客室乗務員から専業主婦を経て、より良い生き方をコーチングする『キャリア・クエスト』を立ち上げた齋藤みずほさん。自身もウェルビーイングな生き方を体現する彼女は、何を意識し生活しているのだろうか?
齋藤さんのウェルビーイングに関心をもったきっかけや日々モヤモヤと暮らしている人へのアドバイスとは? 実際に齋藤さんのワークショップに参加された教師の下町壽男さんもお招きし、編集部プロデューサーの堂上研が話を伺った。
大家族だった幼少期に、幸せのかたちが人それぞれ違うことを実感
堂上:はじめに、齋藤さんの現在の活動内容を教えてください。
齋藤:企業や学校へウェルビーイング導入のお手伝いをしています。「ウェルビーイングを聞いたことはあるけど具体的にわからない」「大切だとは思うけど組織への浸透のさせ方がわからない」といったご相談をいただくことが多いです。
具体的には、ウェルビーイングに関する講演会やワークショップのほか、私がオリジナルに考案した「ウェルビーイング・カフェ」という場もご提供しています。
「ウェルビーイング・カフェ」では、参加者と年齢・性別・肩書きを超えて、一緒に幸福学(well-being study)やポジティブ心理学(positive psychology)についての対話やワークを実施。
それぞれの幸せの知見を共有し共創的な対話を行なうことで、ウェルビーイングに関する新しい気づきや学びをもたらすことを目的としています。
堂上:そもそも、ウェルビーイングを研究しようと思ったきっかけは?
齋藤:きっかけは……私の幼少期にあるかなと思います。私の実家では明治生まれの祖父母、昭和一桁生まれの父と母、そして私の兄弟、さらに叔父叔母というサザエさんに負けず劣らずの大所帯で暮らしていたんですね。
そこで、「みんな同じ環境で暮らしているにも関わらず、どうしてこうも人は違うのか」と強く感じていました。13人いたら、13通りの幸せに暮らす方法や考え方があるんだなって。
今のように「ウェルビーイング」という言葉はなかったですが、この頃から「より良く生きるとはどういうことか?」を模索していたと思います。
幸せを発見できる感性こそがウェルビーイングの本質
堂上:ウェルビーイングの解釈は人それぞれの捉え方があるのかなと思いますが、齋藤さんはウェルビーイングをどう捉えていますか?
齋藤:頭でっかちにならず、すごくシンプルに捉えています。日々幸せだなって思えることだったり、人とのご縁に喜びを感じられることとか、そんな感じです。
そういう意味では、日常のなかに溢れている“幸せを発見できる感性”こそがウェルビーイングの正体ともいえるかもしれません。
堂上:その感性を保つために意識されていることはありますか? 多くの人は頭ではわかっていても、仕事や家事、子育てに追われてその余裕を失いがちなのかなと思いまして。
齋藤:確かに、気づくと何かに追われてしまうことは私にもありますよ。そんなときに意識しているのは、五感を開放させてあげること。なぜなら、ウェルビーイングになるには気づくこと、感じることが大切だからです。
朝起きたときに「今日はどんなハッピーに出会えるだろう」、夜寝る前に「今日出会った、見つけた幸せはなんだろう」と振り返る習慣をつけるだけでも、モノクロだった日々が鮮やかになっていくと思いますよ。
堂上:その感性はプライベートだけでなく、仕事においても大事ですよね?
齋藤:もちろん大事だと思います。ただ、まだまだ意識されていない職場が多いのも、日本の実状ですかね。とくに学校の先生はその印象が強いです。
もちろんそうではない先生もいらっしゃいますが、仕事を「義務的なもの」「自己犠牲をともなうもの」と捉えている人は少なくありません。
少し専門的なお話だと、自己犠牲のギバーであるか、トップギバーであるかの違い。トップギバーは自分のケアをしながら相手と関わっている状態を指すのですが、日本の教師は子どもたちのために自分を犠牲にしてギブする、という考えの方が多いと感じています。
これは、日本独自の美徳意識が影響していると思うのですが、自己犠牲のギバーではサステナブルにはなりませんよね。仕事においても、自分の幸せを感じながら、相手と関わる意識が大切です。
一日のなかで見つけた幸せを言葉にしてみる
堂上:これは私の自論なのですが、ウェルビーイングな人はまわりもウェルビーイングにしていくと考えているんですね。齋藤さんが影響を受けた人はいますか?
齋藤:私の場合は、父親の影響が大きいかなと思います。父は仕事で忙しい人でしたが、私の小学校がお休みの日に、よく職場や営業先のお客さんのところまで連れていってくれていました。
いま振り返ると、ちょっとおませさんだなとも思いますが、大人たちの会話に参加するのが楽しかったことを覚えています。父親もイキイキしていて、輝いて見えました。
また、好奇心旺盛なところも父親ゆずりかもしれません。芸術が広く好きだったり、子どもも食べるカレーなのにこだわって本場のインドカレーを作ったり、小さい私を連れて本格的なドリップコーヒーのお店を巡ったり、それで母親に怒られていたり……そんな人です!。
でも、父親が好奇心旺盛に動いている姿はすごく好きでした。彼の表情を見て、私も幸せな気持ちになっていたことは確かです。
実際に“幸せは伝播する”ことは研究結果※からも明らかになっています。人と人とのつながりという社会的ネットワークを通じて、直接の友だちから、友だちの友だちへ、そしてさらにその友だちへというように、幸福度は身近な人に影響を与えていくといわれています。
※1 参考資料:thebmj「Dynamic spread of happiness in a large social network: longitudinal analysis over 20 years in the Framingham Heart Study」
※2 参考資料:トム・ハラス、ジム・ハーター著『幸福の習慣』より
堂上:一方でこれまでの境遇やご自身の思考のクセにより、「自分は運が悪い」「私はウェルビーイングにはなれない」という考えから抜け出せない読者もいるかと思います。そんな人たちへ、メッセージをいただけますか?
齋藤:その人たちの詳しいご事情を知らないなかでお話しますが、まずは本当に小さなことで構いませんので、日常のなかで自分の喜びになった出来事を探す習慣をつけてみてください。毎日が終わるときに、振り返って言葉にするルーチンをつくるのがおすすめです。
また、出会った全ての人に対して尊敬の念や感謝の気持ちをもつことも意識してみてください。これも、まずは自分のルールにすることで、やがて自然と相手を尊敬・感謝できる視点を見つけられる感性が身につくのではないかと思います。
あとは「私たちがやっているイベントに参加しませんか?」とお誘いしたいですね!
はじめはちょっと勇気がいるかもしれませんが、お金はかかりません。ぜひ、一緒にウェルビーイングな輪を広げていきましょう。
学校現場に課題を感じ、ワークショップに参加
堂上:ではここからは、齋藤さんのワークショップを体験された下町さんにお話を伺いたいと思います。下町さんはどのようなきっかけでワークショップに参加されたのですか?
下町:いま私は岩手県の中学・高校で数学の教師をしているのですが、長らく学校のウェルビーイングに課題を抱えていたんですね。
そもそも私自身、「ウェルビーイング」という言葉と出会う前から、学生や教師がハッピーに過ごせる学校を理想に掲げ、独自に取り組んできた経緯があります。
ただ、学問的な裏付けを理解していない状態で進めていましたので、それらを学ばせていただくために参加しました。
堂上:齋藤さんに出会ったときの印象は?
下町:齋藤さんはどんな人の話にも笑顔で耳を傾けてくださり、偽りなくウェルビーイングを体現されている人だなと感じました。
「ウェルビーイングは連鎖する」という話が先ほどありましたが、齋藤さんと知り合って確かに私自身もポジティブになった実感がありますね。
堂上:実際に参加されてみていかがでしたか?
下町:私が目指してきた「幸せな教育」を、学問的に意味付けできて良かったです。
「幸せの四因子」や「ポジティブ心理学」などを学び、自分が取り組んできたことは正しかったかもしれない、と思えるようになりました。
堂上:ワークショップを受けて、学生に変化は見られましたか? また、下町さんが教壇に立つときに心がけていることを教えてください。
下町:授業の冒頭にアイスブレイクの役割をもつ「ウェルビーイングアクティビティ」を行なうようになったことで、子どもたちの授業へのモチベーションが向上し、集中力が高まったと感じています。
より心がけるようになったのは、教師自身が笑顔で幸せなたたずまいでいること。生徒にとって安心安全を感じる存在でいることで、失敗を恐れずに自由に発言できる空気が生まれていると思います。
また、「生徒の変化」というのは誤った認識なのかもしれないと考えるようになりました。生徒が変化したというよりも、「あるがままの主体的な姿を取り戻した」という表現のほうがフィットしている印象です。
教師が幸せなたたずまいでいると生徒の発言が促進され、新しい価値を発見する力にもつながる。そうして、教師と生徒が相互に認め合えるようになることで、学校現場のウェルビーイングはまた一歩前進していくと思います。
秋田県立湯沢高等学校・小松 弘樹校長からのコメント
齋藤みずほさんの講演会にご参加された秋田県立湯沢高等学校の小松 弘樹校長からも後日、Wellulu編集部にコメントをいただきました。
以下に、小松 弘樹校長のお言葉も皆さんにお届けします!
みずほさんの講演を聞いて、心が軽くなった人がたくさんいると思います。
「人のためになることをしなさい」「他人の役に立つように」などと言われ、自分のことを考え、自分を優先することは悪いことではないかと罪悪感を抱えている人も多いことでしょう。特に、教職員は自己犠牲精神が強く、自分のことより他人のことを考えがちです。
そのために落ち込んだり、すでにあきらめの境地にある人も多いです。そんな人たちにみずほさんが語りかけてくれたことにより、ほっとしたり、安心したりしたと思います。参加者の顔を見てそう思いました。
教育講演会の参加者は教職員だけではなかったので、あのような顔を見て、みんなモヤモヤしたものを持っていたり、一人で抱えていたんだなと思いました。そんな人たちにみずほさんが語りかけてくれ、皆さんのモヤモヤしたものが解消したみたいでした。
他人のためにという考え方はとても大事であり、私もそのような趣旨のことを話すことが多いです。しかし、他人を幸せにして、自分が犠牲になったらプラスマイナスゼロで社会は幸せになっていきません。
自分も幸せになり、社会も幸せにならなければと思っています。みずほさんのご講演は湯沢にとってとても良いものでした。ありがとうございました。
〈あとがき〉つながりの連鎖は、本日の取材でも
齋藤:「連鎖」の話でいうと、みなさんにお見せしたいものがあります。これは小林覚さんというアーティストの作品なのですが、この小林さんとの出会いをつくってくださったのが、まさに下町先生なんです。
下町:齋藤さんが岩手に来られたときに、知的ハンディキャップをお持ちの人の作品が収められている『るんびにい美術館』にご案内したんですよ。
齋藤:そのとき、たまたまそこで小林さんが作業をされていて。「齋藤みずほです。よろしくお願いします」とご挨拶したら、チラっと私を見て、サラサラっとコレを書いてくださったんです。
私の名前がはいっているんですよ!「さいとう みずほ」って、ほら!
彼は私がどんな仕事や立場の人間か知らないはず。つまり、純粋な気持ちでギフトしてくれたんです。この出会いで、私は一生、彼のファンでいようって思いました。
堂上:やっぱり、ウェルビーイングな人はウェルビーイングなつながりを増やしていくんだ!
齋藤:今日もこうやって、堂上さんと下町さんが繋がったわけですしね。
堂上:ほんとですね!ここからまた輪が広がるって想像すると、ワクワクします。
本記事のリリース情報
齋藤 みずほさん
キャリア・クエスト代表 / 慶應義塾大学大学院SDM研究所研究員、早稲田大学非常勤講師
下町 壽男さん
数学科教師・教育コンサル