香川県の瀬戸内海に浮かぶ小さな島のひとつ、直島。1990年代以降は現代アートの聖地として知られ、国内外から多くの旅行者が訪れています。瀬戸内海の島に、世界中の子どもたちが集える場を作りたいという思いから「直島国際キャンプ場」をスタートし、その後ベネッセアートサイト直島が築き上げてきたこれまでの30年、そして、これからの100年後、あるいは200年後の直島の姿とは。ウェルビーイングを実現するアートやローカルの可能性とともに、この島の未来図について考えていきます。
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次代の“芸術文化共創コミュニティ”とは? 「直島芸術生態系vol.0」の体験〈前篇〉
次代の“芸術文化共創コミュニティ”とは? 「直島芸術生態系vol.0」の体験〈中篇〉
これからの直島に残したいもの、つくっていくこと。福武財団理事長・福武英明氏
そもそもなぜ、直島は「現代アートの聖地」として広く認知され、人口3,000人ほどの小さなこの島には、国内のみならず世界中から多くの人が訪れるようになったのか。きっかけは、直島をはじめとする瀬戸内の島々で、アートや建築を通じた地域振興を目指す「ベネッセホールディングス」と「公益財団法人福武財団」が展開する活動が大きいといえます。その背景には、福武財団 名誉理事長・福武總一郎氏の直島に対する強い想いがありました(福武總一郎氏のステイトメントはここから読むことができます)。
「Benesse=よく生きる」は、ラテン語を元にした造語で、英語では「well-being」を意味します。かつて直島・豊島・犬島を中心とした島々は、高度経済成長期以降の急速な近代化や工業化により、負の遺産を背負わされた歴史がありました。さらには過疎化や高齢化といった問題が深刻化。そんな状況下で、「瀬戸内海の島に世界中の子どもたちが集える場を作りたい」との思いを抱いていた福武書店(当時)の創業社長・福武哲彦氏と、かねてから直島に教育的な文化エリアを開発したいとの夢を描いていた直島町長(当時)の三宅親連氏の想いが重なったことから、「ベネッセアートサイト直島(アート活動の総称)」がスタートした経緯があります。ゆえに主役はアートではなく、島とそこに暮らす人々。日本の美しい原風景が残る瀬戸内の島々が、現代アートがきっかけとなって元気を取り戻すことができたら–––。このような想いが出発点となっていたのです。
そこから30年以上経った今、直島は新たなフェーズに入ろうとしています。これまでのレガシーを引き継ぎながら、次の直島の100年後、200年後の未来がより楽しく豊かになっていくためには、この地に新たな生態系、すなわち芸術文化を共創するコミュニティを構築していくことが自分たちの世代の使命でもあると、福武財団 理事長の福武英明氏は語ります。
ゆえに今回のイベントは、福武氏と親交のある人たちが直島に集い、自分たちは何ができるか、どう関わっていくことができるか、といったことを主体的に考える時間であり、決意表明のような場でもありました。
直島での夕食は、「CHIUnE」古田諭史シェフ×「てのしま」林亮平シェフによるスペシャルBBQディナー。炭火焼きの天然鰻、はなが牛サーロインステーキ、小蛸の柑橘ジュレサラダなど、全て瀬戸内の食材を使ったメニューには、土地の恵みがふんだんに盛り込まれていました。
食事会の冒頭、参加者の皆さん一人ひとりの自己紹介のあとに、今回のイベントに込めた想いについて、福武英明さんが話す場面がありました。
「この直島のマリーナは、昔はいろいろな人たちが集まって、プロジェクトの話を気軽に提案したり、そこから話が進んだりするような、アーティストやアート界隈の人たちの溜まり場のようでもありました。ただ、最近ではそういった機会も少なくなっていたので、いつか復活させたいなと思っていました。
もう一つの理由は、今の直島や芸術祭について、どこか完成されているような印象を持たれることが多いんですけど、そうじゃないんですよね、ということをお伝えしておきたくて。我々はこの先もずっと、芸術文化やアートを中心とした活動にコミットしていくことには変わりありませんが、今後はもっと活動を広げていきたいと思っています。それによって、直島はまだまだ深化していくはずです。
だからこそ、いろんな人たちとコラボレーションしながら、生態系のように相互に作用しながら常に動きを持って芸術活動を続けていきたい。日本版“ルネサンス”のような感じで。ここにいる皆さんはもう、生態系の一員です(笑)。ぜひ一緒に、直島の未来に繋いでいけるようなことを作っていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします」
【福武英明×宮田教授】世界の可能性を広げることが、「よく生きる」ことに繋がっていく 。
福武 英明さん
福武財団 理事長。ベネッセホールディングス取締役
宮田 裕章さん
慶応義塾大学医学部教授
2003年東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士。2025年日本国際博覧会テーマ事業プロデューサー。
Co-Innovation University 学長候補。専門はデータサイエンス、科学方法論、Value Co-Creation。データサイエンスなどの科学を駆使して社会変革に挑戦し、現実をより良くするための貢献を軸に研究活動を行う。医学領域以外も含む様々な実践に取り組むと同時に、世界経済フォーラムなどの様々なステークホルダーと連携して、新しい社会ビジョンを描く。宮田が共創する社会ビジョンの1つは、いのちを響き合わせて多様な社会を創り、その世界を共に体験する中で一人ひとりが輝くという“共鳴する社会”である。
堂上 研さん
Wellulu プロデューサー
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連DXタスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。
宮田:この会、正直、企画が始まった最初はどうなるのかなと思っていました(笑)。でも結果的にはすごく良かったです。まずはコミュニティから作ることにしたんですね。
福武:はい、そうです。ここで一緒に価値を作っていく仲間を作りたいんです。だから皆さんを単に招待するっていうだけでは、一緒に価値を創造していく関係性にはなれないと思っていて。なるべく皆さんが主体的に参加してもらえるような企画を今回は意識していました。Vol.0と言ったのは、まさにここからスタートするという想いを込めています。
堂上:なるほど。あえて詳細な情報は伝えずに、受け身ではいられないような状況を作っていたと。企画をご一緒しているときに、正直不安になりましたが、このホストが企画をしすぎないという狙いがよく理解できました。とはいえ、英明さんが発起人で、「集まろう」と言ったからこれだけ多くの人たちを巻き込みました。この「直島芸術生態系」について、今後はどのように考えていらっしゃいますか?
福武:僕は、アートや芸術というのは、数百年、数千年続いていくことに意味があると思っていて、それらが世の中を豊かにすると信じているんです。まだまだこういう活動自体も少ないので、今の時代から新しい芸術文化を作るっていう発想があっても良いと思っています。それにこの直島という小さな島から、次代の新たな価値観の可能性を大胆に、でもそっと世の中に示していくことも大事なんじゃないかなと。
宮田:都市化の流れに対抗するためにも、直島という場所から発信することは意味がありますよね。英明さんの考えに共鳴した人たちを生態系としながら、コミュニティをこの先へ紡いでいくということも。これだけバックグラウンドが異なる多様な人たちが集まるのもすごいと思いますよ。要するに英明さんは、アーティスト的でありながらクリエイターなんですよね。
福武:文化として新しいものを作っていくということに関しては、まだまだ頭の中で整理しきれていないんですけどね。ただ、誰か一人がやるんじゃなくて、そこにいる人たちが面白がって主体性を持って動いていくことで新しい何かが生まれ、それが続いていくことで文化になっていくんじゃないかとは思います。
宮田:まさにそれって、宮浦ギャラリー六区でのオープニングトークでの、アーティストの下道基行さんが直島に移住されたっていう話とつながりますよね。
福武:そうかもしれません。やっぱり彼らのようなアーティストの視点から見えてくる直島って、ものすごく可能性に満ちているんですよね。アートとか芸術文化の可能性を信じているし、そこから次の世代に繋がっていくという教育要素もあるので。
宮田:それこそ、モダニズムやドイツのデザインを定義したバウハウスが存在したのも十数年なわけですし、なんだかそれに近いようなものを感じます。
堂上:最後に、英明さんが考える「ウェルビーイング」について、ぜひお聞きしたいです。
福武:僕がいつも考えているのは、世の中の可能性を広げることが「よく生きる」ことに繋がっていくんじゃないかということです。広げるって何かというと、前に進めることとは別の話。人類を前進させ進歩させる事はテクノロジーに任せておいて、僕がやらなくても良いかなと。同じ事象でもユニークな角度から物事を見たり感じる事で世界観や美意識を膨らませていくことが大事だと思っています。
よい例かどうかはわかりませんが、新しい色が発見されたら、画家だったら表現の幅が広がるじゃないですか。もちろん、あえて単色しか使わないという画家もいるかもしれないですけど(笑)。そういう意味で、我々がやっているこの活動は、芸術文化のオプションを増やしているんじゃないかと思っているんです。文化の多様性こそが、世界の豊かさに寄与すると思っているので。この事自体が世の中を変えるとまでは思っていないんですけど、そういう考え方や活動を粛々と積み上げていきたいです。
宮田:アートの本質かもしれないですよね。新しいものの見方をひとつでも多く追いかけて、世界の可能性を広げるっていうのは。それがアートだという定義もあると思うんです。そういう意味では英明さんの活動そのものが、アートの本質と繋がっていて、今回の「直島芸術生態系」というものにも響き合っていくような気がします。
堂上:今回、新たな次代をつくる「直島芸術生態系vol.0」に参加させていただきありがとうございました。参加してくださった多様な人たちの笑顔が、まずこの生態系をつくる起点になっているように感じます。
堂上編集後記
今回、福武英明さんの発案でスタートした「直島芸術生態系vol.0」は、たった2日間の間だけの直島と豊島の体験だったが、Welluluで取材させていただき本当に良かった。
集まったメンバーは、国内のアーティストやクリエイター、建築家、起業家、有識者、専門家といった多様なジャンルのトップを走っている方々。そして、英明さんと同世代の人たち。僕自身もほぼ同じ年なので、彼ら彼女たちとの対話や雑談に刺激を受けた。
そして、直島と豊島という島から発せられるエネルギーは、この生態系の中でも重要な土地だと感じることができた。現代アートという人工物と大自然が共存しているこの島で集うことで、新たなインスピレーションが生まれ、セレンディピティが生まれる。
英明さんは、Vol.0として今回集った人たちに問いを投げかけたのだと思う。
「わたしたちは、どんな芸術生態系をつくっていくのか?」
よりよく生きるためには、わたしたちは何をはじめるのか。わたしたちが、次の無形文化をつくっていく。
参加者のひとりが教えてくれた。生態系には「開放系」というものがあるそうだ。外部との出入りがあることで秩序を保って自発的変化がおこる。自らを破壊して、創造を繰り返すうちに新たな生態系が生まれてくる。
別の参加者の話では、居心地の良い場所だけで生息していると免疫が落ちていく。だからこそ、少しだけ居心地の悪いところにも顔を出したりすることで、より強い生態が生まれていく。
この直島という土地から、新たな芸術生態系が生まれていく。次の100年続く新たな文化が育まれていくのかもしれない。このひとつひとつのコミュニティが大きくなっていくとき、芸術生態系がどんな進化をしているのか楽しみである。
英明さん、福武財団のみなさん、SANA MANEさん、豊島エスポワールパークのみなさん、参加したみなさん、素敵なVol.0に参加させていただき感謝申し上げます。
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次代の“芸術文化共創コミュニティ”とは? 「直島芸術生態系vol.0」の体験〈前篇〉
次代の“芸術文化共創コミュニティ”とは? 「直島芸術生態系vol.0」の体験〈中篇〉
編集部日記
直島から、自分と向き合う(2023.09.17)/Wellulu 編集部プロデューサー堂上 研
直島ウェルビーイング体験記(2023.09.19)/Wellulu 編集部プロデューサー堂上 研
株式会社キーエンス、株式会社エス・エム・エスを経て、ニュージーランドにてefu Investment Ltdの設立。複数の企業を現地で経営。2020年Still Ltdを創業し、さまざまな事業やイニシアティブを通して、世代を超えて残るあたらしい文化を興す活動に取り組む。また、福武財団の理事長として、直島を中心とした瀬戸内海の島々において現代アートや建築、デザインを通したコミュニティ形成や芸術文化活動を展開中。