子どもにとっての幸せ、あるいはウェルビーイングというものを、大人が勝手に決めつけてしまってはいないだろうか? より良い保育を実現するためには、子どもを中心としながらも、保護者や保育者をはじめとした子どもと関わる大人たち自身がすこやかでいられる環境づくりが必要不可欠である。
今回は、保育や育児関連の社会課題の解決を目指すチャイルドケア・テック領域のスタートアップ、「ユニファ株式会社」の浅野亜希子さんと峯村瑠里子さん、実際に保育の現場でサービスを導入している「あいおい子ども園」の村松良太さんに、それぞれの立場で感じている保育現場の現状や課題、これからの保育の在り方について、話を伺った。
子どもと保護者が安心できて、保育現場の業務負担軽減を実現
左:まずは、ユニファさんの事業内容について教えていただけますか。
浅野:当社は保育や子育て関連の社会課題解決を目指す、チャイルドケア・テック領域のスタートアップです。「家族の幸せを生み出す新しい社会インフラを世界中で創り出す」をパーパスに、働きながら子育てをしている人たちにとっての社会インフラである保育施設向けの総合ICTサービス「ルクミー」を提供しています。
左:「ルクミー」の具体的なサービス内容や特徴は、どういった点になるのでしょうか?
峯村:保育業務を一つひとつICT化している企業様は多いと思うのですが、「ルクミー」は保育関連業務の負荷軽減をはじめ、保育者さん自身のやりがいや保育の質そのものの向上を、ワンストップのトータルソリューションとして提供しているという点が大きな特徴だと思っています。
浅野:保育現場の記録業務って、想像以上に多岐に渡るんですよね。手書きの書類ひとつとってみてもそうですけど、さまざまな書類や連絡帳、日誌に同じような内容を書かないといけなかったりするので、それが毎日となるとけっこう大変なんです。そこで多くの書類業務をデジタル化することで、一度入力したものが転記されていくだけでも全然違うと思います。そうやって少しでも業務負荷を軽減しようと考えていくと、サービスラインナップも自ずと広がっていくんですよね。
左:やはり思いの外、多岐に渡るんですね。創業の経緯も踏まえてこのサービスが生まれた背景やきっかけについておうかがいできますでしょうか?
浅野:弊社代表がお子さんの誕生をきっかけに、当時のキャリアを中断し家族が住んでいた名古屋へ、東京から移り住むという選択をした経験から、家族間でのコミュニケーションをテーマに起業した経緯があります。その後に「ルクミー」が誕生するのですが、もっと子どものことを知りたい、そこに写真1枚あれば、家庭でのコミュニケーションが豊かになるのにと語る代表自身の原体験がベースになっているのは大きいと思います。
左:原体験としてご自身が子育てをしていくなかで「困った」という感覚を持っていたからこそ、解像度が高かったのでしょうね。それに当時は、男性の育休取得も一般的になっていなかったでしょうし。
峯村:おっしゃるとおりです。だからこそ保育施設というのは、働きながら子育てをする保護者の方にとって、心強いパートナーのような存在でもありました。そんな保育施設で働く人たちのために何かできないだろうか、ということで立ち上がったという背景もあります。
左:「ルクミー」の大きな機能としては、第一に「写真」があるんですね。それ以外の内容は、具体的にどんなものがあるのでしょうか?
浅野:フォト事業から始まった経緯としては、写真を通じて保育施設と家庭をつなぐことができればコミュニケーションも豊かになり、それこそウェルビーイングというか、家族にとっての幸せにもつながるはずだという強い思いがありました。同時に、代表が実際に保育現場へ入ったときに、さまざまな課題があることを目の当たりにしたことから、フォト(販売・決済・コメント付き記録)、ヘルスケア(午睡チェック・体温計)、ICT(連絡帳・登降園打刻・帳票管理など)という3つのカテゴリーのサービスに至っています。現在のサービス導入数は15,000件を超えていて、全国の自治体では約60ヶ所あります。
左:ニーズが高まっているのですね。保育業界では今後どんどんICTが浸透していくでしょうから、これからさらに伸びていくんじゃないかと思います。
アナログな業務をテクノロジーの力で効率化。子どもと向き合う時間を増やす
左:続いて、実際に「ルクミー」を利用されている、あいおい子ども園の園長・村松良太さんにお話を伺っていきたいと思います。サービスを導入するにあたり、園として持っていた悩みや課題感など、どのあたりがポイントだったのでしょうか。
村松:当園は、北海道の恵庭市にあるのですが、僕自身この職に就く前は、現場の保育士として札幌市内の認可保育所に勤めていました。そのときから保育現場のシステム自体に少なからず疑問を感じていて、たとえば手書きの業務が中心だと、担当者しか記録を追随できなかったり、だれともシェアできなかったりという状況がけっこう多くて。そういった部分にすごく課題感を感じてはいました。
左:子どもと接しているときはただでさえ神経を使うのに、日々の業務を効率的にこなせないとなると、なかなか大変ですね。
村松:そうなんです。一人ひとりの子どもと向き合うという本来かけるべきところに時間と手間をかけられなくなってしまう状況を、なんとかしなければと思っていました。そんな中、僕がこの園にやってくる前に、どの業者さんのサービスが良いか調べていく過程でユニファさんと出会い、「保育者の伴奏者でありたい」という想いを伺って、非常に良い言葉だなあと思ったんですよね。同時に僕らが現場で抱えている課題感やシステムに対する使い勝手の良し悪しをちゃんと伝えらえる企業さんだと感じたので、そこが「ルクミー」を使わせていただくきっかけになったのかなと思います。
浅野:そんなふうにおっしゃっていただけるとは。たいへんありがたいお言葉です。
峯村:本当に。あいおい子ども園さんや村松先生との出会いは、私たちにとってもすごく貴重でした。
左:実際に「ルクミー」を導入されてからは、保育現場や保育者さんにとっての具体的な変化はどういったものがあったのでしょうか。
村松:個人が作成した文書はもちろん、個人の保育観や保育の視点を、あらゆる人に同時多発的に共有できることが一番のメリットだったかなと思います。保護者の方も同じ文書を見ることができますし、そこで働いている先生たちも内容を知ることができるので、手数が少なくてもこちらの想いや考えを伝えやすくなったというのが一番大きな変化でした。
左:画期的なシステムによって、従来の保育現場にも革命が起こったわけですね。続いて、保育現場でのウェルビーイングについて質問させてください。最近少しずつ取り上げられる機会も増えてきていますが、保育業界ではどのように浸透しているのでしょうか?
村松:10年前ぐらい前は、そこまで認知されていなかったような印象があります。2019年ごろになると、OECD(経済協力開発機構)でも「学びの羅針盤(ラーニング・コンパス)」というようなことが謳われていて、その中にウェルビーイングという言葉も入っていたと記憶しています。当園の保育理念は「人とまち 未来を拓き 紡いでいく」なのですが、働く先生たちも含めて街としっかりつながりながら、未来に向けてつないでいく役割がコンセプトでもあると考えていたので、そのあたりからウェルビーイングという言葉は意識し始めました。
保育者の働きやすさを重視した環境づくり、疲弊した保育現場を救うICT
左:現場で働く保育者さんにとってのウェルビーイングという視点では、どういったことが重要であるとお考えですか?
村松:昨今の保育業界は人材不足であるといわれていますが、当園としては、その人の働き方やライフスタイルを尊重することを重視しています。しっかり働きたいという時期もあれば、今は家庭を築いていきたい時期だから仕事をセーブしたいという時期もある。あるいは家のことがひと段落したときに、もう一度しっかり保育を見つめていきたいとか、いろんなパターンがあると思うんです。そういった人たちに対して、たとえば家庭に入る人のための限定的な制度を作ったり、学びを深めていきたい人のために授業料を一部負担したり、学びの時間を確保するためのサポートをしたりすることで、一人ひとりの働き方を自分で作るという意識に変わっていくんじゃないかと思っています。
左:お話をお聞きしていると、現場の人が主体的になれることを重視されていると感じます。そのあたりがきっと、働く人のウェルビーイングにもつながっていくのだろうなと。
峯村:同じくそう思います。その人を理解しようとする姿勢が素晴らしいです。寄り添う姿勢といいますか。
左:保育業界で働く人たちは、常に時間に追われてストレスを感じる場面が多いというイメージがあるのですが、現場にいらっしゃる方の感覚はいかがでしょうか?
村松:メディアなどでよく取り上げられる「不適切な保育」というものがありますが、僕としては大半の原因が時間のゆとりのなさにあるんじゃないかと思うんですよね。もちろん集団生活ですから、時間を守らなきゃいけない場面も出てきます。ただ、それぞれの家庭での時間のペースが全然違うというか、異なる時計の元で育った子どもたちなので、一致はしないと思うんですよね。20人いたら20通りのタイムスケジュールを作ることは不可能なんですけれども、無理にコントロールし過ぎないというのも大事かなと感じます。
浅野:保育者の方々にしかできない、子どもたちと向き合える時間をできるだけ作っていただけるように、少しでも現場の業務をサポートさせていただけるようなことを、私たちも考えていけたらと思っています。
左:ICTが進んでいくことで確実に時間のゆとりは生まれると思うので、ニュースを賑わせているような残念な問題を改善するきっかけにもつながっていってほしいですね。
子どもの主観と向き合うことで得られる、双方にとってのウェルビーイング
左:なかなか自分にとってのウェルビーイングを意識するのは難しいかもしれませんが、みなさんが日常のなかでウェルビーイングを感じる瞬間というものがあれば、ぜひお聞かせください。
村松:つい先日、3歳児の子どもたちと一緒に恵庭市内にある牧場に行ったんですよ。牛の乳搾りをしたり、ヤギとかウサギに餌やりをしたりして、天気も良いからここで持ってきたお弁当を食べようかっていって食べたんです。それで帰るころになると、一人の女の子がなんだか納得のいかない表情でリュックに物を入れたり出したりしていたんですね。それで、食べ終わって空になった弁当箱を「園長先生これ持って。リュック軽くしたいから」っていうわけですよ(笑)。
一同:(笑)。
村松:それで僕は、いいよ持つよといったん了承してから、こんな入れ方もできるよ、こうすれば全部入るんじゃないかな?といろいろ提案したものの、なかなか納得してくれなくて。そんなやり取りを20分ぐらい続けたんですが、最終的にはその子の空になった弁当箱を僕が持ってバスに乗せたんですよね。その後、なぜだかすごく気になったので、担任の先生から保護者の方に今日の出来事を伝えてもらったんです。するとお母さんから「実は昨日の夜から楽しみにしすぎていて、自分で用意したものがリュックの中になかなか入れられなくて、その配置が自分でも気に入らなかったようなんです」という内容の記載があったんです。「ルクミー」の「個別連絡(個別配信)」機能のおかげで、僕もそんなやり取りを垣間見ることができたんですよね。
浅野&峯村:なんと!そうだったんですね。
村松:そうなんです。僕らはやっぱりどこかで保育者としてのプライドからなのか、子どもの気持ちをここで鎮めるために手を打たなきゃいけないって考えがちなんですけど、その背景には、その子なりの遠足に対する想いがあるということや、家族とのそんなやり取りがあったということなんですよね。そこに僕らも介入できるっていうのは、すごく良い瞬間だなあと思いました。
左:すごく良い話ですね。最近いくつかのウェルビーイング有識者の取材を通じて気づいたのですが、子どもの客観情報を蓄積する手段はたくさんあるのに、主観情報は見落とされてしまいがちなんですよね。今のお話みたいに、実はそんなこと気にしてたんだ、みたいなことって親も先生も気付けない中で、実はこのサービスが主観となるポイントを拾っていたというのはすごく面白い。
峯村:そこを見逃さない村松先生もさすがだなあ、すごいなあと思います。
村松:いつもは先生の話をうんうんって聞いて動くような子だったので、尚更気になるなあと思ったんですよね。楽しみすぎるっていうのもまた、その子らしいなっていうのも感じましたし、僕も20分間その子と一対一で対峙できる機会をもらえたので、それでいうとユニファさんがやられているようなサービスは、本当に鍵を開けられる良いアイテムだなあと改めて実感しました。
左:子どもが持つ主観と向き合えるのって、先生にとっても子どもにとってもウェルビーイングな瞬間ですね。最後に、ユニファのお二人にとってのウェルビーイングもお聞かせください。
峯村:まさに今のようなお話をお聞きできることが、私自身にとってもウェルビーイングであると思っています。また、自分の子育てを振り返ると、最初はこう育てたいっていうのがあったんですけど、まずはこの子がどうしたいのか、どう生きて行きたいのかを考えるようになりました。そうやって子ども自身が選び取ったものにやりがいを感じているときっていうのは、ウェルビーイングを感じる瞬間でもありますね。
浅野:そうですね。私も先ほどの村松先生のお話のような、保育の現場で働いている方々の保育に対する想いや子どもに対する想い、いわゆる専門性というところの素晴らしさに出会えることが、ウェルビーイングな瞬間ですね。さらに、そういった方々が成し遂げたいことの伴走者として、同じ思いを持って必死に目標向かっていける時間を過ごせるということが自分自身の満足にもつながっています。
左:みなさんにとってのウェルビーイングで共通しているのは、人とのコミュニケーションによって生まれているという点ですね。子どもたちを中心としたより良い社会を実現するためには、子どもも大人も一人の人間として尊重する姿勢が大切だということを、あらためて感じました。
本記事のリリース情報
浅野亜希子さん
ユニファ株式会社 ビジネス本部 カスタマーサクセス部 副部長兼サクセスオペレーション課 課長
峯村瑠里子さん
ユニファ株式会社 ビジネス本部 カスタマーサクセス部 みらい保育推進課 課長代理
村松良太さん
学校法人リズム学園 あいおい子ども園 学園評議員兼園長
左 達也さん
Wellulu編集部プロデューサー