岐阜県の農村振興課が進めている「グリーンツーリズム」。
農村地域の活性化はもちろんのこと、都市住民の移住を促進する施策として近年注目されている。「グリーンツーリズム」の目的は、地域の文化や自然に触れながら休日を過ごし、農村地域で暮らす人たちとの交流を通じて、都市住民と農村の相互理解および共生を促進すること。
そして岐阜県では、長年農村地域で暮らしている人と移住者たちが一緒になって、魅力的な「グリーンツーリズム」プログラムを展開している。農村振興課はどのように「グリーンツーリズム」を推進しているのか?その背景についてのお話を伺った。
三島 真さん
兼山 雅史さん
岐阜県農政部農村振興課技術課長補佐兼農村企画係長
グリーンツーリズムや農泊など都市と農村の交流促進のほか、棚田地域をはじめとする中山間地域の振興に向けた様々な取組の企画・実施を担当。
本記事のリリース情報
約130団体が参加!グリーンツーリズムで農的関係人口を増やす
──まず始めに、なぜ農村振興課では「グリーンツーリズム」の取り組みに力を入れているのでしょうか?
兼山さん:農村振興課が「グリーンツーリズム」に力を入れる主な理由は、農村地域の活性化と、都市と農村の相互理解および共生を促進することです。農村地域は人口減少や社会の縮小に直面しており、これらの課題に対処するため「グリーンツーリズム」は重要な施策となっています。この取組を通じて、農村地域の所得を確保し、文化や生活を保全すること、都市住民が農村文化や自然との関わりを深めることを目指しています。また、都市住民の農村地域への移住のきっかけとなり、人口増加に貢献できればという想いもあります。
──都市と農村の相互理解が深まれば、それこそ持続可能な地域社会の構築にもつながりそうですね。ちなみに、岐阜県の「グリーンツーリズム」はいつ頃から始まったのでしょうか?
兼山さん:岐阜県における「グリーンツーリズム」の取組は、平成4年(1992年)に「グリーンツーリズム」という言葉が初めて使われた時期に遡ります。この用語は農林水産省のグリーンツーリズム研究会の中間報告で初めて登場しました。その後、平成6年(1994年)には、農山漁村余暇法が制定され、これを契機に岐阜県を含む各地域でグリーンツーリズムの本格的な展開が始まりました。
──実際、どのくらいの団体が参加しているのでしょうか?
三島さん:岐阜県では、133の団体がこの取組を行なっています。これらの団体は、各地でさまざまなグリーンツーリズムのプログラムを提供しており、民宿や体験型アクティビティなどをとおして、岐阜県らしい地域の魅力を発信しています。
──133団体も参加しているんですね!岐阜県らしいプログラムって、どのように企画して生まれているのでしょう。
三島さん:地域住民や移住者が主体となって、自分たちのアイデアでプログラムを作り上げています。それぞれの個性が光る、多様で創造的なアプローチで地域の特色を生かしたプログラムを展開しています。
兼山さん:特徴的なプログラムのひとつに「ぎふの田舎応援隊」があります。これは美しい農村を守ることを目的としたボランティアプログラムで、都市住民と農村住民が一緒になって保全活動をおこなっています。「ぎふの田舎応援隊」に参加することで地域の魅力を再発見でき、地域の活性化にも寄与しており、岐阜県の「農的関係人口」の拡大を図るための有力な取組となっています。
──農的関係人口とは…?
兼山さん:農村地域に直接居住していないものの、農業活動や地域コミュニティに継続的に関わりを持つ人々を指す言葉です。定期的に農村地域を訪れ、農業体験やボランティア活動に参加する都市住民の方々などが含まれています。農的関係人口は、単なる観光客とは異なり、地域の生活や文化に深く関わり、地域の持続可能な発展にも関わる存在だと考えています。
地域活動×人との交流。1日田舎暮らし体験ができる「ぎふの田舎応援隊」
──「ぎふの田舎応援隊」のプログラム内容について教えてください。
兼山さん:プログラムの内容は季節ごとに異なります。春から夏にかけては、除草作業や水路清掃、伝統行事のサポートなどが行われます。秋には収穫の手伝いがあり、冬には鳥獣害防護柵の一時撤去、雪下ろしなどの作業をお手伝いいただいてます。18歳以上の方であれば参加が可能です。
──参加者にはどういった方がいるのでしょうか?
兼山さん:県内外を含め、多様な背景を持つ人々が参加していますよ。年齢層も幅広く、田舎暮らしを経験してみたい若者や、農作業に興味のある親子などもいます。愛知県、千葉県、石川県などから訪れる人も多く、農村地域の現状や困りごとを知り、ボランティアとして一緒に解決してもらっています。
また、ボランティアの後には、地元の方々と交流できる企画もあります。田舎での過ごし方や自然の中での活動、地域住民との交流を楽しんでもらっています。
──ボランティア活動というより、1日田舎暮らし体験みたいで楽しそうですね。参加者の感想として、どういった声が多いですか?
兼山さん:昔ながらの暮らしが残っていることに感動した、現地の人の知恵やスキルに驚いたなど、ポジティブな感想が多く寄せられています。実際に移住を決意した人も中にはいます。
──おお!岐阜県の農村の暮らしが、すごくフィットしたんでしょうね。
兼山さん:そうですね。実際、田舎に移住したいけど不安を抱えている方も多いと思います。そういった方々には、田舎での作業はもちろんのこと、地域コミュニティにも参加してもらうことで、その土地に馴染めるかどうかを判断してもらいたいと感じています。
最近では若い移住者が主体となって新たなプログラムを立ち上げるケースも増えていて、本県の「グリーンツーリズム」の推進に重要な役割を果たしてくれています。
──移住者が増えることで、また新しい文化が誕生しそうですね。若い人たちはどういったプログラムを企画しているのでしょうか?
三島さん:個々のこだわりや専門性を反映した内容が多く、食に関するプログラムでは発酵食品に特化したものであったり、テントサウナと川遊びを組み合わせたプログラムなどがあります。参加者が川で遊んだ後にテントサウナで温まり、再び川に入って体を冷やすという体験を楽しめます。
──アウトドアサウナですね!近年のトレンドを抑えた企画まで。
三島さん:このような新しいアプローチは、岐阜県の農村地域でずっと暮らしてきた方とはまた違った視点で、私たちから見てもとても面白いプログラムだと感じています。
中には、昔から暮らしている地域住民と移住者が一緒になってプログラムを企画することもあり、地域の伝統や文化を保持しながら新しい視点を取り入れることで、地域の活力につながっています。世代間の相互理解や共生を促進し、地域の持続可能な発展にもよい影響を与えています。
──地域住民と移住者がそういった意見交換や交流ができるように、若い移住者へのサポートもしているのですか?
三島さん:そうですね。他にも、民泊や宿泊業に関心のある方々に向けて、法的な手続きに対する助言や安全管理面でのサポートもするようにしています。お客様を泊めたり体験を提供する場面などで法律を理解していないと自覚がないまま違法行為を行なってしまうこともありますので。また、WEBサイトやSNSなどを活用した情報発信を通じて、岐阜県の農山村に生きる人々の多様な暮らし方を若い世代や都会の人々に知ってもらい、彼らに生き方の選択肢を提供することにも力を入れています。これらのサポートは、移住者が地域に溶け込み、地域の魅力を発見し、地域社会に貢献できるようにするためにも大切です。
遊び×学び。豊かな自然が子どもの成長を促す!
──「ぎふの田舎応援隊」については18歳以上の大人が主な対象かと思うのですが、子ども向けの「グリーンツーリズム」プログラムについても教えてください。
三島さん:農産物の収穫手伝いなどは親子で参加する方も多いのですが、「トヨタ白川郷自然学校」では、白川郷の豊かな自然の中で雪遊びなどの体験を提供しています。この施設はトヨタ自動車株式会社が出資していて、アクティビティを通じて親子の絆を深める機会にもつながっています。
また、郡上市の「NPO法人Nature core」のプログラムも人気です。都会の子どもたちを1日あずかって川遊びや魚取り、カヌー体験などを行っています。これらのアクティビティは、子どもたちが新しいことに挑戦し、自分の殻を破って成長する機会を提供しています。
──子どもの成長を促すプログラムということでしょうか…?
三島さん:はい。子どもたちが新しい活動に挑戦することで自信を得たり、失敗から学び、立ち直る力を身につけたりすることで成長につながっています。特に、このプログラムにおいては、親から離れて子どもたちが自然と向き合うことで多面的な成長を促す機会につながっていると感じています。
──農作業のお手伝い、アウトドアアクティビティなど、自然の中だからこそ身につくスキルや学びもたくさんあるんですね。
兼山さん:また、農作業やアクティビティ以外にも、「ぎふの田舎応援隊」では、農村地域の伝統行事に参加できるプログラムもあります。実施の背景には、伝統行事の担い手不足という問題もあるのですが、これらの行事の準備や開催に関するサポートをしてもらっています。「棚田百選」に選ばれている恵那市の坂折棚田の「田の神祭り」という行事では、キャンドル立てなどの準備を手伝ってもらっています。
──すごくきれいなお祭りですね。素敵です!
兼山さん:そうですよね。伝統行事に関わる人が増えることで、地域文化の継承や保存につながっていきます。参加者は地域の歴史や文化を深く理解し、祭りや行事が持つ意義や背景も学べ、地域住民との絆を深めることもできます。
──ここまでのお話で、参加者向けのプログラム内容についてよく理解できたのですが、「グリーンツーリズム」を通じて地域住民の方にも変化はあったのでしょうか?
兼山さん:はい。地域の過疎化や高齢化という課題に直面している中で、外から訪れる人々が地元の文化や技術に新たな価値を見出すことで、地域住民、特に高齢者の気づきや生きがいにもつながっていると感じています。例えば、地元の高齢者が若者に漬物の作り方を教えたり、伝統的な土木工事の技術を共有することで、彼らの持つスキルや経験の重要性を再認識できる機会になっています。
また、若年層との世代を超えた交流が生まれることで、お互いから多くを学び合っていると感じています。若者たちは伝統的な技術や文化を新鮮な目で見て新しい魅力を発見し、発信しています。このプロセスは、地域の文化や技術をより広い世代で共有する機会を生み出し、地域全体の再生にも貢献できると考えています。
──地域住民と都市住民のお互いに良い影響を与えるプログラムなのですね。本日はありがとうございました。
岐阜のグリーンツーリズム。冬・春におすすめのプログラムは?
農村地域での自然や文化、農林漁業に触れながら休日を過ごせる「グリーンツーリズム」。岐阜県では、農業体験、林業体験、漁業体験、食体験、工芸体験、自然体験といった6種類のカテゴリーで様々な体験を提供しています。その中でも冬から春にかけておすすめのプログラムをお伺いしました。
雪庇落とし作業
兼山さん:また「ぎふの田舎応援隊」のプログラムになるのですが、「雪庇落とし」という作業があります。飛騨市宮川町の種蔵地区の石積み棚田と種蔵に古くから残る板倉の景観は、環境省「全国かおり風景100選」に認定されています。毎年、多くの積雪があり、美しい景観を守るために、石積みが崩れてしまわないよう「雪庇落とし作業」を行っています。雪の上を歩くために靴にかんじきをつけて棚田に積もった雪を崩していく作業は、かなりの重労働ですが、目の前に広がる素晴らしい雪景色を見られるのもここだけの魅力です。雪が溶けたあとの棚田ももちろん美しいですが、冬の景色は一層趣深いです。
ゆずの収穫作業
兼山さん:また、今年の活動は終了してしまいましたが、ゆずの収穫作業のお手伝いも人気の「ぎふの田舎応援隊」のプログラムです。県下一のゆずの生産量を誇る関市の上之保地区などで実施していますが、上之保地区は長良川の支流・津保川と、山々に囲まれた緑や自然豊かな地域で、農村の自然を満喫するためお昼休みに川まで足をのばして食事をとられる参加者の方も見えます。高齢化もあり、年々農地の維持管理や収穫作業が大変になってきているのですが、隊員の方に助けていただいています。お子さんの同伴も可能ですし、作業終了後に地元の方からゆずのお土産がいただけるのも人気の理由です。
Wellulu編集後記:
農村地域の活性化と都市と農村の共生を目指す重要な取り組みである岐阜県のグリーンツーリズム。今回の取材を通じて、地域住民と移住者が一緒になって企画しているプログラム、「ぎふの田舎応援隊」の活動内容など、非常に興味深い取り組みだと感じました。また、子どもたちに向けた自然体験のプログラムなどは、子どもたちの成長にも影響している内容であることに驚きました。この取り組みが、地域の伝統や新しい価値観が融合する場を提供し、地域住民と訪問者の双方にとって有意義な交流の場も創出しているとのこと。地域振興のモデルとしても、今後どのようなプログラムが誕生するのかとても楽しみです。
1954年、岐阜県郡上八幡生まれ。1986年にUターンで帰省。長良川を軸とした釣り文化や水を生活に取り入れたふるさと郡上八幡の伝統に惚れ直し、川を守る運動に関わり、1996年、郡上市内の会社で『郡上八幡・山と川の学校』を企業内起業して、年間1万人を超える子どもたちを農山村に受け入れる体験事業『冒険キッズ』を確立した。平成29年度からは、岐阜県の130を超えるグリーンツーリズム団体が加盟する『「ぎふの田舎へいこう!」推進協議会』の事務局長を務めている。【受賞・表彰歴など】2007年「立ち上がる農山漁村」先駆的事例として首相官邸にて表彰/2012年 毎日新聞グリーンツーリズム大賞優秀賞受賞/2020年 農水省「ディスカバー農山漁村の宝」選定