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住む人も訪れる人も幸せに。ArkAndが挑む持続可能な観光のかたち

日本経済を牽引する成長産業として、大きな期待を集める観光・インバウンド市場。新たな景色や文化、そして人々と出会う「旅」は、私たちの心と身体を整え、豊かな人生をもたらす鍵として今、世界中で注目されている。

そんな旅の舞台となる「宿」を起点に、人・地域・資本・データをつなぐことで、持続可能な宿泊産業と地域の未来を創ろうと立ち上がったのが「ArkAnd合同会社」だ。社名の「ARK」には、想いを次の世代へ運ぶ“方舟”と、見返りを求めない小さな親切“Acts of Random Kindness”という意味が込められている。

今回は、ArkAnd合同会社 代表社員 CEOの中村昌平さんと、共同代表 CSOの児玉征俊さん、そして「Wellulu」編集長の堂上研による座談会が実現。現場を知り尽くしたお二人に、観光・宿泊業界が抱えるリアルな課題から地域づくりの本質、そして「ウェルビーイングな地域観光」のあり方まで話を伺った。

 

中村 昌平さん

ArkAnd合同会社 代表社員 CEO

長野県出身。Airbnbの日本上陸初期より宿泊事業に参入し、10年以上にわたり宿泊・観光領域に従事。これまで全国30箇所・約70棟におよぶ宿泊施設のプロデュースを手掛け、「宿泊を起点としたエリア作り」を推進する。2026年7月、「ArkAnd合同会社」を立ち上げ、現職。

https://arkand.jp/

児玉 征俊さん

ArkAnd合同会社 共同代表 CSO

長野県出身。大学を卒業後、スイスの大学院にてホスピタリティ・ツーリズム・マネジメントのMBA(修士号)を取得。掛け、JTBグループでのインバウンド営業を経て、29歳で実家の「志賀一井ホテル」へ戻る。2026年7月、「ArkAnd合同会社」を立ち上げ、現職。

堂上 研

株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu 編集長

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集長に就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。

https://ecotone.co.jp/

目次

旅から始まるウェルビーイング。ArkAndが目指す持続可能な地域観光

堂上:新たな出会いをもたらしてくれる「旅」は、人のウェルビーイングを考える上で重要なキーワードだと感じています。本日は、宿泊施設のプロデュースや運営、地域づくりを手がける「ArkAnd合同会社」の中村さんと児玉さんにお話を伺います。よろしくお願いいたします!

お二人は、そもそもなぜ「宿泊・観光」という業界へ入られたのでしょうか?

中村:最初のきっかけは、「英語を話せるようになって、世界中の多様な人たちと深くコミュニケーションを取りたい」という憧れからでした。そして、民泊マッチングサービスの「Airbnb」が日本でサービスをスタートしたばかりの時期に、思い切ってこの業界へと飛びこんだんです。

堂上:「世界中に友だちを作りたい」という想いが原点にあるのは素晴らしいですね! 児玉さんはいかがですか?

児玉:私の実家は、長野県の志賀高原で「志賀一井ホテル」を営んでいます。幼い頃から祖父や父に「将来はお前が後を継ぐんだぞ」と言われて育ちました。

堂上:小さな頃から自然と意識されていたのですね(笑)。その中で、本格的に観光業やホテル経営の道を志すようになっていったのですか?

児玉:そうですね。大学卒業後は、スイスの大学院でホスピタリティ・マネジメントやホテル経営、エリアデザインを本格的に学びました。在学中にはロンドンやニューヨークなど世界各地のホテルでインターンシップを経験し、帰国後は日本の観光市場の実態を知るために株式会社JTBのインバウンド専門会社で営業として働き始めたのです。

堂上:本場スイスでの学びから世界各地での実践まで、世界基準のホスピタリティを叩き込まれてきたのですね! そんなお二人は同じ長野県出身で、同年だとお聞きしました。学生時代からのご友人だったのですか?

児玉:実は、学生時代の友人というわけではないんですよ。出会ったのは、お互いがそれぞれ宿泊・観光業界で働いていた7〜8年ほど前に、共通の知人に紹介してもらったのがきっかけでした。

堂上:そうだったのですね! 観光業界では近年、「ウェルネスツーリズム」や「ウェルビーイングツーリズム」といった、心と身体を健やかに整える旅への注目が高まっています。実際に、旅での移動距離が長くなるほどウェルビーイング度が高まるという調査データもあるんですよ。

児玉:それは面白いですね! たしかに旅には心を開放し、自分自身をウェルビーイングな状態へと導いてくれる力があると感じます。

堂上:そんなお二人が共に会社を設立し、地域づくりを含めた宿泊プロデュースに挑むようになったきっかけは何だったのでしょうか?

中村:同じ長野出身だったこともあり、出会った頃から意気投合して「いつか一緒に事業を立ち上げたいね」と話していました。

当時はお互い現場に身を置く中で、「単一の宿泊施設だけでは経営に限界がある」と痛感していたんです。宿泊施設を起点にして地域全体で魅力をつくり、お客様を受け入れていかなければならない。そこがお互いの強い共通認識でした。

堂上:点としての「宿」ではなく、面としての「地域観光」全体でインバウンドやファンを増やしていく考え方ですね。そのためには、エリア全体で新しい仕組みや企画をつくっていく必要があった、と。

中村:まさにその通りです。私は前の会社でも全国30箇所、70棟ほどの施設を手がけてきましたが、一貫したテーマは「宿泊を起点としたエリアづくり」でした。

業界が抱える課題を児玉と語り合う中で、宿を起点に人・地域・資本・データをつないで、持続可能な宿泊産業と地域の未来をつくることを目指して立ち上げたのが「ArkAnd合同会社」なんです。

数々の企画の中で見えてきた、宿泊業界の構造的課題

堂上:お二人がこれまで積み上げてこられた実績についても、もう少し詳しく伺いたいです。中村さんが手がけてこられたのは、具体的にどのような企画だったのでしょうか?

中村:例えば、何年も使われていなかった遊休不動産を活用し、日本文化やその土地ならではの自然、体験を楽しめる「分散型ホテル」をプロデュース・運営したことがあります。

単に建物を宿泊施設として再生するだけではなく、町の事業者とも連携し、従来はホテルの中に集約されていた「食・体験・浴場」などの機能を街の中に分散させました。

一つの建物の中ですべてを完結させるのではなく、宿泊をきっかけにゲストが街を歩き、地域のお店や人と接点を持つ。遊休不動産の再生と地域の回遊を組み合わせることで、町全体を一つのホテルとして楽しんでもらえる仕組みをつくりました。

堂上:地域コミュニティの温かみに触れられる、素晴らしい取り組みだと思います!

中村:ありがとうございます。あとは、山梨県の塩山で、現職の和尚さんと一緒に3室限定の宿坊「ZEN&BED 望月庵」を手がけています。

現職の和尚さんと連携しながら、座禅や写経、枯山水といった日本の伝統文化を宿泊体験の中に取り入れているのが特徴です。単に「泊まる」だけではなく、和尚さんとの交流や本格的な禅体験を通じて、その土地の文化や精神性に触れていただけるような、少しユニークな宿泊体験をつくっています。

利用者の方々からは「最高のデジタルデトックスの場でした」「お坊さんにじっくり話を聴いてもらえて心が救われました」など、予想を超える非常に良い反響をいただいています。

堂上:宿坊ですか! 忙しい現代を生きる僕たちの心にすごく刺さりそうですね。児玉さんは、観光業界を経験された後、ご実家の「志賀一井ホテル」に戻られたとお聞きしていますが、現場ではどのような改革に取り組まれたのですか?

「ZEN&BED 望月庵」

児玉:私が29歳で実家に戻った翌年にコロナ禍となり、しばらくは悶々と過ごしていました。しかし「アフターコロナには絶対にインバウンドが戻ってくる」と確信し、その時期にソフトとハードの両面を大改修したのです。

堂上:インバウンドを受け入れる基盤を作るため、そのタイミングで先行投資に踏み切る決断をされたのですね。具体的には、どのような施策を行ったのですか?

児玉:海外のお客様に満足していただけるよう、インターナショナル・スキースクールを企画・運営しました。また、アフタースキーを楽しんでいただくコンテンツとしてレストランやバーも充実させました。さらに補助金を活用して、積極的に設備改修に取り組みました。

堂上:移動を含めたシームレスな「体験設計」を徹底されたわけですね。そうした滞在環境の整備は、旅行者のウェルビーイング度をさらに高めるはずです。

児玉:実際にこうした改善を進めた結果、今では海外から多くのお客様が訪れてくださっています。志賀高原全体のインバウンド比率が30%ほどと言われる中、「志賀一井ホテル」では「80%」に達しています。

堂上:80%は本当に驚異的な数字ですね! 一方で、お二人がこうして現場を動かしてきて見えてきた「構造的な課題」もあるかと思いますが、いかがでしょうか。

中村:最も大きいのは、「地域コミュニティとの対話にかかる時間」ですね。東京から来た私たちが地域に向かったとしても、すぐに馴染めるわけではありません。現地の方々と歩調を合わせて信頼を獲得していくには、どうしても2年、3年というスパンが必要です。すぐに成果が見えにくいことが、一番の課題だと感じています。

児玉:宿泊施設を経営していく上でのリアルな課題としては、やはり「負債」「資金繰り」「集客の難しさ」、そして全国的な「深刻な人手不足」が挙げられます。

堂上:観光産業は現在、30兆円市場にまで成長し、将来的には50兆円規模にまで拡大すると見込まれています。これほど有望な産業でありながら、なぜ「人手不足」という課題が解消されないのでしょうか。

児玉:観光は専門性の高いクリエイティブな業界なのですが、世間一般では“サービス業”として一括りにされる構造的バイアスがあるのではないでしょうか。

地方創生へとつながる共創と、働く価値の再定義

堂上:宿泊・観光業界とウェルビーイングの親和性は非常に高いものの、そこで働く現場の方々を含め、業界全体にはまだ多くの課題が残されています。こうした構造的な課題を打ち破り、業界全体のウェルビーイングを実現していくためには、一体何が必要なのでしょうか。

児玉:私はやはり、地方創生はまず「観光地づくり」から入り、関わるすべての人々が主体となる「共創」の文化を根付かせることが不可欠だと考えています。

例えば、群馬県の草津温泉では、地元の企業同士がお互いを支え合う「絶妙な共創のバランス」が成り立っているんです。だからこそ観光地として常に進化し、「草津」というブランドのもとへ若い世代が集まり、新しい雇用も次々と生まれています。

堂上:地域でお互いを支え合う文化こそが、持続可能なウェルビーイングを実現する鍵なのですね。そうした共創を生み出す“潤滑油”として、中村さんや児玉さんのようなプロデューサーが存在感を発揮していくわけですね!

児玉:特に地方では「より良い観光地をつくるための情報」が断片的になってしまいがちです。私たちが現地の方々と丁寧な対話を進めながら、地域の情報をアップデートしていく「地域向けシンクタンク」のような役割も担っていきたいと考えています。

中村:そしてもう一つ重要なのは、地域に訪れてくださる旅行者の方々はもちろんですが、私たちが最もウェルビーイングにしたいのは「その地域に住み、働いている方たち」だということです。

地域に住み、働いている人たちが心身ともにウェルビーイングな状態であれば、そこを訪れる旅行者の方々にもその心地よさが波及していくという、素晴らしい相乗効果が広がっていくはずです。

堂上:まさにその通りですね! 実は私たち株式会社ECOTONEの行動指針(Credo)でも、一番上に「まずは、自分を好きになる」と掲げています。中村さんがおっしゃるように、自分自身や自社、そして地元の人々が良い状態になれていなければ、周りや訪れる人をウェルビーイングにすることなんてできませんよね。

児玉:本当にそう思います。だからこそ、周りにも伝わりやすい形で「ウェルビーイング×観光」という掛け合わせの価値をしっかり訴求していくことが大切なんです。

堂上:それでは、宿泊施設におけるウェルビーイング経営というイノベーションを起こすためにも、避けては通れない「働く人たちのエンゲージメント」については、どのようにアプローチすべきだと考えていますか?

児玉:宿泊施設で働く従業員のエンゲージメント向上には、大前提として「給与」と「住環境」の抜本的な改善が不可欠です。

堂上:たしかに住環境は大きな要素ですね。昔ながらの温泉旅館などでは、従業員が大部屋で川の字になって寝るような環境も当たり前のようにありました。

児玉:今の時代、個人のプライベートな時間をしっかり確保できる「シングルユース(一人一室)」の住まいを整えることは、もはや絶対条件だと言えます。

中村:一方で、「住み込みだからこそ生活費が大幅に抑えられ、可処分所得ベースで見れば経済的なメリットが非常に大きい」という隠れた魅力を、求職者へ正しく伝えていくことも重要だと感じています。

児玉:加えて、もう一つの深刻な課題が「キャリアパスの描きにくさ」です。おもてなしやホスピタリティの技術は定性的で可視化しにくいため、転職市場でも正当に評価されにくい傾向があります。その結果、優秀な若い人たちが「スキルアップや成果が可視化されやすい業界」へと流出してしまっているのです。

堂上:お二人のリアルな課題意識をお聞きしていて一つ提案があるのですが、もしかしたら「言葉の力」や「ネーミング」というクリエイティブなアプローチが、宿泊業界の価値を変える大きなきっかけになるかもしれません。

中村:「言葉の力」、ですか?

堂上:例えば2012年のロンドンオリンピックでは、大会運営を支えるボランティアの方々を単なる手伝いではなく「ゲームメーカー(試合・大会を創る人)」と称することで、自発性と誇りを引き出し大会を大成功へ導きました。

また、パラリンピックのアスリートを「スーパーヒューマン」と呼ぶことで、支援の対象ではなく尊敬と憧れの対象へと人々の意識を転換させています。

児玉:なるほど! ネーミングひとつで、働く人自身にとっても社会にとっても、その役割が持つ意味や価値が一変するわけですね。

堂上:そうなんです。宿泊施設で清掃や接客に携わる方々に、その専門性や貢献に敬意を表すような誇らしい呼称やストーリーがあれば、仕事の価値そのものが上がり、ウェルビーイングはさらに広がっていくはずです。

小さな一歩かもしれませんが、「ウェルビーイングな宿泊施設」というテーマで、新しい仕掛けづくりを共創していきましょう!

「人との温かなつながり」が、ウェルビーイングな未来を紡ぐ

堂上:ここからは少し、プライベートなお話もお伺いします。お二人にとって、何をしているときに最もウェルビーイングを感じますか?

中村:私は、今年の3月末に生まれた第一子と一緒にいる時間ですね。実はその子が生まれた1カ月後に、父が他界したんです。自分自身の人生観や死生観を大きく変える経験となりました。

堂上:そうでしたか……。命の誕生と別れという、生と死の両方を同時に深く体感される時間だったのですね。

中村:はい。また子どもにはダウン症という個性があるのですが、その成長を一つひとつ見守る瞬間もかけがえのないウェルビーイングですね。毎朝、子どものミルクをつくっている時間こそが、今の私にとって最高の幸福かもしれません。

堂上:心に深く響きます。中村さんのベースにある“オープン&リスペクト”の姿勢と、何より「人との温かなつながり」を大切にされている想いがひしひしと伝わってきます。児玉さんはいかがですか?

児玉:私は昔から旅が大好きで、バックパッカーとして国内外を旅していた時期もありました。空港に行った瞬間の独特な高揚感やフライト中のワクワク、そして現地に着いてから思い通りにいかないトラブルを解決していく瞬間に、「ああ、生きているな」と実感するんです。

堂上:私も旅が大好きなんです! 昔、沢木耕太郎さんの紀行小説『深夜特急』に触発されて、そこに登場する国々をすべて列車で回った経験もあります。今度ぜひ、じっくり旅の思い出を語り合いましょう(笑)。

それでは最後に、お二人が思い描く30年後の「未来の地域観光」のあり方についてお聞かせください。

児玉:私はやはり、実家がある志賀高原やその麓の町が、時代を超えて観光地として残り続けてほしいと願っています。そのためにも、地域の人々が地元を深く愛し、豊かに暮らせる未来をつくっていかなければならないと感じています。

堂上:地元の方々が地域を本気で愛していれば、その温かなエネルギーにお客様や新しい働き手が自ずと引き寄せられていきますよね。そうなれば、地域観光に素晴らしい好循環が生まれていくのだと思います。

中村:私も本当にそう思います。さらに30年後には、他者を心から思いやりながら、喜びや物を分け合えるような温かい地域コミュニティを形にしたいですね。単にお金のやり取りだけでなく、昔ながらの物々交換が自然と成り立つような、優しさに溢れた地域にこそ、私自身も旅をしたいなと思います。

堂上:孤独や分断が深まる現代社会において、お互いに心地よいお節介や思いやりをかけ合える関係性は、本当に尊いものです。

私たちが目指す「思いやりの連鎖」を、観光や地域の仕組みの中に実装して、未来へ循環させていきましょう。本日は本当に素晴らしいお話をありがとうございました!

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