自動でピントを調節する「オートフォーカスアイウェアViXion01」。2023年6月に実施したクラウドファンディングでは、わずか3カ月で4億円超の資金を獲得して注目を集めた。2024年1月にはラスベガスで開催された世界最大級のテックイベントCSE2024に出展し、「Omdia Innovation Awards 2024」等を受賞。
PCやスマートフォンなどの普及により目を酷使する現代人。日本人の7割の多くは、ものを「見る」ことに何かしらの課題を抱えているという。そんな中で、『テクノロジーで人生の選択肢を拡げる』をパーパスに掲げ、「見え方」の能力拡張に取り組むViXion。
オートフォーカス機能を持つViXion01の開発にかけた思いと今後の開発構想について、南部社長のほかCTOの内海氏、研究部門責任者の近藤氏の3人に話を伺った。
南部 誠一郎さん
ViXion株式会社 代表取締役CEO
内海 俊晴さん
ViXion株式会社 取締役開発部長
1983年、HOYA株式会社入社。マスク事業部デザインセンター長やビジョンケア部門技術研究開発部を経て、2015年よりロービジョンに対応したウェアラブル機器の研究開発に携わる。
近藤 義仁さん
ViXion株式会社 執行役員R&D部
幼少期からプログラミングに明け暮れ、コンシューマーゲーム業界でゲームプログラマーを歴任。2012年クラウドファンディング KickStarter にてOculus Rift DK1に出会い、自らエヴァンジェリストへ。2014年Oculus Japan Teamの立ち上げに参画し、その後親会社であるFacebook(現Meta)でパートナーエンジニアスペシャリストに従事。著書に『ミライを作ろう!』(翔泳社)など。
堂上 研
Wellulu 編集部プロデューサー
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。
手のひらのシワも、壁時計の秒針も鮮明に「見える」
堂上:南部さんとは2年ほど前にお会いして以来です。その時にViXion01の試作機を見せてもらいましたが、そこから見違えるほどデザインも使い心地もよくなっていますね。
南部:ありがとうございます。あれから何度も試作と改良を重ねて、ようやくここまで漕ぎつけました。
堂上:目からほんの数センチまで近づけた手のひらのシワが鮮明に見えて驚きました。私はまだ老眼がそれほど進んでいないので実感が足りないかもしれませんが、老眼の人には助かるだろうと思います。
南部:手元で細かい作業をされている職人の方とか、建築現場でミリ単位の測量に従事される方など、日頃から目を酷使されている方から大変ご好評をいただいています。
堂上:数メートル先に視線を向けてみると、壁の時計の針がくっきり見えますね。焦点が合うまでのスピードが速い。通常の眼鏡でいう近眼用とか、老眼用といった区別がなく、ただ見たい場所がよく見えるというのは新鮮な感覚です。
南部:本を読むのに、目をこすりつけるほど近づけないと文字が見えない、いわゆる弱視の人に使ってもらえるスペックも備えています。
ロービジョンの生徒たちの学びを支援するために
堂上:ViXion01を開発された経緯について、あらためて教えてもらえますか。
南部:アイデア自体は2018年に発売した暗所視支援眼鏡「HOYA MW10 HIKARI」という製品を開発する中で出てきたものなんです。もともとViXionという会社は、眼鏡大手のHOYAで視覚障害者向けのアイウェアを開発していた部門が分社し、2021年に設立された会社です。隣にいる内海は、そのHOYAの開発部門にいた人で、ViXion01の原型モデルも内海が作りました。
内海:MW10は、「網膜色素変性症」という方を支援するために開発したものなんです。「網膜色素変性症」とは暗い場所だとものが見えない難病で、当時は色々な場所に視察に行きました。その中で、視覚に障害を持つ子どもたちが学ぶ支援学校の視察に伺った時、ある生徒さんの姿が目に留まりました。
その生徒さんは、先生や黒板を見る時は単眼鏡を覗いていて、机の教科書を見る時は分厚い眼鏡にかけなおして、しかも目をこすりつけるほどの距離で文字を見ていました。勉強するのにこんなに大変な思いをしているのかと思いまして、何か支援できる装置ができないものか、と考えたのがきっかけでした。
堂上:開発には、どれくらいの期間がかかったのでしょう。
内海:頭の中で構想ができてからは、1週間で試作機ができました。それはオートフォーカスの原型になるものです。それを製品化するために、1年半から2年ほどの期間を要したという経緯です。
クラウドファンディングで「億越え」を達成
堂上:2023年6月にクラウドファンディングを実施しておよそ3カ月で、4.2億円を超える支援金を集めて話題になりましたよね。私の周囲を見る限り、クラウドファンディングで「億」単位の資金を集めたプロジェクトは知りません。これは偶然の結果だったのか、それとも最初から狙っていたのでしょうか。
南部:「億」超えどころか、特大アーチを放ちたいと思っていました。じつはあの頃、会社の存続も危うい状況でしたから、会社を潰したくない一心でした。それでクラウドファンディングのプラットフォーム「kibidango」さんにご協力を仰ぎ、過去に3億円を調達したプロジェクトの事例研究を入念にして臨んでいたんです。
堂上:なるほど。最初から狙って、その通りの結果を出したということだったんですね。
南部:その時に私たちが研究したプロジェクトをプロデュースしたのが、今、横にいる近藤だったんです。今は、当社のR&D部門の責任者になってもらっています。
堂上:南部さんが近藤さんを引き抜いたのですか?
南部:近藤は、もともとIT業界ではインフルエンサーとして有名な人物で、iPhoneとかiPadとか話題になる製品をいち早く入手して、使ってみて、分解して、その出来栄えを評価するレビューで定評のある人なんです。私も以前から名前は知っていました。
彼はFacebook(現Meta)でアイウェアの開発部門、アキュラスの日本の拠点を立ち上げた人でもあります。そんな彼が、クラウドファンディングに出品したViXion01を見て興味を示してくれたということで、kibidangoの担当者が紹介してくれたんです。まさにこの場所で会って意気投合して、参画してもらうことになりました。
堂上:そんなITツールの専門家の近藤さんが、ViXion01のどこに関心を持ったのでしょうか?
近藤:なんといってもデザインです。一目見て「なんだこれは!」と(笑)。こんなデザインの製品を作った人たちに会ってみたいと思ったんです。
堂上:nendoさんのデザインと聞いていますが、本当に際立ってますよね。なるほど、お三方は出会うべくして出会った感じがします。
南部:近藤に限らず、事業を進める間に絶妙なタイミングで大切な人との出会いがあるんですよね。そのたびに「この事業をしっかりやっていきなさい」と何かに背中を押されている気がします。
「一番困っている人」に照準を合わせる開発
堂上:ViXion01について今、取り組んでいる課題があれば教えてください。
南部:堂上さんも使ってみて感じられたと思いますが、「視野」がまだ狭いですよね。そこが課題で、今開発を進めています。改良モデルができるのは時間の問題です。
堂上:ViXionが掲げるパーパスには「テクノロジーで人生の選択肢を拡げる」とあります。視覚に障害を持つ方のアイウェア開発をルーツとするViXionは、今後もその路線を大切にしていかれるのでしょうか。
南部:そこは大事にしていきたいと思っていますが、福祉分野にフォーカスするわけでもありません。障害や症状で区別して考えるより、「見える」という能力を拡大する、という次元ですべての課題を包含した製品開発をおこなっていきたいと考えています。
内海:本来であればViXion01も、老眼の人に対象を絞れば、手元から2メートルの範囲だけ見えるものでよかったはずなんですね。それなら開発期間も短くて価格も低く抑えられたでしょう。その意味で、ViXion01はオーバースペックなんです。
堂上:一般の企業なら使用者がより多く見込まれる「老眼」だけに絞ったかもしれませんね。
南部:私たちは、そこをある時点で割り切りました。対象者を絞り、スペックを最小限にしてコストを削って、低価格でたくさん売るような製品開発は大手に任せようと。内海がよく私たちに「一番困っている人が使えるものを作ろう」ということを言うんです。社内の人間も、内海たち開発メンバーからそういう姿勢を学び、ViXionとして「一番困っている人を切り捨てない」開発を貫いていきたいと考えています。
堂上:素朴な疑問ですが、対象とする生活者を広くとっていると言いながら、この際立ったデザイン。しかも9万9000円という高めの価格設定。セオリーからは外れていますよね。
南部:じつは、それがクラウドファンディングに踏み切った狙いでもありました。ViXion01はまだまだ開発途上にありますが、このデザインとこの値段でも買いたいと手を上げてくれる人は、本当に困っている人ですよね。それがどんな人たちなのか知りたくて、クラウドファンディングを選びました。
堂上:なるほど「一番困っている人」がViXionのコアターゲットなら、そこを正確に把握したいし、これからいい関係を築いていきたいということですね。
涙が溢れるほどの喜びをもたらすもの作り
堂上:ここからはプライベートなご質問をさせてもらいたいのですが、みなさんは日頃、何をしている時に楽しさとか嬉しさ、充実した気持ちを感じますか。
内海:私は壊れたものを修理している時が一番楽しいんですよ。今もヤフオクなどで故障品を見つけると「俺に直してくれって言ってるんだな」と思って、落札したり(笑)。直しても使わないんですけど、修理する過程が楽しいんです。
堂上:それはきっと「もの」との対話の時間なんですね。
内海:最近は家の近所の人がよく「これ壊れたんだけど、直してくれる?」と家電の故障品などを持ってくるんですよね。
堂上:周囲にも知られているのですか。内海さんには、何かもの作りや機械いじりが好きになった原体験があるのでしょうか。
内海:子どもの頃の話ですが、祖父がキセルを吸うのに、年のせいかうまく火がつけられなかったんですね。幼心に「おじいちゃん、不便でかわいそうだ」と思って、私がヒーターの電熱線を短く切って電池に繋ぎ、スイッチを入れると火がつく簡単な装置を作ってあげたんです。そうしたらおじいちゃんが涙を流して喜んでくれた。それ以来、掃除機のモーターで肩叩き器を作ったりするような子どもになりました。
堂上:内海さんがもの作りに心血を注ぐ根底には、困っている人を助けて、喜んでもらいたいという気持ちがあるんですね! ViXionの温かいもの作りに通じている気がします。
幼少期のウェルビーイングの大切さ
堂上:では近藤さんにとって、一番心地良い時間とか瞬間というのは、どのような時ですか?
近藤:先ほど南部が少し紹介してくれましたが、私は「人柱」になることが好きなんですよ。日本でまだ誰も手に入れてない新製品を海外まで行って入手して、すぐに試してみたり、中を分解してみて、「これはすごいぞ」とか「これはダメだ」とSNSで報告することに、この上ない喜びを感じます。
堂上:それは新しいものへの好奇心っていうことなんでしょうか。
近藤:もちろんそれもありますが、自分が「これはダメだぞ」と伝えることで、多くの人のムダな出費が食い止められますよね。そこになんというか……満足感がありますね。お金がかかって仕方がないですが。
堂上:近藤さんにも何か、子どもの頃の原体験がありそうですね。
近藤:私は父が若い頃に生まれた子どもでしたので、自分の子どもの頃も父がゲームに夢中でした。うちにはゲーム機もソフトもたくさん揃っていましたが、私に買ってくれるのではなく、自分が遊ぶためのものなんですよ。でも大人ですから、少し遊ぶと飽きますよね。そこからは使い放題でした。コンピュータもあったので、小学校の時からプログラミングをして遊んだり、テレビを分解して遊んだりしていました。
堂上:好きなことを好きなだけでできる環境だったのですね。
近藤:それが中学に進むと、受験の邪魔になるからコンピュータはやめろと担任の先生に言われたんですよ。先生は生徒のためだと思って言っていたのでしょうが、私にはショックでした。でも今は学校の授業でパソコンを教えていますよね。後に時代を変えるような大事なことほど、反対されるものなんだと学びました。
堂上:反対されても近藤さんはそのまま突っ走ったんですよね。それは才能を止めなかったご両親も偉い。
南部:私もそう思います。親が子どもにしてあげることで一番大事なのは、子どもが夢中になれるものに出合わせてあげることだと思うんです。それは結局、好きなことに没頭できる環境を作ってあげることなんですよね。
堂上:子どものウェルビーイングも大切です。大人はつい子どもの将来のためといいながら、自分の価値観を押し付けてしまいますが、子どもの好奇心に任せていれば、近藤さんみたいに多くの人の役に立つ人物になれるんですから。
仕事の環境から一歩外に出る
堂上:最後に南部さんのウェルビーイングな瞬間を教えてください。
南部:私の場合はもの作りではなくて、山登りとか自然の中に身を置くことですね。それなりの山に登れば、ここから落ちたら死ぬな、という場所が随所にあります。自然って常に死が隣にあるでしょう。それでむしろ気持ちがリラックスするんですよ。
堂上:ふつうは、めちゃくちゃ緊張しそうな状況だと思いますけど、反対なんですね。
南部:人って一歩間違えば死ぬ、という場所に立つと思考がシンプルになるんですよ。結局、生きてさえいればいいんだという、ごく当たり前のことがすっと理解できて雑念が消えるというか、心の中がすっきりとします。仕事の環境から外に出るというのが大事なんだと思います。
堂上:命と向き合うというのは、経営者らしいお話ですね。こうして伺ってみると、お三方はとても良い組み合わせの経営陣ですよね。ふだん、このような会話をされることはありますか。
南部:それこそ開発の段階では半年くらいかけて色々と議論を重ねましたから、わりと心の内を互いに話すことは多いですね。
アイウェアを人を支えるパートナーに
堂上:今後、ViXion01はどんなふうに発展していくのでしょうか。
近藤:未来の可能性として考えているのは、ライフロガーとして日々の行動を記録して残すような方向ですね。AIを活用して、映像の情報をテキストにするようなこともできるでしょう。そうなると日々のログを書く手間が省けます。
堂上:健康のために食事や運動の記録を残している人も多いですが、AIが映像からメニューの内容やカロリーまで計算して記録してくれたらありがたいですよね。
近藤:私が今、構想しているのはその先の活用法なんです。たとえばAIが視覚データから使用者の生活を把握すれば、その人を助ける存在になれると思うんです。『ジョジョの奇妙な冒険』を知っている人なら「スタンド」というとわかると思いますが、いざという時に勝手に登場して生活者を助けたり、必要な行動を促したりするような存在ですね。
堂上:なるほど! たとえば先ほどの食事の記録でいえば、アイウェアが「あなた、これ以上食べちゃダメですよ」と警告してくれるとか?
近藤:まさに、そういうイメージです。もっというと、29巻まで読んでいたコミックの第30巻が発売されたら、勝手に注文してくれるとか。秘書でありアドバイザーでありコーチになり得ると思います。
南部:他にも視覚情報から目の前にいる方の機嫌を察知して、素早く教えてくれるといった機能があると、いろんな面で役立ちますよね。
近藤:その先でいえば、自分にとって役立つ情報だけ見せてくれて、どうでもいいことは遮断してしてくれる役目も果たしてくれる、という機能があってもいいですよね。
堂上:もうそこまでの未来を見据えているのですね。ビジョン(視覚)とテクノロジーのかけ合わせによって視力の補強だけでなく、飛躍的な発展形があることがわかりました。ViXionが「一番困っている人」に照準を合わせつつ、面白い未来をこれから見せてくれることを期待しています。今日はありがとうございました。
政府系金融機関、外資系コンサルティングファームにてコーポレートファイナンス、戦略策定、中計策定、新規事業構想、ビジネスエコシステム構想策定など多くのプロジェクトをリード。事業会社における12年間の経営経験を有する。