これからの社会について考えようとする時、つい見過ごされがちなのが子どもからの視点。大人はいつも子どもを“守るべき存在”として、自分と切り離してしまう。だが、本当にそれで良いのだろうか――。
今回の「Wellulu-Talk」では、幅広いビジネス活動をグローバル展開する連続起業家であり、2023年2月に上梓した著書『冒険の書 AI時代のアンラーニング』が話題を呼んでいる孫泰蔵氏と、WelluluーTalkにも以前ご登場いただいたアメリカを拠点にウェルビーイング推進のために活動を展開する奥本直子さん、そしてWellulu編集部の堂上研が考える、子どもにとってウェルビーイングな教育、社会のあり方、そしてそのために今、大人がなすべきこととは。
どうすれば学校を変えることができるのか。その答えを探すため冒険に出る
堂上:私たちWelluluの読者の方々が高い関心を寄せているテーマのひとつに「子どものウェルビーイング」があります。私も勉強したいと思い、このところ教科書のように読ませていただいていたのが、泰蔵さんが書かれた『冒険の書 AI時代のアンラーニング』(以下『冒険の書』)なんです。もう、めちゃくちゃ感動したので、会う人会う人に「冒険の書、読んだ?」とアピールしています。
孫:ありがとうございます。
堂上:そしてあとがきを読むと、Welluluに登場していただいている奥本さんのお名前を見つけまして、この本が出来上がる過程に参加されていたことを知りました。今回はそのお二人をお招きした次第です。
奥本:以前から泰蔵さんの主宰する「Mistletoe(ミスルトゥ)」というコミュニティにご一緒させていただいているご縁で、一読者として勉強させてもらっていました。最初は「新春シリーズ」というタイトルで投稿が始まったのですよね。
孫:そうですね。数年前の正月に始めたことでした。正月って暇じゃないですか。それでちょうどその頃、読み進めていた教育に関する本の内容を、自分なりにまとめてシェアしようと思ったんです。数回で終わるはずだったのに、結局1年以上、続けてしまいました。あの頃は最長で1日15時間とか書いてました。コロナ禍で時間もあったので。
奥本:毎日のように投稿されていて、しかもその内容が深い。圧倒されながらも、なんとかついていこうと、偉人のことを勉強をしながら読ませていただいていました。
堂上:『冒険の書』では、前半で現代の学校教育のシステムが生まれるまでの経緯を探る冒険が展開され、そこから現在の学校教育の問題提起へと進み、終盤には子どもにふさわしい教育や社会環境について、泰蔵さんのお考えがまとめられています。それぞれ共感しながら読ませていただきました。それにしてもなぜ、学校の問題や子どもの教育について書こうと思われたのでしょうか。
孫:実は生成AIの登場がきっかけでした。2023年は、ChatGPTの登場で世界が衝撃を受けましたよね。私は仕事柄、スタートアップのIT企業とつながりがある関係で、みなさんより数年早く、その衝撃体験をしていました。本当にびっくりして、これは大変な変革が起こると思った時、一番気になったのが学校のことだったんです。
堂上:泰蔵さんは子どものためのプロジェクトも進めておられますが、やはりその影響が強かったのでしょうか。
孫:まさにその通りです。約8年ほど前に「VIVITA」という、子どものためのクリエイティブで自由な原っぱや秘密基地のような場を千葉県の柏の葉という場所に開設しました。その運営を行う中で、子どもたちから学校の問題とかいじめの悩みなどの話をたくさん聞いていました。それが頭にあったので、一刻も早く学校をなんとかしなければと思ったわけです。
今の学校教育では、子どもたちが社会で生きていけない
堂上:生成AIの登場で学校が危うい、と思われた理由はどういうことだったのでしょう。
孫:今、学校で教えていることは、AIがカバーできるものばかりです。子どもたちは、みすみすAIにとって代わられるようなスキルを10年もかけて学ばされた挙句、いざ社会に出てみたら「あなた、もういらない」と言われてしまう……。こんな不幸なことがあって良いのだろうかと。
堂上:子どもたちの未来が、泰蔵さんには見えてしまったんですね。
孫:本来、学校は大人が知らない最先端のことを教えてもいいはずなのに、なぜそうならないのか、学校がいつまでも変わらない構造的な問題とは何か、どうすれば変えられるのか、といったことを自分で調べてみようと思ったのがきっかけでした。本当は大学に行って研究したかったのですが、仕事が忙しくて難しい。でもちょうどコロナ禍だったため、時間は自由に使える。ならば「自宅留学」をしていることにしようと思い、自分で研究、探求することにしました。
堂上:それで探求という「冒険」が始まったんですね。
孫:そうなんです。そこからはもう、こんなガチガチの教育システムを作ったヤツは誰だ! お前か! みたいな感じで、本を読み漁っていきました。
堂上:まるで犯人探しですね。
孫:しかし調べていくうちに、今の仕組みを創り出した人たちも、その時代では教育に危機感を持って新しい教育哲学を提唱してきた人たちだということがわかってきました。しかも、ことごとく国を追われたり、刑務所に入れられたりているんです。それでも恐れず貫き通したおかげで、教育はこれまでパラダイムを変えてきた歴史があります。そういうことを知ると、どうやら問題は先人が努力して作り上げた仕組みに安住し、批判精神もなくただ惰性で継承されてきたことにあったのだとわかってきました。
そこからさらなる探求へと進むと、次第に自分が過去にタイムスリップしたような気持ちになり、書物の中で偉人たちと出会い、対話しているような感覚になっていきました。この本は、その時に僕が味わった感覚を再現したものとなっています。
子どもたちは社会を変える力も、アイデアも、持っている
堂上:ところでVIVITAとはどんな場なのでしょうか。
孫:8年前に千葉県の柏の葉という地域ではじめたもので、一見そこは工作教室のように見えますが、先生もいなければ、カリキュラムもなく、ただ子どもたちがやりたいことを自由にやり、作りたいものを自由に作れる場です。年齢制限は特に設けておらず、8〜15歳の子どもたちが中心となっています。こうした施設を現在、世界7カ国、12カ所に開設しています。
堂上:子どもたちが自由に来て、自由に遊んだりもの作りをしたりできる場なんですね。
孫:それぞれの子が自分のやりたいことをプレゼンし、「それいいね、やってみようか」と言うと、「わかりました!」と、周辺の道具や材料を使っていきなり作りはじめるという、そんな場です。たとえば子どもたちは「私は、加速度センサーとLEDでアクセサリーを作りたいです」とか「ゲームを作りたいです」と言って、自分で書いた企画書を持ってきます。
堂上:プログラムがあるわけではなく、子どもたちは自主的に行動しているのですか?
孫:そうなんです。僕は以前、スタートアップアクセラレーターを運営していまして、その時に実践していた起業家のための育成・支援の流れをそのまま子ども向けに応用したのがVIVITAの最初の発想なんです。何をしたいのかを自ら表明し、支援者を見つけ、プロトタイプを作り、それを人前で披露して協力者や投資を得るという、その流れが原型になっています。
堂上:でも、子どもがひとりで作るとなると、途中でできないところが必ず出てきますよね。
孫:そのような時は、全世界にいるその道のエキスパートに子どもたちがビデオコールで連絡をとって教えてもらいます。彼ら道のエキスパートは、VIVITAにヴォランタリーで協力してくれているサポーターで、エンジニアや建築家、アーティストなどです。一流の技術や知見を持った子どもたちが、自分で連絡を入れて「ここの設計がうまくできないんですけど」なんて相談をしてます。すると「ああ、それはねえ、こうやってみたらいいんじゃないかな」といった感じで自分の持っている知見をシェアしてくれる。そのようにして子どもたちが自分で描いた夢を、自力で形にしていきます。公共空間に本物のジェットコースターを作った子もいますよ。
奥本:実は、2019年に私の息子が13歳の時に夏休みの間だけインターンという名目で参加させてもらいました。一生懸命に自分で企画書を書いて、工作をはじめて……。やがてテレビ番組の『ピタゴラスイッチ』に出てくるような装置が出来てきました。木のトラックをビー玉が移動していく仕組みなのですが、日が経つにつれてどんどん複雑化し、最後には大型作品が出来上がりました。
孫:実はエストニアのVIVITAには、博物館とか美術館、図書館などの公共施設から、リニューアルの際に子どもたちに施設のデザインやオペレーションの企画を提案してほしいと依頼が来ています。おそらく世界初なのですが、子どもたちによるコンサルティングファームとしてクライアントの依頼に応えています。それも有償で。彼らはちゃんとツールも使うし、デザインシンキングも理解しています。
堂上:すごい、子どもたちが? ちなみにどのような成果が出ているんでしょうか。
孫:2023年の夏、企画展のプロデュースの依頼を子どもたちが手がけたところ、観客動員数が1.5倍になったそうです。施設からもとても喜ばれています。そこで、2025年に行われる予定び図書館全面リニューアルのマスタープランニングにも関わってほしいとのオファーももらっています。
堂上:泰蔵さんから見て、子どもたちと大人との一番の違いとは何でしょうか。
孫:たとえば美術館とか博物館の常設展が、今一つ人気がないということで、先日子どもたちに意見を聞かせてほしいという依頼が来ました。そこで何十人かの子たちに集まってもらい見てもらった後、面白いものは「グリーン」、微妙なら「黄色」、面白くなければ「赤色」のシールを図面の上に貼ってくださいとお願いしたら、赤色のシールがベタベタベタ……(笑)。施設の人はぐうの音も出ませんでした。
堂上:子どもには忖度がないから、いかに面白みに欠けるかを完膚なきまでに知らされるんですね。
孫:はい。そうすると、大人も変えざるを得ないですよね。子どもが面白くないと言うなら、本当に面白くないわけですから(笑)。そこが子どもならではの良さです。実はなんと、エストニア政府から公教育のカリキュラムのデザインをしてほしいとのオファーも届いています。こちらはノーカリキュラム、ノーティーチャーなのに。
堂上:それは政府も立派ですね。ウェルビーイングに関してよく言われるのは、大人が求めている子どもへの期待値と、子どもが目指す自分の生き方にギャップが生まれた時にノットウェルビーイングになると言われています。しかしエストニア政府には、大人と子どもという分け方がないですね。子どもたちとフラットな付き合い方をしている様子が伺えます。
孫:その意味で言うと、VIVITAでは大人も子どももニックネームで呼び合っています。私は、たまたま「社長」というニックネームが付いていて、子どもたちからは「社長、その紙とって」「はい、どうぞ」みたいな友だち感覚で関わっています(笑)。本当に彼らから「アンラーニング」をさせてもらっていて、ものすごく心が軽くなりました。
さらに大人が投資を促すためのプレゼンも、子どもたちの前で発表してもらうことにすると、急に内容がわかりやすくなってクオリティが上がるという効果も出ています。
堂上:プレゼンも本来は子どもだろうと誰だろうと、聞いてくれる人にわかりやすく伝えるのが本質なんですよね。ところがプロは難しいことに価値があると考えがちです。大人が子どもから教えてもらえることは、たくさんありますね。
孫:僕たちもそれがわかってからは、大人のプレゼンを聞く席に子どもを巻き込んだり、僕が話すときも向こう側で聞いてもらったりしています。大人も子どもも分け隔てなくというより、むしろ子どもに教えてもらう姿勢でいると様々なことがうまくいくことに気づきました。それがこの本を書く大きなきっかけになりました。
大人に求められる「アンラーニング」とは?
堂上:さきほど泰蔵さんから「アンラーニング」というキーワードが出ましたが、私は『冒険の書』で初めてこの言葉を知りまして、いまでは日常的に使わせてもらっています。
孫:アンラーニングとは、これまでに学んだ価値観や行動様式や思い込みなどを捨て去り、そのうえで新たなものを再学習する姿勢のことです。これは今回の本で伝えたかった核心のひとつでもあります。
奥本:アンラーニングは、私にとって最初は厳しい言葉でした。泰蔵さんからMistletoeのアメリカ進出に際して一緒に仕事をしませんかとお声掛けいただいた時、私のこれまでの経歴を説明させていただいたところ、「うん、それ全部忘れてください」とおっしゃいました。あの時は、ショックを受けました(笑)。
孫:いや、改めて説明しますと、奥本さんがこれまで培われたものは文句なく素晴らしいわけです。ただせっかくコラボレーションしてやることだから、お互いこれまでとは違う、新しいことをやりましょうということを言いたかったんですね。
奥本:新規事業への投資も「財務諸表なんて絵に描いた餅だから見なくていいよ」って(笑)。
堂上:それはすごい。やはりそれがアンラーニングの本質ですか。
孫:つまり、アーリーステージの案件で新規事業計画書に書いたことがその通りに進んだことがありますか、ということです。そんなことほぼないじゃないですか。だとしたら意味はないでしょうと。僕は、最初にExcelシートを見せてくるような人には「こんなもん見るか」って突き返しています。なぜ見てくれないんですか? と問われたら、今言ったような説明をしてそんな型通りの数字合わせよりも、あなたがなぜその事業をしたいのか、その思いを知りたいんだと言うと、目がキラキラし始めるんですよね。
堂上:たしかにスタートアップで大事なのは、表作成の上手さより事業にかける情熱ですね。
孫:新しいことをやろうとしている人たちが、肩を縮こませて、恐る恐るプレゼンをするような世の中に誰がしているのかってことですよね。それは計画書とか表を恰好のネタにして、ボコボコにやり込めてシュンとさせる人がいるからです。そんな人たちの言うことなんか聞かないでいいからねって、僕は言ってあげたい。
堂上:当社の新規事業部開発チームも見習うことがあります。反省ですね……(笑)。ちなみに『冒険の書』は子どもを持つ親御さんの読者が多いのでしょうか。読んだ方からどのような反響が返ってきていますか。
孫:子どもを持つ親御さんも多いですし、様々な職業の方が読んでくださっているようですが賛否両論です。
堂上:ネガティブな反応もあるのですか?
孫:めちゃめちゃあります。たとえば読んでて苦しくなってつまらないと本を閉じたとか、自分の論に誘導するために有名な先人を利用しているとか、先人の文献の引用が乱暴だとか。僕としては、批判は大歓迎で、違った視点を学べるチャンスなのでぜひ詳しく聞きたいのですが、ただ感情をぶつけるだけの人が多いかな。
奥本:伝統的な常識に沿って生きてきた人からすれば、好きなように生きればいい、常識に従わなくていいといった考え方は、自分の生き様そのものを否定されているような気がするのかもしれませんね。本当はそこを乗り越えていくプロセスが重要なんですが。私もこれまで経験値からなる行動様式のアンラーニングに際しては、穏やかではいられませんでしたが、泰蔵さんの考え方に触れていなければ、とても自らウェルビーイングに特化したファンドを立ち上げるという暴挙には出られなかったと思います。結果、泰蔵さんにうまく冒険させられている気がします。
堂上:たしかにこの本に書かれていることは、子ども向けのメッセージに留まらず、大人にも刺さりますよね。いくつになっても冒険していいし、変わろうと思えば変われるっていう内容だから、応援メッセージとして僕にも響きましたから。
孫:自由をどう考えるかだと思います。誰だって人は自分がやりたいように、のびのび自由にやりたいですよね。でもその自由というのは、ちゃんと頑張って努力して実績を積んで、会社から評価され、社会から信用を得て、それで初めて得られるものだと思っている人が多い。そういう人は、そんなの関係ないよ、好きにやればいいんじゃない? って言われると腹が立つのでしょう。
「Should」ではなく「Wants」を生き方の軸に
堂上:たしかに頑張って苦労して、それなりのポジションや賃金を得ている人は、そのやり方が正解だと思っているのだろうと感じます。
孫:僕に言わせれば、我慢して実績や信頼を得られた頃には、やりたいと思っていたことなんて忘れてしまってわからなくなっていると思うんです。そもそも最初からやろうとしないものが後になってできるわけないじゃんっていうのが、僕の考えなんです。
堂上:それは親子でも先生と生徒の関係でも、全部つながっている気がします。
孫:とはいえ、上司や親や先生が、本当に「我慢して経験と実績を積め」と言っているかというと、そうでもなくて、こちらの勝手な思い込みの場合も多いんですよ。多くの人がその思い込みで苦しくなって、やがて恨みになり、叩かれるべき存在を見つけては、SNSで寄ってたかって叩きまくるという悲しい社会になっている気がします。ウェルビーイングの観点からも悲しい状況ですよね。
堂上:そこで直子さんにお尋ねしますが、こういう状況からウェルビーイングな社会にしていくためには何が必要だとお考えですか? どういうことがウェルビーイングのきっかけになるでしょうか。
奥本:すごく基本的なことですが、私は「自分を愛する」ことからだと思います。それぞれがまず自分の全てを受け入れ、大切に思うこと。そこでご紹介したいのが「Wants over should」という言葉です。それぞれの人が「Should」ではなく、自分の「Wants」を大事にする。自分を愛し、その生き方を大切にするという考え方です。
堂上:「〜すべき」ばかりで動いてしまいがちですが、そうではなくて自分の「〜したい」を大事にするのが大切ということですね。
奥本:はい。それで時には失敗することもあるでしょうけれど、その経験を通じて人に対する理解を深め、許容範囲を広げることもできます。そうすると、人のことも愛することができるようになる。そうして仲間を作ることができるんですよね。泰蔵さんの著書の中に「自立とは依存先を増やすこと」という一節があって、とても印象に残っています。頼れる仲間がいると心も強くなれるし、次は自分も仲間に返したくなって、自分から優しい行動がとれるようになれると思うんです。私はそこがウェルビーイングの原点ではないかと考えています。
孫:素晴らしい。
撮影場所:UNIVERSITY of CREATIVITY
[後編に続く]
孫 泰蔵さん
連続起業家
奥本 直子さん
NIREMIA Collective マネージングパートナー兼創業者。Amber Bridge Partners CEO兼創業者
堂上 研さん
Wellulu 編集部プロデューサー