変わることで、変わらない 。花王・澤田さんから学んだ「経営というデザイン」

株式会社ECOTONE代表取締役社長 Wellulu編集長

堂上 研


哲学対話から、経験と経営の本質

日本生産性本部のAOMのプログラムに参加している。今日は、とても濃い一日だった。午前は、東京大学の梶谷真司さんによる哲学対話。問いは「大人とは何か?」。正解を探すのではなく、一人ひとりが持つ「大人感」を言葉にして、聴き合う時間だった。同じ「大人」という言葉でも、思い浮かべるものは人によってまったく違う。

午後は、花王の澤田特別顧問をお招きしてのセッション。ファシリテーターは学習院大学名誉教授の内野先生で、テーマは「これまで経験したときを一緒に振り返りながら企業経営を考える」。午前の問いを抱えたまま、午後の話を聞いた。すると、二つの時間が一本の線でつながっていった。

澤田さんは研究に長く携わり、その後、社長・会長を務めた。いまは複数の企業で社外取締役もしている。「自分の会社と、外の会社。両方を見てきた立場から話したい」という前置きから講演が始まった。キャリアの出発点は研究所。最近、ゆかりのある土地で講演をしたとき、自分の経験を追体験したそうだ。今日のお話も、その追体験を通したものだった。研究の道に入るうえで大きかったのは、「技術の花王」の礎を築いた先達との出会いだという。身近なご縁をきっかけに、「研究とはこういうものだ」という姿に触れた。

ここからは、僕が澤田さんから受け取った7つの学びをまとめておきたい。

相反するものを、両方実現させる

澤田さんは、研究とは「相反することを両立させること」だと言う。汚れはしっかり落とすのに、目にしみない。水でつくるのに、水には溶けない。しっかり洗えるのに、すすぎの水は少なくて済む。どれも「あっちを立てれば、こっちが立たず」が起こる課題だ。それを乗り越える鍵は本質にある。本質に立ち戻ったとき、セレンディピティが舞い降りる。裏を返せば、考え抜いていない人のところに、セレンディピティは来ない。物事を徹底的に掘り下げて本質を考える。その深さが自分にはまだ足りないと感じた、という澤田さんの言葉も印象に残った。

もうひとつの拠りどころが「自然の摂理」だ。本質の横には、いつも自然がある。分からなくなったら、自然に戻れ。進化(変化)できる生物しか生き残れない。そして人は自然の恵みで生きているのだから、それを壊してはいけない。両立のポイントについて、澤田さんはこうまとめた。

本質を理解した上で、場面(時代)の変化の中で、変化に立ち向かいながら、状態を劇的に、または迅速に変えることができれば、両立は可能

場面によって状態を変えられれば、相反するものは両立できる。経営も同じだ、と澤田さんは言う。矛盾や二律背反は、本質を理解すれば乗り越えられる。一方で、うまくいかなかった話もしてくださった。ある技術で特許をとりすぎて独占し、結果として世の中に拡がらなかったことがあったという。技術は、囲い込むほど拡がらない。他社と組んで生まれた技術の話と並べて聞くと、その対比がよく分かる。ECOTONEが大切にしている「共創」も、まさにここにあると思った。

やるリスクと、やらないリスク

「やるリスクと、やらないリスク。あなたはどちらをとりますか?」澤田さんは会場にこう問いかけた。

まず、やってみる。そのうえで、マイナスを少しでもプラスに変える策を考え、続けていく。そして、公表もする。やらなければ、自分が世の中の変化に対応できたのかどうかさえ見えない。やってみて初めて、変化に立ち向かっていると言える。だから、人生は「やるリスク」をとるべきだ、と。質疑応答の中でも、「やらなかったら、何も見えない。何も見えないことが、一番大きなリスクだ」という話もあった。いろいろなことをやってみるうちに、分かってくること、見えてくることがある。だから、すべてやる。やるリスクをとると、人は成長する。そして、澤田さんはこうも言った。

「研究には、失敗はない」

ウェルビーイングを追いかけていると、失敗することに寛容である、という状況をつくることができた。研究者にとって、うまくいかなかった実験は失敗ではない。「この道ではなかった」と分かったという、ひとつの発見だ。本当のリスクは、やらずに何も見えないまま、時間が過ぎていくことなのだ。

澤田さんは、研究をマネジメントする立場の役割についても話してくださった。「研究マネジメントをする人は、研究の成果の枝葉をつないでいくことが大切だ」一つひとつの研究は、枝葉のようなものだ。うまくいったものも、思うように進まなかったものもある。それらをつなぎ合わせることで、はじめて一本の木になり、事業になる。失敗がないのは、どの枝葉も、誰かがつなげば意味を持つからなのだと思う。

これは、編集長の仕事にもそのまま重なる。取材で得た一つひとつの言葉や気づきは、それだけでは枝葉にすぎない。それをつなぎ、読者に届く一本の物語にするのが編集の役割だ。経営者の仕事もまた、人の挑戦の枝葉をつなぎ、無駄にしないことなのかもしれない。そして僕は、「人生にも失敗はない」と考えている。

うまくいかなかったことも、遠回りに思えたことも、あとから振り返れば、すべてが次につながる枝葉になっている。やってみたからこそ見えたものがあり、出会えた人がいる。やってみて、見えるものが増えていく。それは、成長と同じだ。だから僕は、これからも「やるリスク」をとり続けたい。そして、ECOTONEのメンバーにも、Welluluの読者にも伝えたい。やってみたことに、失敗はない。挑戦して、挑戦して、挑戦して、やり続けることが大切なのだろう。

プロダクト視点から、生活者視点へ。そして、対話へ。

澤田さんは、商品開発がうまくいっていなかった時代のことも率直に話してくださった。当時の商品開発は、自分たちの技術のためのものになっていた。使う相手の顔が見えないまま、モノをつくっていた。技術を磨くほど、自画自賛してしまう。そこで澤田さんは「誰のために研究して、誰のために開発するのか。もう一回やりなおそう」と呼びかけ、全部をつくりなおした。その結果、ブランド評価でトップに立つ商品も生まれた。さらに、世の中の動きを見据えて、新しい事業領域にも踏み出していった。

博報堂でいう「生活者発想」そのものだと思った。メディアも同じで、編集部が「いい記事だ」と思うことと、読者のウェルビーイングに本当に役立つことは、必ずしも同じではない。Welluluも、ときどき立ち止まって「この記事は誰のためにあるのか」を問い直したい。僕らは、誰をウェルビーイングにするか?という視点で話をし続けている。自分として、どんな力が必要なのか? 常にこの問いを立てたいと思う。

僕らは、ウェルビーイングに資するビジネス開発というのをベースに取り組ませていただいている。どんな風に自分たちのビジネスをデザインするか?それは、生活者の「ジョブを解決すること」かもしれない。けれども、その先には「誰をウェルビーイングにするか?」という流れでビジネスをデザインしていくことを考えていく。

もうひとつ澤田社長として力を注いだのが、「ヒトの資産」を最大限に活かすことだった。

まず、社員一人ひとりと向き合い、思いを共有した。それぞれの特性を活かし、きちんと評価するようにした。すると、みんなが輪になった感じがしたという。次に、社長への事前の根回しや資料づくりを見直した。事前のための事前があり、さらにその前の事前がある。みんなが資料づくりに追われていること自体が問題だった。かわりに、現場と直接対話する場や、社長自らが発信する場をつくっていった。日々、問題意識を持っている人にしか、セレンディピティは来ない。資料づくりに追われていては、問題意識を育てる時間がなくなってしまう。

気づく力を高めるための対話の場もつくった。対話から気づきが生まれ、気づきが潜在力を引き上げる。「やりたい仕事を探す前に、面白く仕事をすることから始めてほしい」という言葉も心に残った。「やりたいこと」が見つかるまで待つのではなく、いま目の前の仕事を面白くする。働く人のウェルビーイングの核心だと思う。働く人が自分らしく、働く場をつくっていったのである。まさに、ウェルビーイング経営そのものを実践していた。

コロナは、人と人を引き離してしまった。それでも澤田さんは、経営としてこれを「新常態をつくるチャンス」ととらえた。新しい当たり前、新しい日常、新しい普通をつくる。過去のしがらみを変えるチャンスだと。そして、会社の総力をあげて「やるリスク」をとりにいった。その中で、人と人とのつながりの大切さをあらためて確認できたという。

「違う当たり前を、つくりだそう」

危機の表には失うものがあり、裏には変えられるチャンスがある。その両面を読んで、新しい時代を待つのではなく、自分でつくる。ウェルビーイングの研究でも、人とのつながりは幸福の大きな土台として語られる。WelluluやECOTONEがつくる「違う当たり前」も、人と人のつながりを真ん中に置いたものでありたい。

澤田さんの経営は三つが一体になっているお話をしてくださった。

ブレない思考(本質):本質に立ち戻り、分からなければ自然に戻る
メッセージ(共感):対話の場で思いを共有し、企業理念を語る
経営デザイン(両立・戦略):相反するものを両立させ、やるリスクをとり、攻めと守りを両立させる

本質があるから、変化の中でもブレない。共感があるから、一人ひとりが輪になって動ける。経営デザインがあるから、相反するものを両立させ、変わり続けることができる。どれかひとつが欠けても、この経営は成り立たないのだと思う。

経営で一番大切なのは「デザイン」、そして「志」

僕は、今日澤田さんに、経営にとって一番大切なものを何かと尋ねた。そこで、澤田さんはひとこと「デザイン」と答えた。経営は、「真っ白なキャンバス」に絵を描いていくようなものだとおっしゃっていた。そこにどんな絵を描くかで、経営が変わる。研究はARTであり、経営も同じだという。そして、澤田さんは今までの人生を、漢字一文字で言うと?と尋ねた。

「志」

この言葉を聞いて、今日の話がひとつにつながった。本質を見極めるブレない思考も、人の心を動かすメッセージも、相反するものを両立させる経営デザインも、真っ白なキャンバスに向かうときのARTにすぎない。何を描きたいのかという「志」があって、はじめて一枚の絵になる。それが経営であり、生きるである。経営は、正解を当てる作業ではなく、自分たちで絵を描く創造の営みである。澤田さんの言葉は、このAOMのプログラムの精神そのものだった。キャンバスに描いてみて、思った絵にならなかったとしても、それは失敗ではない。描いてみたから見えたものがある。研究に失敗がないように、人生にも失敗はない。

変わることで、変わらない。

澤田さんは、講演をこう締めくくった。「変わることで、変わらない企業であり続けられる」「変化し続けることで、変わらない価値を続ける」時代に合わせて変わり続け、価値を生み出し続ける。その結果として、変わらない存在であり続ける。本質をきわめると、こういうことになるのだと思う。

午前の哲学対話でやった問い「大人とは何か」。

今日一日を通して、僕なりのひとつの答えが見えた気がする。大人とは、志を持って、変わらないために変わり続けられる人なのかもしれない。ウェルビーイングも、ずっと同じ状態でいることではない。年齢も、働き方も、家族も変わっていく中で、自分にとって大切なものを守るために、生き方を少しずつ変えていく。ECOTONEというキャンバスに、僕たちはどんな絵を描くのか。ウェルビーイングという志を、どんな色で表現するのか。Welluluも、ECOTONEも、変わり続けることで、変わらない価値を届けられる存在でありたい。ファシリテーションをしてくださった学習院大学の内野先生のまとめも、今日の話の輪郭をはっきりさせてくださった。

良い会社は、いい経営者がいる会社である。人としても、ちゃんとしている人がいる会社である。四角のキャンバスの中に何をデザインするかだけでなく、四角のキャンバスからはみ出している中でも、何を描くか、というのが必要になってくる。会社の中のルーティンの中から、はみ出ながらやっていく中で、時代を読みながらデザイン力が大切になってくる。時代はデザインの時代になってきている。

僕も、博報堂という枠からはみ出している。けれども、その枠の外に大きな「志」をもって、人生と経営をデザインする。生きるはARTであり、デザインである。だからこそ、ECOTONEもどんな絵ができるかワクワクしながら進もうと勇気をいただいた時間だった。澤田さん、内野先生、梶谷さん、そして一緒に対話をしてくださったAOMの皆さん、ありがとうございました。このセレンディピティに感謝です。

堂上 研   株式会社ECOTONE代表取締役社長 Wellulu編集長

株式会社ECOTONE代表取締役社長
ウェルビーイングメディアWellulu編集長
情報経営イノベーション専門職(iU)大学教授
日本イノベーション協会 理事
私生活では、3人の子供の父。趣味は、スポーツとアート。

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