
「病院マーケティング」「医療マーケティング」という言葉を知っているだろうか。病院・医療にとってのマーケティングとは、医療機関が何を提供したいのか、何が提供できるのかを明確にし、誰にどうやって伝えていくかを考えるシステム作りを指す言葉だ。
共生社会の中で、病院が「人体の専門家」という従来の役割に加えて、「すこやか(ヘルス×ウェルネス)な暮らしを皆で考え、育んでいく場所」の役割も担えるかの視点も含め、病院経営にはますますマーケティングが欠かせないものになると今注目を集めている。
今回は、「すこやか(ヘルス×ウェルネス)な暮らし」の共創に向けた多様なイベントを企画、開催する一般社団法人 病院マーケティングサミットJAPANの代表理事である竹田陽介さんと、情報経営イノベーション専門職大学の特任教授・徳本昌大さんのお二人を迎え、人との繋がりを生み出す仕事方法について、Wellulu編集部の堂上 研が話を伺った。

竹田 陽介さん
病院マーケティングサミットJAPAN 代表理事

徳本 昌大さん
情報経営イノベーション専門職大学 特任教授/ビジネスプロデューサー/書評家
広告会社勤務を経て、企業支援のコンサルタントとして独立し、多数のベンチャー企業の取締役や顧問、メンターとして活動する。iU(情報経営イノベーション専門職大学)では特任教授として、起業家を育成している。14年間毎日更新中のビジネス書の書評ブログも人気。主な著書は『ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術』(2014年、ラトルズ)など多数。

堂上 研さん
Wellulu 編集部プロデューサー
1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。
現役医師を務めながら「医療の面白企画を考える人」に
堂上:まず、お二人の簡単な自己紹介をお願いします。
竹田:竹田陽介と申します。私は「病院マーティングサミットJAPAN」という一般社団法人を起点に、病院や学会のブランディングや各地の地域共創プロジェクトをお手伝いしています。
徳本:徳本昌大です。iU(情報経営イノベーション専門職大学)で特任教授をしています。
堂上:竹田さんはお医者さんとしても働かれているんですよね? 「病院マーティングサミットJAPAN」は、どのようなことをやっている法人なのでしょうか。
竹田:現役で内科医をやっていて、循環器内科で心臓を専門にしています。昨日も診療をしてきました。「病院マーティングサミットJAPAN」は、簡単にいうと「医療周辺の面白企画の企て屋」をやっているんです。
堂上:現役のお医者さんが、なぜ「医療の面白企画」を始められたのですか?
竹田: 2018年に法人を立ち上げた時の私たちのテーマは、「病院広報」でした。適切な医療と、適切な治療機会を得るべき患者さんをマッチングしていく。医療では、自分の病気が治るかもしれない病院があったとしても、なかなかその病院との接点がないことがあります。そこで「病院広報のお手伝いをしたい」と思ったことからスタートしたんです。
堂上:病院をブランディングして、より多くの人たちに活用してもらうということですね。
徳本:そこから「面白企画」にシフトしていったんですか?
竹田:面白い人や面白いことに、とにかく飛びついていたら結果的にこうなったんですよね(笑)。当初は「病院広報」が主なフィールドだったのですが、ここ1~2年は少し違う方向に進んでいます。病院の広報は、患者さんを集める「集客」と、働いてくれる人を集める「採用」がメインになるのですが、それだけで終わってしまうとあまり面白くありません。
今の病院マーケティングは「地域共生・地域活性化・未来共創」をキーワードに、患者さんだけはなく地域全体に対して「私たちと一緒に、いい医療と健やかな暮らしについて考えてみませんか?」と共創を投げかける企画が新しいトレンドになっていて、そういった共創イベントなどの企画協力をしているんです。
人生を180度変えたのは「断酒」と「人との出会い」
堂上:続いて、徳本さんがどのようなことをやっているかも教えてください。
徳本:iUの特任教授として、起業家の養成をしています。ただそれは週に1回しかやっていないんです。ほかにも、ベンチャー企業やスタートアップ企業の社外取締役・アドバイザーとして「彼らが抱えていることの全てを解決する」というミッションを持って活動しています。
竹田:あと、徳本さんは遊びの達人ですよね(笑)。
堂上:その辺りも詳しく聞かせてください!
徳本:先ほどのプロフィールは、あくまで私の「表向きの肩書」ですね。私も以前は広告代理店に勤めていて、44歳までは本当にお酒ばかり飲む人生を送っていたんです。でも2007年にきっぱりとお酒をやめました。
堂上:どんな転機があったのですか?
徳本:きっかけは2つありまして。1つは海外のベンチャーの仕事を引き続き受けたのですが、クライアントがまさに「天才」だったんです。時差の関係で深夜、あるいは早朝のオンラインミーティングが不可欠でしたが、「お酒を飲んでから、夜中や早朝に彼と仕事をするのは不可能だ」と思い、頭をクリアにするために断酒を決めました。
もう1つは、体調を崩して検査入院をした時のこと。退院の直前に、ドクターに呼び止められました。そこで言われた「徳本さん、これからお酒を飲もうと思っているでしょう。今のままお酒をやめないでいると、10年後生きていられませんよ」という言葉。当時は1歳と4歳の子どもがいたので、「これは、お酒をやめなきゃいけない」と思ったんです。
堂上:それできっぱりと、お酒やめることができたんですか?
徳本:仕事と健康の2つが重なって「これはお酒をやめるチャンス」と思い、ドクターに「やめます」と宣言しました。でも半年くらいは世の中に色が無くなったような、モノクロの世界を生きていた気持ちになったんです。
竹田:生きる楽しさを感じなくなってしまった時期なんですね。
徳本:それでも、当時の友人は毎日飲みに誘ってきます。その誘いを断るために、友人関係を見直しました。
堂上:どん底の時期を経験して、そこからどうやってウェルビーイングな生き方を見つけていったのですか?
徳本:人との出会いが、また大きな転機になりました。仕事のつながりで信頼を寄せていた方に「人生をやり直したいんです」と相談して、ビジネスコーチングをお願いしたことで人生が好転し始めたんです。そこで教えられたのが「行動改善」と「マインドセット」、そしてウェルネスであるためにどういう自分でいたいのか「理想の自分を書き出すこと」でした。
堂上:当時、どんなことを書いていたのですか?
徳本:バケットリストには著者になる、上場する、社外役員になる、など色々と書きました(笑)。その時に書いたことは、今すべてが叶っていると思います。
堂上:それはすごいですね!
人の手を引いて遊びに誘うように。積極的なアクションが人の輪を広げていく
堂上:徳本さんの「書評ブログ」は、私も毎朝の日課として拝読しています。本当にまとまっていて、分かりやすいんですよね。
徳本:ありがとうございます。断酒をした時に、それまでお酒を飲んでいた時間を活用して、毎朝7時から朝活を始めるようになったんです。その時、心に決めたのが、年間1,000冊の本を読むこと。2010年に書評ブログを立ち上げて、そこから14年間、一日も休まずに記事を書き続けています。
堂上:経営コンサルタントの大前研一さんが、人生が変わる方法は「時間の使い方」「場所」「付き合う人」の3つを変えることだと話しています。徳本さんはその3つを実行して、人生を変えたんですね。
今回、徳本さんから竹田さんを紹介していただいて「やっぱり徳本さんは、人と人を繋ぐ天才だ」と感じました。竹田さんは新しいイベントを始める時に、どうやって参加する人に声をかけるんですか?
竹田:もちろん「一緒にやりませんか?」と告知はするのですが、私が大切にしているのは「友達」という文化です。「遊びに誘う」というのを重視していて、面白いと思った企画があれば「今度こういうのがあるんですけど、遊びに来ませんか?」とお声をかけています。
堂上:「この指とまれ!」のような遊びの感覚で、イベントに参加する仲間が増えていくんですね。それは素敵です!
竹田:徳本さんと知り合って、最初に私たちのイベントにお誘いした時もそうでしたが、「面白いことがあるから、一緒に遊びに行こうよ!」と、手を引っ張っていく感覚のほうが近いかもしれませんね。
堂上:はじめに行動に移す時には、人に手を引っ張られて進んだ方がいい場合もありますよね。私は人がウェルビーイングになるために、大切なもののひとつは「人の輪」だと思っているんです。どれだけ「人の輪」が広がるかというのは、ウェルビーイングに大きな影響を与えるのではないでしょうか。
竹田:おっしゃる通りですね!
徳本:まさにそうですね。私も書評ブログを書き続けていると、毎月のようにさまざまな本を送っていただきます。そしてその本の書評を投稿すると、著者の方たちともつながりができて、色々なことをダイレクトに教わることができるんです。本を読んで学ぶだけではなく、その道のプロからさらに多くを学ぶ機会に恵まれていることにウェルビーイングを感じています。
堂上:「人の輪」が広がって、いいサイクルが生まれているんですね!
好きな人と、好きな仕事を。部活のような働き方が自分をウェルビーイングに導いていく
堂上:お二人がウェルビーイングな日々を過ごすために心がけているのはどんなことですか?
徳本:続けているのは、朝に書く2つの日記です。1つが前日にあったことを、ポジティブに書き替えていく「感謝日記」。もう1つが、こういう未来を創りたいというビジョンを書いた「未来日記」です。
あと心がけているのは、「好きな人と、好きな仕事しかやらない」ということ。そうすると、本当に一日中ハピネスな時間が続いて、周りにもウェルビーイングの輪が広がっていくんですよね。
竹田:とてもシンパシーを感じます。
堂上:「好きな人と、好きな仕事しかやらない」というのができない人もまだ多いと思います。会社勤めの私の場合も、どうしても反りが合わない人と仕事する機会があります。そんな時はどうされているのですか?
竹田:私の場合は、合う・合わないという軸ではあまり考えていないかもしれません。人は常に変化するものであって、振れ幅があるものです。昨日は反りが合わなかった相手でも、今日は信頼しあえるかもしれません。人は動的な存在だという見方も大切だと思うんです。
堂上:それぞれの違いに、無理やり合わせようとせずに、多様性を受け入れていくということですね。
竹田:それが「遊び」という感覚なんですよね。先ほど徳本さんが言われた「好きな人と、好きな仕事を」という話ですが、私がよく使うのは「部活」という言葉です。
堂上:仕事ではなくて部活のように、好きなことを楽しくやるのが大切という意味ですか?
竹田:部活だから、やらなくたっていいという自由もあります。ストレスを感じるならば、我慢せずにやめてしまえばいいという空気感で、ゆるく進めるプロジェクトがあっていいと思っているんです。
堂上:お二人とも、基本的に人が好きですよね。人と向き合って、話をすることでウェルビーイングになれる方たちだと感じます。
徳本:間違いなく大好きですね。寂しがり屋なのかもしれません(笑)。人と話す時間がないと、苦しくなってしまいます。
竹田:私は人生の日々を「すこやか(ヘルス×ウェルネス)」に保つために、2つのポイントを意識しています。それは「カンパイ」と「ようこそ」。グラスに何が入っていようが「カンパイ」とはグラスを合わせて、人と喜怒哀楽を分かち合うことです。「ようこそ」はグループに誰かが新しく入ってきた時に、全員で歓迎する姿勢なんです。人とのコミュニケーションで、この2つは特に意識しています。
堂上:お互いがお互いを認め合うような瞬間ですよね。
「暮らしのすこやかさ」をあらためて考える地域共創イベント
堂上:「病院マーケティングサミットJAPAN」では、北海道の小樽で「小樽みらい共生祭り2024」の企画協力をされています。これはどういったイベントだったのですか?
竹田:これは病院が主催している「すこやか(ヘルス×ウェルネス)の共創イベント」です。通常、病院が主催すると、よく「健康づくり」や「ヘルスケア」が主眼になってしまいます。この共創イベントの面白さは、「健やか」を人体として長く生きることではなく、人間生活の豊かさと捉えているところなんです。
堂上:まさにウェルビーイングを考えるイベントなんですね。
竹田:「健やか」とは、人それぞれであっていいと思うんです。「人の健やかさについて、みんなで共有して、地域を舞台に考えていこう」というのが「すこやか(ヘルス×ウェルネス)の共創イベント」であり、小樽から始まって、2024年は約20地域で開催する予定です。

堂上:「すこやかの共創イベント」は、次はどこで開催するのですか?
竹田:5月に大阪で開催する予定です。詳細は「病院マーケティングサミットJAPAN」のホームページでご確認ください。では、イベントでも行っている「すこやカード」というゲームがあるんですが、みなさんでやってみませんか?
堂上:面白そうですね! どういったゲームなんですか?
竹田:丸いカードにテーマに沿った絵や文字を自由に描いていただきます。それを並べることで、みんなの心・アイデアが化学反応のように繋がって、新しいものを生み出すという遊びになります。
堂上:テーマはどうしますか?
竹田:では、テーマは「食のウェルビーイング」にしましょうか!
堂上:久しぶりに絵を描くと、難しいですね! 私は徳本さんと伊勢神宮に行った際に飲んだ「山の神の湧き水」です。山の湧き水は、本当に美味しくて、とても印象に残っているんです。「走れメロス」でメロスが湧き水に救われるシーンがあるんですが、その場面を思い出しました。
竹田:私は新幹線で飲む缶ビールです! これはアルコールを飲むことがウェルビーイングなのではなく、出張帰りの達成感を味わうための儀式としての缶ビールなんです。缶をプシュッと開ける動作と、一口目が全てが凝縮されていて、ウェルビーイングを感じる瞬間なんです。
徳本:絵心がないので恥ずかしいんですが、家族の笑顔の食卓です。年齢を重ねるほどに、家族の食卓の人数が減っていってしまいます。子どもが小さい頃は、いつも家族4人で食卓を囲むのが当たり前でした。でも子どもが大人になると、ほかの用事があって「今日はいない」ということも増えていきます。あと何年、家族で食卓を囲めるだろうかと考えながら、「一期一会」を意識してご飯を食べることも多くなってきたんですよね。
竹田:家族との「一期一会」。いい言葉ですね。この3枚の絵から、即興で私が「すこやか共創アイデア」を考えてみると、そうですね……。「乾杯百景」でしょうか。たとえば、誰かと共有した「乾杯」の思い出の景色を一年間で100個集めてアルバムにするというアイデアがひとつ。もしくは、ある地域の飲食店100店舗で「乾杯百景」の時間を決めて、「乾杯百景の時間です!」と同じ時間に皆で乾杯する。ひとりで行っても、その時間に新しい友達と「乾杯」を共有できるような企画なんてどうでしょうか。
堂上:なるほど! こうやって掛け合わせで新しい企画を生んでいくゲームなんですね。面白いですね!
竹田:なぜ病院に遊び心を取り入れた企画を積極的に取り入れているかというと、これまでの医療に対するイメージが「病気になった人の治療」に偏りすぎていて、医療専門職と患者以外が当事者になりにくいからなんですよね。病気になる前から、すこやか(ヘルス×ウェルネス)な暮らしを共創する場所として病院をもっと開放して、多様な老若男女が「遊べる舞台」として、病院でもっと面白いことをやっていきたいと考えているんです。
堂上:病院をみんなが集まれる共生の場に変えて、新しいコミュニティを生んでいくという挑戦をされているんですね。本日は素晴らしいお話をありがとうございました!
撮影場所:UNIVERSITY of CREATIVITY
現役の循環器内科医として日々の診療をしながら、病院広報戦略のコンサルティングや講演活動を行う医療コミュニケーションのスペシャリスト。2018年より現職を務め、「医療周辺の面白企画を企てる人」として、地域共創イベントの企画協力など、様々な活動を行っている。