緯で誕生したのでしょうか?

笛木さん:金笛しょうゆのファンを増やしたかったんです。ただ金笛しょうゆをスーパーに並べるだけでは、一般の方には違いが伝わらないんですよ。

「よく見る醤油と『金笛しょうゆ』は何が違うんですか?」って言われたら、もうそこで終わり。発酵に時間をかけ、職人の技術によって「金笛しょうゆ」がつくられていることをちゃんと届けたいと思い「金笛しょうゆパーク」をスタートしました。

失敗を恐れない!異端児として笑顔を届け続ける

──笛木醤油はおもしろい取り組みに積極的に挑戦していますが、失敗は怖くないんですか?

笛木さん:ゼロから新しいことに挑むことが「怖い」と感じる人は多いですよね。でも、笛木醤油は変化を恐れず、どんどん挑んでいきたい。

──なぜそんな前向きなのでしょうか?

笛木さん:「常若(とこわか)」という言葉をご存じでしょうか?

──とこわか…?すみません。知らないです。

笛木さん:常に新しく若々しい状態を保ちながら、大切なものを受け継いでいくという考え方です。

伊勢神宮では「常若」の考え方に基づいて、お金も労力も時間もかけて、20年に一度わざわざ社殿を新しくしています。

──完全に新しくするということですか?

笛木さん:はい。社殿を新しく建て替えるんです。なぜそんなことをするかというと、大事な精神性や建築の技術を「継承する」ためなんですよ。

長く続くものは、常に若々しくあるべきだ、と。

笛木醤油も200年以上醤油をつくっていますが、常に革新的でイノベーティブな部分を持っていないとダメだと思っています。

──笛木醤油を未来に継承するために、新しくアップデートする!ということですね。

笛木さん:伝統的な部分と両立させながら、代々の当主が「やりたかったこと」を自分なりに解釈して推し進めることが、先祖に対する感謝の気持ちの現れだとも捉えています。

──そうした先祖への考え方は、普段の生活や仕事の中でも意識されているのでしょうか?

笛木さん:毎日、神棚に二礼二拍手一礼をして、月に2回はお榊(さかき)を替えます。月末には必ずお墓参りにも行きます。

うちが230年以上続けてこられたのは、決して自分の力ではありません。その感謝や畏敬(いけい)の気持ちを忘れてしまったら、人はダメになってしまうんじゃないかと思うんです。

──なるほど。ここまでお話をお伺いして、笛木さんが考える伝統や想いが少しずつわかってきた気がします。

笛木さん:あと、僕はね、ちょっと「異端児」でいたいんです(笑)。

──異端児?

笛木さん:はい。同業の方から「醤油蔵が、そんなのやって間違ってるよ」と言われるくらいのほうが、むしろおもしろい。地域の人に対しても、ちょっと笑ってもらえる、笑顔になってもらえる存在でありたいんです。

醤油って、まじめで地味なイメージがありませんか?

──昨日まではそう思っていました。でも、笛木さんのお話を聞いて少し変わりました。

笛木さん:よかったです。つくっている人間がちょっと変わっていて、楽しそうにしていたら、それだけで興味を持ってもらえる。

そういう意味で、ブランドカラーにも遊び心を込めています。

笛木さん:実は、「金笛」のブランドの色は、蔵の「紺」と、僕の好きな「オレンジ」で表現しているんです。

オレンジは橙(だいだい)色、つまり「代々(だいだい)栄える」を指しています。

自分の代で成功したから終わり!ではなく、次の十三代目に最高の形でバトンとして渡していきたい。

僕は、あくまでその中継役。つまり、「中継ぎ投手」なんですよ。

──サッカーのボランチで始まり、野球の中継ぎ投手で締める!それもおもしろいです。(投手と当主、これもかかっている?)

今伝えたい!「金笛しょうゆ」の魅力

──最後に伺います。十二代目・笛木吉五郎として、もっとも伝えたい「金笛しょうゆ」の魅力は何でしょうか?

笛木さん:一言で言うと時間的な価値ですね。

醤油って、原材料があって、製造にこれだけ時間がかかって、販売価格が決まる。でも僕が本当に伝えたいのは、いま、目の前に見えるものだけじゃないんです。

「2年間じっくり熟成させていること」「江戸時代から237年続く醤油蔵が、いまもつくり続けていること」「木桶で仕込むたった1%の醤油であること」。

そういう、長く濃密な時間の流れそのものが価値なんですよ。

Wellulu編集後記

仕事に対して、「やりたくない」「避けたい」と感じることは誰でもあります。今回インタビューをさせていただいた笛木さんもそれは同じでした。

最初は家業を継ぐつもりはなく、むしろ継ぎたくなかったと話しています。しかし、アメリカでの転機に始まり、目の前のことに向き合い続けた結果、今では次の世代へ何を残すか考え、新しい一歩を楽しみながら踏み出しています。

まずは、やりたくないことでも目の前のことに真剣に向き合ってみる。

そうすることで、その先には案外悪くない景色が待っているのかもしれません。

今回の取材を通じて、目の前にあることに真摯に向き合い挑戦することの大切さを改めて感じました。

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