ウェルビーイングと大きな相関性を持つ、マインドフルネス。コロナ禍をきっかけに注目を集め、雑誌や番組での特集、アプリサービスの開発も増えている。ストレス社会の現代において心身をどう健康に保つのかは、人類における共通課題とも言えるだろう。
しかし意外にも講師から直接マインドフルネスを教わる機会は少ない。そこで株式会社Melonではインストラクターによるマインドフルネスのオンラインスタジオを開設。毎日、朝の6時から22時まで、月300以上ものレッスンがライブ配信されている。
また、株式会社Melonは共同研究を実施し、マインドフルネスの効果を科学的に追求する。2023年6月、日本で初めて、オンライン・マインドフルネス受講者におけるうつや不安症の改善効果を実証した。代表取締役 CEOの橋本 大佑さんと、本研究の研究責任者であり公認心理師・臨床心理士である髙橋 徹先生に、Wellulu編集部プロデューサーの左達也とライターの齋藤優里花が話を伺った。(髙橋先生はオンラインにて参加)
本記事のリリース情報
「Wellulu」にてMELON代表橋本のインタビュー記事が公開されました
自身のうつ病、友人の自殺からメンタルヘルスに関心を持つように
左:まずは、株式会社Melonの創業のきっかけを教えてください。橋本さんは金融機関やヘッジファンドでキャリアを積まれていましたが、なぜマインドフルネス事業を始めたのでしょうか?
橋本:最初のきっかけは、自分自身がうつ病になったことでした。刺激的な仕事にやりがいを感じ、健康だと感じていた自分の変化には驚きました。うつ病は落ち着いたのですが、その矢先に友人が重度のうつ病により自殺したことから、金融業界でキャリアを終えて良いのか、自分が社会に価値提供できることを人生でやるべきではないのかと考えるようになりました。
左:かなりショッキングな出来事だったかと思います。創業は2019年ということで、ちょうど社会的にもメンタル関連の問題が話題になっていたタイミングだったのでしょうか?
橋本:そうですね。コロナ禍も相まって、注目されたのはここ数年ではないでしょうか。それまでは知識がないからこその偏見や差別、いわゆる「スティグマ」も多く、話題に出すこと自体がタブーになっていたように思います。
左:公には言えない雰囲気がありましたよね。
橋本:ええ。でも段々と口に出す芸能人の方なども増えたことや、コロナ禍の影響、メンタルヘルスの課題はなかったことにできる段階ではなくなっています。
左:隠れていた課題をイシューセッティングし、社会に見える化したい思いが強かったのでしょうか?
橋本:顕在化したメンタルの問題への課題解決はすでにたくさんあるので、なる前のセルフケア、問題が起きてしまう根本のところにアプローチするべきなのではないかという思いがありました。
左:原体験の中で、セルフケアに関して解決できていない課題があったからこそ、自らやっていこうと考えられたのではないかと思います。どのあたりが解決できていないと感じられていましたか?
橋本:脳や心に対してセルフケアを行う、という概念が根付いていないことが問題だと捉えています。例えば食べ過ぎたら食べるのを控えよう、太ってきたらジムに通って運動をしようと無意識にセルフケアしていますよね。一方で、脳や心に対して積極的なセルフケアはほとんどされていません。根本の問題を解決するには、メンタルへのセルフケアが当たり前になることが大切だと考えます。
そのためには、継続的に練習ができるプラットフォームやサービスが必要です。これまでもマインドフルネスに関するアプリサービスは提供されてきましたが、継続率が低く、飽きて止めていってしまう人が多かったんです。私自身も、瞑想やマインドフルネスをインストラクターから学べる場所を探しましたが、そういう場所がほとんどありませんでした。先生が瞑想やマインドフルネスを直接指導してくれるインフラがあれば、もっと良いプログラムを長く継続的に実践できるのではないか。そういうサービスを作りたくて、起業しました。
齋藤:私も臨床心理士の友人にマインドフルネスのアプリを勧められ、一時期やっていたのですが、長続きしませんでした。継続率に課題があることは、ご自身の体験で実感されたのでしょうか?
橋本:そうですね。人間は強い意志がなく、ダイエットも挫折してしまう人が多いですよね。そこで重要になるのがコミュニティを作ることです。人との繋がりがあれば、離れそうになってもコミュニティがモチベーションになります。人は、人と繋がりたいという社会的欲求が本質的に備わっているので、コミュニティがあると継続しやすいのではないかと実感していました。
齋藤:セルフケアの方法は様々あるかと思います。マインドフルネスに着目した理由は何でしょうか?
橋本:マインドフルネスに興味を持った当初は効果が本当にあるのか懐疑的で、脳科学や心理学の本や論文を読み、マインドフルネスについて学んでいきました。すると世界中に多くのエビデンスがあり、アメリカでは医療の現場でも使われ、社会でも広がっていることを知ったのです。自分が納得し、信じられるものでなければ社会に広げていこうとは思えません。科学的エビデンスがあり、かつ社会的に広がりうるものがマインドフルネスだと感じました。
齋藤:エビデンスを重視されていらっしゃるからこそ、共同研究にも取り組まれているのですね。
橋本:はい。自分の人生をかけるにあたって、社会実装することを目的にしているので、エビデンスは絶対に重要なファクターです。オンラインでインタラクティブなクラスを行うことで、どれだけ個人にインパクトをもたらせるかは実証する必要があると考えました。
オンラインでサービス提供を行うことで、新たな層へのアプローチが可能に
左:では、共同研究について髙橋先生から解説お願いできますか?
髙橋:マインドフルネス自体がうつ・メンタルヘルスに良いというエビデンスは世界中にあります。一方で、日本で研究の作法に則って、企業の提供するサービスがうつや不安に効くことを示した事例は、私たちが知る限りはありませんでした。
そこで、うつや不安でお困りの方を募集し、Melonのオンラインマインドフルネスのクラスに8週間参加するグループと、8週間待ってもらうグループにランダムに振り分ける研究を行いました。その結果、マインドフルネスのクラスに参加している期間に、うつ、不安、ウェルビーイングの尺度で大きな改善が見られました。
研究者がプログラムを開発して社会に広めようとしても社会実装に至らないことが多い中で、既に社会に出ているサービスを検証できることは研究者として興味深いことでした。
齋藤:どういった点が日本初のポイントなのでしょうか?
髙橋:日本以外では、対面ではなくオンラインのマインドフルネスが効くのかは検証されてきました。しかし日本ではオンラインで本格的なマインドフルネスのインストラクターによるサービス提供がなかったこともあり、オンライン・マインドフルネス受講者におけるうつや不安症の改善効果を初めて実証しました。
齋藤:マインドフルネスには、対面で講師の方と行う方法と、オンラインでインストラクターとコミュニケーションを取る方法、1人で動画を見て行う方法の3つがあるということですね。対面とオンラインで、効果が変わるものなのでしょうか?
髙橋:これまでの対面による効果は、人と集まることによる影響もあり得ました。それがマインドフルネスではなくとも、地域のクラブやサークルに行ったらそれだけで元気になっていた可能性もあるわけです。対面とは異なるオンラインで効果が出るのかどうかは、正直に言って検証してみないとわからない点でした。
ですが研究では大きな改善を見ることができました。更に研究で新たな気づきとなったのは、オンラインと対面で参加者の層が変わるということです。対面でのマインドフルネスに参加できるのは、外に出かけられる元気さと社交性がある人たちでした。一方で、オンラインであれば、外に出る元気がない人や社交不安が高い人も参加しやすいのです。そういう人たちがマインドフルネスをやってみて、効果が出るということが分かったのは、大きな発見でした。
齋藤:なるほど。橋本さんは、オンラインによって参加者の層が変わることを意識されていたのでしょうか?
橋本:想定外でした。元々はリアルのスタジオでのサービス提供を設計していた中で、コロナ禍で仕方なくオンラインにピボットしたんです。でもリアルなスタジオでは物理的に通える人は限られますが、オンラインであれば日本全国、海外在住の日本人のお客様もいます。層の違いも含めて、1つのプラットフォームで様々な人にサービス提供できると気付けたのは良い驚きでした。
齋藤:早朝から夜遅くまでプログラムが提供されているのも、様々な人に届くように設計されたのでしょうか?
橋本:はい。そこは明確に意識していて、様々なライフスタイルを持つ方々にサービスを提供できるよう、当初からクラスを一気に用意してスタートしました。
個々人の症状に合わせたセルフケアへ
齋藤:髙橋先生から見たMelonのサービスの特徴を教えてください。
髙橋:幅広い時間帯に参加できること、インストラクターが教えてくれること、ライブでやることでモチベーションが維持されることです。目の前で説明されているからこそ、オンラインでも話を聞こうとしますし、それが大きな効果に繋がったのだと思います。また、症状の軽い人から重い人まで、気軽に参加できるのも重要な点です。
これまで症状が軽い人は、カウンセリングを受けようとしないため、医療機関ではアクセスできない層でした。そういった方々にアクセスでき、セルフケアを行えるのはMelonの大きな存在意義になると思います。
齋藤:Melonに今後期待することはありますか?
髙橋:今回は集団で平均的に良くなることが実証できました。今後、個々人の症状に合わせたオーダーメイドのプログラムを提案できると、世界でも唯一無二のサービスになるので、そこを期待したいです。
橋本:そこは我々も考えているポイントです。今はソリューションのみの提供ですが、本来はアセスメントとソリューションがセットであるべきだと考えています。アプリ上で具体的な課題、寝れない・将来のことが不安・過去のことを思い出してしまう・体の痛みなどについてアンケートを取った上で、どういう課題の人がどういうプログラムを受けて、どのくらいの期間で効果が出たかのログデータを溜めていきます。そうすることで課題に対するレコメンドを行えるようになり、より個々人に適したサービス提供ができると考えています。
左:髙橋先生が研究者の観点から、今回の結果で想定外だったことはありますか?
髙橋:ここまで大きな効果を実証できるのは想定外でした。マインドフルネスは魔法のようなものではなく、全員の人生を変えるわけではありません。しかし今回の研究結果は、マインドフルネスによって何人の人生が変わったんだろう、と考えさせられるような大きな変化でした。実際に「人生が変わった」というフィードバックもありました。
また、マインドフルネスは海外では創造性を減らすのではないかという議論がなされています。それに関係するのがマインドフルネスと逆のマインドワンダリングです。目の前のことから注意が逸れてぼんやり考えてしまう、心が彷徨う状態のことです。これには意図的と非意図的の2種類があり、非意図的マインドワンダリングは創造性と関係がなく、意図的マインドワンダリングをする人ほど創造性が高いことが分かっています。
今回の研究ではこのマインドワンダリングの変化についても検証しましたが、非意図的のみ減少し、意図的なマインドワンダリングは変化がないという傾向が見られました。創造性や、考えるべき時には自分で選んで考える能力は保ったまま、非意図的な心の彷徨いを減らすことができると分かったのは、学術的にも意義がありました。
左:マインドワンダリング、初めて聞きましたが、現代人にはすごく多いのではないでしょうか。
髙橋:とても多いと思います。非意図的マインドワンダリングが起こり、困っている人は大勢います。そういった方々にもマインドフルネスが効果的であると示すことができ、嬉しい結果でした。
働く中で回避できないストレス環境への対処が急務
左:コロナ禍をきっかけに、人々のマインドフルネスへの関心は高まったと感じますか?
橋本:明確に感じます。特に、1回目の緊急事態宣言の時は、原因不明の病で、死ぬかもしれないという恐怖、人と会ったら感染するかもしれないという恐怖と誰もが戦っていました。家から一歩も出ない、それを政府が発令することは前例を見ません。多くの人がストレスを抱えたと思います。緊急事態宣言の期間中に、無償でMelonのベータ版をリリースしたところ、一気に全国で使っていただける人が増えました。
左:無償で提供されたのですね。
橋本:はい。これしか我々ができることはないと考えました。スタジオでのサービス提供ができなくなり、インストラクターの方が仕事を失っている一方で、世の中にストレスを抱えている人は多数いる。我々がなぜ会社をやっているのか、社会での存在意義を考えたら、利益は後回しで、とりあえずやろうと始めました。高ストレスの中で働く医療従事者の方々には、有料化した後もしばらく無償提供を続けていました。この時期を経て、多くの人がメンタルの問題を自分ごと化したと感じています。
左:今、特にマインドフルネスを届けたいと思う人はいますか?
橋本:働いているビジネスパーソンの方々ですね。今、どの会社でも退職・離職が増えています。仕事をしているとストレスがあるのは当たり前で、ストレスがないと成長もありません。ですが、ストレスが増えすぎた時に、どうストレスを扱うべきなのか、今までの教育の中で学んでいないんです。対処方法が分からないまま、デジタル化やコロナ禍でストレスは増え続けているので、どこかで対処できなくなる。実際に、企業で実施しているストレスチェックのスコアは悪化し続けていますし、それを放置すると離職に繋がるわけです。
会社にとってせっかく採用して、働きたいと思ってくれて、教育して、社内でネットワークもできた人が辞めるのは物凄いロスですよね。それでもこれまでは、辞めたらまた採用すれば良い、バケツの穴から漏れても上から水を入れれば良いという考え方でした。でも今、バケツの穴が広がる一方で、注ぎきれなくなっています。少子高齢化により、働く人口自体も減っています。バケツの穴を塞ぐための取り組みが必要であり、マインドフルネスはその1つだということを知っていただきたいです。
左:ストレスに対処できなくなることは、本人にとっても、会社にとっても、社会にとっても喜ばしくないことですよね。ストレスの増加を感じながらも行動する人々が少ないのは、なぜでしょうか?
橋本:なんとなくストレスがあると感じている方は多いかと思いますが、明確に自分の変化に気づき、自分ごと化できている人は少ないです。人は自分のことを観察していないので、自分のことを棚に上げてしまっているんです。
左:自分には関係ないと思っている人こそ、課題があるわけですね。
橋本:はい。では、顕在化していないニーズを誰が顕在化できるかというと、会社の経営者であり人事です。会社はストレスチェックの結果を知っていて、マネージャーは本人を見ていて、変化に気づいているはずです。そして、働きやすい環境にしていくことは会社の重要なミッションです。個人への強制はできませんが、啓蒙して教育して、もっとストレスへの予防に意識を向けていただきたい。ストレスを抱えている人を減らすことを目指していると、経営者から発信していただきたいです。
左:経営者から発信によって、働く人のウェルビーイングが会社の経営の真ん中に入っていくべきですね。
橋本:産業医面談まで行くと、もうすでに社員の生産性は落ちている状態です。どの企業もメンタルを崩した後の社員に対する産業医面談の設定や休職手続きなど、後手の対応に追われ、セルフケアまで手が回っていません。マインドフルネスはセルフケアになるだけでなく、ミスが減ることやパフォーマンスが上がることなど、ポジティブな効果も立証されています。セルフケアに対しても、もっと人と予算を使っていただきたいです。
齋藤:私も以前、同僚が休職したことがありますが、業務量が増え、体調も変化していて、明らかに課題があると感じる環境が続き、休職するに至ってしまいました。休職する前に何か出来なかったのだろうかと考えることがあります。
橋本:休職に至る前に、できることはたくさんあります。休職したら他の人の業務も増え、負のスパイラルに陥ってしまいます。社会全体としてメンタルに関する弱みを見せないという習慣がまだ続いていると感じます。特にマネジメント層や経営者は自分の内面にあるストレスを誰にも見せません。ですが、実情として経営者でうつ病の人はかなり多いです。
それが言えない空気も大きな問題で、上が弱みを見せることは悪いことではありません。徐々に弱みを見せることで共感が生まれるマネジメントに変わりつつあり、オープンに話せると組織がより人間的になると考えています。
左:社長や役員からオープンに自らを語ることが、社会を変える一歩なのかもしれないですね。
橋本:データとしても、5-60代の男性の自殺者が多いことが分かっています。マネジメント層に対して、社員は利害関係で見てしまいがちですが、同じようにストレスを抱え、苦しんでいる人がほとんどです。「メンタルお化け」と言われている人ほど心の内では悩んでいます。
左:管理する人、される人ではなくみんなフラットに同じ状況であるということが分かると、リラックスできるかもしれません。部長としてしか見ないのではなく、朝家族と喧嘩して落ち込んでいるお父さんかもしれない。人間として見る視点を持つと、寛容になれそうです。
橋本:ポジションや役職で見るのではなく人として接するというのはとても重要です。マインドフルネスでも、「あの人が幸せでありますように」と他者の人生を思いやるプログラムがあります。忘れがちなことですが、部長にも、コンビニで働いている人にも、その人の人生があるんです。それを思い出せると、社会がより温かくなるのではないでしょうか。
左:メンタルが弱い人がうつ病になるのではなく、誰もが、関係ないと思っている人こそが、気づかないうちにストレスを抱えているもの。経営者も人事や部下にばかりマインドフルネスを促すのではなく、まずは自分から、と考える必要がありますね。
橋本 大佑さん
株式会社Melon 代表取締役 CEO
髙橋 徹さん
早稲田大学 人間総合研究センター 招聘研究員 Laureate Institute for Brain Research (ローリエット脳研究所) 研究員
左 達也さん
Wellulu編集部プロデューサー
齋藤 優里花さん
ライター