オフィスの小さな不便に、独創的なアイデアで応え続けてきた、キングジム。そのプロダクトデザインからプロモーションデザインまでを統括するのが、デザインイノベーション部長の志村さんだ。
2013年の入社後、プロダクトデザイン、商品企画、そして営業部門での販売促進と、異なる立場を経験してきた。
「独りよがりのデザインではだめだぞ」。入社直後、上司からかけられたその一言が、志村さんの原点にある。まだ言葉になっていない不便や欲求を先回りして形にする、キングジムならではの独創性は、どのようにして磨かれてきたのか。志村さんの仕事観に迫る。

志村 寛久さん
デザインイノベーション部部長兼クリエイティブセンター
自分の好きなデザインから使う人に届くデザインへ。仕事として向き合って知った難しさ

──まずは、志村さんの現在のお仕事内容を教えてください。
志村さん:デザインイノベーション部の部長として、製品デザインやプロモーションデザインのディレクションを担当しています。
社内のデザインチームや外部デザイナーから上がってきた案を確認し、キングジムらしいクオリティや表現になっているかを見ていくのが主な役割です。
また、キングジムクリエイティブセンターとして、会社全体のデザインやブランディングの方向性づくりにも関わっています。
──志村さんは学生時代から、デザインやものづくりに携わってきたと伺いました。そもそも、ものをつくることに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?
志村さん:昔から、ものづくりが好きだったんです。子どものころも、勉強より工作のほうが好きでした。自分で手を動かしてつくったものが少しずつ形になり、最後に完成品として残る。
そこに面白さを感じていたのだと思います。
──ゲームをプレイするよりも、自分で何かをつくるのが好きだったのですね。
志村さん:そうですね。子どものころはゲーム機が流行っていたのですが、私はあまり興味がなくて。プラモデルなどをつくるほうが好きでしたね。
──今のお仕事にもつながる原点ですね。その後、大学ではデザインを専門的に学ばれたのでしょうか?
志村さん:進路を決めるタイミングでは理系の分野へ進むことも考えていました。その中で「デザイン工学」という分野を知ったんです。
理系のものづくりとデザインの両方を学べるところに興味を持ち、大学ではプロダクトデザインを専門にデザイン工学を学びました。
──学生時代から、今のように使う人や市場を意識してデザインしていたのでしょうか?
志村さん:授業なのでターゲットを設定して制作することもありました。ただ、振り返ると、自分がつくりたいものや「かっこいい」と思うものを形にすることが多かったですね。
「自分のかっこいい」は、使う人に届けるための手法

──2013年にキングジムへ入社され、初めて仕事としてデザインに向き合ってみて、学生時代との違いに戸惑うことはありましたか?
志村さん:ありました。入社直後に上司から繰り返し言われた言葉が、今でも印象に残っています。「独りよがりのデザインではだめだぞ」と。
自分では細部までこだわり、「ここがかっこいい」と思ってつくっていても、「ユーザーには、その違いはわからないよね」と言われることがありました。
──自分なりに考え抜いた部分を、一度立ち止まって見直さなければならない。最初は、受け入れづらいこともあったのかなと思いました。
志村さん:やはりすぐに理解するのは難しく、感覚をつかめるようになるまで、3〜4年ほどかかった気がします。
もちろん、自分がかっこいいと思うものをつくること自体が、悪いわけではないんですが、それはデザインの「目的」ではなく「手法」の一つなんですよね。
仕事としての目的は、ユーザーにとってわかりやすく、魅力のあるものをつくること。そのために、自分の感性や表現の引き出しを使うのだと考えられるようになりました。
──使う人のことを第一に考えながら、そこに自分のデザインをうまく活かすといったイメージですか?
志村さん:そうですね。「自分はこれがかっこいいと思う」だけで終わるのではなく、この商品の特長は何なのか、どのような人に使ってほしいのか、そのためにはどのような表現が伝わるのかを考えるようになりました。
ただ見た目をよくするだけでは、「何に使うものなのか」が伝わらなくなってしまう。独自性を残しながら、使う人にきちんと届く形へ落とし込むことが大切なんです。
つくるだけでは、届かない。販促の現場で知った「伝えるデザイン」

──プロダクトデザインから商品企画へ移り、その後、営業部門で販売促進を担当されたとのことですが、一番大きく考え方が変わったのは、どの時期でしたか?
志村さん:販売促進を担当したときですね。開発部門にいたころは、商品の形や色、細かな仕様について、時間をかけて議論していました。でも、営業部門に入ると、会話の中心がまったく違ったんです。
──実際には、どのような違いがあったのでしょうか?
志村さん:営業部門では、「販売店へどう紹介するか」「いくらで売るか」「どうすれば売れるか」という話が中心になります。
もちろん、どれも商品を届けるために必要なことです。ただ最初は、デザインや開発の現場であれほど考えてきたことが、ほとんど話題に上がらないように感じてしまって。
「自分が大切にしてきたものは、ここではあまり意識されていないのかな」と、少し落ち込みました。
──つくる側で積み重ねてきた時間が、売る現場では見えない。その温度差に寂しさを感じたのですね?!
志村さん:そうですね。ただ、一緒に仕事をしていくうちに、営業の方々が商品のこだわりを軽く考えているわけではないとわかってきました。
営業の方も、「この商品の魅力を販売店へどう説明するか」「売り場でどう見せれば、お客様に気づいてもらえるか」を真剣に考えていたんです。
──見ている場所が違っただけで、商品を届けたいという目的は同じだったのですね!
志村さん:そうなんです。そこで、自分がデザインの仕事で身につけてきたことを、商品をつくるためだけでなく、魅力を伝えるためにも使えるのではないかと思うようになりました。
販売店へ持っていくチラシや、店頭用のPOPもデザインです。ものをつくることだけでなく、まだ商品を知らない人に「これは何だろう」と興味を持ってもらうために、自分の経験を生かせることに気づきました。
数秒しか見られない売り場で、どう振り向いてもらうか

──製品デザインと、店頭で魅力を伝えるデザインでは、同じ「わかりやすさ」でも考え方が違うのでしょうか?
志村さん:かなり違います。製品デザインでは、お客様が商品を手に取ったあと、使い方が自然にわかるか、使っていて困らないかを考えます。
一方で店頭の販促物は、そもそも商品を知らない人に向けたものです。売り場では数秒しか見てもらえないこともあります。その一瞬で目に留まり、少し読めば商品の特長が理解できるようにしなければなりません。
──手に取ったあとの使いやすさを考えるのと、まず立ち止まってもらうのでは、求められる表現も変わりますね。
志村さん:最初は戸惑うこともありました。自分では情報をきれいに整理し、デザインとして整ったPOPをつくったつもりでも「営業経験の長い方がつくったPOPのほうがずっと目に留まりやすく、内容もわかりやすい」ということがあったんです。
デザインとしてきれいかどうかとは別に、目を引くか、内容がすぐ伝わるかという判断軸がある。それは、販売促進の現場へ行かなければ身をもって学べなかったことだと思います。
──プロダクトデザイン、商品企画、販売促進。それぞれの立場を経験したことで、商品をつくるところから、お客様に届けるところまでを考えるようになったのですね。
志村さん:そう思います。今は商品とプロモーションを分けて考えるのではなく、どちらにも「キングジムらしさ」がある状態をつくることが大切だと考えています。
「こんなのが欲しかった」を形にする。かゆいところに手が届くキングジムの独創性

──商品からプロモーションまで、一貫した「キングジムらしさ」を生み出すために、どのような基準を持ってデザインを見ているのでしょうか?
志村さん:キングジムクリエイティブセンターを担うようになって、最初に取り組んだのが、「キングジムらしさとは何か」を言葉にすることでした。
それまでも先輩デザイナーの間には、長く受け継がれてきた考え方がありました。ただ、明確な言葉や判断基準として整理されていたわけではなかったんです。
──感覚として共有されてきたものを、改めて言語化したのですね。
志村さん:そうですね。キングジムの経営理念を土台にしながら、長年デザインに携わってきた先輩たちや社長にも参加してもらい、ワークショップを重ねました。
そこでまとめたのが、「なるほど!を生み出す」「ワクワクを届ける」「直感的に伝わる」というキーワードからなるデザインフィロソフィーです。

──どれもキングジムの商品に通じる言葉ですね。志村さんがとくに大切にしている言葉はありますか?
志村さん:デザイナーとしては、「直感的に伝わる」をとくに意識しています。キングジムには、まだ世の中に比較できるものがない商品や、新たな使い方を提案するような商品も多くあります。
独創的な機能があっても、それが伝わらなければ、お客様に興味を持ってもらえません。
商品の特長や、どのような人に使ってほしいのかを理解したうえで、見た目からも価値が伝わるようにする。そこは、デザイナーの腕の見せどころだと思っています。
ただ新しいのではなく、「自分も欲しかった」と思ってもらう

──独創性というと、「ほかにはない商品をつくること」という印象があります。志村さんは、「独創性」という言葉をどのように捉えていますか?
志村さん:入社したころは、私も「ほかとは違うものをつくる」という表面的な意味で捉えていたと思います。でも、年数を重ねるほど、キングジムが考える独創性は、ただ目新しいものをつくることではないと感じるようになりました。
まだ自分がそれを欲しいと気づいていない状態で商品を見たときに、「そうそう、こういうものが欲しかった」と思う。そういった体験を与えることが、キングジムらしい独創性になるのだと思います。
──言葉になっていなかった不便や欲求を先回りして、形にするのですね!
志村さん:「かゆいところに手が届く」という表現に近いかもしれません。
ほかの会社であれば、「使う人がそれほど多くないから商品化は難しい」と判断するようなテーマでも、その人たちが本当に熱望しているのであれば、きちんとつくり込もうと考えます。
──万人に広く使ってもらうことより、必要としている人に深く刺さることを大切にするということでしょうか?
志村さん:そうですね。誰に使ってほしいのかを曖昧にせず、「その人がどのような場面で、どのように使うのか」まで想像します。
そのうえで、「これは自分のためにつくられた商品だ」と感じてもらえるところまで、機能もデザインもつくり込みます。
──企画担当者自身の悩みから、商品が生まれることもあるそうですね。
志村さん:はい!一人の悩みから始まっても、「同じことで困っている人がほかにもいるのではないか」と仮説を立て、SNSや展示会、アンケートなどで声を集めたりしていますね。
企画の初期段階からデザイナーも入り、誰に何を届ける商品なのかを一緒に考えていきます。
説明書がなくても、何をする道具かが伝わる

──「直感的に伝わる」を体現している商品として、思い浮かぶものはありますか?
志村さん:「ポメラ」は、わかりやすい例だと思います。画面とキーボードのみのデザインで、書くことに集中できるシンプルな設計です。
この商品は、あえて「余計なものを省く」ことで商品の魅力や特長が素直に伝わる形にしました。
──なるほど。そういった考え方は、ほかの商品にも反映されているのでしょうか?
志村さん:はい。たとえばオフィスで使うファイルの場合、かっこよさやおしゃれというより、「中身がひと目でわかる」ことを意識したデザインになっています。

一方、個人で使う商品の場合、持っているだけで少し気分が上がる色や、身の回りのものとの合わせやすさで選ぶことも多いと思います。
用途が変われば求められるデザインも変わります。そのために、誰に向けた商品なのかを明確にし、その人にとってわかりやすく、使いたくなるものをつくるというのが、根本にある考え方です。

──商品を出すたびに、SNSで「また変なものを出している」と言われることもあるそうですね。
志村さん:あります(笑)。でも、私たちにとっては褒め言葉です。商品の特長がきちんと伝わり、キングジムらしいと思っていただけたということですから。
そのうえで、「こういうものが欲しかった」という声をいただけたときが、一番うれしいですね。
数ミリの違いまで見逃さない。使いやすさを支えるキングジムのこだわり

──独創的な商品を快適に使っていただくために、工夫されていることはなんでしょうか?
志村さん:デザイン的なよさと使いやすさを両立させることですね。いくら見た目がよくても、使いにくくなってしまったら意味がありません。
商品を手に取ったときに使い方がわかり、実際に使ってもストレスがない。その状態になるまで細部を調整していたりします。
──「使いやすさのためにここまでこだわっているんですよ」といった事例をお聞きしてもよいですか?
志村さん:たとえば「ビジュアルバータイマー プラス」のダイヤル部分は、位置や大きさ、周囲の形状を細かく検討しました。
製造のしやすさだけを優先すると、ダイヤルを大きく飛び出させたり、端に寄せたりした方がよい場合もあるんですが、それでは全体の形が崩れますし、操作中にほかの部分に指が当たる可能性もあります。
そういったことを考慮しつつ「指をかけやすく、自然に操作できる形」を考えながら、デザイン的にも美しくまとまるように、数ミリ単位で調整していきました。
──数ミリの違いでも、使ったときの感覚が変わるんですね!
志村さん:かなり変わります。とくに指で触れる部分は、少しの違いでも感覚が変わるんです。そこはデザイナーや企画担当者だけで判断せず、社内のさまざまな人にも実際に触ってもらいましたね。
──そうした細部へのこだわりは、やはり使う人にも知ってほしいですか?
志村さん:気づいていただけなくてもよいと思っています。「このダイヤルは数ミリ単位で調整されている」と知ってもらうことより、何の不満もなく、自然に使ってもらえることの方が大切ですからね。
お客様に満足いただける品質を追及しながら、表現したいデザインを実現する方法を考えるのは、デザイナーとしてやりがいを強く感じられることでもあります。
お客様の「もっとこうだったら」を、次の商品へ

──商品を発売したあとは、お客様の声を聞く機会も多いのでしょうか?
志村さん:企画担当者は、発売後のSNSやアンケートをよく見ています。商品にアンケート用のQRコードを付けることもあり、「ここが便利だった」「もう少しこうしてほしい」といった声を、次の商品へ反映しています。
──具体的に、お客様の声から進化した商品はありますか?
志村さん:先ほどもお話した「ビジュアルバータイマー」は、まさにその一例です。一般的なタイマーは、残り時間を数字で表示するものが多いですよね。

そこで、時間の経過をバーで視覚的に確認できたら便利なのではないかと考え、商品化しました。
発売後には、「もう少し画面が大きいと見やすい」「色でもわかるとうれしい」といった声が寄せられ、そこから画面を大きくした「ビジュアルバータイマー 大型」や、カラー表示に対応した「ビジュアルバータイマー プラス」もリリースしました。

見ればキングジムとわかるデザインへ。独創性をオフィスから暮らしに広げる

──デザインを通して、今後チャレンジしてみたいことはありますか?
志村さん:デザイン部門としては、言葉にした「キングジムらしさ」をより明確に表現していきたいと思っています。
そこはプロダクトだけでなく、店頭のPOPや広告も含めて、一貫してキングジムらしさを感じていただけるような状態をつくれたらうれしいですね。
オフィスで培った発想を、暮らしの中へ

──最後の質問になりますが、志村さんご自身が、今後つくってみたい商品はありますか?
志村さん:オフィス向けに限らない、ライフスタイル領域の商品をつくっていきたいです。キングジムの商品には、機能が尖っていて、必要とする人にはとても便利だという特長があります。
その考え方は残しながら、生活の中で活躍したり彩を与えたりする「より身近な商品」へ広げられたら、面白いなと思います。
──これまでオフィスの小さな不便に応えてきた発想を、暮らしの中へ広げていくのですね!
志村さん:リモートワークの普及によって、オフィスと自宅の境界が以前より曖昧になってきたので、どちらのシーンにも寄り添える商品を、もっと増やしていきたいですね。
Wellulu編集後記
自分の好きな形を追求することから始まり、使う人へ届けること、売り場で伝えること、そして気づかれない細部まで整えることへ。
志村さんのお話から、キングジムの独創性は、目新しさだけでは生まれないことが伝わってきました。
まだ顕在化されていない不便を見つけ、使う人を思い浮かべながら、細部まで形にしていく。その積み重ねが、「こんなのが欲しかった」という一言につながっているのだと思います。
2013年、株式会社キングジム入社。
開発本部デザイン課にてプロダクトデザインおよびプロモーションデザインを経験後、ステーショナリー課(当時)に異動し、商品の企画・開発を担当。
その後、営業部門の販売促進業務などを経験し、2023年にデザイン課へ復帰。
2025年よりデザインイノベーション部部長兼クリエイティブセンター。