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【内田由紀子氏×森田賢氏】つながりたいときにつながれるコミュニティが幸せを育む

今回お話を伺った内田由紀子さんは、文化とウェルビーイングに関する研究を行う、いわば「幸福」のプロフェッショナルだ。サントリーウエルネス 生命科学研究所 研究員の森田賢さんとともに「Be supporters!(Beサポ!)」(※以下Bサポ!)についての研究も進めている。

Beサポ! は、高齢者や認知症の方など普段は「支えられる」ことの多い方が、地元サッカークラブのサポーターとして「支える」存在になることを目指すプロジェクトである。

人が幸せに生きるために大切なこととは? また、ウェルビーイングついて研究している二人が日頃感じる幸せな瞬間とは。 Beサポ! を運営するサントリーウエルネス株式会社が開催した『人生100年時代の物語大賞』授賞式後に行われた、鼎談の様子をお届けする。

※イベントの様子はこちら

 

内田 由紀子さん

京都大学 人と社会の未来研究院教授

京都大学教育学部卒、同大学院人間・環境学研究科修了。博士(人間・環境学)、ミシガン大学・スタンフォード大学客員研究員、京都大学こころの未来研究センター助教、准教授、教授、スタンフォード大学フェロー等を経て2023年より京都大学人と社会の未来研究院院長。文化とウェルビーイングに関する文化心理学研究を行っており、中央教育審議会など社会実装にも従事。京都市特別顧問も務める。主な著書に『これからの幸福について:文化的幸福観のすすめ』(新曜社)。

森田 賢さん

サントリーウエルネス 生命科学研究所 研究員

東京大学大学院薬学系研究科にて肥満の研究に没頭。修了後はサントリーに入社し、2017年から脳領域の研究を開始する。2021年、脳・神経系の研究の傍ら、Beサポ!の研究を開始。

堂上 研

株式会社ECOTONE 代表取締役社長/Wellulu編集長

1999年に博報堂へ入社後、新規事業開発におけるビジネスデザインディレクターや経団連タスクフォース委員、Better Co-Beingプロジェクトファウンダーなどを歴任。2023年、Wellulu立ち上げに伴い編集部プロデューサーに就任。2024年10月、株式会社ECOTONEを立ち上げる。
https://ecotone.co.jp/
目次

高齢者の幸せが若い世代に希望をもたらす

堂上:『人生100年時代の物語大賞』授賞式、おつかれさまでした。素敵な作品ばかりで涙腺がずっと緩んでいました……。お二人は研究を進めるなかで実際にBeサポ! に参加している施設を回られたとのことですが、印象に残っていることはありますか?

内田:富山県にある施設で、廊下の壁にズラッと選手のポスターが貼られていたことが印象に残っています。普段、歩くのを億劫そうにしている高齢者の方が、選手の写真にハイタッチをしに自分の足でポスターの前まで歩くと聞いて驚きました。

堂上:へぇ! それはすごいですね。

内田:見慣れているポスターでも、高齢者の方々の「ハイタッチしたい」という感情を掻き立てるってすごいことですよね。生の選手を目にしたら走り出しちゃうんじゃないかと思ったくらい。Beサポ! の活動はそういった「体を使う」ということとも連動していますし、シーズンがあったり勝ち負けがわかりやすかったりするサッカーというスポーツ自体も、高齢者の方々にすごくフィットしたのだろうなと思いますね。

堂上:素敵ですね。Beサポ! が、高齢者の方々の「幸福寿命」を延ばすことにつながりそうです。

森田:今回一つひとつ丁寧にデータを分析したり職員さんに話を伺ったりするなかで、Beサポ! に参加することで気持ちが大きく動いていることを実感しています。富山の施設長さんが「心が動けば何かが起こる」とおっしゃていて、これはまさにBeサポ! の本質だなと思いましたね。

堂上:いい言葉ですね! 「病は気から」なんて言葉もありますが、元気になるのも気持ちからくる部分も大きいのでしょうね。面白いです。それに、研究のお話をされているお二人がすごく楽しそうで、ここにも幸せの伝播を感じました。

内田:施設見学に行ったときも、すごく楽しかったですよ。びっくりするくらい明るくて。そもそも飾りつけがすごく派手なんです。

森田:ヴィッセル神戸を応援している施設はえんじ色、セレッソ大阪はピンク、カターレ富山なら青……というふうに、施設に色がありましたよね。

内田:孤独なイメージとは真逆で、本当に素敵でした。私も歳を重ねてあまり体が動かなくなったときに、もう一度周りと力を合わせて何かするという経験ができるかもしれないと思ったら、将来に希望を感じました。これもまた幸せの伝播ですよね。

“幸せになるレシピ”ではなく“材料と環境”を整える

堂上:『Wellulu』を通じてウェルビーイングを探求しているなかで、人とのつながり、いわゆるコミュニティが人のウェルビーイングに大きく影響するのではないかという考えに至っています。Beサポ! は、まさに高齢者のコミュニティ作りに貢献しているわけですよね。実際、コミュニティの数などが人の幸せに影響することはあるのでしょうか?

内田:私が過去に関わっていた研究結果によると、色々なつながりを持っている人は、幸せを感じやすい傾向にあることがわかりました。でも、つながりが多ければ多いほど良いというわけでもなく、個人差があるようです。自分が信頼できるつながりを、数が少ないとしても、深く持つことを大事にしたいという方もいるので、むやみに「人の輪をどんどん広げましょう」と言っても、あまりピンとこない方もいらっしゃると思います。

大切なことは、つながろうと思ったときにいつでもつながれる環境があることです。誰もが、誰かに会いたいと思ったときにすぐに行ける集まりが近くにある……そんな環境を整えるために何ができるのだろうかと考えるのが、研究者の役割だと思っています。

堂上:なるほど……。僕もウェルビーイングに生きるためには、人や自然とのつながりは欠かせないと思っています。とはいえ、色々な場面で対立構造は生まれますよね。ときには自分と合わない人と接しなければいけないこともあるじゃないですか。

Beサポ! に参加している高齢者施設のなかには、そこまで積極的に参加したくないと思っている利用者さんもいると思うんです。そういった方に「応援に行こう!」というのはある意味ウェルビーイングを阻害してしまうことにもなると思うのですが、内田先生はどう思われますか?

内田:おっしゃるとおりです。多様なウェルビーイングをいかに認めるかが、今の日本社会の課題です。特に日本は同調意識が強い国ですから、「こうすると良いよ」みたいなものもたくさんありますよね。

ですから、パネルディスカッションでもお話したように、「レシピの手前」を用意することが大事なんだと思います。こちらが用意するのは材料と環境だけで、何を作るのかはその人の自由で良いのです。推し活の仕方に関しても、かなり入れ込んで応援する人もいれば、それを遠くから見守りたいという人もいますよね。

大事なのは、活動を通じて施設全体が明るい雰囲気になること、つまり疎外感を感じる人がいないことだと思います。

森田:訪問した施設のなかにも、一人の選手を熱狂的に応援しているおばあちゃんもいれば、そんなおばあちゃんたちをサポートする、という自分の役割が生まれているおじいちゃんもいました。

堂上:なるほど。あくまでもこちらがするのは選択肢を用意することで、何をするのか決めるのは本人なんですね。

内田:はい。ただ、どうしても人は用意してほしがる傾向にあるんです。私もよく「ウェルビーイングに生きるためにはどうしたら良いのか教えてください」と言われるんですが、それはつまり「カレーの作り方を教えてください」と言っているのと一緒ですよね。私はそれは違うなと思っていて、ウェルビーイングを実現するためにはやっぱり自分で食べたいものを食べることが大切なんです。

堂上:そういう意味では、その方の持っている想いや意思をしっかり聞いたうえで、認め合うことが大切なのかもしれませんね。

ウェルビーイングの秘訣は「はじめてをはじめる」こと

堂上:ここからは、内田先生と森田さんのプライベートについてお話を伺えればと思うのですが、内田さんは何をしているときが一番楽しいですか?

内田:実は昨年、一念発起してチェロを始めました。子どもがオーケストラでものすごく楽しそうにバイオリンを弾いていたこともあり、昔からあこがれだった低音を出してみたいと思ったのですが、始めてみたら四苦八苦しながらも良い時間を持つことができています。

堂上:チェロですか! 素敵な趣味ですね。なぜ始めようと思ったんですか?

内田:昨年から、研究院長という、いわゆる管理職になったんです。どんどんスケジュールが埋まっていきまして、これは自分がゆっくり物事を考える時間が無くなる、と焦りを感じました。忙しく流れていくスケジュールのなかに、15分だけでも「自分の時間」を作りたいと思ったのですが、実践してみるとすごく大切なことだなとあらためて思いましたね。

堂上:良いですね。僕はこれまで『Wellulu』を通じてたくさんの方とお話しさせていただきましたが、ウェルビーイングに生きている方々はみなさん、何歳になっても「はじめてをはじめる」ことを楽しそうに話してくださるんです。内田さんも含めてみなさん子どものようなキラキラした顔をしていて、それを見るのが僕にとってのウェルビーイングです(笑)。

内田:はじめてをはじめる……たしかにそうかもしれません。私は普段「先生」と呼ばれることが多いので、逆に生徒として先生に習いにいく経験は自分の成長にとっても、大事なことでした。

堂上:自分が知らない世界を知っていくのも楽しいですよね。森田さんはいかがですか?

森田:僕も「初めて」は大好きです。社会人になったタイミングで休日に何か新しいことをやってみたいなと思ってパラグライダーを始めました。10年くらい経った今でもハマっていて、パラグライダーが僕のウェルビーイングな瞬間と言えます。

内田:パラグライダー! すごい! 普段とはまったく違う体験ができそうで素敵です。視点からまったく違いますもんね。

森田:おっしゃるとおりです。普段は街の中で過ごしているのに、休日には山の中から空を自由に飛んで街を見下ろすんです。風の向きや強さに合わせて上手く飛ぶためには、技術も必要なので頭もすごく使いますが、それも楽しいんです。

堂上:僕もこれまで色々なことにチャレンジしてきましたが、パラグライダーはやったことがないです。やってみたい!

森田:ぜひぜひ!

堂上:やっぱり、何歳になってもやりたいことにチャレンジできることは良いですよね。好奇心旺盛な方はウェルビーイング度も高い気がします。

「無理をしないこと」を意識してコントロールしてみる

堂上:趣味とは別に、ウェルビーイングに生きるために内田先生が意識していることは何かありますか?

内田:「過剰な無理をしないこと」です。やっぱり可能な時間以上のことを引き受けて忙しくなると、心身ともに余裕が持てなくなってきますよね。そうすると結果的に倒れることになったり、判断力がにぶったり、責任が果たせなくなって周りにも迷惑がかかりますから、時間管理をしっかりと行うことにして、睡眠をとったり、肩が凝ってきたらマッサージに行ったり、適度に運動したり、そういうことは意識しています。

堂上:一生懸命になるとどうしても無理をしてしまいがちですから、意識して自分でコントロールすることはすごく大切ですよね。母が昔よく言っていた「頑張らないように頑張れ」という言葉を思い出しました。

内田:期待されるとどうしても応えたくなりますしね。それに私はやはり研究が好きなので、気づいたら肩がガッチガチ、目がショボショボになるまで続けてしまうんです。年齢的にも体には気を配らないとと思い始めて、最近は抑えることも意識するようになりました。

堂上:素晴らしい心がけですね。最後に、内田先生がこれから挑戦したいことについて伺わせてください。チェロのように「はじめてをはじめる」予定はありますか?

内田:明確には決まっていませんが、新しいことにはチャレンジし続けたいですね。それと管理職になって周りから「大変じゃない?」「研究時間が減っちゃうね」なんて言われることもあるんですが、せっかく自分は社会心理学者なので、その特性を活かそうと思っています。管理職としての仕事も、日本文化における人間観察や組織観察の良い機会だと捉えて、自分の研究の肥やしにしようと考えています。

堂上:すごい! 内田先生はきっと何でも楽しめる能力を持っていらっしゃるんですね。

今日のイベントに参加して、そしてお二人のお話を伺って、人々が新しいことにチャレンジするきっかけとなる環境を僕らが作ることができれば、ウェルビーイングな社会が実現するのではないかと感じました。貴重なお話、どうもありがとうございました!

内田森田ありがとうございました!

 

堂上編集長 編集後記:

内田先生とは、ウェルビーイング学会でお世話になっているときから、ずっとお話をしたかったので、サントリーウエルネスさんのイベントの後にお時間をいただけるというだけで、とてもうれしかった。

僕がウェルビーイングの世界にはまりこんだときに、幸福心理学、社会学の観点から客観的に自分と向き合うことが大切だと思っていた。内田先生が「自分と対話し、他人と対話し、自然と対話する」ことからウェルビーイングがはじまる、というお話をしていた。

今回、内田先生とお話させていただいて、ウェルビーイングってやっぱり定義する必要はないと感じる時間だった。最後には、自分の意志で動くことで、ウェルビーイングってやってくる。自然体でいいのかもしれない。いっしょにお話をさせていただいた森田さんも自然体だった。僕らは、今ここにいるだけで、いいのかもしれない。

そんな気持ちで、イベントの後のお時間でおふたりにお話を聞かせていただく時間に感謝である。どうもありがとうございました。

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