ビジネスパーソンにとって生活の大半を占める就業時間。ウェルビーイングな毎日を送るには、会社の状況も切りはなせない。多様な人が集まる「組織」の中で、一人ひとり異なるウェルビーイングは実現できるのだろうか。
博報堂でインターナルの組織づくりや人材開発に携わるメンバーと、ウェルビーイングの事業を手がけるメンバーの4名で、ウェルビーイングな組織づくりをテーマに話し合った。
兎洞 武揚さん
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 チーフイノベーションプランニングディレクター
原 節子さん
博報堂 コンサルティング開発局 局長代理
銀行および、銀行系シンクタンクを経て2000年博報堂入社。以来、運輸、自動車、金融、流通サービス、不動産、飲料、トイレタリーを中心としたグループ・企業の統合ブランド戦略立案、事業開発、CI・VI開発、インナーブランディング、組織変革等に主に携わる。昨今は、経済インパクトと社会インパクトの同時実現に向けた博報堂SDGsプロジェクトやソーシャルイノベーションプロジェクト(未来教育会議等)を推進中。金沢工業大学 客員教授。
久保 雅史さん
博報堂 ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター/健康経営アドバイザー
航空会社・外資系広告代理店を経て、2007年博報堂入社。ビジネスプロデューサーとして、通信キャリア・飲料メーカー等をはじめ、国内外ナショナルクライアントのマーケティングコミュニケーション領域での戦略立案~実行支援にフロントラインで携わった後、現職。 ミライの事業室では、ウェルビーイングテーマでの事業創出をリードする。
堂上 研さん
Wellulu編集部プロデューサー
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。
困りごと第1位の「職場の人間関係」。解決の糸口は共体験
堂上:今回は、ビジネスパーソンのウェルビーイングにとって、非常に重要かつ難しいともいえる組織のウェルビーイングについて話し合うため、3人の方に集まってもらいました。まずは自己紹介をお願いします。
兎洞:私は博報堂に入社後、すぐにブランディングの仕事につきまして、その後は組織開発の領域に入りました。組織の風土を変えるとかブランドのパーパスの共有などをテーマとした事業に携わっています。もうひとつは企業と社会課題の関わり、たとえばSDGsやESGを経営のコアに入れていくという仕事も担っています。最近では「創造する組織」というプログラムを原さんと一緒に開発し、その導入やコンサルティングを行っているところです。
原:私は、社会人のスタートが銀行員で、その後シンクタンクに移り、2000年に博報堂に入社しました。そこからはブランディングを中心としたコンサルティングに従事してきました。組織強化のためにマルチステークホルダーで解決に導くプロジェクトや、ブランド強化のためのインターナルの組織づくりなどにも長く携わっています。
久保:僕は堂上さんと同じミライの事業室という博報堂の新事業開発部門で、ウェルビーイングをテーマにした事業開発を担っています。僕のキャリアのスタートは航空会社で、そこで宣伝やマーケティングをしたいと考えていたのですが、それなら広告会社に行ったほうが早いと気づいて博報堂に移ってきました。そこからは「フォー・ザ・クライアント」を地で行く営業マンになったのですが、その過程で見出したのがウェルビーイングというテーマです。これを次の会社人生の起点にしたい思い、この仕事に取り組んでいます。
堂上:ありがとうございます。では、みなさんにとってのウェルビーイングな状態とはどのようなものか教えていただけますか?
兎洞:私はプライベートと仕事の境目がない状態ですね。「ワーク」と「ライフ」をしっかり分けてバランスを良くさせるというより、2つが地続きになって楽しめている時がもっともウェルビーイングです。
原:私の場合は「調和」ですね。心身の状態も人との関係も、無理がなく調和がとれている状況が私にとってのウェルビーイングです。もうひとつは、自分の可能性がどんどん引き出されていく状態も、ウェルビーイングだなと感じます。
久保:僕はもともとランニング、サウナ、ヘビーメタルの3つがあればウェルビーイングでした。でもよく考えたら自分のことばかりなんです。そこで最近ひとつ増えたのが、「おせっかい」です。子どもの習いごとで集うご両親と暗黙の了解で、自分の子と同じように「他人の子を叱る」ということをしています。これは親にも学びが多いんですよ。ということで「おせっかい」がホットワードです。
堂上:久保さんに怒られたら、子どもが泣きそう(笑)。
久保:それが泣かないんです。むしろ「なんだよぉー」って向かってきますよ。子どもは直感で「この人、自分に関わろうとしている」ってわかるみたいで、案外良い関係になれるんです。
堂上:子どもってそこに愛があるかどうか、見抜くんですね。
兎洞:大人の人間関係にとっても大事なポイントかもしれない。
堂上:以前、「あなたの困りごとは何ですか?」という調査を10万人を対象に行ったことがありました。その回答をAIで言語解析したところ、1位が「職場の人間関係」でした。なぜなんだろうと僕なりに考えてみると、やはり人員配置の問題が大きいのではないかと思うんですね。「合う合わない」を考慮せずに部署やチームを編成すると人間関係はうまくいかないだろうと。これについて皆さんはどのようにお考えですか。
原:私たちが行った調査でも、職場が自分に合っているかどうかの評価は必ずしも高くなかったですね。売上に貢献したいという意識は高いけれど、職場の満足度は低い。これもひとつの実態ではと思います。
では、どうすれば解決できるのかと考えると、やはり「対話」が重要だと思うのです。さらにいうなら「対話する力」です。兎洞さんと教育プロジェクトを進めてきた中で「非認知能力」、つまりコミュニケーション力に付随する「感じる力」とか「相手を思いやる力」といったものの大切さに気づきまして、今はそこに力を入れているんです。
堂上:僕は「伝える力」と同時に、「聴く力」も大事な気がしています。聴く姿勢のない人に、伝えようと思わないですよね。たとえば人の話を最後まで聞き切るとか、さきほどの「おせっかい」に通じるかもしれませんが、元気のない人には「なんかあった?」と声をかけるとか、そういった組織文化を作ることが重要ではないかと思うのです。
兎洞:この話は、2つの側面から考える必要があるかと思います。1つめは、ものをはっきり言わない、空気を読む、というのが日本の文化的特徴であること。おそらくアンケートで出てきた「悩み」とは、何か明確な出来事があったのではなく、言えないことが積み重なっている状態なのではないか。日常的に思っていることを「言わない」状態が続いているということではないでしょうか。
そこで2つめの視点が、教育から変えるということです。思っていることを伝える、もしくは人の意見を聞く、という力を子どもの頃から培う必要がある。しかし依然日本の教育は、知識の習得に偏ったままです。
原:聴く力や語る力をトレーニングしないまま大人になってしまうと、後から身につけるのは難しいので教育は確かに大切ですね。対話する力の一つの重要な要素は相手の立場になって考えられるかということです。「他人の靴を履く」という言い方もありますね。たとえばロールプレイングで社長になってみるとか、逆に新入社員になってみるといったことをチームでやってみると、多くの発見があると思います。
堂上:僕は新人時代に所属していたあるチームで「下剋上ゲーム」というのをしたことがありました。そのチームには部長がいて、ディレクターが3人くらいと若手が一人、そして新人の僕という編成でした。ある食事の席で誰かが、部長が新人になって、新人が部長を演じるゲームをしようと提案したんです。僕は部長に「水、持ってきて」とかお願いを出すんです。(笑)。部長も面白がって、「かしこまりました」ってやってくれるんですが、新人の僕はつらい。たったそれだけの遊びなのに、僕は部長でいることのプレッシャーを確かに感じたし、なぜかチームが急に打ち解けた感じになりました。もともと仲の良いチームだったからできたのかもしれませんが。
久保:会議室で新人が部長に「あなたの考えていることを教えてください」とは聞けないですからね。ゲームを通じてその人の立場に一瞬でもなれたら、言葉で説明されるより説得力がありそうです。リラックスした場で取り入れたら良さそうですね。
堂上:たとえばサウナで裸になって、とか?
久保:そう! 僕の実体験ですが、サウナって全員が鎧を脱ぐじゃないですか。等しく汗をかいて、偉いとか偉くないとか関係なくなります。互いに一歩踏み込める雰囲気になると思いますよ。
兎洞:下剋上ゲーム、ロールプレイ、そして共体験。この3つは組織の人間関係づくりを考えるうえで有効だと思います。
原:共体験はとても重要だと私も思います。
堂上:バーベキューをするだけでもチームビルディングにつながりますよね。
兎洞:共体験するイベントの選択も重要かもしれない。
久保:サウナはシンプルでうってつけですよ。
堂上:どうかなあ。裸で狭いところで顔つき合わせてとなると、抵抗を感じる人はいると思うけれども。。。
久保:その点は問題ありません。水着も用意しますし、なんなら服のままで大丈夫です(笑)!
堂上:いや、そこじゃなくて……。
兎洞:うん、そこじゃない(笑)。
堂上:心理的な距離感のある人同士が、語り合う前提で狭い空間に肩を並べるのは、わりとハードルが高いということですよね。でもそう考えるとイベント選びには、クリエイティビティが求められますね。
久保:であれば「田植え」などは良いですよね。話を聞いていると、共体験に向いているのは情報やスキルが全員、平等であることがポイントのような気がします。
堂上:今年、ミライの事業室でチームで軽井沢に合宿行ってカーリングをやったんですけど、あれはよかったですよ。全員初めての人で、足をプルプルさせながらストーンを投げるんですけど、チームプレイだし、競技を通じて一気にチームに輪ができました。
兎洞:全員が素人で臨めるものがいいのかもしれない。
堂上:みんなで「はじめてをはじめる」という感じですかね。今後、組織にはそういう要素を意識して取り入れていくことが大事かもしれません。
人と人、人と組織をつなぐ「おせっかい屋さん」の存在
堂上:組織のウェルビーイングを考える上で、もうひとつ大事な要素が「場」の問題、つまりオフィスをどうするか。今回はオフィス空間のデザインなどハードの話題は除外して、ソフトの面を考えてみたいと思っています。
原:スウェーデンにある非常に大きなフューチャーセンターの視察に行ったときのことです。そこはひとつの建造物の中にさまざまな企業や大学が入っていて、訪れてみるとスーパーコネクターとでもいうべき「おせっかいおじさん」がいたんです。私たちの訪問理由を話すと途端、「それならこっちにおいで」と、色々なところに案内してくれました。行った先々の企業や団体もフレンドリーで、「それならば明日はうちにおいでよ」みたいな感じで、どんどんつながりが広がっていく。当初予定していなかった訪問がその場ですごいスピード感で設定されていく。こういうオープンで柔軟な感覚がオフィスにあれば、居心地が良いだろうと思いましたね。
兎洞:そのおじさんは関係資本を紡ぐ役割を担う人なんですよね。実は博報堂のあるグループ会社でも面白い取り組みをしていて、ひとつのプロジェクトがスタートするときに、そのプロジェクトのためのメンターを用意しているんです。その人はプロジェクトの仕事はしない。でも何か困っているメンバーの相談を受けたり、プロジェクトが行き詰っているような時に打開策を提案したりと、人間関係も含めてプロジェクトを成功に導くようコーディネートするのだと聞いたことがあります。
堂上:それはいいですね。
兎洞:プロジェクトはスタートした途端、一気に進行していくため、大事なことが見えなくなったり、置き忘れてしまうことがよくあります。それを指摘したり相談に乗ったりする人がいれば、チーム内のトラブルやストレスを減らすことができるでしょう。今回のテーマであるウェルビーイングな働き方を支援するソフトとしては、有望だと思います。
久保:場のソフトという意味でもうひとつ、取り上げておきたいのは、サイバー空間の利用です。コロナによるリモートワークを経験したことで、なるべく人と顔を合わせないで仕事をしたいと思う人も増えたと思うんです。そういう人のために、サイバー空間で言いたいことが言える場があってもいいのかなと。
堂上:アバターを使っての会話ですよね。そこに心理的安全性が確保できるなら、リアルな職場では難しい「自分を伝える」という場づくりが、サイバー空間で可能になるかもしれない。
兎洞:「自分」ってひとつではありませんからね。趣味、学校、ボランティア、地域、各種プロジェクトと、誰もがいくつものコミュニティに参加していて、それぞれの「自分」がある。会社もそのひとつに過ぎないわけで、そう考えるとメタバースも「自分」を表す方法として有効かもしれない。新しい自分を発見できる可能性もあります。
いろいろな人を巻き込むイノベーション・エコトーンをつくる試み
堂上:とはいえ会社組織は、会社に利益をもたらすのが最終目標じゃないですか。僕は広告の仕事をしながら勉強していくうちに、マーケティングとイノベーションが企業存続の2大要素だと考えるようになりました。では、イノベーションは何のために起こすのかというと、どうやら人のウェルビーイングと関係あるんじゃないかという結論に至ったんです。
ではウェルビーイングとは何かとさらに探求するうちに、人とのつながりの中で生まれる状態だということに気づいてきたんですね。それって何かというと、「コミュニティ」なんですよ。それこそ兎洞さんや原さんが「創造する組織」で実践している「自分」起点の働き方になると思うんです。みんなが自分を大事にしていることを理解してくれていて、心理的にも安心で、素のままでいられる、そんな場なんじゃないかと思うんです。
原:私が今、思っているのは、一人ひとりの心にちょっと余裕がある状態が大切ということです。そこで最近のマイブームは「持とう、優しい気持ち」です。心に少しの余裕をもち、人との関係性も寛容な気持ちをもって接する。そこにウェルビーイングな場が形成されると思っています。
堂上:その通りですよね。一人ひとりが少し優しくなって、自己犠牲のない利他の気持ちを発揮できれば、世の中が変わると思います。最後にひとつ、僕からお伝えしたいキーワードが「エコトーン」です。これは生態系や、生物学で使われている言葉のようなのですが、山と海の移行帯です。この移行帯に多様な生物が生まれてきたといわれています。この言葉をある学会でメタファーとして使われていて、ピンと来ました。
そこで僕はこれにビジネスを重ね合わせたて、新しいビジネスやイノベーションを生み出すためには、文化と文化がまじりあうイノベーションが起こるエコトーンのコミュニティを作りたいと思いつきました。最近では新しいものが生まれる時や場は、ウェルビーイングに繋がっているという知見も出てきています。しかも、それは組織じゃなくて、内なる想いを持った者の集合体だということに気づいてきました。
兎洞:少し前に「ティール」という新しい組織形態がブームになったことがありました。ティールって経営者や上司が不在で、メンバー個々の意思の結果として、目的を完遂していく組織のことなんです。もしリーダー不在で自走する組織ができたとしたら、非常に興味深い。十分に考えるべき問いだなと感じました。
堂上:ウェルビーイングをテーマに考えていくと、組織はこれからも変わっていく余地があることがわかりました。今日はみなさん、ありがとうございました。
センタードット・マガジン連載では、組織開発支援プログラム「創造する組織」から考えるウェルビーイングな組織づくりについて語り合いました。ぜひご覧ください。
連載【生活者一人ひとりのウェルビーイングを実現させる――「ウェルビーイング産業の夜明け」】Vol.5 組織のウェルビーイングは「ハード」と「ソフト」両面で考える
1992年博報堂入社。マーケティング、ブランディング業務に従事した後、ビジョンに基づく企業の組織変革のコンサルティングにおいて豊富な業務経験を重ねる。2010年より、企業の利益と社会インパクトの同時実現を専門としてきた。日本で最初のSDGs有識者プラットフォームであるOPEN 2030 PROJECT(蟹江憲史 代表)を組織化。全社横断の博報堂SDGsプロジェクトのリーダー。主なソーシャルプロジェクトとして「フードロス・チャレンジプロジェクト」「未来教育会議」「かいしゃほいくえん」「未来を変える買い物 EARTH MALL」等。
博報堂ブランド・イノベーションデザイン
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